第27話 隔離結界
ロゼリアは、結界の魔力を辿りながら結界の原点となる場所まで走っていた。走っていくにつれて魔力の反応が大きくなって、走っているのも関係しているが、体が徐々に熱を帯びていく。それが目的の場所に近づいてることを知らせる。
走りながらロゼリアは、結界の原点の場所を予想していた。
前回は、玄関に原点があった。だが、この道的に前と同じ場所でないのは確実。そして、魔力の流れからして一点に集まっているのは、おそらくここ。
重く分厚い引き戸をゆっくりと開ける。
目の前に広がるのは、数えきれない程の制服を着た生徒。不安そうに話している人や何事もないように笑いながら雑談している人。いつもなら、静かで孤独を感じるはずの場所だが今は騒がしくなっている。そこは体育館だった。
「ま、マジか……」
思わず声が漏れる。
カナの誘導により、体育館にこんなにも生徒が集まっているのだろう。走ってる時にたくさんの生徒と同じ方向に向かっていた、のでもしかしたらと予感はしていた。出来れば当たって欲しくなかった。
ロゼリアは、広い体育館を見渡す。魔力の流れを辿って行く。人混みを縫うように歩いた。
そして、見つけた。
体育館の壁の中心にある、もう一つの扉。本来は、グラウンドに出る為の扉だ。そこに手を翳す。そこから、黒い何かが入ってくるような感覚。すぐに、手を下ろして気持ち悪い感覚を振り払う。
「ここで、間違いなさそうじゃな」
ロゼリアは、カナに連絡しようと側で宙に浮かせていたクリスタルに魔力を通そうとする。だが、それより先にクリスタルが淡く光る。
『ロゼリア』
カナの声だ。
『現在、本校にいる生徒は全員体育館に誘導した』
「あぁ。分かっておる」
『ん? なんで分かるんだ?』
「残念な事に結界の原点は、体育館じゃ」
小さく驚きの声がクリスタルから、聞こえてくる。
「わしも、まさかここだとは思わなかった。だが……」
『だが……?』
ロゼリアは、鼻で笑う。
「仕掛けたやつは、どうやらわしらをなめているようじゃ」
『どういう事だ?』
「さっきも言ったじゃろ。この結界は、竜が来た時と同じものだと。だが本来、結界を二度張るなら少しだけ結界の術式を工夫するものじゃ。しかし、この結界にはそれが無い」
『なんだと……。じゃあ、完全に同じなのか!』
「あぁ。そうじゃ」
これはバカにしている行為か、または初心者かどちらかになる。十中八九、前者だろう。でなければおかしい。さっきの強力な魔力は魔族のものだった。おそらくだが悪魔。ということは、挑発しに来ているというのが一番納得しやすい。
だが、ロゼリアは小さな違和感を感じていた。何か裏にある気が……。
『ロゼリア?』
「おー、すまん。考え事をしておった」
『結界のことか?』
「まぁな」
『もしかして、裏に何かあると思っているのか?』
昔から無駄に察しが良い。
「なんとなくじゃがな」
『私もそれは感じるが、とりあえず結界は解いておけ』
「分かっておる」
ロゼリアは、結界の原点に手を翳す。
さっきから、周りの生徒の声がロゼリアの耳を占領していたがそれはゆっくりと静かに消えていく。
同じものなら前のように手間を取ることは無い。この結界の術式は分かっている。なら後は、解くだけ。
手に魔力を込めて結界の原点を扉から引き剥がす。結界の原点の魔法陣が、扉から浮かび上がる。それを見て、周りにいた生徒がざわつく。しかし、それはロゼリアには聞こえない。
魔法陣は、回りながら紫色の稲妻が魔法陣の周りを走っている。
ロゼリアは、ゆっくりと結界を解く為の詠唱をする。
「──『術式解除』」
その声と共に魔法陣がガラスのように割れて壊れる。
「こんなもんかの……」
『お疲れ、ロゼリア』
「あぁ」
魔法陣があった扉を眺める。魔力は感じない。何も無かった。
しかし、なんだこの胸騒ぎは……。
ロゼリアは、あまりに呆気なく解決し困惑しながら手を下ろす。
後ろからざわついた声が聞こえてくる。周りに生徒がいるのを忘れていた。後ろを振り返えると周りには、不思議にロゼリアを見つめる生徒がたくさんいた。
「おい、カナ。生徒らにはどう説明する?」
『今は適当に誤魔化しておけ。後で私がしっかり説明しておく』
