第22話 二人の悪魔
「久しぶりですね。魔王シルヴァさん」
不気味に笑った黒髪の男がさらに続ける。
「また、貴方に会えるとは思いませんでしたよ」
シルヴァを知ったような口ぶりで笑うそんな黒髪の男をシルヴァは、黙ったまま睨むように見上げる。
黒髪の男は、組んだ腕を解いて軽く広げた。
「聞きましたよ、シルヴァさん。使い魔になんてなったんですって? 驚きましたよ〜。使い魔として魔王が召喚されたと聞いたものですから。容姿を聞いてまさかと思ったら、ここに! 貴方がいるじゃないですか!」
高笑いを始める黒髪の男。
一頻り笑い終わるとさっきまでの落ち着きを取り戻す。
「それで? 主は、誰です?」
黒髪の男は、ニックとリナを一瞥すると、笑っていた口角がほんの少し下がり「へぇ~」と低い声を漏らす。そして、ニックと視線が重なる。
「その少年が、主ですか……。シルヴァさんを召喚する程とは思えませんが」
その一言にニックは目を開いて驚く。
一瞬にして見破られた。いや、それも当然か。
ニックは自然と左腕の袖を見る。
契約の証。ニックとシルヴァを繋ぐ使い魔召喚によって結ばれた魔力の繋がり。それをあの黒髪の男は瞬時に見破ったのだろう。
「この世の中も分からないですね~。魔王が召喚されることも驚きですが、まさか貴方が使い魔になってるなんて」
男はヘラヘラ笑う。
だが、ここで今まで黙って睨んでいたシルヴァが、いつもより低い声で口を開く。
「おい」
「はい、なんです? シルヴァさん」
「テメェ……誰だ……?」
「……はい?」
一瞬にして男の声と表情が変わった。だが、瞬時に元に戻る。うっすらと口角を上げながらシルヴァに愉快な声をかける。
「やだな~、冗談はやめてくださいよ」
「お前なんざ、知らねぇ。誰だ?」
「……はぁ~」
わざとらしくため息をつく。
「まぁ、いいか……」
その声は、ニックにもシルヴァにも届かない声で小さく呟かれた。
「では、あなたの主も居ますし丁度良い。名乗りましょうか」
男は、右手を左胸に当てもう片方の手を後ろにまわす。そして、ゆっくり腰を曲げ頭を下げる。
「お久しぶりです、シルヴァさん。そして、初めましてシルヴァさんの主よ。俺の名は、ギーツ。悪魔です」
顔を上げたギーツは、ゆっくりと笑う。
その笑顔に背筋が凍る。ニックは、一瞬だけ息が出来なくなった。
悪魔。魔王と同じ魔族で基本的に、魔王の下で働く。だが、元々魔王の数が少ない為個人で行動したり悪魔同士で行動したりと自由に生きている。しかし、それ故に人を殺したり村を襲ったりとやりたい放題。悪魔討伐が盛んに行われ、最近では悪魔に関する事件はなくなっていたはずだ。
だが、ニックに一つ疑問が生じる。
噂では、悪魔の姿は全身黒の体を持ち人間とはかけ離れた姿と聞いていたが、目の前で腰を曲げているのは、どこからどう見たってただの人間だ。
整った顔立ちに、深い赤い目、健康そうな肌、黒いジャケットを着ている。革製の黒いズボンにブーツを履いており、まさに人間そのものだ。
ギーツは、姿勢を元に戻すとシルヴァに目を向ける。
「思い出してくれましたか?」
「……」
シルヴァは、黙ったまま。
その反応が、覚えてないと語っていた。
「はぁ~、じゃあ思い出して貰うしかないですかね……」
両手を腰に当て俯く。
「おい、ニック……」
目線を合わせずシルヴァは、見上げたまま呼ぶ。
「……な、何?」
何かシルヴァの雰囲気に違和感を覚え少し身構えて返事をする。
「走れ……」
「……え?」
「だから、走れって言ってんだよ。走ってこの事ロゼリアに伝えろ」
何を言ってるのか、と思ったがシルヴァの表情を見てニックは竜が来たときの事を思い出す。
少し殺気の混じった青い瞳。背中から放たれる威圧。あの時と似ている。
ニックは、何か起きると感じ軽く頷く。
「リナ、行こっ」
「え、どこに? それにシルヴァは?」
「いいから!」
後ろで戸惑っているリナの手を握り本校へ走っていく。
「ちょ、ちょっとニック! どうしたの!?」
引っ張られるリナは、訳が分からず不安そうにニックに従いついて行く。
そんなニックとリナに顔を上げたギーツは、見下した目で見ていた。そして、低く殺意の籠った声で後ろで宙に浮いている紺色のマントを着た男に命令する。
「ダイス……追え」
「はっ!」
ハッキリとした口調でダイスは、答えると空を蹴りものすごい勢いでニックとリナの後を追う。
