第43話 その背はまだ遠く
半壊する壁に抉れた地面。
壊れた壁から風が通っていく。しかし、その風は、二人の剣戟で消えさる。
澄んだ青空はもうなく、遠くで朱色の太陽が地平線へと向かっていた。その光が剣を交えている二人を横から照らしている。
二人の剣は、互いが互いの命を軽く奪えるほどの力だ。
なぜ、そんなものを使うのか。意味はあるのか。
……きっと意味はある。
その意味は、今剣を交えている二人にしかきっと分からない。
「───はぁァァァァ!!」
声を上げながら血塗られた剣を降り下ろす。剣は空を斬るが、そこから赤い斬撃がシルヴァへと飛ぶ。さらに斬撃を放った後、力強く地を蹴り一息で斬撃の後ろにつく。
血塗られた剣を脇腹に構えながらいつでも斬れるような体勢をつくる。ギーツが放った斬撃は最初の時とは威力の差がまるで違う。例え、普通に受けたとしても体勢は崩れる。横に逃げられようとも脇腹に構えた剣で横一線に斬る。斬撃を魔術で防がれようともそれは変わらない。
ただそれは普通の敵ならば、という話だ。
シルヴァの姿が一瞬にして消える。転移魔術である。
斬撃は、狙った人物に当たらないまま進んでいき壁に当たり爆発する。
ギーツは、ブレーキをかけ辺りを見渡す。
「……いな──」
何かを感じ横に跳ぶ。
さっきまでギーツがいた場所が弾けその衝撃で地面を転がる。すぐさま立ち上がり、さっきまで立っていた場所を睨む。
そこには、大剣を持ち上げているシルヴァの姿があった。
「殺気を隠したつもりだったんだがな。俺の気配に気付いたっていうより今のは経験で培った直感って感じだった」
半分は当たっている。もう半分はただの運だ。
今のは本当に危なかった。反応が遅れていれば真っ二つだ。
「おいおい、黙りか……悲しいだろ」
「フンっ、ほざいてろっ!!」
ギーツは、力強く血塗られた剣を突き立てる。
その瞬間、シルヴァの足下から深紅の針が乱雑に突き出る。しかし、その攻撃は誰にも当たっていない。
狙った本人は、いつの間にか目の前にいた。
気付いた時には、胸を狙った回し蹴りが放たれていた。剣を引き抜き防御するが、蹴りの衝撃で壁まで飛ばされ突き破った。
体は、浮遊感に襲われるが魔術を使い空を飛ぶ。
「チッ──黒炎!!」
自分が出てきた壁を狙い手のひらを向ける。黒い炎が勢いよく飛んでいく。ギーツは、さらに撃ち続け十発以上の黒炎がシルヴァを襲った。
ギーツの頬を汗が伝う。魔力の使いすぎか呼吸も荒れ始める。
「殺ったか……」
壁も盛大に崩壊し天井は最早意味を成していない。故に、中の様子も見易い。黒煙が風で流されていく。
居た。
シルヴァは、何事も無かったかのように立っていた。剣を肩に乗せながらギーツを見上げている。そして、ゆっくりと片方の口角が上がった。
「────くっ……!!」
おかしい、なぜ倒せない。相手は偽物だ。簡単に殺せるはずなのだ。それに黒き断罪の十字架を一度食らっているはずなのにあいつは、立っている。あれを一度食らった時点で遊戯の勝敗は付いていた。
だが、この今の状況。圧倒的劣勢。
下で何が起きてるかは分からないが緋魔の数も半分をきっている。異常だ。並の魔術師でも緋魔を殺すには足りない。それをこんなも早く殺されるとは思っていなかった。下には、余程腕の立つ魔術師がいるのだろう。だが、それにしたって異常なのは間違いない。
無意識に剣を持っていない手で前髪を鷲掴みにする。
思い描いていたものが、総崩れになっていく。ただでさえ、崩れているものがさらに勢いを増せば誰でも焦る。
「なんなんだ……」
それも全て、あいつのせいだ。銀髪の男。
「偽物なんかが……」
憎悪を込め男を睨んだ。
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余裕をかまして笑ってみたものの、今のシルヴァの状況は笑えるものではない。血は流れすぎて気を抜けば膝を着いてしまいそうになる。十字の魔術を食らったせいか、体の中はぐちゃぐちゃだ。片手間に治癒魔術でなんとか壊れたところを治しているが、十字の魔術の侵食の方が早い。
もって後、数分。
