第24話 魔王と悪魔
気が付くとそこは、全く知らない場所だった。
石で造られた部屋。いや、部屋というには広すぎる。
シルヴァは、その広すぎる場所に一人立っていた。壁には、小さい穴が等間隔で開いていてその穴の中にろうそくが、一本ずつ立っている。周りにはほとんど何も無く、あるのは丁度目の前に開いている穴くらいだ。それは長方形型に開いていて何故、扉を付け無いのかと不思議に思う。
「どこだ、ここ」
シルヴァは、さっきまでユートリアス学園に居たはず。ギーツという悪魔が仕掛けたであろう設置型魔法陣で何処かに飛ばされてしまったようだ。
「ここに連れてこられたって訳か……」
「えぇ。そうですよ」
不意に後ろから声がする。勢いよく体ごと振り返る。
声の持ち主は、一段高くなった所で椅子に足を組んで座り肘掛けに肘を置き頬杖をついていた。
シルヴァは、ここに連れてきた張本人の名前をゆっくりと呟く。
「ギーツ……」
シルヴァに名前を呼ばれ、小さく笑うと肘掛けを使って立ち上がる。そして、段差を降りシルヴァとの距離を少しずつ詰めていく。ある程度の距離になると歩みを止めた。
一瞬流れる沈黙。その沈黙をシルヴァは、あっさりと破った。
「ここは、どこだ」
何がおかしいのかギーツは、笑いながら両腕を大きく広げる。
「ここは、俺の城です! そして、俺と貴方が約束を果たす場所!」
また、それか……。
約束。全く身に覚えがない。約束どころか、今目の前に立つ悪魔の事さえシルヴァは、知らない。
「……だから、その約束ってなんなんだよ」
自分の身に覚えの無いことを言われシルヴァは、銀色の頭を掻く。腕を広げ楽しそうに笑っていたギーツは、腕を元に戻して落胆する。
「ホントに覚えてないんですね」
「さっきから、そう言ってんだろ。俺は、お前も知らねぇしその約束も全く記憶にねーんだよ」
手を下ろし睨むように青い瞳をギーツに向ける。
「俺は、お前と何の約束をしたんだ?」
「……それは、あまり俺から言いたくないですけど」
「んじゃー、その約束とやらを思い出す事は、まず無理だろうな」
「何故? 忘れてるだけ、と言うことはないんですか?」
そのギーツの問いにシルヴァは、小さく笑ってみせる。その様子にギーツは、眉を八の字にして不快な顔を少し見せた。
シルヴァは、自分のこめかみを人差し指で二回ほどトントンと叩く。
「生憎と、俺には記憶の欠如があるらしくてな。俺が魔王である事と、魔術の知識しか記憶にねぇんだよ」
シルヴァには記憶がなかった。
気が付けば竜の前にいて後ろには死にかけの人間。人間をよく見ると自分と魔力の繋がりを感じる。その時、召喚魔術でこの人間に自分は召喚されたのだと直感した。
我ながらおかしな話だと思う。
なぜなら、魔王が使い魔になるなんて誰が予想できるだろうか。
情報はそれだけ。あとは魔術に関する知識のみ。それ以外全ての知識は一切無かった。
シルヴァという男は、全ての記憶を失っていながらニックたちと生活を共にしていた。それは、何故か。なんだかんだ楽しかったからだ。ニックを殺して自由の身になるのも良かったが、流れに身を任せた方が面白いと思ったから今こうしてシルヴァは立っている。
ニックの近くにいると次々変なことが起こる。こんなに面白いことはない。今もこうして訳の分からない争いに巻き込まれている。
理由なんてシルヴァにはそれで十分だった。だってそれしか無いから。
ギーツは、目を見開いて驚いている。
「それは……本当、なのですか?」
「あぁ。残念な事にな。だから、俺にはお前の事が分からない。お前がその約束とやらを教えてくれればもしかしたら、思い出すかもしれねぇが……。どうする?」
試すような口調でギーツに問う。
ギーツは、少し考えてるのか口を閉じたままだ。だが、諦めたように静かに口を開いた。
「本気で───ですよ……」
「あん?」
途中で声が小さくなり上手く聞き取れなかった。ギーツは、少しイラつき気味にハッキリと言った。
