第40話 魔剣 血塗られた剣《ブラッディソード》
背中に何か違和感を覚えた。
ニックに何か……。攻撃を受けた……?
静かな痛みが背中を中心に広がっていく。耐えられない痛みではない。ギーツから受けた背中の傷の方が余程痛いくらいだ。けれど、確かにその痛みは存在した。つまりこれはニックに何かあったという証明。この痛みはシルヴァが感じているより大きい痛みをニックが受けていることになる。
気になる。今すぐ確認しに行きたいが今は、そういう訳にもいかない。
「戦闘中に考え事とは、余裕そうだなぁぁ!!」
耳に大声が入り込みシルヴァの意識は、目の前から走ってくるギーツに引き戻される。
今は、目の前の敵に集中しなければ。ニックには、ロゼリアの元へ向かえと言ってある。緋魔が学校に向かった以上、異変には気がついているはずだ。今のニックにはロゼリアがついているはずだ。ここはロゼリアを信用しよう。
「うるせーよ!」
柄を強く握り横に払う。長く伸びた大剣は、ギーツの脇腹めがけて流れてくる。
当たるとは思っていない。なぜなら、あの魔術を使ってくることは分かっていたから。
それはシルヴァ読み通り当たることはなかった。
「──影体!」
ギーツの体が黒い煙となる。剣は、煙を通り抜けていく。
「ったく……!」
もう何回もこんな事した気がする。いい加減シルヴァは我慢の限界だ。攻撃が当たらないのでは意味がない。影体の対策も考えなければならない。
見た限り、あの魔術は自分の体を影にする魔術。正確には黒い煙になる。最初は、光系統の魔術を使えばなんとかなるのではないかと思った。けど、壁を壊して光がこの部屋に差し込んでいる状況でも影体は使えた。ということは、光系統の魔術では通用しない可能性が高い。んー、分からん。
ギーツが、煙から元の姿に戻る。血塗られた剣は右手に握られている。走った勢いのまま急停止をかけ地面を滑る。剣先を下に向けていたが、滑りながら振り上げる。
シルヴァは、大剣の刀身を短くし二メートルほどにする。
「死ね……!」
不敵に笑ったギーツの剣から赤い斬撃が飛んでくる。それをシルヴァは、剣で振り払う。が、それは今までの威力とは明らかに違っていた。
斬撃とシルヴァの剣が触れ合った瞬間、目の前で起こる爆発。
「──なにっ!」
斬撃は、弾け爆発した。シルヴァは、その衝撃波に体を後ろに倒される。
視界は、黒い煙で埋まる。煙の中、キラリと何かが光った気がした。シルヴァは、理性ではなく本能で転移魔術を使ってそれを回避した。
煙の中から赤い剣先が素早く真っ直ぐに伸び、黒い煙を巻き込み剣を突いた先に風が起こった。渦を巻き地面を抉りながら進んでいく。そして、壁まで進んでいき壁までも破壊した。
シルヴァは、ギーツの後ろにいた。距離は離れている。
ギーツは、剣を突く体勢をしていたが、体勢を戻しゆっくりと振り返る。
「外したか……」
「……テメェ……」
威力が違う。先程の斬撃も突きも最初に見たときより格段に威力が上がっている。
「何しやがった」
「さぁ~?」
わざとらしく両肩を軽く上げる。小馬鹿にしたような笑みを浮かべながらギーツは剣を構える。
「よく考えて観察すれば、分かるんじゃないか?」
……こいつ、ムカつく。
その言葉に乗るのも癪だが、ギーツをくまなく観察する。すると、シルヴァは一瞬でその変化に気がついた。
「剣の色が、濃くなってる……」
「ひゅ~、正解だ」
口笛を吹きながら愉快に笑う。構えていた剣を地面に突き刺し乾いた拍手をシルヴァに送る。
「そういえば、その剣も魔剣だったな。ってことは、それもその剣の力ってところか?」
「あぁ、この剣は血によって強くなる。俺自身の血を吸わせて威力を上げたって訳だ」
「そんな力まであんのか……ったく、めんどくせぇ魔剣だな。だが、いいのか? お前は、今、緋魔を召喚してんだ。なのに、そんな自分の血を魔剣に吸わせて本格的に死ぬぞ」
「確かに、百体を召喚した状況で魔剣に血を吸わせるのは自殺行為だ……。けどな、そんなのあんたをさっさと殺してしまえば済む話だ」
