第4話 恐怖の予兆
「なぜお前たちが上位魔術である使い魔召喚をしようとしておるのだ?」
その言葉を机の側にある椅子に腰掛け不適な笑みを浮かべ聞いてくるロゼリア。
ニックとリナは何を言われたのか一瞬分からず時が止まったように固まる
「……えっ?」
ニックは、思わず間抜けな声を出してしまった。
「だーかーらー、なぜお前たちは上位魔術である使い魔召喚をしようとしておるのだ? と聞いておるのだ」
「ば……バレてるっ!?」
「ちょっと、ニック!?」
しまった! とニックは思い口に手を当てるが時すでに遅し。思わずバレたと言ってしまった。
「ふん、わしを誰じゃと思っておるのじゃ。この学園の教師で魔術師じゃぞ。道具を見ただけでこんなもんすぐに分かるわ!このバカもんが」
ものすごい正論を言われてしまった。
そりゃそうだ、教師であるロゼリアは、渡した道具を見ただけで分からないはずがない。よく考えればすぐに分かったことだ。魔術を使えると思って興奮して全く気が付かなかった。その事実にリナも気が付いたのか「あっ、確かに」と思わず口走っていた。
ため息をついたロゼリアから笑みが消え真剣な眼差しで続ける。
「魔術は基本、順を追って使えるようになるもの。下位魔術を習ったからと言っていきなり上位魔術を使おうとすれば必ず失敗する。その失敗で死ぬ可能性だって出てくることを分かっておるのか……お前たちは」
ニックとリナは何も言えず黙っていた。一気に空気が重たくなるのを感じた。
だが、ロゼリアは、そんな空気をお構いなしにいきなり二人に質問してきた。
「ニック。お前は確か下位魔術の魔術を一個使える程度じゃったよな?」
それに悔しかったが、黙って首を縦に動かす。
「リナは、どのくらい使えるのじゃ?」
「私は、中位魔術の詠唱を少し短縮して使えるくらいです」
「ほう……」
少し驚いたような表情をしたロゼリアは、口を閉じた。そして、数秒後。
「リナは、ともかく……。ニック、お前は分かっておるじゃろ。自分が、何をしようとしておるのかを」
分かってる……分かってはいるけど。
「僕は、魔術が使いたいんです! 自分で何を言ってるかは十分理解してます! でも、僕の使える魔術なんて皆とっくの昔に無詠唱で使える。みんな、僕のことを『落ちこぼれ』ってバカにしてくる……。けど、そんなこと正直どうでもいい! ただ僕は魔術が大好きなんです! お願いです、先生! 僕に、その魔術を使わせてください!」
心の底から訴えるニック。
バカにしてくる人を見返してやりたい気持ちももちろんある。だが、それより魔術を使いたいという気持ちの方が数倍で勝っている。
ロゼリアは、真剣にニックを見つめる。そして、ニックの隣にいたリナもロゼリアに訴えかける。
「先生お願いです! 上位魔術を使うのは難しいのは分かってます。けど、私はニックに魔術を使えるようになって欲しいんです! だから、お願いします! ここは、一つ見逃してください!」
深々と頭を下げるリナ。ニックも一緒に頭を下げる。
そんな二人を見てロゼリアがとった行動は、
「ふっ、ふっはは、アハハハハハっ!」
笑った。思いっきり笑った。腹を抱え愉快そうに笑っている。
そんな様子を見てニックは少なからず怒りを覚えた。
「せ、先生! 僕たちは真剣に──」
「お前たち、何を熱くなっておるのじゃ。誰も、使い魔召喚をしてはならんと言った覚えは無いぞ」
『えっ?』
ニックとリナは同時に間抜けな声を上げてしまった。
「わしは、ただ理由を聞いただけじゃ」
「で、でも──」
「この使い魔召喚は、召喚魔術の初歩中の初歩。道具さえあればニック、お前みたいに下位魔術がギリギリ使える者でも手を借りれば誰でも出来る」
