1.円卓会議
これは、エルステイン王国に黒い竜が来る数十分前の出来事。
石で出来た薄暗い廊下を鎧の擦れ合う音を響かせながら二人は足早に歩いていた。足音が反響して少し耳障りだ。
金髪の長い髪を揺らし確かな足取りで歩んでいく。その後ろを深海色の髪の男がついてくる。
互いに沈黙。余計な会話は無い。ただ、目的の扉まで静かに歩いてた。
そして、二人を待ち構えるように巨大な扉が出迎える。高さ三メートル、幅一メートル。人間が一人通るのには少々大きすぎる気がする。
足を止めドアノブのない扉に手を置く。体の魔力を少し起こす。目の前にある扉は、エルステイン王国の城と同じような物になっている。だが、扉を開ける前に男に振り返る。その時、マントがはためく。
「ルーク、ここからは私だけで大丈夫です。貴方も会議が終わるまで休息を取っておいてください」
「しかし、アーサー王──」
「しかし、ではありません。これは命令ですよ、ルーク」
「……」
あぁ、納得いってない顔してる。
そんな顔を見てアーサーは、ため息を吐いた。
「分かりました。では、扉の前で待っていてください。一時間くらいしたら戻ると思うので」
「承知しました。何かあればすぐにお呼びください」
ルークは、軽く頭を下げる。それを困った顔で見た後、扉に向き直った。
魔力を込め扉を開ける。ゆっくりと扉が開いていき堂々とその中に入る。
「ルークを中に入れても良いんですけど……中にめんどくさい人が居ますからね。ルークとあの人、きっと相性最悪ですから」
歩きながらアーサーは呟いた。
目の前に広がるのは光。薄暗い廊下を歩いていたので光が視界を覆う。真っ白な世界に入り込んでしまったのではないかと錯覚を起こしそうになる。
しかし、実際は中がものすごい明るいだけ。ガラス張りの天井から差し込んでくる日は白を基調とした部屋で反射してさらに瞳を刺激してくる。
何度来てもこれは慣れない。
「すみません、少々遅れてしまいました」
謝りながら中に入っていく。すると、
「遅っせぇーよ! なんで俺が、テメェを待たなきゃなんねーんだ!」
耳障りな怒鳴り声が耳に届いてきた。ため息をつき、無視して歩く。
巨大な部屋の中心には白い石で出来た円卓。そこで椅子に座っていたのは三人。
一人は、灰色の長髪で片目を隠し後ろ髪を一つに束ねている男。腕を組み、ブーツの履いた足を円卓に乗せている。人の百人や千人、平気で殺しそうな目がアーサーを睨む。
「おい、無視してんじゃねぇよ」
「……謝ったじゃないですか」
自分の椅子に近付き静かに座る。石で出来た椅子はあまり座り心地は良くはない。加えて、鎧を着ている為もはや最悪である。長時間はとても座れない。というか、座りたくない。
「それが遅れてきたやつの態度か! あぁ!?」
「ここは、声が響くんですから少し黙ってくれますか。うるさいです」
「んだと、テメェ!!」
立ち上がろうとする男をアーサーは、興味なさげに睨む。だが、男をゆったりと老い声が止めた。
「まぁまぁ、ジン。アーサーも謝っていることじゃ。それに正式にはまだ会議は始まっとらんからの」
白髪のお爺さんは、肩よりも長い髪を垂らし髪と同じような長さの白い髭。しわの多い顔で困ったように笑う。
ジンと呼ばれる男は、舌打ちをし乱雑に椅子に座り直す。
「始まってねぇっつてもよ、後一人はどうせ来ねぇんだ。さっさと始めちまおうぜ。さっさとそこの女騎士と同じ空間から離れてぇんだが」
「……なら、今すぐ貴方出ていけば良いのでは? 私は、貴方が居ない方が早く会議が進むのでありがたいのですが」
「これこれ、よさぬか。今回は新入りも居るのじゃ」
視線がもう一人に集まる。
可愛らしい女の子が突然の注目に驚く。青みがかった黒髪はサラリと肩まで伸びており前髪は斜めに切り揃えられている。日が差し込んでいる海のような青い瞳が、ぱちくりと瞬く。童顔の小さな顔に視線が集まり恥ずかしそうに俯いた。
「あ、あの……」
桃色のフリルが多めのドレス。その裾を掴んでいるのか肩に力が入っている。だいぶ緊張しているようだ。
