第32話 憧れたその背中
サラサラの銀色の髪。快晴の空のような青い瞳。存在感のある黒い鎧。
その魔王の背中に一人の男は憧れていた。その魔王がいつから存在しているかは覚えていない。だが、男にとってそんなことなどどうでも良かった。
一度だけ彼の戦いを見たことがある。確かそれは、あの戦争よりだいぶ前の事。
その昔、男は弱かった。
生まれたばかりで力もなく魔術の腕もない。何もなかった。そんな魔族なんて格好の標的である。奴らに暴力、罵倒、遊び感覚で殺されかけたこと。今でも思い出すと憎悪が沸き上がってくる。
そんな頃に彼の戦いを見た。
男の前に立っているのは、どこからともなく現れた黒い鎧着た銀髪の少年。まだ、あどけなさを残しているが凛々しい顔。こちらを心配しているのか、肩越しに振り返る彼の顔に男は目を奪われた。
「大丈夫か?」
綺麗な声だな……。そう、思った。
「とりあえずは、大丈夫そうだな」
間抜けな顔をしてるであろう男の顔を見て小さく笑った少年は、前を向く。
目の前には、六人の同族がいた。
「誰だ、お前。見ねぇ顔だな」
一人の悪魔が、口を開く。それから、次々に言葉が俺の前にいる少年に向けられる。
「そこどけよ。邪魔」
「俺らは、そいつに用があんだよ。誰だか知らねぇけど引っ込んどけよ」
「殺すぞテメェ!」
少年は、男の前から動かない。
「おい! 聞いてのんか!」
一人の悪魔が声を荒げる。しかし、少年は退かない。ただ黙って男の前に立っている。
だが、少年はやっと目の前にいる悪魔たちに向かって口を開いた。
「何してんの? お前ら」
静かにそう聞いた少年に、六人は腹を抱えて笑いだす。
「教育だよ、教育」
「……教育?」
「あぁ、そいつ魔術もなんも出来ねぇから俺らが教えてやってんだよ」
「……」
「体で直接食らった方が覚えやすいだろ。まぁ、教えてもこいつには出来やしねぇけどな」
また、大声で笑いだす。
男は、言い返すことが出来ない。なぜなら、その通りだからだ。唇を噛み締めながら拳を強く握る。
「じゃあさ──」
唐突に少年が口を開いた。
「俺もお前らに教育してやるよ」
「──は?」
六人が眉を八の字にしている間にすでにそれは、六人の喉を捉えていた。
少年の周りに冷気が漂っている。
「俺の前で、くだらねぇ事してんじゃねーよ」
六人の喉ギリギリで止まる尖った氷。地面から斜めに伸びた鋭利な氷はあと少しすればその場を血で染めるだろう。
そいつらが、それに気付くのには数秒掛かった。六人は、それぞれ小さく声を上げ一歩後退りする。
一人がその氷を見て呟く。
「この魔術……っ! お前、まさか……」
その男の表情が恐怖に染まっていく。そして小さく、
「お────」
言葉を遮り男の顔ギリギリに何かが物凄い速さで通り過ぎる。その男の頬から真っ赤な血が伝う。
「おっと、わりぃな。俺、教えるの下手だからよ。つい当てちまった」
少年の側には小さな尖った氷が数本か浮いていた。それを見て、それが飛んでいったのだとすぐに分かった。
六人もそれを悟ったのか、少年を睨む。
「て、テメー! よくもやってくれたな!!」
「ぜってぇ許さねぇ!」
少年に、向けられる言葉を聞いているのか聞いていないのか少年はただ前を見ている。
そして、ゆっくり腕を軽く上げる。人差し指以外を軽く丸め人差し指を六人に向かって二回ほどクイクイッ、として挑発する。
「教育開始だ。アホ共」
「お前が何者かなんて関係ねぇ! ぜってぇ殺す!!」
少年の挑発で六人が、一斉に攻撃を仕掛けてくる。
だが少年は、余裕そうにまた肩越しに振り返った。
「ちょっと離れてろ。あぶねぇから」
「…………」
男は、何も出来ずにただその少年の言葉に従った。