ニックも何かをしているようだが、もうそっちに意識を持っていくのも辛い。
「一応、魔王なんだがな……。ったく、情けねぇ」
自分が魔王だというのは紛れもない真実だ。
だから今の状況はあまりにも無様といえよう。魔族の頂点に立つ自分がその下の悪魔に対しこんなボロボロな姿である。
「そりゃ、偽物って言われても仕方ねぇと言えば仕方ねぇ、か……」
だが、自分が魔王であるということに変わりは無い。それだけは、はっきりと断言出来る。
ゆっくりと肺に新鮮な空気を取り込む。空の上にいるからか取り込んだ空気は冷たい。喉の奥で血の味がするが構う必要はない。
ただ、目の前の敵に集中するのみ。
「ギーツ!!」
声を上げ呼んでみるが返事は無い。あるのは、上空からの睨みだけだ。
「別にそっから攻撃してくるのは、構わねーがよ。自分の拠点を壊してるが、いいのか?」
「……これは、俺のじゃない」
「──なに?」
小さかったが確かに聞こえた。
「どういうことだ。この宙に浮くこれは、お前のじゃないのか」
「これも偶然見つけたものだ。もともと、邪竜の骨も緋魔の死体もこの城で見つけたもの」
城? ここは、城の中なのか……それも宙に浮く。
「浮遊城なんてもんを偶然見つけたり、そん中に死体があったり……随分と運が良いじゃねぇか」
「まぁ、確かにな……。見つけた時には、驚いたし運が良いなとは思ったさ。それに、邪竜を放ってすぐにシルヴァさんがそれを倒した時には自分の運の強さを誇った。……しかし、それは結局偽物だった」
見下ろす深い赤の瞳が一層冷ややかになる。
シルヴァはため息をつきながら肩に手を置く。
「テメェ、そろそろ認めろよな……」
「認められるわけがないだろう。貴様のような雑魚がシルヴァさんの訳がないのだから……」
「なら、今度こそ証明してやるよ。俺が、シルヴァだってことをよ」
「黙れ……」
ギーツの周りを黒い炎が四つ囲んでいる。見下ろす瞳には、憎悪しか見えない。だが、その瞳の奥に悲しみが見えたのはきっと気のせいではない。
「黙れェェェええ!!」
黒い炎が勢いよく飛んでくる。だが、それはシルヴァに直接飛んできているものではなかった。
シルヴァの周りの壁や天井にぶつかり爆発し破片を撒き散らす。
「瓦礫で潰そうってかっ……!」
横に駆ける。
今までシルヴァがいた場所の天井が崩れていく。そのまま立っていたら潰れていた。
もう魔力も余裕はない。転移魔術を使いすぎた。加えて通常状態で付与魔術、治癒魔術を使用中だ。それになぜかニックの方でも魔力を使われているためすぐに決着を着けないとシルヴァ自身が消滅してしまう。
本来、主からの魔力で使い魔は動くことが出来る。だが、シルヴァとニックの場合は少し違う。何故そうなっているのかは不明だが、個別に魔力を有している。これによりシルヴァが魔術を使ってもニックに影響はない。ただシルヴァの魔力が著しく低下するとニックの魔力を消費し始める。それも普通なら問題はないのだが、それにより二人の魔力がゼロになった場合シルヴァが使い魔として存在することは出来なくなる。それだけは絶対に避けなければならない。
走っている後ろの壁が次々に爆発する。壁は弾けると同時に天井の崩壊へと繋がっていきシルヴァが駆けた道は瓦礫で埋もれていった。
「あのヤロっ!!」
走りながらギーツがいるであろう所、斜めに向かって手のひらを向けたその時。
真横の壁が弾ける。完全に意表を突かれた。
その壁を弾いたのは、血塗られた剣を持つギーツだった。
距離にして三メートル。
既に突きの構えを取っているギーツ。シルヴァは、全く別の方向に右手を向け大剣も左手にある。左から回すように斬りにいくよりギーツの突きの方が早い。避けれない。
転移魔術で避けるか、いやもう魔力の余裕はない。使えても精々一回だ。使うのは今じゃない。
なら……。
右の手のひらを固く握る。
全力で血塗られた剣を突く。狙うは、その顔面。魔力を込め、ただ真っ直ぐに突く。
「取った────!」
甲高い音が爆発する壁の音に混じって響く。
目の前の光景に目を疑った。なぜか、剣が半分に折れ、剣先は宙に浮いている。