「させるかよ!!」
シルヴァがダイスの先回りをしようとした瞬間、その視界を黒い何かが覆い隠す。
「──それは、こちらの台詞ですよ!」
目の前に居たのは、薄気味悪く笑うギーツだった。
ギーツは、体をねじり回転力を加えた横蹴りをシルヴァの胸に向けて放つ。
「──くっ!!」
ムチのように速く撓る蹴りを避けることが出来ず両方の前腕で胸を隠し防御する。回転力の加わった蹴りが前腕に勢いよく衝突する。腕にずしりと重みが乗ると同時に体が後ろに吹き飛んだ。
ものすごい勢いで後ろに飛んだシルヴァは、空中で体勢を立て直し地面に両足でブレーキをかける。二本の線が地面を抉っていく。顔を上げ辺りを見るといつの間にやら学園の校門近くまで来ていた。
校門の近くには、特に目立ったものは無く壁に沿ってある花壇と校門から伸びる石畳くらいだ。あと、離れた所に騎士を模した銅像がある。
「さすがは、シルヴァさん。他のやつなら今の、防御さえ出来ませんよ」
睨むように声のする方を見る。
ゆっくりと宙を浮いてくるギーツは、地面に着地すると少しずつシルヴァに向かって歩みを進めてくる。
「シルヴァさん、もう一度聞きます。俺の事、覚えてませんか?」
「……悪いが覚えてねーな」
「そう、ですか……」
足を止めたギーツと両腕を降ろしたシルヴァが対峙する。
「なら、あの約束も覚えてないんですね……」
「……約束?」
シルヴァの様子にギーツは、顔を片手で覆う。
「フフフ……フハハハハハハハッ!!」
肩を震わせながら悪魔が笑う。
何かを噛み締めるように笑い、ギーツはゆっくりとその笑いを静めていく。
「絶対に思い出してもらいますよ……」
そういって左手をシルヴァの方に向ける。
シルヴァは、飛び道具が来ると思い少し腰を落とし身構えた。だが、その行為は無駄になってしまう。
「ですが、ここでは少しやりにくいですね……」
ギーツは不敵な笑みを浮かべる。
その瞬間、二人が容易に入る白い魔法陣が芝生の上に発動された。
「なっ! 設置型魔法陣だと!」
今まで何にも感じなかった地面にものすごい魔力を感じる。
完全に魔力の気配を消してただと!
シルヴァは、今すぐその魔法陣から逃れようとしたがそれは叶わなかった。
「──転送」
その言葉で白い魔法陣が白く光る。
そしてその光が消えた時には、シルヴァとギーツの姿はどこにも無かった。
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シルヴァに言われリナを引っ張りながらロゼリアの元へ向かうため必死に走る。
恐らく今ロゼリアは自分の部屋のいるはず。
ここから、寮の裏を通って本校を目指す。
だが、ここで引っ張られてきたリナが無理矢理に足を止める。ニックも思わず足を止めてしまった。
「に、ニック!! ホント、どうしたの!?」
二人とも無理な走りをしたせいで、息が荒れている。リナは、呼吸を正しながら不安そうな顔をしてニックと繋いでいた手を強く握る。
滑らかな感触が手に伝わり一瞬動揺したが、頭を少し振りその動揺を振り払う。
「僕もよく分からないんだけど、シルヴァが走れって」
「シルヴァが?」
「なんか、シルヴァの様子があの時と似てて思わずリナの事引っ張ってきちゃった。ごめん」
「それは、全然大丈夫なんだけど……あの時って?」
「竜が、来た時」
リナの表情が曇る。赤い瞳が心なしかいつもより暗い。
「だから、なにかあるのかなって……」
リナの手がゆっくり離れていく。
「り、リナ?」
「大丈夫。うん、大丈夫」
たぶん、大丈夫じゃない。どうやら、リナにとって竜は何かあるらしい。それは、あの日も感じたが、この様子だと余程の事があったんだと思った。
ニックは、いつも自分がされているようにリナに笑顔を向ける。
「リナ、大丈夫。僕がいるから。安心して」
リナは、驚いた顔をした後いつもの笑顔に戻る。
「ありがと、ニック。それで、これからどこに向かうの?」
「とりあえず、ロゼリア先生の所に行けって」
「そっか。じゃあ、早く行こ」
今度は、ニックとリナ、それぞれ走り出そうと本校に体を向ける。
「悪いが行かせる訳にはいかんな」
野太い声が二人の背後から聞こえる。ニックとリナは、勢いよく後ろを振り返る。
後ろに居たのは、紺色のマントを着た三十代くらいの男。
この人、ギーツの後ろにいた人だ。ってことは、この人も悪魔……?