「……そうじゃな、では始めるかの」
白髪のお爺さんが、大きく息を吸う。アーサー少し姿勢を正す。ジンは、相変わらず円卓に足を乗せて、女の子はお爺さんの方をおどおどと見つめる。
「────これより、円卓会議を始める!」
持っていた杖で強く地面を突き、乾いた音が力強く響いた。
円卓会議。それは、五大陸の代表が集まりそれぞれ大陸で起きたことや問題、近況などを話し合い解決したりする会議である。その代表は、それぞれ大陸の国の王を一人を選抜し決める。基本的に毎年選ばれる。しかし、ここ数年は毎年同じメンバーだ。だが、今日は違う。何故かいつもいる人物とは違う人が座っている。
現在の席はこうだ。
時計回りに、エルステイン王国。アーサー・ペンドラゴ。
空席。
初めて見る桃色のドレスを着た女の子。
バルド王国。ジン・ノック・グレイハーツ。
ユグラティア王国。ノルディフ・バース・マクドウェル。
一人を抜かした、この四人が今回の円卓会議の出席者。もう一人については、いつも空席だ。出席しているのをアーサーは一度も見たことがない。なぜ、代表者を変えないのか不思議でならない。
「それじゃあ、まず新しく出席した王から自己紹介を頼めるかの?」
老いた声が女の子に向けられる。
緊張して裏返った声で返事をする。
「あ、あの……えっと……その……」
もじもじと落ち着きがない。裾をくしゃりと握る。
そして、数分。待ちきれず、ジンが声を荒げた。
「ったく、さっさと名乗れ! 誰なんだよ、テメェは!?」
「あわ、す、すみません!」
「──っ! ジン……! 大丈夫ですか?」
何度も頭を下げる女の子。アーサーは、優しく「大丈夫よ」と声をかける。
舌打ちする音が聞こえた。
「てか、なんでまた女が来てんだよ。いつからここは女も入れる所になっちまったんだ? 女騎士といいテメェといい。ここがどこか忘れた訳じゃねぇだろうがよぉ」
「ジン、王に女も男も関係ありません。それにここがどこだか忘れているのは、貴方の方ではありませんか? ここは、民によって選ばれた王が集まり会議をする場です。貴方のような和を乱す方がこの場合にいられると迷惑です」
「こっちこそ、テメェらみてぇな貧弱な奴がいられても迷惑だ。テメェみてぇな脳筋の王を選ぶとは、そっちの大陸の民は随分とアホなんだな」
いつも冷静なアーサーの何かが切れた。円卓を叩いて立ち上がる。
「民の侮辱は許しません! 今すぐに今の言葉を撤回しなさい!」
「なんで俺がテメェの言うこと聞かなきゃなんねぇんだよ! あぁ!?」
ジンも勢いよく立ち上がる。
女の子は、アーサーとジンを左右におろおろと宥めようとする。
「あ、あの……」
「テメェは黙ってろ!!」
「は……はい……」
しゅん、と小さくなる。
アーサーとジンは睨み合う。
「事実を言ったまでだぜ。テメェは、自分が弱いのを知ってるんだよ。自覚はあるはずだぜ。だから、テメェはアーサーなんだろうが」
「──くっ! 貴方……!!」
「言い返すことも出来ねぇのか!? そりゃそうだよな。だから、テメェの親父は──」
「ジン!!!!」
腰にぶら下がる剣の柄を握る。体の魔力を瞬時に起こす。ジンも両方の腰についている二本の剣の柄を握る。
「殺るか……? テメェ……」
「貴方が望むのならいくらでも相手になりましょう……!」
両者の剣が鞘から少し抜け銀色が顔を出す。
瞬間、
「止めぬか!! 愚か者共!!」
怒号が二人の動きを静止させる。空気を震わせるほどの一喝。場に緊張が走る。
その怒号を放ったのは、ノルディフだった。
「ここをどこだか分かっとらんのはお主らの方じゃ! この場は、神聖な円卓会議の場であるぞ! 大陸の代表たる我々が仲間割れをしてどうするのじゃ! 新入りも居ると言うのになんなる醜態。お主らがそれほどに戦いたいのであれば、儂が相手になってやるわ!! さぁ、どうする!?」
鬼のような形相のノルディフ。体から溢れている魔力で長い髪や髭が少し浮いている。溢れ出る魔力だけで体が動けなくなる。
暫しの沈黙。