自然と口が開く。驚きと嬉しさが同時に来てるせいでどう反応すればいいか分からない。だが、とある疑問がニックの頭をよぎった。
「じゃあ、なんでこの使い魔召喚が上位魔術に属してるんですか? 僕でも手を借りれば使えるなら下位魔術でもいいんじゃ……」
「あー、それはな。これを使うものが上位の魔術師しかおらんからじゃ。使い魔は、召喚されれば常に主である者の魔力を奪ってゆく。主である者の魔力が高ければ高いほど召喚される使い魔は強いものが召喚されるんじゃ。それ故、上位魔術としてこの魔術はあるわけじゃ」
説明を終えたロゼリアは、背もたれに寄りかかり微笑む。
「ニック。お前が召喚できるのは精々ネズミ程度じゃが、魔術が使えるのならば問題は無かろう。そこにいるリナに手伝ってもらえばお前はこの魔術が使える」
視界が潤む。魔術の全然使えない自分が魔術を使える。ついに夢にみた他の魔術。ニックは必死に溢れそうな涙を堪えた。
そんなニックをリナとロゼリアは、包み込むような優しい表情で見ていた。
「先生ありがとうございました!」
使い魔召喚に必要な道具を抱えながらニックは、頭を下げお礼を言う。リナもロゼリアに頭を下げる。
「おう。使い魔召喚をするなら誰にも見つからぬような場所でするのじゃぞ。誰かに見つかったら面倒じゃからな」
教師としては問題な発言だが、今はそれにありがたく乗っかろう。
「はい! 本当にありがとうございました!」
「さっさと行け。仕事の邪魔じゃ」
そう言ってはいるが邪魔だとは思ってないような優しい表情をしていた。そんなロゼリアにリナが一言。
「さっすが、金色の魔術師!!」
その言葉を言った瞬間。ロゼリアの顔から湯気が出る。みるみる顔が赤く染まっていく。
「な、ななななぜそれを知っておるのじゃ!! リナ!」
「なぜって言われても……」
「あー! もういい! さっさと帰れ!」
怒ってるのか恥ずかしがっているのか、たぶんどっちもだが。そんなロゼリアにニックとリナは強引に部屋から追い出される。
「いいか! もうその名で呼ぶでないぞ! 今度言ったら燃やしてやるからの!」
そう言い放って強めに扉を閉める。
バンッ! と扉の閉まる音が廊下に響いた。
追い出された二人は目を合わせる。リナが明るく笑いかける。
「じゃあ! 早速、使い魔召喚しに行きましょ!」
それにニックも笑いかけ応える。
「うん!」
そして、今に至る。
「じゃあ、始めよっか」
ニックは白い魔法陣に手を置く。ニックの肩に手を置いて魔力の供給をリナは行っている。体に魔力が流れ込んでいるのが分かる。体の中から熱い何かが沸々と沸き上がっている。
「さて……。それじゃ──」
詠唱しようと息を吸い込んだ瞬間。
────ドンッ!!
体を揺らすほどの震動と遠くから聞こえる大きな音がニックとリナを襲う。急な事で体勢を崩し尻餅をつく。
「な、なんだ!」
ニックは、すぐに体勢を立て直し今もなお揺れる大地を必死に踏ん張って入ってきた扉まで歩く。後ろにリナも頑張ってついてきていた。
ニックは古びた扉を揺れが少し収まった所で開け、何が起きたか外に出てみる。
外に出たニックは絶句した。全く言葉が出なかった。
「ニック! な、何があったの!」
少し遅れて後ろからついてきたリナも外に出てそれを見上げる。
「ニック……あれって──」
リナも同じように硬直する。体が全く動かない。完全に金縛りにあっていた。それは、ユートリアス学園を囲う壁を容易に越える程の大きさで中々の距離があっても体を縛るような恐怖心を植え付けていく。
ニックとリナが目の前に映しているもの……それは……。
────竜だった。