シルヴァは、ギーツの剣を転移魔術で避けるでもなく剣で弾くでもなく、拳で折った。こともあろうに殴ったのだ。
素早く、殴った手でギーツの手首を掴み走った勢いのまま体を回転させぶん投げる。ギーツは、地面を転がる。シルヴァも無理な体重移動で膝を着く。
数秒ぶりに静けさが戻る。
「あっぶねぇ……」
シルヴァは、剣を突き刺し立ち上がる。ギーツもそれを見て立ち上がる。
「貴様……俺の剣を……」
「悪いな。今のは、あーするしか無かったからよ」
「転移魔術で避ければ良かっただろう……」
「あんなことで転移魔術なんて使ってたら魔力がもったいねぇだろ? それにお前の剣を壊せるならこっちの方が数倍良い」
「……」
不愉快だ。今のあの状況をあんなこと、で済ませやがった。歯が欠けるんじゃないかと思うほどギーツは奥歯を噛んだ。
だが、少しおかしい。違和感がギーツを襲う。妙な異変。今の一連の流れに妙な違和感があった。
なら試す価値はある。
「さて、お前はその剣でどうするつもりかな?」
「……」
俯いて立っているギーツに向かって大剣を構える。
沈黙の間に体の傷を少しでも癒す。
ふと、視線を落とすと小さな血溜まりが出来ていた。シルヴァのものでは無い。大きい傷は全て塞ぎつつある。
「おい……」
ギーツの声で視線を戻す。
「あんたは、この剣を壊すためにあんな事をしたのか……」
「つーより、ついで、だな」
それを聞いて顔を上げたギーツは、白い歯を見せ笑う。
「なら、残念だったな……」
「あ?」
「忘れたか? 俺の剣が何で出来ているか」
そうだった……。ギーツの剣は、血そのもので出来た魔剣だった。つまり、シルヴァが剣を折ったのは全く意味の無いことになる。
んじゃ、この血溜まりは血塗られた剣の剣先ってことか。
折れた剣先は、どうやら血に戻るらしい。
「剣よ、我が血を吸え」
ギーツの謎の言葉の後、半分に折れた血塗られた剣は瞬時に元の剣に戻る。さらには、刀身の色も以前より濃さを増していた。
「あんたは、必ず殺す。……だが、それももう叶う」
「叶わねぇ」
「いーや、叶うさ。あんたはもう転移魔術が使えないんじゃないのか」
「……」
「さっきの攻撃は完全に不意を突いていた。転移魔術を使う機会にはもってこいだ。だが、使わなかった。剣を折ることで難を逃れたが折れなければ今ので死んでいた。そんな賭けをあんたはしない。つまりそれは転移魔術はもう使えないということ。わざわざ、魔力が勿体ないという理由を付けてな」
「俺の言葉が本当だったらどうする?」
「そうだな、それもありえる。だが、限りがある。もし使えるとしても残りは一回といったところだ。そして、その一回も……」
ギーツは、剣を斜めに振り上げた。
すると、さっき見た血溜まりが鋭い針となってシルヴァの顔を狙ってくる。それを寸前で躱し、追撃を防ぐ為血の針に触れ魔術で凍らせる。
それが、まずかった。
シルヴァの意識は、血の針へといき血塗られた剣が地面に突き刺さっていることに気付くのが遅れてしまった。
「これで、使えない!!」
シルヴァの周りを地面から出た血が高く上がる。このままでは包むようにして血はシルヴァを捕らえる。
だから、シルヴァは、転移魔術を使わざる得なかった。
視界が切り替わる。
こちらを横目で見て笑っている悪魔。それに血で出来た球体。さっきまでシルヴァがいた場所にそれは浮いている。どうやら、地面から出てきた血は球体になり宙に浮いているようだ。
ギーツが、剣を球体へと向けると血は流れるように剣へ吸い込まれる。
ねっとりとした笑みがシルヴァを嘲笑う。
「これで、あんたはもう転移魔術は使えない。なら、もう勝負は決したようなものだ」
ギーツからの殺気が増す。それに応えるようにシルヴァも剣を構える。
「使わずともテメェくらい倒せる」
「ぬかしてろォォ!!」
ギーツが、一息で駆ける。いや、駆けるというよりは、跳んだ。距離は一瞬にして縮まりシルヴァを押すようにして鍔迫り合いをする。
体は、ギーツに押され壁を突き破り地上を背にして空へ落ちる。
「あんたは、ここで終わる!! シルヴァさんの名を語った時点で万死に値する! あんたが、自分をシルヴァさんだと言うのなら俺を倒してみやがれ!!」
