第46話 最後の危機
浮遊する城に一人。
ギーツを倒した時にできた割れ目に足を投げ出し寝転がっているシルヴァ。上半身は裸である。夕暮れ時の風が火照る体を微かながら冷やしていく。
今のシルヴァは、使い魔だ。魔力がなければ消滅してしまう。ニックの魔力も底をつきかけており危ないところだった。万全の状態を百とするなら、ニックとシルヴァは共に十ぐらい魔力しか残っていない。二人のの魔力が底をつきた時、シルヴァの肉体は完全に消えてしまうだろう。何か目的があるわけではないがこうして存在する以上、みすみす消滅するのも癪だ。今この瞬間を大事にしたいとシルヴァは考える。
余分な魔力を消費しないよう鎧は全て脱ぎ、体にかけていた付与魔術も全て解いた。鎧は身に着けているだけで魔力を食う。燃費の悪いことこの上ない。
ニックの方も怪我をしているのが契約の証で伝わってくる。幸い、シルヴァがいる以上死んでないだろう。一刻も早くニックの元へ早く行ってやりたいが、生憎と身体は動かない。
肺に新鮮な空気を取り込み吐き出す。
「勝ったのか……」
紫色の空を見上げる。さっきまでの戦闘が嘘ではないかと思うほどに静かだ。いまいち勝ったという実感が湧かない。
右手の拳を上げ視界に入れる。拳は、未だにギーツを殴った時の痺れが残っていた。それが、あの戦いは嘘ではないのだと告げていた。
ギーツ。
その名前を思い出すことは結局出来なかった。しかし、これから先シルヴァがこの名前を忘れる事はないだろう。
それに最後に見せたあの笑顔。憎しみだけでギーツは今まで戦っていたが最後だけは違った。純粋にシルヴァとの戦いを楽しんでいた表情だった気がする。
そして、シルヴァもそれに応えた。
結果はこの通りだ。自然と口角が上がってしまう。
「強かったな……あいつ」
痺れる拳をもう一度強く握る。
心の中で思う。またあいつと戦いたい、と。
どこかで天井が落ちたのか砕ける音が聞こえてくる。
しばらく休んだシルヴァは周辺を確認する。ボロボロと音を立てながら天井や壁が崩れていく。
「そろそろ俺も移動するか。結界はもうねぇようだしな」
痛む体を起こす。特に異常な点はない。胸の十字の傷と魔力以外の傷はほとんど治りかけている。後は時間の問題だろう。手を着き立ち上がる。治癒魔術をかけていないせいで全身が軋んだ。
「転移魔術は……出来ねぇから、飛ぶか」
魔術を使い空を飛ぶ。これぐらいなら問題はないだろう。体に感じる浮遊感。勢いよく上昇する。そして、戦場だった場を見下ろす。
ギーツとシルヴァが殺し合った場所。
そこは、すでに元の形は無く中央から真っ二つに割れていた。壁も天井もほとんど壊れ瓦礫が散らばっている。
だが、ここでシルヴァは初めて気が付いた。勘違いしていたのだ。
「おい、ここ城でもなんでもねぇじゃねぇか……」
戦いの時、意識は全てギーツに向いていた。戦っていた場所がどんな所かなんて意識もしてなかった。
その場を初めて見て驚きを隠せない。
ほとんど壊れかけだがシルヴァとギーツが戦っていた場所は石で出来た直方体だったもの。下にはしっかりと土が付いていた。
まるで城の一部を抉ったような。浮遊城というよりは浮遊部屋という方が正しい気がする。
「なんで、あいつはこれを城なんて言ったんだ……?」
確かに面影はある。城のような装飾が僅かに外側に見える。考えられるのは一つ。この浮遊部屋を見て考えられるのはこれくらいだろう。
「元々城の一部で、これは切り離された部屋ってことか。んで、その事をギーツは知っていた。だから、これを城なんて言っていたのか……」
これが一番妥当だと思う。
しかし、疑問は解決しない。そもそも元の城はどこへ行ったのか。なぜ、切り離す必要があったのか。なぜ浮いているのか。これは誰のものなのか。
疑問を出せばキリがない。
「まぁ、考えるのは後にすっか……こうして空飛んでるのにも魔力使うし。さっさとニックの所に行くか」