「如何にも。私の名は、悪魔ダイス」
茶色の入った短髪に、硬そうな表情。雰囲気がどことなく聖王騎士団のジゼルに似ている気がする。
ゆっくりと二人との距離を縮めてくるダイス。
ニックは、恐怖で硬直しかけている体を無理矢理動かしリナの前に出る。そして、震える声でダイスに話しかける。
「あ、あなた達は、なんの目的があってここに来たんですか!」
「目的か……」
ダイスは歩みを止め考えるように目を瞑るが、すぐに瞼を持ち上げる。
「それは、私にも分からん」
「……え?」
予想外過ぎる返答に思わず間抜けな声が出てしまった。
「私は、ギーツ様の命令で動いているからな。正直、ギーツ様が何を考えているのかなど全く分からん。ここに来たのもギーツ様が行くと言ったからだ。ギーツ様にはあの魔王と何かあるようだがな」
「シルヴァと?」
「まぁ、私には関係の無いことだ。それに、深く関わってギーツ様に殺されるのも御免だからな」
ダイスは小さく鼻で笑うとニックとリナを見てはっきりとした口調で口を開く。
「私は、ただ命令に従うだけだ」
まるで機械だ。純粋にそう感じた。命令にただただ従う。機械のようだ。
「そして今回受けた命令はこの学園にある全ての命を頂く事だ、少年よ。だが、君は出来るだけ生かしておけという命令故、君を殺すのは一番最後になるだろう」
ニックを見ていた目がその後ろに向かう。
一瞬にしてニックは、ダイスがリナを狙っていると察した。リナもそう感じたのか後ろで小さく声を漏らす。
「では、始めるとするかな……」
ダイスが、そういって拳を構える。
ニックは、右腕を広げリナを庇う。恐怖で口が渇いていくのが分かる。汗がゆっくり頬を垂れる。
ダイスが、小さく笑う。
そして、ダイスの姿は、消えた。さっきまでダイスが居たところには、小さく砂煙が横に流れている。
き、消えた! 魔力の反応は感じなかった。つまり転移魔術ではない。なら、今のは単純に移動しただけ。それじゃ、どこに? ダイスが、狙っているのはニックでは無く後ろに居るリナ。つまり……後ろに居る!!
「──っ! リナ!!」
後ろを振り返る。すると、後ろには怯えるように手を胸に置くリナ。と、筋肉質の右腕を引いて拳を放つ構えをするダイスの姿があった。
間に合え!!
リナの左肩を広げていた右手で強く掴み自分の体と共に下に落とす。リナもそれにつられ体が下に沈む。その上をコンマ数秒で、ダイスの拳が空をきる。その拳の威力はとてつもなく当たってもないのに波動のように風が舞い上がりニックとリナは、避けたものの地面を数回転げ回る。
「ほぉ……」
ダイスは、驚きの声を上げる。
転げ回ったニックは、痛む体を持ち上げ片膝をついた状態でダイスを確認する。
放った拳を元に戻し、拳を握って開いてを繰り返す。
「今のを躱すとはな。驚かされた」
喋ってる間に二人は立ち上がる。
「少年よ。やるではないか。さすがは、魔王を召喚しただけはある」
悪魔に褒められてしまった。だが、今のは相手も避けるとは予想してなかったから。避けられた。けど、次は恐らく本気でリナを殺しに来る。
リナだけを逃がしてもニックを最後に殺すと決定してる時点で、真っ先にリナを狙いに行くだろう。それを止められる力はニックには無い。竜の時と同じだ。自分の無力さを身に染みる。
「ニック」
隣に居るリナが、ニックを呼ぶ。
顔を向けると、さっきまで怯えていた表情はなく笑顔に戻っている。だが、この笑顔は違う。きっと、強がってる。
「ニック、ロゼリア先生の所に行って」
「え?」
「私は、ここであの人を出来る限り止めておく。その間にニックはロゼリア先生の所に行って!」
一瞬何を言っているのか分からなかったが徐々に言葉の意味を理解していく。
そうだ、その手があった……。僕が助けを呼んでくれば良いんだ。さっき、ダイスが、この学園の全ての命を頂くと言っていた。それは、つまりこの学園の生徒を全員殺すということ。なら、リナが止めている間に僕がロゼリア先生の所に行きこの事を伝えれば殺される人は少なくなる。すごいいい作戦だ。
「そんな事出来るわけないだろ!!!!」
リナは、自分が殺されるかもしれないのに人の心配をしてくれている。いや、確実に殺される。それなのに、逃げ出すなんて絶対に嫌だ!
「ごめん、リナ。その提案には乗れない」
リナは、潤んだ瞳をニックに向ける。
「なんで……なんでよ! 早く行かないとアイツが……」
「僕、友達をみすみす殺させる程お人好しじゃないよ」
優しく微笑みかける。
その笑顔にリナは、俯く。さっきまできっと死の恐怖を必死に押し殺していたのだ。けど、さっきのニックの笑顔で何かが、リナから外れた。地面をリナの涙が濡らしていく。
「さて、そろそろいいかな? 君たち」
ダイスが、握って開いていた手を降ろして無感情に近づいてくる。
その声を聞いてリナは、ゆっくりと顔を上げた。
「リナ?」
「今度こそホント大丈夫」
その表情は、いつもの表情だ。意思の固まった赤い瞳がダイスに向く。ニックも転がった際にズレた眼鏡の位置を直しダイスを睨む。
「止めよう。二人で」
「うん!」
二人はダイスの方へ向き直り、対峙する。
ゆっくり近づくダイスの口角がゆっくりと上がった。
「私を止める、と。面白い。ならやってみるがいい人間よ」
二人の人間と一人の悪魔の戦いが今、始まろうとしている。