「あぁ、そうか────ならっ!」
大剣を縮めギーツの剣を押して弾く。空いた腹に蹴りを食らわせギーツとの距離を離す。苦悶の表情のまま魔術を使い宙に浮く。
シルヴァは、体勢を直し空中に神の盾を発動しそれに乗る。
「終わらせるぜ……そろそろ、こっちもマズイんでな」
ある程度体の方は回復した。
治癒魔術を解き、魔力は攻撃だけに集中させる。
瞼を下ろし呼吸のリズムを一定にし呼吸を一瞬止めた。腰を落として剣を両手で構える。剣先を下へと向けた。
「ギーツ……テメェも全力で来い……」
シルヴァの姿が一瞬消える。
だが、その姿はギーツの目の前で剣を振り上げていた。
それが、ただ単純な移動だと気付くのに時間はかからない。が、明らかに速すぎた。今のは、転移魔術を使っているんじゃないかと疑う程に。
振り上がる大剣を後ろに飛ぶことで避ける。だが、追い討ちを掛け膝がギーツの腹に入る。
呼吸が止まり、胃から食道へ何かが逆流する。間髪入れずにシルヴァの回し蹴りがもう一度腹に入れられる。
体は、弾丸のように飛びさっきまでいた浮遊城の瓦礫へと落ちる。
「……くっそ……! ────なっ!」
痛む腹を押さえながらシルヴァを見上げる。そこには、長過ぎる刀身の大剣を高く掲げているシルヴァの姿があった。その長さ約五十メートル以上。それを容赦なく振り下ろす。
自分が小さくなってしまったのではないかと錯覚するほどの剣がギーツに迫ってくる。すぐに立ち上がり、魔術で空を飛び回避する。
後ろで振り下ろされた大剣により全てが弾ける。
あれが、自分に振り下ろされていたと考えると震える。その震えを抑え、シルヴァへと全力で飛んでいく。
そのスピードは、今までの比ではない。
さっきのシルヴァと良い勝負である。だが、相手の方が速かった。
素早く突いた剣は、シルヴァの頬を掠っただけだった。
短くなった大剣は、振り上げられる。ギーツは体を咄嗟に逸らすが刃は体を斜めに斬る。傷口から血しぶきがあがった。
────おかしい。
シルヴァは、そのまま剣を回転させ今度は逆から斜めに斬り上げた。再度血しぶきがあがる。
ギーツの体にバツ印の傷が出来上がった。
「十字のお返しだ……」
左の手のひらをギーツの体に向ける。
無詠唱で放たれた炎がギーツを包む。
────おかしい、おかしい。
その炎に向かって刀身を長くした剣を振り下ろす。炎の塊は、また瓦礫に落ちる。だが、今度は刃と共にだ。
鎖骨に当たる刃は、重力と共に鎖骨に罅を入れる。血塗られた剣で防ぎきれなかった。
大剣は、また短くなる。それが、堪らなく悔しかった。自分に慈悲がかけられたのではないかと奥歯を噛む。
────おかしい、おかしい、おかしい!!
体には、クロスした傷。脇腹と右肩の肉は削げ骨も至るところが折れている。息をするのが、苦しい。喉を通る空気が熱くて口の中が火傷しそうだ。
「なんだ……これ。なんで、俺が……」
瞼が強制的に下がろうとする。
それは、ダメだ。傷口を強く抑え瞼を上がらせる。
最早、意地で立ち上がった。膝は震え、肩で息をする。血の流しすぎか目眩が襲うが、剣を突き立て何とか転ばずに済んだ。
「くっそ、血を使いすぎたか……」
流しすぎたのではない。吸わせ過ぎたのだ。この赤い剣に。
たった二回。
今までの戦場で二回以上、剣に吸わせたことくらいはある。だが、今回二回も吸わせるべきではなかった。なぜなら、血の補給が出来ないから。相手を倒してその血を吸って初めてこの剣の本領が発揮される。一対一の対決にはあまり向かないのだ。
「シルヴァさんだと思って満タンにしてきたんだがな……」
相手は、偽物だった。だから、血を使いすぎることは無かったはずだった。
なのに、今は剣が自分を食らおうとしている。
血は圧倒的に足りない。しかし、剣は未だに血を欲している。相手の攻撃でも血を流す。しかし、剣は未だに血を欲している。
「そうだな……なら、全部持ってけ……」
自然と口角が上がる。だが、すぐに笑うのを止め口元を押さえる。
「っ! なにを笑っているんだ、俺は……」
頭を振って集中する。
血を全部使うなら覚悟を決めろ。あの技を発動させる!