「分かった」
小声でカナにそう言って生徒たちに向かって軽く笑う。
「あー、今のは魔術の──」
体中に勢いよく電流が走る。同時に黒い泥のようなドロッとしたものが体を飲み込んでいく。こういう反応は絶大な魔力の反応。
体が勝手に反応して振り返る。
それを見て思わず大きな声をあげる。
「おい! なんじゃ、これは!!」
ロゼリアの目には、赤黒い魔法陣が広がる。扉があった場所だけでは無い。壁の至るところに赤黒い魔法陣が壁を埋め尽くしている。それを見て周りの生徒は、悲鳴を上げ後退りする。
ロゼリアは、手を力強く握りしめ魔法陣を睨む。
あぁ、吐き気がする。この魔力。
体を黒く染めていくかのように、油断すればその魔力に体を飲みこまれてしまうのではないかと思うほどに酷い魔力。
『ロゼリア、これは……!』
「黒魔術じゃ……」
『く、黒魔術だと!?』
「推測でしかないが、おそらく『隔離結界』とかいうやつじゃろう」
昔見た魔術の本に小さく書いてあった気がする。魔法陣が本にも書いてあり、今目の前にある魔法陣と酷似している。
『どんなものなんだ? それは』
「さぁな。黒魔術の事なんぞ詳しくは分からん。じゃが、このままでは絶対に出られん。それにここにいる生徒らの命も危ないというのだけは分かる」
『解除方法は分かるのか!?』
「安心せぇ。それは、分かる。まぁ、本当に解けるかどうかは分からんがな」
黒魔術。
基本的に魔族のみが使用する魔術のことだ。ただ今現在、黒魔術の事は詳しく分かっていない。
『なら頼む。──っと、ロゼリア。ローリエから連絡が来ている。繋ぐぞ』
「あぁ。もちろんじゃ」
通信用クリスタルには、特徴がある。ロゼリアと今使っているクリスタル。これは、ロゼリアだけでなく教師全員と連絡するためにあるクリスタルだ。教師一人に一つずつ渡していてこれがあれば教師全員と連絡が可能だ。
『り、理事長~』
ゆったりとした口調の女の声が聞こえてくる。だが、慌てているのか泣きそうな声だ。
『どうした? ローリエ』
『あの、三人居ない人がいるんですけど……』
『誰だ?』
『えーっと、ニックくんとリナさん、あとエバンくんが見当たりません。他の先生方にも確認したのですが居ないそうで……』
ニックとリナが居ないだと! あいつら、何をやっておる!?
『今すぐ探しに行く……と言いたいところだが、現在、隔離結界とかいう魔術で外に出られない。ちなみに、ローリエ。お前は今どこにいる?』
『わたしは、今、寮に居ます』
『そういえば寮監だったな、ローリエは。そっちの方は、外に出られるか?』
『それが、こちらも出られなくて』
それを聞いて、ロゼリアが二人の会話に口を挟む。
「その魔術の魔法陣は、何色じゃ」
『えっ……ろ、ロゼリア、先生、ですか?』
「あぁ。そうじゃ。いいからはよ答えい」
『あ、えっと、さっきまで紫色だったんですけど、今は赤黒い魔法陣です』
「こちらと同じか」
『そのようだな』
本校と寮に魔術を仕掛けておいということは、学園の施設全てに同じ魔術が仕掛けられている可能性が高い。カナは本校にいる生徒は集めた言っていた。となると、部活などで使われている別棟や食堂が主だろう。
敵は、ダミーの結界の原点をロゼリアたちに解かせ、隔離結界の起動のスイッチをオンさせた訳だ。まんまと敵の思惑にハマってしまった。
『なるほど。だが、ひとまず三人を除いた生徒全員の確認はできたか』
「おい、まさか、もう確認できたのか」
『あぁ。最初の結界の時点で全教員に連絡を取った。その三人以外は学園の施設内だ。つまり三人は、外にいる可能性が大きいということになる』
『それで、理事長。あの子たちは、どうするんですか?』
心配しているのが、声で伝わってくる。そんなローリエに、カナは優しく返す。
『自分の生徒を信じなさい。貴女は、あの子達の担任なんだから』
少し口調を変えているせいか、心を包むような優しい声がローリエに届く。ローリエは、泣きそうな声でそれに大きな声で応える。
『とはいえ、外にいる魔族がニック達に何をするか分からない。その為にも早くこの結界を解かなければ』
「分かっておる。じゃが、わしだけじゃ無理じゃ。だから──」
『……おい、ロゼリア』