そして男は、その戦いを間近で見た。
心奪われた。
どんな魔術を使ったかは覚えてはいないが、その戦いに心奪われたのは確かだ。六人の攻撃を軽く躱して少年は相手に確実に魔術を当てていく。その姿は、実に優雅で華麗だった。あっという間にその戦いは片付いたが、男からすればそれは数時間の戦闘に思えた。
六対一。数では圧倒的に不利だったが、少年はそんな状況の中一人余裕な表情で立っていた。地には六人が倒れている。
「今度俺の前であんな事してみろ……次はねぇぞ」
悔しそうな声が地で倒れている六人から聞こえてくる。
「そら、とっとと消えろ。じゃねぇと……」
中指と親指をくっ付け指を鳴らす構えをする。それが、何を意味するかは言葉と状況で誰もが理解できただろう。だからこそ、六人は立ち上がってその場をすぐに立ち去った。
そんな六人の背中を少年は見送った後、ゆっくりと振り返る。
「終わったぞ」
自分に話しているんだと分かるのに数秒掛かった。
「あっ……ありがとう、ございます……」
「おう、まぁ気にすんな」
「……」
緊張して全然喋れなかった。聞きたいこと、言いたいことたくさんあるのにそれは喉に詰まって出てこない。
そんな、男の様子を見て少年は小さく笑って前へと歩き出す。一度止まって軽く手を挙げる。
「そんじゃーな。またどこかで会おうぜ」
そう言って止めていた足をまた動かす。
行ってしまう。ダメだ。それは、ダメだ。
男は、詰まっていた言葉を強引に吐き出した。
「あ、あの!!」
少年は、銀髪を揺らし振り返る。
「な、名前……」
「名前?」
男は、何度も無言で頷いた。
「俺の事、知らねんだなお前……」
「?」
何を言ってるのか分からず首を傾げる。
「あー、いやこっちの話だ。そうか、名前ね……俺は、シルヴァ」
「シル、ヴァ……さん」
「あぁ。魔王シルヴァだ」
その時は、心底驚いたものだ。
魔王がなんでこんなところに。魔王は、あの方々以外にも居たんだと。
同時に自分の無知さを知った。
「ま、魔王……様。す、すみません。僕、知らなくて……」
「別にいいさ。わざわざ言う必要無かったな。悪い。とりあえず、俺は帰るけど……まだ、なんかあるって顔してるな」
「えっ……!?」
思っていることが顔に出ていたのか、男は自分の顔を触った。触ってもよく分からなかったが。
「んで? なに?」
「……」
男は、先程の戦いを見て一番心に思った事がある。
この人のように、強くなりたい。
だからだろう。男がそんな事を言ったのは。
「あの! 僕強くなります! 魔王様のように! かっこよくて強い、貴方のようになりたいです! だ、だから……」
「……」
「僕が、強くなったら! ほ、本気で僕と戦ってくれますか!!」
変な事を言っていると自分でも気付いていた。けれど、その言葉は真剣そのものだ。
魔王シルヴァの強さに惚れた。だからこそ、この人と本気で戦ってみたい。勝ちたい。そんな欲望が男の体を侵食していく。こんな事を思うのは、悪魔だからだろうか。いや、なんでもいい。この気持ちだけは本物なのだから。
けど、受け入れてくれるかどうかはシルヴァ次第だ。仮にも魔王。そんな悪魔の戯れ言など、聞いてはくれないだろう。と、高をくくっていたが、
「いいぜ」
あっさりと了承してくれた。
「ほ、ほんとに良いんですか?」
「別に構わねぇよ。けど、一つだけ条件」
人差し指を立てる。
なんだろう? と、思ったがそれは意外な条件だった。
「絶対に強くなれ」
「え?」
「俺と互角に戦えるくらいに強くなれ。いつになってもいいお前が俺と互角に戦える、そう思ったら俺のところに来い。いいな?」
「は、はい!!」
心の底から嬉しかった。初めて生きていて良かった、と思った。