頭を振って疑問を強制的に奥に引っ込める。些末な疑問だ。
シルヴァは呼吸を整えニックの元へ向かおうとする。
瓦礫が大きく崩れる音がした。視線を思わわず下に向けると、浮遊部屋はさっき見た時より小さくなっている気がする。これは物理的に小さくなっているのではない。つまりこれは、
「なんか……落下してねぇか……?」
徐々に高度が下がっていく。
天井は全て壊れたようだが壁はまだ少し残っている。壊れるのも時間の問題だろう。二つにに割れた浮遊部屋は、どんどんシルヴァと離れていく。
「……気のせいじゃねぇ。落下してる」
ギーツが倒れたからだろうか、二つに割ってしまったからだろうか分からないがこのままでは落下する。
まぁ、別に落ちてもシルヴァ自身全然構わないのだが。
とりあえず、落下する場所を確認する。浮遊部屋は真っ直ぐに下に落ちていく。その先をシルヴァは確認する。
「…………」
見てはいけないものを見てしまった気がする。一度目を瞑って深呼吸。はい、もう一度。
「……おい、おいおい。勘弁しろよ……」
唖然とする。なんか、ちょっと笑えてきた。……あ、やっぱ全然笑えない。
「この下────」
**********************
終わった。
ダイスの姿は消え去り残ったのは宙に舞う灰。それを見上げるロゼリア。杖を握る手が少し強まる。
リナの腕を肩に回しているニックは一緒に近づいてく。
「ロゼリア先生!」
乾いた喉のまま声を上げる。ロゼリアの耳にも届いたのかゆっくりと金髪のおさげを揺らす。
こちらを向いた時には、いつものロゼリアに戻っていた。
「お前たち……」
足早に近付いてくる。というか、走ってくる。
「せんせ────」
「このバカもんがぁぁぁ!!」
持っている杖でニックとリナの頭を叩く。頭の中に響くような重い一発。
二人は、体の痛みを一瞬忘れて蹲り頭を押さえる。
「いっつ〜〜……」
「ちょっと先生! 何するんですかっ! というか、宝玉の方で殴らないでくださいよ! 一瞬気絶するかと思いましたよ!? せめて宝玉の付いてない方でお願いします!」
「ニック、論点たぶんそこじゃない……」
痛すぎてなんか涙出てきた。
目の端に涙を浮かべながらロゼリアを見上げる。
瞬間、重い感覚が体に乗る。それが、ロゼリアだと気付くのに少しだけ時間がかかった。
二人を強く抱きしめる。
「バカもんじゃ、お前らは! 人をどれだけ心配させる気じゃ……!」
ロゼリアの声が微かに震えていた。そして、さらに強く抱きしめられる。
暖かい。ロゼリアの体温だけではないようだ。ニックの体はすでにボロボロだ。動くだけでも痛みが体を襲う。だが、こうしていると何故だか痛くない。この暖かさが痛みを癒してくれているのだろうか。分からないけど、この暖かさは心地が良い。
ゆっくりとロゼリアが離れる。
「お前たち怪我は……して無い訳ないか」
ロゼリアの目元が少し赤い気がするが言わないでおこう。
「リナは足を怪我しておるな。ニックは……なんでそんなボロボロなんじゃ、お前。よく意識があるの」
ロゼリアがニックを見て驚いている。リナはその事を初めて知り驚きの声を上げている。
「肋骨三本が折れて、背骨に罅。筋肉の損傷。詳しくは診てみなければ分からんが」
「あ、僕そんな事になってるんですね……」
「どうしてそんなボロボロなんじゃ」
「ダイスと戦っていたからですよ」
「……は?」
「……え?」
ロゼリアとリナが沈黙を置いて変な声を出した。
「た、戦っていたって……お前がか?」
「まぁ、一方的に殴れてただけですけどね」
「いやいや、ニック! あの男のパンチなんて食らったら一発で死んじゃうやつだよ!? 防御壁じゃあれは防げないし私の神の盾も1回しか防げなかった。それにニックにあの男と戦うための魔術なんて使えないじゃん!」
ぐさり。鋭利な言葉がニックの胸を貫く。
「リナ、ニックの胸を抉るでない……」
「え、なんの事ですか?」