だが、先にジンが刃を納めた。
「わーったよ! 止めりゃいいんだろ、止めりゃあ。ったく、じぃさんと戦ったら体がいくつあっても足りねぇよ」
またも乱雑に椅子に座り直す。
アーサーも剣を鞘に納める。そして、静かに座り直した。
「すみません、取り乱しました……」
軽く頭を下げる。恥ずかしさを顔には出さないようにする。だが、体の熱は解けない。
二人の様子を見たノルディフは、安心しきったように笑う。
「分かれば良いのじゃ」
先程までの優しい老いた声が耳に届き顔を上げる。視界の端で円卓に足を乗せているジンを軽く睨んだ。ジンもそれに気が付き無言で睨み合う。
「それじゃ、改めてもう一度お願いできるかの?」
「は、はい」
深呼吸をして、緊張をほぐしている。覚悟を決めたのか、「よし」と呟く。ゆっくりと立ち上がる。身長はそんなに高くはない。小柄な体つきで同じ女としては、羨ましくもある。
「えっと……ぼ、僕は、アークテリア王国国王七代エミリオ・カルテ・ローデンスです。こ、此度は、この神聖なる円卓会議に出席出来たこと誠に嬉しく思っております。……えと、こ、これからもどうぞよろしくお願いいたします……!」
深々と頭を下げた。
拍手が響く。最も拍手しているのは二人だけだが、場所が場所なだけにやけに大きく聞こえる。
「ふん、何が僕、だ。気持ちわりぃ。女が僕なんて言ってんじゃねぇよ」
こういう小言が嫌でも響いてきて耳に入ってしまう。思わず口を出しそうになるが、少し我慢。さすがに怒られた後にまた喧嘩を売れば、ノルディフに何をされることやら。考えるだけで恐ろしい。
だが、エミリオが反応した。
「いや、その……」
「んだ、なんか文句あんのか」
「え? あ、えと、文句というか……」
困った顔をする。それにジンは苛つきを隠さない。
「ジン」
何故かノルディフが割って入る。ジンの顔が少し強ばる。
「なんだ。まだ何もしてねぇぞ」
「いや、そうではない」
苦笑いをしながら、エミリオを皺の多い指で指さす。
視線がエミリオに集まる。
「──彼は男じゃよ」
「…………は?」
「…………え?」
数秒の沈黙が数分のように感じられた。
アーサーとジンの視線がエミリオから離れられない。ついでに言葉も喉に詰まっている。
「正真正銘の男じゃ……残念な事にな」
落胆するノルディフ。なんでそんなに落ち込んでるのだろうか。
「……あ……ま、マジか……? お前」
「は、はい。男、です」
ジンは信じられないのかこめかみに指を当てる。だが、何かに気が付いたのか顔をあげる。
「そういえば、テメェ、名前なんて言ったか?」
「エミリオ・カルテ・ローデンスです」
「ローデンス……そうか、あのドS女の弟か。弟いるって言ってたな、そういえば」
「姉様をご存じなのですか?」
「当たり前だ。あの女は前回までお前の席にいたやつだからな」
エミリオが来るまでは、その姉が代表を務めていた。知らぬまに、王の座をエミリオに譲ったようだ。
アーサーは、名前を聞いた時からもしかしたら、と思っていたが見た目が完全に女の子だったので確証は出来なかった。
「なら、聞くがなんたってそんな服着てんだよ。変態かテメェ」
「ち、違いますよ!! 僕だって着たくて着てる訳じゃ……。その、姉様がこれ着ていけって……姉様の性格を知っているなら分かりますよね?」
「あの女なら、やりかねねぇな……」
「やりますね……」
「やるじゃろうな……」
「でしょ……? それに逆らったら、な、何をされるか……」
想像しただけでエミリオが、ガタガタ震え始める。アーサーもその人の笑顔を思い出し身震いした。
空気が一気に重くなる。ノルディフが怒号を上げた時よりも空気は重い。
「ま、まぁ、今はあの者の話をするのは止めるかの……」
ノルディフの意見に全員が賛同した。
「自己紹介も済んだことじゃし、本題に入ろうかの」
ノルディフが咳払いを一つした瞬間。大きく扉の開く音が響く。勢いよく開いた扉から一人の兵士が息を切らして入ってくる。
「失礼します!!」