「だから! 本気で戦うって約束したんですよ! 俺と貴方は!」
その約束とやらを聞いたシルヴァは、一瞬硬直する。
「……マジか、それ?」
「当たり前です」
なんだ、そのくだらねぇ約束。思春期のガキか。なんか頭痛くなってきたわ。なんて約束してんだよ。
自分で自分が情けなくなったシルヴァは、片手で顔を覆いため息を静かに吐く。
「で、どうです? 思い出しましたか?」
「残念ながら、さっぱりだな」
「……だと、思いましたよ」
約束を教えてもらっただけで、記憶が戻るならそんな楽な事は無い。そもそも、ギーツの事を覚えていない時点で思い出す事はないだろうとシルヴァは、感じていた。
「それで、どうするつもりだ? 俺はお前との約束を覚えないし、たぶん思い出す事はねぇーと思うぞ」
「……」
黙り込むギーツ。心なしか、肩が下がっている。
この様子じゃすぐに帰れそうだ。
ギーツと話してみると意外と会話が出来て少し安心する。一瞬大事になるんじゃないかと思ったシルヴァは、安堵の息を漏らす。帰った後のニックたちの特訓をどうするか悩んでいると、
「関係ないですね、全く」
ギーツはシルヴァを真っ直ぐ見つめ言い放った。
空気が一瞬にして変わる。ゆったりとした空気が急激に張りつめた。
「なんだと?」
「だから、もう関係ないって言ってるんですよ」
ギーツは、深く沈んだ赤い瞳を青い瞳と重ねる。
「貴方に記憶が無いのも、約束を思い出す事が出来ない事も分かりました。ですが、それでも、貴方は貴方だ。俺の約束を果たす義務がある」
「俺は、約束した記憶ははねーって言ってんだけどな」
「少なくとも俺はあります。……あー、そういうことですか」
ギーツは、何かを理解したかのように不敵な笑みを浮かべる。
「もしかして、俺に負けるのが怖いんですか?」
「……」
「そうですよね~。記憶が無いんですもんね~、なら今戦って俺に負けても不思議じゃない。そんな負けた後の自分が嫌なんですよね? 違いますか?」
「おい……テメーあんま調子乗んなよ」
安い挑発だ。乗るべきじゃない。だが、戦闘において魔王シルヴァが負けることはあり得ない。
鋭い眼光がギーツに刺さる。
「いいぜ、その挑発に乗ってやるよ。約束とやら、しっかり果たしてやろうじゃねぇか!」
ギーツの口角が最大限に上がる。
「さすがは、魔王! 実に寛大ですね!」
嘘くさいギーツの言葉が、二人のいる場所で反響する。
静かに二人は、対峙する。
黒い悪魔が、地を蹴る。一瞬で距離を詰めてくる。ギーツは、その勢いのまま体を捻ってシルヴァの頭を横に蹴ろうとする。さっき喰らった蹴りだ。それを察知したシルヴァは蹴りと同じ方向へ回転しながら躱しギーツの足首を掴み、反対方向に思いっきり投げた。
ギーツは、空中で体勢を立て直し器用に着地した。何が楽しいのが、ニヤニヤしながら再度地を蹴る。
今度は、どうする。
突っ込んでくるギーツの動きを細かく観察する。
右腕を軽く引いたのを見て拳が飛んでくるのを察知したシルヴァは、体を少し後ろに倒しカウンターを狙おうとしたが、ギーツの行動はそれでは無かった。
「黒炎!!!」
シルヴァの目の前に放たれたのは、拳ではなく黒い炎。
後ろに体を少し倒していたシルヴァは、瞬時に防御魔術で身を守る。青い魔法陣に黒い炎の球がぶつかり黒い炎が、派手に爆発する。
防御魔術を解いてギーツを視認しようとするが、爆発した時に生じた黒煙がそれを阻む。どこからも殺気や魔力を感じない。魔術で煙を消そうとも考えたが、そうすればシルヴァの位置もバレてしまう。その為、シルヴァは、黒い煙の中で周りの様子を静かに伺うしか無かった。
ここは、敵の敷地内。下手に動けばそれだけ、自分が不利になる。
視線を右左と交互に動かしていたが、目を閉じ感覚を研ぎ澄ます。視覚ではなく、感覚で……。
その、瞬間背後にドロリとしたものを感じる。素早く振り返るとすでに殴りかかる寸前のギーツが目の前に居た。