「無意識じゃと!?」
天然とは恐ろしい。
「ねえ、ニック!」
説明を求めているのかどんどん近付いてくる。リナの顔が迫ってきた。ロゼリアも説明を求めるようにこちらを見ている。
ニックは、手でリナを制す。
「分かった、分かったから」
「……あっ……ごめん」
リナは慌ててすぐに離れていく。とりあえず、一安心。鼓動が次第に落ち着いていった。
息を一つ吐きダイスとの戦闘の事、神の盾を使えたことを手短に説明する。
「ほぉ、ニックが神の盾をな」
「すごい、すごいよ! ニック!」
自分の事のようにリナは喜んでいる。そんな風に喜んでくれるとニックもにやけてしまう。しかし、ロゼリアはそれを喜んでいるようには見えなかった。
「なぁ、ニック」
「はい。なんですか?」
「お前が神の盾を使えたことは、わしも自分の事のように嬉しいぞ。じゃがな、もしそのダイスとやらの攻撃が防げなかったらお前はどうなっていた……?」
「それは……」
たぶん死んでいた。いや、確実に死んでいただろう。この場でリナやロゼリアとまた喋ることは出来なかったはずだ。
「結果的に助かったからいいようなもののもう少し考えて行動せぇ」
「……はい、すいません」
肩を落とす。しかし、ロゼリアは小さく笑う。
「だが、それはわしにも責任がある! もっと早くお前たちの元に駆けつけてやれば良かったのじゃがな。わしも反省じゃ。しかし、よくやった。お前のおかげでこうしてリナも無事じゃ。わしは本当に嬉しいぞ」
その笑顔はとてつもなく優しいものだった。ニックの事を本当に心配してニックの成長を本当に喜んでいた。
だから、ニックもその笑顔に全力で微笑みを返した。
「ひとまず、お前たちに治癒魔術をかけるがいいか?」
「はい、お願いします!」
「魔力も無いようじゃからわしのを分けてやる」
「ありがとうございます! ロゼリア先生」
杖を二人に向けると宝玉が淡く光る。体の中身が満たされ傷が癒えていくのが分かる。皮膚に出来た切り傷は消え元の肌に戻っていく。骨や筋肉は時間がかかるのか小さな痛みが中からチクチクと体を癒す。脇腹に出来た大きな傷もみるみる治っていく。魔力も送られてきて体が熱くなっていった。
『────……に…………っ……』
突然変な声が聞こえた。
耳からではない。これは頭の中から直接聞こえてくる。ノイズのようなものが混じってよく聞き取れない。
「どうしたの? ニック」
「あー、いや、別に何もないんだけど。ただ、なんか──」
『──お……く…………! ……こえ……か……!』
また聞こえた。なんか、怒ってる?
「ニック?」
「あ、ごめん。なんか変な声が聞こえるんだよね」
「声?」
「うん、なんか怒ってるっぽい感じの……」
「私は全然聞こえないけど……」
「いや頭の中に直接、なんだけど。これ何だろう」
首を傾げる。ロゼリアは、治癒魔術で集中している様子。あまり話しかけない方が良さそうだ。
まぁ、きっと空耳だ。無視しよう。
『おい!! 聞こえるか、ニック!!』
「うぉぉぉあああ!!」
いきなり大音量の怒号が聞こえ思わず尻餅をつく。そして、その怒号の声はもう聞きなれた声だった。
「し、シルヴァ……?」
『ったく、ようやく通じたか……』
今まで呼び掛けていたのか、疲れたようなため息が聞こえてくる。
「えと、シルヴァ。今までどこに──」
『今はそんな話をしてる暇はねぇ! 近くにロゼリアいるか。いるなら、ニックを経由して俺と通信しろって伝えろ! 急いでな!』
「あ、うん。分かった」
『通信』とは、他人と離れた距離で会話ができる魔術である。主に魔術器具として使われることが多い。通信距離の問題でそのまま通信を使う人はあまり居ない。
ニックは何が何だか分からないが、とりあえず焦っているような声音なので急いでロゼリアに伝える。
「あの、ロゼリア先生」
「……なんじゃ、今お前たちの怪我を治すために集中してるんじゃが?」
