第45話 金色の魔術師
「後悔、だと……?」
ダイスがロゼリアの言葉を咀嚼する。次第にダイスは高らかに笑う。
「ナメているのか、貴様。誰かと思えば、子どもが一人増えたところで何になる。しかも、学園の教師だと。バカにするのも大概にするんだな」
「バカは貴様じゃ。さっきの魔術を食らって尚、わしの実力が分からんのなら本物の阿呆じゃな。悪魔が聞いて呆れる」
ダイスから笑いが消える。
「そうか、なら望み通り殺してやる」
「誰もそんな事は言っとらん。話を聞け、バカが」
「貴様ぁ!!」
ダイスは地面を砕き、駆ける。
ロゼリアは杖を鳴らす。乾いた音と共に周囲から四本の太い根が突き出てくる。根の先は槍のように鋭く、それは生き物のようにうねうね動いている。
だが、ロゼリアが杖をダイスに向けた瞬間。矢の如く四本の根はダイスの命を取りに行く。普通の人なら根がこちらに向かってくることさえ視認出来ない速さである。が、ダイスはしっかり捉えていた。
左右、双方斜め上から。同時に襲ってくる四本の根をほぼ同時に全力で殴る。根の先は、ダイスの呪腕によって溶けていく。溶けて砕けた根は、使い物にならなくなりぐったりと地面に落ちる。
しかし、元々この根は本命ではない。
本命は、ダイスの後ろである。地面からダイスの背中を狙った一本の根。心臓部に鋭く刺さろうかという瞬間。その姿は消えた。標的を見失った根は、そのまま動かなくなる。そしてその根は、振り下ろされた踵で砕け散る。砕けた根を見下ろしロゼリアに冷めた目を向けた。
「この程度か……?」
「……同時に四本を潰せる肉体、一瞬で上空に跳んでからの踵落とし。反応もいいときたか。存外にやるようじゃな」
「ふん、興醒めだな。私には時間が無いのだ。貴様のようなガキに構ってる暇などない!」
ダイスはまた一気に駆けようと腰を落とした時。足に違和感があることに初めて気が付いた。右足に巻き付いた緑色の蔓。指くらいの太さの蔓は、絡まっているのか脚を引っ張っても全く千切れない。
「後悔させると言ったじゃろ」
ロゼリアの声と共にダイスの周囲に先程と同じような根が四本出てくる。
「──何っ!」
大蛇のような根は、ダイスを絞め殺すように捻れる。四本は捻れ合い、一本の螺旋を描いた樹になる。
グググ、と奇妙な音をたてながらさらに捻れ、中にいるダイスを絞め上げていく。普通ならばこれでダイスは肉塊になっておしまい。
しかし、彼は悪魔だ。普通ではない。
急に樹が膨らみ始める。根の折れる音が大きくなっていく。そして風船のように弾けた。中からは、ダイスが両腕を広げ無傷で立っている。
木屑が辺りに散らばるが、それもすぐに消え去った。というよりは、溶けた。
「──腐敗領域」
ダイスの周囲を黒い霧が漂っている。それは、地面の芝生を溶かす。途切れて上から降ってくる根もその霧の中に入ると瞬時に溶けていった。
「範囲内での溶解。その領域に入れば触れずとも溶ける……というところか。全く黒魔術はろくなものがないの」
なんでもないように言い捨てるロゼリアは、杖を構える。後ろから根が突き出てくる。今度は、十本。
魔術を解いたダイスは、ゆっくりとロゼリアに近付いていく。
「その程度の魔術では私は倒せんぞ。そもそも私の使う魔術と貴様の使う魔術では相性が悪すぎる。それすら理解出来ていないようでは、本当に実力を把握できないのは貴様のようだな。これでは後悔させるなど到底不可能だ」
「確かにそうかもな……じゃが、わしの生徒に手を出した時点でお前の運命は決まっておる」
「言ってろ。ガキ」
二人が一気に駆けた。ロゼリアの後ろを十本の根がついていく。ダイスはそれに迎え撃つ為、拳を構えた。
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「す、すごい……」
あれが魔術での本気の戦闘。ロゼリアが使う魔術は全てが上位魔術。根を操る魔術、『根動槍』を主に使っているみたいだ。この魔術を無詠唱でロゼリアは使っている。しかも何本もだ。シルヴァにも引けを取らない。
攻撃の合間に放つ炎の玉も人間が食らえば一瞬で消えてしまうほどの威力。多種多様な魔術をロゼリアは駆使しているが、それを拳で相殺するダイスはどうかしている。