「随分とナメられたもんだな。テメェじゃ俺に勝てねぇよ」
「……それはどうかな?」
ギーツは、薄気味悪い笑みを浮かべる。その笑みに、少なからずシルヴァは警戒した。
「あー、一つ言い忘れてた」
「……?」
突き刺した剣の柄頭に手のひらを軽く乗せる。
「この剣はな、こんな事もできるんだよ」
この言葉を聞いて一気に身構える。
が、何も起きない。
「おい、何が──」
激痛が襲う。その痛みは、左足から来ていた。
瞬時に視線を下ろす。
赤い何かがシルヴァの足と共に黒い鎧を突き破っている。下手に抜こうとすれば、今よりも更なる痛みが襲ってくる。その赤い何かは、先が鋭く尖っていて針のような形をしていた。
その針はギーツの持つ剣の色と酷似していた。
「──っ! て、てめぇ……!」
痛みに耐えながら前にいるギーツを睨む。
しかし、前には誰も居なかった。その代わり、上からただならぬ殺気を感じた。
すぐに上を見上げる。剣を降り下ろしながら落ちてくるギーツが上にいた。
シルヴァは、舌打ちをし刀身の長さを一メートルほどにする。そして、降り下ろされる剣を防ぐために剣を倒す。
黒い刃と赤い刃がぶつかる。
ギーツの全体重をかけた一撃をしっかりと防ぐ。普通ならそんな一撃どうということはない。すぐに弾き返し反撃に移るのだが、今の状況でそれは出来ない。
さっきよりも倍近い痛みが左足を襲う。攻撃の衝撃が全て足に乗るためその痛みは想像を絶する。足の肉が、変な音を立てた気がした。歯を噛み締めて防御しながらその痛みに耐える。
そんなシルヴァを見てさらに白い歯を見せ笑う。そして、静かな声で何か呟いた。
「黒き十字架は──」
苛立ち気味にシルヴァは、ギーツを睨む。何を言っているのか問おうとしたが、足の痛みが口を開く事もさせてはくれない。
この時、シルヴァは足ばかり意識がいっており血塗られた剣の力を一瞬忘れてしまっていた。それは、一度シルヴァが受けた謎の現象。
防御していたはずの血塗られた剣が、シルヴァの大剣の内側に入り込んでいた。
「──っ!!」
赤い刀身が下に下ろされる。また同じ位置。左肩から脇腹辺りまでを斬られる。だが、その剣は鎧によって防がれる。金属音が鈍く鳴る。
鎧を着ていなければ致命傷だった。武装していなかったら今の一撃で状況は大きく変わっていただろう。
シルヴァは、ギーツの重みが無くなりほんの少し和らいだ痛みで冷静さを戻した。すぐに転移魔術でその場から遠ざける。足に刺さった血の針もそれで抜けるはずだ。
無詠唱で転送を使用する。移動した場所はギーツの後ろ。すでにギーツは立ち上がっている。
シルヴァは、痛む右足を無理矢理動かし攻撃を仕掛けた。柄を握って大剣を持ち上げる。
ギーツもシルヴァに気が付いたのか肩越しに振り返る。何故か、まだギーツは笑っていた。白く鋭い歯を見せながら。
その笑みが何を意味するか分からない。シルヴァの脳内を嫌な予感が巡っていく。
そして、ギーツの口が小さく動く。
「──転送……」
足下が白く光る。目線だけを下に向けると白い魔法陣が地面に発動していた。
こんな所に設置型魔法陣だと!
視界が瞬時に切り替わる。目の前には、何故かギーツの横顔が見える。そして、目線が重なる。
「罪への証──」
シルヴァの胸を何が横切る。それが、血塗られた剣だというのに少し時間が掛かった。
つまりは、斬られたのだ。しかし、これもまた鎧によりシルヴァ自身には傷は付かない。
「さっきから何がしてぇんだよっ!」
大剣を振り上げギーツに斬りかかる。
だが、尚もギーツは笑っている。そしてまた、ゆっくり口が動いた。
「────黒き断罪の十字架」
その言葉が耳に届いた時には、それは起きていた。
何故か、体が後ろに飛んでいく。そして、壁に激突し凹みを作る。壁に寄りかかり、ずるりと地面に尻をつく。
口の中をねっとりとした何かが占領していた。鉄の味がする。咳き込むとそれは、勢いよく出てきた。血だ。
「──なっ……に……」
訳が分からない。
けど、分かることはある。鎧と自分の体にある傷。
それは、十字架のような傷だった。