「んじゃ、帰るが……っと、忘れてた。お前の名前、聞いてなかったな」
「ぼ、僕ですか?」
「俺も教えたんだ。教えてくれよ」
「僕は、ギーツです。悪魔ギーツ、です」
「ギーツ……か」
シルヴァは、小さく笑う。
「良い名前じゃねぇか」
「はい!」
「お前の名前覚えたぜ。そんじゃ、俺は行くよ」
「絶対、会いに行きます! そして、絶対勝ちます!!」
「あぁ、待ってる。期待しているぜ、ギーツ」
そう言ってシルヴァは、口元を緩める。
そしてシルヴァは、静かにその場から消えた。
「行っちゃった……」
小さく呟く。
男は、決意した。必ず、強くなる。武術も魔術も何もかもを極めて魔王シルヴァに会いに行く。
そして、男は──ギーツは、約束を果たす為に強くなった。
けど、魔王シルヴァは忽然と姿を消した。
しかし、ギーツは諦めていなかった。
これは、まだ会うべき時ではない。
そう、自分に言い聞かせさらにギーツは強くなった。何度も戦い、勝って、負けて、勝って、負けて、勝って、勝って、勝って勝って勝って勝って勝って勝ち続けた。
だからこそ、あの戦争にも参加した。シルヴァが、来ることを信じて。
だが、それは叶わなかった。
だから戦争の後、ギーツは戦争で見つけたダイスを連れさらなる力を手に入れるため旅に出た。
そして、見つけた。
長年待ちわびた約束を果たす時が、ついに訪れたのだ。嬉しくないわけがない。
エルステイン王国に遊びのつもりで邪竜を送り込んだ。そしたらどうだ。倒したのが魔王シルヴァと来た。それを知ったときは、言葉に出来ないくらい。嬉しかった。そして、同時に高揚した。
貴方と戦える。やっと、やっと!! 本気で戦える!!
なのに──────。
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シルヴァは、黒い大剣でギーツの剣を受け止める。そして、力をいっぱい横に払いギーツの体を真っ二つにしようとする。が、それはあっさりと避けられる。瞬時に次の一手が飛んでくる。それをシルヴァは、後退しながら大剣で受ける。
重と速。
二人の剣戟は、まさにそれだ。
シルヴァが、軽々持ち上げていても記憶の欠如のせいで上手く大剣の力を発揮できない。力任せで剣を振るえば攻撃力としては申し分ないが相手が相手だ。動きの速い敵にそんな攻撃は、ただの隙にしかならない。
ギーツの剣術は、相当なものだ。
今まで幾つもの戦場を戦い抜いたのだろう。太刀筋に迷いがない。瞬時に次の一手を放ち攻撃の隙を与えない。
シルヴァが、反撃できるのは無詠唱での魔術のおかげだ。
シルヴァは、わざと後ろに一歩跳ぶ。ギーツは、好機とばかりにその隙を突いてくる。
地面に瑠璃色の魔法陣が発動される。
「俺が、やられっぱなしだと思うなよ!」
魔法陣から、尖った氷がギーツを襲う。それを体を反って躱し地面に着地する。
「おい、マジか!? なら──!」
ギーツの足元にシルヴァは瞬時に魔術を発動させる。ギーツもそれを察知しバク転で躱す。だが、その下にも魔法陣。尖った氷が、連続してギーツの足元から出てくる。しかしギーツは、それをバク転で悉く躱しきった。
「ったく、一回くらい食らっとけよ」
後退しながら仕掛けていた魔術を全て避けられ、愚痴が溢れる。
ギーツは、氷がもう出てこないと分かると地を蹴り一目散にシルヴァの元へ跳んでくる。シルヴァは素早く大剣を横にして側面を右手で抑えながら振り上げれたギーツの剣を防御する。
ギーツの赤い刀身の剣が大剣とぶつかる。
柄を持つ左手と大剣の側面を抑える右手にズシリと、衝撃が乗る。その衝撃を少し引いていた右足に逃がす。右足は、石で出来た地面に罅を作る。