今、目の前で起きている魔術、武術は確実に命を奪えるもの。謂わば死を見ている。殺し合いだ。
その光景に妙に心がざわついた。心臓を誰かに触られている気色の悪い感覚。見惚れているのか、恐怖しているのか、それとも……。
「────ん……」
ニックの後ろで小さな音が聞こえ振り返る。
木に寄りかかっていたリナがゆっくりと瞼を持ち上げていた。
「リナ!?」
「ん、あれ? ニック……? 私、確か……」
必死に薄れている記憶をハッキリさせようと頭を押さえる。徐々にリナの記憶が鮮明になっていった。
「ニック! あの男は!?」
「今、ロゼリア先生が戦ってるよ」
「えっ、ロゼリア先生?」
「さっき助けに来てくれたんだ。ロゼリア先生が来てくれなかったら今頃……」
さっきまで命懸けだったのを思い出し手が震える。それをリナに見られないよう隠し、ロゼリアたちの戦闘に目を向けた。
「ここはロゼリア先生に任せて僕たちは逃げよう。ここに居ても先生の邪魔になるだけだ」
「うん、分かった」
そう言ってニックは立ち上がる。リナに手を伸ばした。
「立てる?」
「なんとか……いっ!」
ニックの手のひらに手を置いていたリナが顔を歪める。右足首を怪我しているのかそこを押さえていた。ニックはリナの足首に軽く触れてみる。触っただけでも痛いのか小さく声を漏らす。
「だいぶ腫れてる。でも骨は折れてない。たぶん捻挫だと思う。リナ、治癒魔術って使える? それならすぐ治ると思うんだけど」
ニックには治癒魔術は使えない。こういう時に何も出来ないのは本当に悔しい。
「使えるには使えるんだけど……実はもう魔力がほとんど残ってなくて今は無理かも」
「そっか。あっ、じゃあ僕の魔力を……!」
急に視界が揺らぐ。地面に手を置いて急激な吐き気を我慢する。普通だったら気を失っていたかもしれない。だが、身体中の痛みがそれを許してはくれなかったようだ。今はその痛みに感謝する。
「ニック、大丈夫!?」
「だ、大丈夫。僕の魔力を分けようと思ったんだけど、なんか僕の方もすごい魔力消費してて……」
「本当に大丈夫……?」
心配そうに見つめてくるリナに微笑む。
「全然大丈夫。魔力が完全になくなったわけじゃないから。残ってる魔力をあげちゃうと僕が魔力切れ起こしちゃうな」
「私は大丈夫だから気にしないで」
「ごめん……」
情けなくなって俯くが、そんなことをしている場合ではない。今後ろで殺し合いが起きているのだ。悠長していたら、戦闘の邪魔になりかねない。
かぶりを振って、ニックは立ち上がる。
「一先ず、急いでここを離れよ」
「うん!」
「よし、それじゃあ。えーと立てる?」
「手を貸してくれれば、なんとか」
今度は、リナの腕を肩に回し慎重に立ち上がる。リナは痛そうに顔を歪めているが何も言わない。我慢しているのだろう。
「痛むかもしれないけど少しの間だけ我慢して。僕も出来るだけゆっくり歩くから」
「ごめん、ありがと」
リナの温もりや柔らかさが伝わってくるが、ニック自身それを全く意識していなかった。というより出来なかった。
自分がもっと魔術を上手く使えていたらリナに怪我を追わせることもなかった。そもそもシルヴァからの特訓にリナを参加させなければリナを巻き込むような事にはならなかったはずだ。治癒魔術でリナの怪我さえ治せないような人間がこれから魔術を使えるようになるのか。
結局、奇跡的に神の盾を使えたが、リナの身を守ると称して守っていたのは自分の身だけだ。ロゼリアが来てくれたから良いようなものの、来なければ確実に二人とも死んでいた。
思考が悲観的になっていく。緊張の糸が途切れてしまったからだろう。今までの行動が間違っていたように思えてきた。もっと上手く出来たのではないかと。
「ニック? どうしかした?」
「……え。あ、ごめん、なんでもない」
とりあえず、遠くに行こうと歩き出そうとした瞬間。後ろで物凄い音が鳴り思わず振り返る。リナも釣られて振り返った。
そこには、少し離れた所にいる二人。
ダイスは、左腕を横に真っ直ぐに伸ばしている。視線は何かを見下ろしていた。
土煙が晴れる。ロゼリアは、ダイスの前に立っていた。
「──────え?」
