第30話 想定外の出来事
ギーツから、受けた命令。それは、
「お前には、使い魔の主を任せる。確か名前は……ノック……」
「ニック・ハーヴァンスです」
「あー、そいつそいつ」
ギーツは、「ハッハッ」と笑ったあと続ける。
「使い魔の方は俺がやる」
ダイスは不思議に思っていた。
本来なら、使い魔などギーツの手を煩わせる必要もなくダイスが相手になるはずだ。主と使い魔。どちらが、上と聞かれれば主と誰もが答えるだろう。それなのに、ギーツは使い魔と戦うと言っている。
ギーツは使い魔と何やら面識があるようだった。聞きたい事はあるが、ギーツ様の機嫌を損ねるのは出来れば避けたい。ダイスは疑問を心の隅に置いておく。
「ダイスよ」
「はい、何か?」
「そのニックとかいうやつは殺すなよ。手出しは一切するな」
「何故でしょうか?」
無意識に理由を聞いてしまった。ダイスは、心の中で焦る。額に汗が滲んだ。
「なぜ? それは、お前が知ることではない。お前はただ俺の命令に従えばいい」
「……失礼な発言、申し訳ございません」
「分かればいい。そら、早く行くぞ」
ギーツは、座っていた椅子から立ち上がり悠々と歩き出す。ギーツが横を通り過ぎた所でダイスもその跡を追う。
「お前に対する命令は三つだ。一つ、使い魔の主は殺すな。二つ、主には手を出すな。この二つは、俺の許可が出たら破っても構わん」
だがその後、小さく付け加えるようにギーツは呟いた。それをダイスは、しっかり聞いていたがその真の意味は理解できなかった。
「まぁ、そんな事には絶対なって欲しくはないがな。俺の為にも……」
ギーツは、誤魔化すようにわざと咳払いをした。もちろんダイスは追及などはしない。ただ、黙っていた。
「そして、三つ。学園にいる者を全て殺せ。重要な魔力源になる。これを最重要任務として行動しろ。他の事なんぞ考えるな。ただ殺せ。いいな?」
「承知しました。必ずや、その命令、遂行してみせましょう」
「あぁ、期待しているぞ。ダイス」
肩越しにギーツは、楽しそうに振り返る。これから起こる何かをとても楽しみにしているようだ。
ダイスは、こうしてギーツから命令を受けた。
そう。そうのはずなのだ。
だが! 何故こんな事に!!
地を蹴って標的に近づく。そして、強く握った拳を標的に放とうとするが、そこで邪魔が入る。そいつは堂々としてる訳でも無く、強い訳でも無い。しかし、ダイスにおいて最も適切で有効な行動に出る。
標的を庇い前に出る。
表情は、恐怖に満ちている。あまりに弱々しい。だがこの場において彼は正解を引いている。
一人の人間が前に出てきたせいで攻撃出来ない。ダイスは、拳を止めて右に向かって足を滑らせ右側に移動しようとする。が、滑らせていた足で地面を蹴り左側に体重をかけ左に移動する。
フェイントである。
しかし、ダイスは目の前にいる光景に純粋に驚愕する。両手を広げ何が何でも何守ろうとダイスの前に立ちはだかる。
強く舌打ちする。
体勢を直すために後ろに跳ぶ。静かに着地した後、その男を睨む。そして、その名を静かに呼んだ。
「ニック……ハーヴァンス……」
使い魔、魔王シルヴァの主。正直、主としての覇気など全く感じられない。魔力量だけで言うなら脅威だがそれを使ってくる様子はない。あれでは宝の持ち腐れだ。
ニックは、呼吸を整え標的であるリナを後ろにダイスから目を離さずにいる。
「邪魔だ……退け」
ドスをきかせてニックに命令する。
「退いたら、お前はリナを殺すだろ! だから……退かない!」
「まぁ、そうだろうな……」
ダイスは、歯をギシリと鳴らす。
最悪だ……。まさか、こんな状況になるとは思ってなかった。こういう状況だけは一番避けたかった。体は冷静さを欠いている。すべてが想定外だ。
ダイスは、ニックに嘘を付いた。
──君は出来るだけ生かしておけという命令故君を殺すのは一番最後になるだろう。
命令はニックを殺すな、だった。だが、出来るだけ生かしておけ、と嘘を付いた。それは、できるだけ、と言うことで不安要素を残す為だ。そうすれば、目の前にいる弱そうな少年は逃げ出すと思っていた。