拳が勢いよくシルヴァの頬目掛けて飛んでくる。それをギリギリで見切り首を傾け躱す。
しかしギーツはそれを読んでいた。空中で身を縮ませ右の膝が避けたはずのシルヴァの頬に直撃する。
体がまるで重さを感じさせないほど軽々と飛んでいく。地面を二回ほど跳ねるが、五本の指でブレーキを掛ける。
殴られた瞬間は、痛みを感じなかったがじわじわと痛みが頬を中心に広がっていく。殴られた時に口の中が切れたのかほんの少し血の味がする。
シルヴァは、ゆっくり立ち上がり血の味が滲む唾を強めに吐き出す。
「やるじゃねーか、この悪魔が……」
睨むシルヴァに対しギーツは、声を出しながら笑っている。
「まだだ! 貴方は、こんなもんではないでしょう! 」
「……良いじゃねぇか。なら、本気でやってやんよ」
シルヴァは、右腕を伸ばし手のひらを広げる。すると、手のひらから紫の魔法陣が発動されそこから棒のような物が出てきた。シルヴァは、それを掴むと勢いよく引き抜く。
それは、シルヴァの身長より長く刀身がただただ黒い大剣。大剣が完全に出てきた瞬間、空気が凍ったように冷たくなる。何もしなくても、発せられる禍々しい魔力。その大剣が、普通の大剣で無いことは誰もが理解出来るだろう。
シルヴァは、重そうな大剣を軽々と肩に乗せる。
ギーツは、その大剣見て驚くような表情は見せなかったが何故か不思議そうな表情を浮かべている。そしてその理由は、ギーツの口から直接聞くことが出来た。
「……なんです? その剣。そんなの貴方持ってましたか?」
「持ってるから、こうして空間倉庫から出てくるんだろうが。お前が知らねぇならお前の前でこの剣を使ってなかっただけだろ」
「確かにそうですね。そういうことにしておきましょう。では、貴方が武器を使うなら俺も使わないわけにはいきませんね」
そう言ってギーツは、自分の胸の前で両手を合わせる。
「──空間倉庫……」
囁くように最短の詠唱を呟くと、合わせていた手をゆっくりと開いていく。その手と手の間は、何も無かった筈なのにそこには、どす黒い煙が渦を巻いている。ギーツが、手をさらに広げると共に煙も渦を巻きながら伸びていく。自分の肩幅より少し広いところで広げていた手を止める。手を止めても依然として煙は渦を巻いていた。ギーツは、白く尖った歯を見せながら右手で煙をを力強く掴む。すると、渦を巻いていた煙が、掴んだ所を中心に渦を巻いた風が起こる。
シルヴァは、それを見て少し驚き思わず小さく声が漏れる。
さっきまで煙が渦を巻いているだけだったが、煙が晴れギーツの手の中には一本の剣が握られていた。
騎士が使うようなロングソードだが、刀身が血のように鮮やかな赤色だ。そんな色の剣が、ギーツの手にある事でより一層の狂気さを感じさせる。
「俺の魔剣。『血塗られた剣』です」
不敵な笑みを浮かべながらギーツは、その剣先を下に下ろす。
「そのまんま、なんだな」
「えぇ。魔剣の名なんて所詮は飾りでしかありませんからね」
「まぁ、確かにな……」
「シルヴァさんの剣は、何かあるのですか? 名前的なものは」
名前は所詮飾りだとか言いながら、それは聞いてくるんだな。
ギーツのちょっとした矛盾さに小さく笑う。それと同時に黒い大剣を持ち上げ剣先を目の前に居るギーツに向ける。
「さっきも言っただろ。俺には記憶の欠如があるって。この剣の名前でさえ覚えてねぇよ」
「そうですか、残念です」
ギーツも下ろしていた剣を持ち上げ剣先を目の前にいるシルヴァに向ける。
「では、本格的に始めましょうか……」
剣先を向けあった二人は、半円を描いて剣先を自分の後ろに向ける。少し下げていた片足をさらに下げて腰を少し落とす。
「そんじゃ、行くぞ……」
二人の顔が互いに殺意に染まる。青い瞳と赤い瞳がぶつかり合う。
「魔王と──」
「悪魔の──」
『────約束をォォォ!!!』
一人の魔王と一人の悪魔が地面を蹴り互いの黒い大剣と血塗られた剣が、激しくぶつかり合った。