ただ、ロゼリアの頭が首を離れ地面に転がっていた。
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少し前。
一本の根がロゼリアを追い越しダイスに立ち向かう。しかしダイスは、拳を全力で放つ。根は弾けた。溶けた根が地面にべちゃべちゃと落ちる。
ダイスは、朽ちた根を見ることなく走り出す。
だが、すでにロゼリアの攻撃は懐に入り込んでいた。
「────っ!」
地面から真っ直ぐにダイスの顎を狙ってくる根っこ。体を全力で反った。同時に体を回転させて回し蹴りで根をへし折る。間髪いれずに上から二本の根。体勢を瞬時に直し二本を黒い腕で掴む。どろり、と溶けていく。
ロゼリアへと視線を向けると未だにこちらへ駆けていた。子供の脚では付与魔術でもしなければすぐにはこちらには来られない。
ダイスは違和感を感じていた。
「妙だな……」
ロゼリアの魔術を最初に食らい、これまでの魔術見てきた。ダイスにとって不服だが、ロゼリアの魔術は一流だ。並大抵のものじゃない。
それにあの齢。子供とは思えない魔術の腕。それにも関わらず付与魔術は使っていない。
それがあまりにも違和感。
「──いや、どうでもよいか」
思うところはあるが、今考えている暇は無い。相当なロスをしている。ギーツがやられた今、一人でも多く殺さなければ顔向けできない。
ダイスは蜘蛛のように姿勢を最大まで低くする。右足を後ろに下げ全魔力を集中させる。そして、全力で地を蹴った。地面が砕け土が宙を舞う。地面を飛ぶように走る。真っ直ぐに行けば二歩、地を蹴ればロゼリアの元に着く。
それをロゼリアは許さない。走りながら上下でダイスを狙う。地面を突き刺す根と地面を突き破る根。数にして十本以上。避けられるものではない。が、彼は全て避けた。
不規則にジグザグを描きながら、体を回転させて根を全て避けたのだ。
ロゼリアは、小さく舌打ちをする。あれだけの数を全て避けられるとは思っていなかった。咄嗟に半歩後退りする。
「どこへ行く……」
目の前にはすでに拳を構えたダイスがいた。
小さく声を漏らし、大きく後ろへ跳ぶ。逃すまいと拳を放つ。
ロゼリアとダイスの間に何かが割って入る。ロゼリアが防御の為に地面から生やした根だ。
無駄だった。
黒い拳は根を容易く貫通し後ろにいるロゼリアに拳を放つ。しかし、当たることはなかった。
なぜなら、ロゼリアはあり得ない速度で後ろへ跳んでいたから。厳密には、腰に巻いていた蔓がロゼリアを高速で引っ張っていた。ロゼリアが密かに仕込んでいた緊急回避用の蔓だ。
「これは少々、厄介じゃの……!」
蔓が腰から離れ後ろ向きで地面を滑る。早急に次の魔術を。
「どこへ行く、と聞いている」
後ろからの声に振り返る。
ダイスの手刀がロゼリアの首を通る。
そして、その首は落ちた。べちゃりと、音を立てて首が転がる。
冷淡な目付きのまま首から上の無い胴体と落ちた物を見下ろす。
「呆気ないものだな。所詮は人間か。実に脆い。この程度で死んでしまうとは……。己の弱さを後悔するがいい」
濡れた手刀を下ろそうとする。
しかし、やけに手が冷たい。それに血独特の粘りけや臭いが全くしない。ゆっくりと左手を顔の近くに持ってくる。
「これは…………水……?」
後ろに気配。
全力で右手で裏拳を放つ。しかし、何も当たらない。ただ体を後ろに向けた時、なぜか頭が取れていたはずのロゼリアの姿が懐に見えた。
腹に根が突き刺さる。根の先がダイスの背中を突き破り真っ直ぐにダイスの体を運んでいく。
腹の中が混ざる。喪失感と異物が入り込んだ気持ち悪さが一瞬でダイスを支配した。口一杯に血が貯まる。喉から沸き上がる血を身体が必死に吐き出させる。
口元を血で汚しながら黒い拳を腹に突き刺さっている根に殴り付けた。根は簡単に途切れたが、勢いのままダイスは地面を転がる。血が辺りに撒き散らされた。
「……な……んだ、と……」
訳が分からない。
苦痛に歪んだ顔のまま重たい頭を上げる。
「ほぉ、まだ死なぬか。しぶといな、さすがは悪魔じゃ」
「きさ……まぁ……! 何故……!!」
腹を押さえながら立ち上がる。傷を触って改めて自分の体に穴が空いているのだと自覚する。気持ち悪さが一気に増したが、それよりも今は謎を知りたいという方が勝っていた。