「それが、シルヴァが急いで伝えたいことがあるそうなんですけど……」
「シルヴァが?」
「なんでも僕を経由して通信して欲しいそうです」
「なんでじゃ?」
さぁ、と首を傾げる。今もなお、シルヴァの催促が聞こえてくる。
「ロゼリア先生出来れば早めにやっていただけると助かります。なんかシルヴァの機嫌がピンチなので」
「シルヴァがそういうなら、まぁするがの」
そういってロゼリアはニックの胸に手を当てそこから、自分の胸に手を持っていく。
「シルヴァ、繋がったか? 何かわしに用かの?」
『ロゼリア! 緊急事態だ! 今、お前たちがいる学園の上に────』
何か変な音が上から聞こえてくる。三人はその音を耳に聞き同時に天を見上げた。
「なっ……」
「うゎ……」
「あっ……」
三人揃って変な声が漏れる。他の人から今の状況を見たら間違いなく間抜け三人組という異名が付きそうだ。
だが、そうなってしまうほどのものが上にある。まさしく異常だった。
『これ《・・》が落ちるぞ!!』
見えるのは巨大な土の塊。二つに割れている何かは瓦礫をこぼしながら落ちてくる。あまりに大きすぎるそれは、雲からゆっくりと顔を出す。
「な、なんだ……あれ……」
自然と言葉が口から溢れた。
「おい、シルヴァ! なんじゃあれは!?」
『細かい説明は省くが、浮遊する部屋ってのが一番ピッタリな言葉だと思う。まぁ、現在進行形で落下中だが』
「そうじゃな。それなら、落下する部屋、が今は適切じゃな」
「二人とも呑気なこといってる場合じゃないんですけど!!」
「……分かっておる」
ロゼリアは、ため息をつき真剣な目で落下する物を見つめる。
「シルヴァ、お前自身でどうにか出来んのか?」
『今は無理だ。色々あって魔力が足りない。つか、どうにか出来てたら連絡なんてしねぇ』
「そうじゃな。なら、何か策はあるか? 落下するこれをどうにかする」
『破壊はできねぇ。そうすれば学園に破片やらが落ちて大惨事だ。となればどこかに落とすしかねぇだろ。もちろん人の居ない場所にな。だが、そうなると……』
「落とす場所をどこにするか……か」
ロゼリアは、顎に手を当てる。ニックも考える。
「ねぇ、ニックたちが何話してるか全然分かんないんだけど……」
ニックとロゼリアの視線が小さく手を上げたリナに向く。シルヴァとの通信を共有していないリナが困った顔をしている。だが、落下してくる物を指差す。
「もしかして、あれの落下場所をどこにするかで悩んでる?」
「え? う、うん」
「なら、この学園に落とせば?」
「……え?」
ちょっとリナさん、何を言ってるんですか。そんなことしたら、
「ありじゃな」
「ありなの!?」
「この学園は無駄に広いからの。落とす場所としては最適じゃな。落とすとしたら……あの無駄にでかいグラウンドあたりかの」
今日の授業でシルヴァが先生として実習をしたところだ。落下してくる物が落ちるにはギリギリ大丈夫な広さをしている。けど、本当に大丈夫なのだろうか。
「他の所よりは全然安全じゃよ。今、生徒らは本校と寮に全員おる。下手に街に落とそうとすれば失敗したとき大きな損害が生じる。そもそもそこまで移動させる事が出来るかも分からない。なら、一番近い学園に落とすのが最善じゃろう。というか……もうあの高さまで来たらここに落とすしかなくね?」
「軽っ!? そんな簡単に決めちゃって良いんですか!? もし、シルヴァが失敗したら……」
『おい、ニック。誰が失敗したら、だって?』
シルヴァの声で我に返る。
そうだ。移動させるのは誰か。上位魔術を無詠唱で使うようなシルヴァだ。そんなシルヴァが失敗などするはずがない。なにしろ、彼は魔王なのだから。
「……分かった。じゃあ、それでいこう!」
もう一度、落下する巨大な物を見上げた。
改めて思う。でかい。あんなもの誰にも止められない。けど、不思議と頬が緩む。
シルヴァなら、絶対に止められる。ニックは心の奥でそう思った。