「……剣よ、我が血を吸えぇぇえ!!」
体が一気に重くなる。
構うな。思いっきり地面を蹴れ。
体は、真っ直ぐにシルヴァへと向かう。風の音が耳障りだ。
構うな。剣を構えろ。
「はぁぁぁぁぁぁアアア!!!」
シルヴァは、剣を構え突撃してくる。ギーツは飛びながら、とある詠唱を始めた。
「紅く、紅く。牙を立て、血に濡れよ。喰らうは、肉。紅う、紅う! 死の味を!! ──────死を喰らう紅い牙ぁぁああ!!」
血塗られた剣を突き上げる。赤い刀身は、変形し獣の口の如く牙を立てる。赤い牙は、血も肉も骨も全て喰らう。
ギーツがシルヴァを倒すために造り出した『心意魔術』。己が心を象徴した魔術の到達点。ここに行き着く者は数少ない。ギーツはそのうちの一人。
これを打破できるのは誰も居ない。
シルヴァさん一人を除いては!
「言っただろ……無詠唱も出来ねぇ奴が調子乗んなって……」
ドスの効いた声が聞こえたときには既に、赤い牙は凍っていた。
音を立てて牙は砕けた。そして、そこから、剣を振り上げるシルヴァの姿が見えた。その姿は、ギーツの心に恐怖を滲ませるのには、十分だった。
ありえない。あれが、こんな簡単に……。こんな事出来るのは……出来るのは……。
「終わりだ。ギーツ────」
大剣を振り上げるシルヴァの目に何かが映る。
素早く、刀身を失った剣を動かすギーツの姿。その動きは、十字架を描いていた。
「なら、してやるよ!! 無詠唱で!!」
胸を抉る十字の魔術。『黒き断罪の十字架』は同じ場所に無詠唱で発動された。
シルヴァは、勘違いをしていた。赤い刀身は失ってなど居ない。なぜなら、ギーツの血を今もなお、吸い続けているのだから。
体が衝撃で少し離れる。シルヴァの持っていた大剣は手を離れ、下に落ちる途中で霧となり消えた。十字の傷から、血しぶきが上がる。その血しぶきは、太陽の光が当たり宝石のように輝いていた。
それに目を奪われ、ギーツは高らかに笑う。
「俺のか──」
何故か胸ぐらを掴まれる。掴んでいるのは、目の前の銀髪の男。反れた体を無理矢理起こし苦悶の表情でギーツを睨む。
「な、に。あれを二度も食らえばあんたの体は、俺の血に!」
「あのな……悪魔の血に負けるほど魔王の血は弱くねぇんだよ!!」
……あぁ、そうか。やっぱりそうなのか。
薄々、心の隅では気付いていたのかも知れない。いや、最初から気付いていた。あの銀髪に青い瞳。忘れる訳がない。間違える訳がない。だって何年も追い続けた憧れの魔王なんだから。
「この悪魔遊戯……魔王の勝ちだ……」
右手は、引かれ固く握られている。
あぁ、楽しい。笑うのを我慢できない。これが、この魔王の……。なら、それに応えなければ。
ギーツは、心の底から叫ぶ。それを待っていたかのように、受け入れるように腕を広げる。
「さぁァァ来いっ!! シルヴァァァァァァァァァァァァァ!!!!」
シルヴァの拳は、ギーツの頬をめがけ振り下ろされる。
ギーツは、そのまま真っ直ぐ落下し浮遊城を二つに割っていく。
最後に見せたギーツの笑顔は、まるで少年のような笑顔だった。そして、ギーツの赤い瞳の奥には、未だ遠くにある背があったような気がした。