「……分からんのか?」
首の繋がっているロゼリアが、落ちていてる首を持ち上げる。実に奇妙な光景である。同じ顔の者が同じ顔の首を持っている。
ロゼリアは、杖でその首を突っつく。
「お前が切った首は、わしの偽者じゃ」
「にせ、もの……だと」
「『偽造氷像』。氷結魔術の一種でな。自分と同じ姿をした者を氷で造り上げる魔術じゃ」
「いつの間に、そんな物を……!!」
「お前が目の前に現れて根をわしとの間に入れた時じゃよ。緊急回避用の蔓を使っていたのは、わしではない。偽造氷像じゃよ」
手に持っていた物を後ろへ投げ捨てる。首は砕け水となった。胴体も既に水となって水たまりを作っている。
「言ったはずじゃぞ。わしの生徒に手を出した時点でお前の運命は決まっておると、それに後悔させるともな。ニックたちを危険な目に遭わせ、二度も学園に結界を張りよって!」
「……結界? なんの話だ!」
「惚けても無駄じゃ!」
ダイスは、怪訝な表情をする。ロゼリアもダイスの様子がおかしい事に気が付く。暫しの沈黙が流れる。
「……結界はお前では無いのか?」
「そんなものを張った覚えは、無い。第一、私の目的は学園の生徒を殺すこと。結界を張れば、侵入できなくなる」
ロゼリアは、一瞬視線を逸らすが一つ息を吐きダイスを見つめる。
「……そうか。じゃが、わしの生徒に手を出したことには変わりはない」
ロゼリアの周りを魔力が渦巻く。ダイスは、穴の空いた腹から手を離し拳を固く握る。
この命がある限り少しでも多くの命を狩る。それがダイスの目的。ギーツの命令。
その為に一歩前に踏み出した。ロゼリアの元に着くために力強く。地面を砕くつもりで。
瞬間。懐にロゼリアがいた。
驚異的な速さ。ダイスの倍の速度。反応できないダイスの胸に淡く光る宝玉が当てられる。
「お前はニックとリナを傷付けた。それだけでお前を倒すには十分じゃ……!」
ダイスを見上げるロゼリアの目。その目に慈悲などない。あるのは確かな殺意。それはニックやリナに向けられる優しいものとは程遠い。慣れたような目。何度か同じような経験をしているのだろう。そこに一切の躊躇はなかった。
ダイスはそこで初めて理解した。
この女は強い。おそらく、ギーツと同等。もしくはそれ以上か。
「────煉獄華」
ダイスの体を瞬時に焔が包む。渦巻き迅速にその中の者を焼き尽くす。
断末魔が響く。
ダイスの肌は焼け、衣服も灰と化す。
自分の顔を覆い叫び続ける。全身が焼けていく。外も中も全てが消え去る。そんな感覚がダイスを襲う。
ダイスの使っている、腐敗させる呪腕。魔術でさえ溶かしてしまう魔術。しかし、ロゼリアの魔術を溶かすことは出来なかった。まとわりつく焔を腕を払って溶かそうとするが、無駄だった。
なぜか。簡単な話。ロゼリアの方が圧倒的に強いから。たったそれだけ。それ以外の理由などない。
燃え盛るダイスを見てもロゼリアには響かない。苦痛で数歩退くダイスに追い討ちをかけるべく焔の中に宝玉を入れた。杖はなぜか燃えずダイスの焦げた胸に当たる。
「爆ぜろ……」
爆発が焔の中で起きる。勢いが強まりさらなる叫びが響く。しかし、ロゼリアは止まらない。何度も同じ事を繰り返す。
ゆっくりと退くダイスを追い同じ言葉を送る。
「爆ぜろ……爆ぜろ……爆ぜろ……!」
もうダイスの面影など存在しない。黒い何かが焔の中で揺らいでる。焦げているのか、あれが本来の姿なのか。もはや誰にも分かりはしない。
しかし、ダイスはまだ生きていた。寄ってくるロゼリアをまだある目で見て呟くように声を上げた。
「思い、出した……。その金髪……その容姿…………貴様、金色の────」
それが最期の一言だった。
「爆ぜろ……!!」
渦巻く焔が膨らみ一気に弾ける。それはまるで華のように優美で鮮やかだった。
その華をロゼリアは見つめていた。感情など生徒を傷付けられた怒りだけだ。
けど、その奥底には別の感情があるように遠くで見ていたニックは思った。
こうして悪魔が死んだ。ダイスの亡骸は無い。ただ投げ捨てたマントだけが宙を舞っていた。どこに行くわけでもない。風に乗ったマントは夕日に照らされ飛んでいった。