腹の底から出した声が響く。銀色の鎧を着た若い男の兵士はその場で跪く。鎧からして、バルド王国の兵士だということはすぐに理解できた。
「おい、テメェ! まだ会議は終わってねぇぞ! 何勝手に入って来てんだ!」
本来、円卓会議の場に入ることが出来るのは代表者以外に禁止されている。その為、こうして兵士が有無も言わさず入ってくるのは異例だった。
「すみません! ですが緊急事態の為、早急に報告すべきと判断しました!」
顔を上げた兵士の顔を見て全員が何か起きたのだと察した。
「……言ってみろ」
ジンが静かに促す。兵士は返事をした後、アーサーに視線を移した。
「現在、エルステイン王国に黒い竜が突如現れたという報告が入りました!!」
一瞬何を言われたか分からなかった。兵士の言葉に自らが治める国の名前が出てきたのだ。思考が一瞬停止する。しかし、約一秒で全ての感覚が引き戻される。脳より体の方が反応は早い。
アーサーは勢いよく立ち上がった。
「────何!?」
********************
「私はこれより国へ戻ります。円卓会議はまた後日。では、失礼します」
マントをはためかせ、足早に部屋から兵士と共に出ていった。
扉が閉まる。
アーサーの背中が見えなくなった後、扉を見つめたジンは横目でノルディフを一瞥する。
「どう思う、じぃさん」
伺うような低い声にノルディフは、顎髭を撫でる。
「そうじゃな……。今はなんとも言えん。アーサーの報告を待つしかなかろう」
「そうだろうな。だが、俺が聞いてるのはそこじゃねぇ」
ノルディフ自身も分かってはいた。だが、わざと話を反らした。出来る限りそれについては触れたくはない。しかし、触れなければいけないのも事実。その点で言えば、ジンは肝が据わっている。
諦めたようにため息をつく。
「あ奴等との関連性は否定は出来んじゃろ。絶滅したはずの竜が姿を現したんじゃろ? 嫌でも、想像はするわい」
「今までの不可解な事件もそれに関わる……ってか?」
静かに頷く。
大きく舌打ちをし、立ち上がる。そして、静かに扉へと向かっていく。
「これについては、次の円卓で話そうぜ。まぁ、今度の祭りもあるしな……」
「そうじゃな」
ジンは、振り返らず手をヒラヒラさせて部屋からアーサーと同様に出ていった。
ノルディフは、エミリオの方を見る。アーサーやジンが居なくなり緊張が解けたのか上がっていた肩は、下がっていた。
「すまんの、お主の晴れ舞台を」
「い、いえ! 気にしないでください。……それより、アーサー様のお国は大丈夫なのですか?」
「安心せぇ。あそこの国は、優秀な魔術師が多いからの」
「そう、ですか……」
優しく胸を撫で下ろす。だが、まだ不安は振り切れていないのか顔は少し曇り気味だ。
ノルディフは、少し考える。
黒い竜。一度どこかでそのような竜を見た気がする。だが、どこで見たのかいつ見たのか思い出せない。靄がかかった映像を見ている感覚。なんともスッキリとしない。
一度考えるのを止め、円卓に手をつき立ち上がる。
「儂らも、ここを出るとするかの」
「は、はい! 大賢者様!」
歩き出そうとした足を止める。こちらに近付いてくるエミリオを困った顔で見つめた。
「エミリオ、それは止めてくれんかの」
「えっ? ……あぁ、大賢者様、ですか?」
「そ、そうじゃ。今はただの老いぼれのじじぃじゃよ」
「な、何を言いますか!? 大賢者様は、今でも──」
「お願いじゃから、これからはその名以外で頼む」
エミリオは、不満そうだがしぶしぶ納得した様子。
「では、ノルディフ様と呼ばせていただきます」
ノルディフも納得して笑顔になる。
こうして、エミリオが初参加の円卓会議が終了した。
二人並んで扉へと向かう。歩みを止めぬままノルディフは、エミリオに問いを投げる。
「のぉ、エミリオ」
「はい、なんですか?」
「本当に男なんじゃな?」
「はい、男ですよ」
「女だったり──」
「男ですよ」
「実は──」
「男ですよ」
「…………じゃよな、すまん…………」
肩を落として落ち込むノルディフ。その背中は、とても小さかった。