そして、しばらくの沈黙。ただ、剣と剣が擦れる小さい音がその場で聞こえるだけだ。
そんな中、ギーツはゆっくりと口を開く。
「一つ、この剣の特徴を教えましょう」
唐突に聞こえた声に「あ?」と小さく漏らす。
「この剣は、血塗られた剣です」
「それは、さっき聞いたぞ。ってか、それがどうした」
「でも、厳密に言えば少し違うんですよ」
「違う……?」
「はい、血塗られた剣ではなく……。血の剣……なんですよ」
「なに──」
全て言う前に目の前の光景に驚く。
防いでいたはずの赤い刀身が何故か、大剣を通り抜けている。
直感的に体を後ろにずらし顔を右に倒す。シルヴァの抵抗虚しく、赤い刀身はシルヴァの肩に当たりそのまま振り下ろされる。後ろに体をずらしたおかげで真っ二つは避けられた。
だが、それでも斬られた事には変わりない。
激しい痛みが肩から脇腹にかけて縦に襲う。思わず膝をついて左肩を押さえる。白い手袋が血で赤く染まっていく。すぐに治癒魔術をかけるが魔剣で出来た傷だからなのか、すぐには治らない。
傷が熱をもち始める。次第に痛みが増していき、汗が吹き出てくる。治癒魔術の効き目が悪い。大剣を持ち直そうとするが、肩にとてつもない痛みが走る。
「──っ!」
痛みに耐えながらシルヴァは、立ち上がりギーツを睨む。大剣を右手に持ち替える。
何が起きたのか、正直分からない。だが、ギーツの持つ剣はシルヴァの大剣をすり抜けて攻撃してきた。そして、ギーツの言葉、
──血塗られた剣ではなく……。血の剣……なんですよ。
血の剣。つまり、血で出来た剣。血は液体、物を通り抜ける。だから、防御していたはずのシルヴァの肩を斬れた。憶測でしかないが、そういう原理だろう。
呼吸が急激に上がっているが、ゆっくりと落ち着かせる。
ギーツは、何故か俯いている。
「……違う……」
この場が静かでなければ聞き逃してしまうほど、か細いギーツの声聞こえる。そして、次第にその声は大きくなっていく。
「違う……違う、違う、違う違う違う違う違う!!」
ギーツは、血塗られた剣を持っていない左手で自分の黒髪を強く掴む。唇を噛んでいるのか、唇から血が垂れる。
「違う!! 俺が求めたのは……こんなんじゃ……こんなんじゃない!!」
髪を掴んでいた手は、力なく下ろされる。
そしてギーツは、深く赤い瞳をシルヴァ向ける。その目は、さっきまでのギーツとは全く別物だった。光の無いまるでゴミを見るような目だ。
「貴方は、シルヴァさんじゃない……」
「は?」
「誰だ……。お前は……誰だ。誰だよ、誰なんだよ!!」
「おい、何言って──」
「うるさい!!」
左手を勢いよく振り払う。
「お前はシルヴァさんじゃない!! シルヴァさんが、こんな弱い訳がない!! 違う、違う!! 俺の知ってるシルヴァさんは、かっこよくて、強くて最強なんだ! だから……俺は……」
歯がギシリ、と鳴るのが聞こえた。
「僕は、強くなったんだ!! なのに……」
ギーツの顔が次第に憎悪に染まっていく。魔力もさっきまでと違い段々と上昇している。
「殺す……お前は、シルヴァさんじゃない。俺のシルヴァさんを、よくも……よくも!! 絶対に殺す!!」
シルヴァは、黙ってギーツの心の叫びであろう、その言葉を聞いていた。
しかし、治癒魔術により痛みの引いた肩の傷を見て軽く肩を回す。
「お前に教えてやる」
「……」
「お前が、俺に何を抱いて何を求めてるかは知らねぇけどよ……」
真剣な眼差しをギーツに向ける。
「俺は、シルヴァだ! 誰がなんと言おうと正真正銘、魔王シルヴァなんだよ! テメェが俺を決めるな!」
「──くっ!」
ギーツはシルヴァを睨む。
「貴様ぁぁぁぁぁぁああああああ!!」
ギーツの怒号が、その場に轟いた。