ロゼリアの言葉を遮りカナが名前を呼ぶ。
「な、なんじゃ」
『シルヴァに頼めば良いんじゃないのか?』
「……」
ロゼリアは、顔を片手で覆う。
あー、なんでそれに早く気がつかなかったんじゃ。シルヴァなら、こんな結界すぐに壊せるはずじゃ。
「それをもっとはよ言っておれば、こんなのすぐに解決じゃろ」
『私も今、思い付いたのだ!』
「いいから、早く連絡せぇ」
『分かっている』
少し流れる沈黙。シルヴァに連絡を取っているのだろう。クリスタルからは沈黙が流れるが、周りは、依然として不安な声が聞こえてくる。加えて、赤黒い魔法陣も健在だ。時間がない、早く出てくれ。
『…………ロゼリア。すまん、先に謝っておく』
クリスタルから、カナの声が聞こえてくる。しかも、何やら嫌な予感しかしない言葉を付け加えて。
「ど、どうした?」
『シルヴァに……』
「シルヴァに?」
『通信用クリスタル、渡すの忘れてた』
再度沈黙。完全に時が止まったかのように、周りの音が聞こえない。
そうだ、こやつは、こういうやつじゃった。
『やべー』
「やべー、じゃないわ! このバカもん!!」
『しょうがないだろ、あれから私も忙しくてシルヴァに会ってないんだから』
「お前は昔からそうじゃ!」
『あのー、今は言い争ってる場合じゃ……』
『ほら、ローリエもこう言ってることだ。とりあえず、この話は忘れよう』
「お前なぁ! 自分で提案しといて、それは無いじゃろう!」
この後もロゼリアは、文句を言い続けるがカナは適当に流している。
こいつ、絶対泣かす。
小さな怒りを心の隅に置く。
「まぁ、ケンカしとる場合で無いのは確かじゃ……」
『ということで、他の案だが』
「地道にやるしかないじゃろう」
『だろうな』
さっきは提案し損ねたが、それが一番確実。だが、ロゼリア一人ではそれは出来ない。
ロゼリアは、ため息を吐き後ろを振り返る。目の前に広がるのは、たくさんの制服を着た生徒。背が低いせいで周りを半円に囲む生徒しか見えない。これでは、ロゼリアの声などここにいる生徒全員には届かない。
「仕方ない……」
そう呟いて、脚に力を入れたその時。
ほんの小さな魔力の反応を外から感じた。
「この魔力。リナか……!」
『……だな』
『リナさんが、どうかしたんですか?』
「分からなかったのか」
無理もない。今の微弱な魔力を感じ取れるのは、数少ないだろう。いくらユートリアス学園の教師と言えど、この混乱の中結界の影響で外の魔力も感じにくくなっているのでは分からなくてもしょうがない。
「今のは、なんだと思う? カナ」
『そうだな。この状況、魔族が外にいることを考えると、たぶん……』
「魔族と出くわしている可能性が一番高い。そして、今のはそれをわしらに伝えるために放った魔術」
『リナさんに何かあったんですか!?』
「たぶん、な」
ローリエが慌てた声が聞こえるが、
『ローリエ。さっきも言っただろう。自分の生徒を信じなさい。それにリナが、一人でいるというのも考えにくい。たぶんニックと一緒だろう。ならひとまずは安心だ』
『でもニックくんは……』
『ニックがいるということはシルヴァも近くにいるということだ』
『どういうことですか……?』
『それは──』
ロゼリアは一際大きくカナの言葉を遮った。
「シルヴァはニックの魔術を使えるように個人的に特訓してくれてるらしいんじゃよ! リナも一緒にな。だから、あの三人が一緒にいる可能性はかなりあるはずじゃ」
ニックとシルヴァの事は学園内では秘密にしてある。こんなこと知られると何に利用されるか分かったものではない。
それをあのバカ、何を言おうとしとるんじゃ!
『ま、まぁ、そういう事だ。ロゼリア、感謝する』
カナの動揺した声には気が付かず、ローリエは「なるほど」と一言。
「ともかく!」
割って入ったロゼリアは、話を強制終了させる。
「一刻も早くこの結界を解かなければなあいつらが危ないのは確かじゃ。リナが魔術を使った以上、シルヴァが側に居るとも限らない。わしらは、早くこの結界を解くことだけを考えるんじゃ」
カナとローリエの同意がクリスタルから聞こえてくる。全員の意見が合致した所でロゼリアは、結界を解くため行動に出た。