だが、ニックは何を思ったのかダイスが一番して欲しくない行動に出ている。
そして、もう一つ予想してなかった行動。ニックからダイスに向けた挑発。完全に油断していたせいで、その挑発に冷静さを失ってしまった。
挑発に乗ってしまったからにはそれを蔑ろにしてはダイス自身のプライドが許さない。さらに、ギーツの手下である以上人間なんぞにバカにされ、のこのこ帰る訳にもいかない。自分のプライドとギーツに仕える身としてのプライド。
それを守るためにダイスは、必ずニックの後ろにいるリナをニックの目の前で殺す。そう決めたのだ。
しかし、どうする。
傷付けるな、という命令が出てる以上遠距離からの魔術を使って攻撃出来ない。攻撃すれば必ずニックに傷を付けギーツの命令を守ることは出来ない。
いや、いっそ破ってしまうか。した事を後でギーツに謝れば。
ダイスは、かぶりを振る。そんな事をすれば、命が無くなる。ギーツに仕えると決めた以上命令は絶対だ。破ることなど出来ない。
考え事をしていると、魔力の反応を前から感じる。考え事をしていたせいで、一瞬反応に遅れる。目の前にはダイスの顔めがけて炎の玉が勢いよく飛んできていた。それをダイスは右腕で払う。爆発音と共に、黒い煙がダイスを包む。
「攻撃目的ではなく、目眩ましか……つまらないことを」
ダイスは、魔力を起こし身を屈める。両足でしっかり地面を勢いよく蹴る。真っ直ぐ上に跳んだダイスは、黒い煙を抜けると空中で止まる。
魔術で空を飛んでいるダイスは、地上を見下ろす。すると、建物まで走っているニックとリナが見えた。
「逃げられると思うなよ」
走るニックとリナまで飛ぼうとしたが、ここで一つ思い付く。
「ここからなら、狙い撃ちできるのでないか?」
リナに向け手を伸ばすが、すぐに手を下ろした。
いや、危険すぎる。
ニックは、リナの手を引いて走っている。そんな状態で魔術を放ってしまうとニックを傷付けてしまう。
「いや、待て。ならば、魔力を線のように細くして放てば……」
リナの体だけを撃ち抜く事が出来る。そうすれば、ニックを傷を付けることはなくリナを殺せる。そして、次の標的を狙いに行ける。
口角が自然と上がる。
「フッ……。残念だったな、ニック・ハーヴァンス。お前はその娘を守ることは出来ない」
ゆっくりと腕を上げ人差し指を伸ばす。指先が、リナに向けられ指先に魔力を集中させる。指先に紫色の小さい玉が出来ていく。
「安心しろ、娘……急所は外してやる。できる限り生かしておかなくては面白くない」
魔力が蓄積された小さな玉は線となりリナのもとへ真っ直ぐ進んでいく。細い線となった魔力は、リナの肩に向かう。
しかし、流星のような紫色の線がリナの体を貫く事はなかった。紫色の線は、それに弾かれ花のように散っていく。
ダイスは、その様子を上から見下ろして舌打ちをする。
「魔力を少なくしすぎた……」
ゆっくりと、地面へ降りる。
普通ならダイスの魔力で、それを簡単に破壊できるだろう。だが、魔力を小さく細くして放ったせいで、破壊することは出来なかった。
しかし、それだけではない。弾いた者の魔術の腕が普通より高いのだろう。それは学生にしては、というだけだが。
足をしっかり、地面に着いたダイスは前を睨む。
「私の魔力を防ぐとは、やるではないか……。娘ェ!」
人間に拳を躱され、魔力を弾かれたダイスは、感情を露にする。
ダイスの目の映るのは、炎のように赤い髪と瞳。風で靡く髪は、燃え盛る炎を連想させる。
青い魔法陣が、リナの前に発動されているがそれはまるで盾のように少し湾曲していた。
「いつまでも、ニックに守られてばっかりだと思ったら大間違いなんだから!」
赤い眼差しが、ダイスに向けられる。その後ろでニックは何やら驚いた様子で立っている。
ダイスは、ゆっくりと左手を右肩に伸ばす。そして、紺色のマントを掴む。勢いよくそれを引っ張り体から剥がし横に投げ捨てる。
「調子に乗るなよ……人間!!!」
いつになく感情を表に出しているダイスは、リナに向かって大地を蹴って距離を詰める。
ダイスは、右手の拳を強く握り太い腕を最大限まで引いた。




