第14話 国王との対面
ニックは、四階にある理事長室を出たあと一階に向かって階段を降りていた。もう授業が開始されているのか異様に静かだった。そのせいで、まるでこの学園に一人だけいるのではないかと錯覚してしまうほどだ。
ニックは、小さな声で少し後ろに声をかける。
「シルヴァ、もうこのまま校門に行こうと思うけど大丈夫?」
ニックの後ろには誰もいない。
だが、声だけがニックの耳に届く。
「あぁ」
その声の正体は、透明化をしたシルヴァだ。
理事長室を出た後すぐに透明化をして姿を隠している。
「ねぇ、シルヴァ。別に今、透明化させなくても良いんじゃない? きっと授業中で誰とも会わないし」
「……」
返答無し。
かと、思ったが返答が無い代わりに黒いローブを着たシルヴァが姿を現した。今は、フードも取っていて綺麗な銀髪が透明化を解除した時にでる小さな風でサラサラと靡く。
正直意外だった。
思わず足を止めて後ろにいるシルヴァを見る。
「なんだ」
「あー、いや、意外だな~って思って」
「?」
「素直に魔術解いたから」
「お前が解けって言ったんだろ」
「まぁ、そうなんだけどね」
苦笑いしながら、また足を動かして階段を降りる。
一階に着いたニックとシルヴァは、校門に向かって歩いていた。ニックの少し後ろをシルヴァが追いかけるようについてくる。
まだ、朝早いが太陽は明るく照らし時折吹く風が心地いい。石で出来た校門までの道をゆったりと歩く。
すると、校門のところにある後ろ姿が見えた。
白い鎧を着たジゼルだ。遠くから見える背中からも感情が感じられなかった。気のせいかもしれないが……。
ニックは、今より少し早めに歩いて校門に向かう。シルヴァも同じスピードでついてくる。
「ジゼルさん、お待たせしました」
その声で校門のところで立っていたジゼルが振り返る。ジゼルは、ニックとシルヴァを真顔で一瞥する。
「では、早速城に向かう。ついてこい」
そう言ってジゼルは、金属音を奏でながら歩きだす。その後ろをニックとシルヴァは、黙ってついていった。
「少ししたところに馬車を停めてある。それに乗って城へ向かう」
後ろは振り返らずに声だけをニックとシルヴァに向ける。
その後は、何も会話は起きずただ歩いていた。
ニックは、ふと周りを見渡した。その光景は、あまりにも悲惨だった。一昨日現れた竜が、破壊した家の残骸があっちこっちに散らばっていた。だが、その悲惨な状況をもろともしないように町にいる住民は、復興作業をしている。
こんな状況だからこそなのかな……。
住民を見ながらニックは、そんな事を思った。
「ここだ。さぁ、乗れ」
ジゼルの声でその方向を見ると茶色い毛並みの馬が二頭。馬の手綱をもつ白い髭を生やしたおじいちゃん。馬に繋がれた少し豪華な紺色の箱のような物。俗にいう箱馬車というやつだ。
箱には、扉がついていてそこにジゼルは先に入っていく。ニックたちもその後に続いて箱に入る。
中はいたってシンプルで箱と同じ紺色のソファーのような座る場所が二ヶ所向かいあうようにある。片方にジゼルが座っているのでニックは、反対の方に座った。シルヴァもニックと同じ席に座る。
ニックは、初めて馬車に乗ったが思ったより広くて思わず「おー」と感心してしまった。感心してる間に馬車はゆっくりと動き出す。意外と揺れは少ない。馬車は揺れるものだと思っていたので意外だ。なにか、対策みたいなのをしているのだろうか。
馬車が走り出してから数分。
未だに、一言も喋っていない。
さすがに気まず過ぎる。城までは、恐らくまだ掛かる。何か喋った方が良いんだろうけど……。
そんな事を考えていると一人が声を出す。それは、ジゼルだった。わざとらしく咳を一回する。
「……改めて、昨日はすまなかった」
真顔で頭を軽く下げる。ゆっくりと頭を上げるとさらに続ける。
「名乗るのを忘れていたが私の名は、聖王騎士団が1人ジゼル・スコットだ」
「じゃあ、改めて僕も。僕は、ニック・ハーヴァンス。こっちは、使い魔のシルヴァです」
自分でもシルヴァが未だに使い魔だという実感が湧かないのにシルヴァの紹介は少し変な気分だ。シルヴァは、じっとジゼルを見つめる。
「なぁ、聞きたいだが……」
シルヴァの声で二人の視線がシルヴァに向く。
「聖王騎士団ってのは、なんだ? 昨日からその名を聞くが。普通の騎士とは、何か違うのか?」
その質問に聖王騎士団であるジゼルが、ゆっくりと口を動かした。
「聖王騎士団というのは、城にいる騎士団で王が選んだ10人の騎士の事だ」
「そんじゃ、あんたら聖王騎士団は全員つえーってことか? 王が選んだってんだから」
「自分で言うのもなんだが……強い。その中でも騎士団長は、ずば抜けて強いな」
「ほぉ……」
何その反応……。ちょっと良からぬこと考えてません?
ニックは、シルヴァを心配そうに見ているとシルヴァは、背もたれに寄りかかる。
「安心しろ。何も戦おうなんて思ってはいないさ。……今はな……」
あれー、なんだろう? 聞いちゃいけない所を聞いた気がする。
と、ここでニックも一つ質問してみる。
「あの、僕も質問いいですか?」
「なんだ?」
「何故、僕たちは国王様に呼ばれたのですか?」
肝心の事を聞いていなかったので今、聞いてみた。
「あぁ、それはな──」
ジゼルが、喋り始めた瞬間馬車が止まる。
「どうやら、着いたようだ」
そう言って立ち上がると扉に手をかける。だが、開けることなく一度ニックの方を振り返る。
「さっきの質問は、王に会ってから直接聞くが良い」
扉を開け馬車から降りた。
その後に、ニックとシルヴァも降りる。
「で、でかーーー!!」
ニックは、大声をあげながら上を見上げる。ニックの視線の先にあるのは白い大きな壁。ニックの身長は、百六十六センチだがそんなニックが何人いればこの壁と同じになるんだ! というくらいに高い。そんな壁が、この城に入ることを許さないと言っているような威圧感を入ろうとする者に与えてくる。そして、壁が高いのならもちろん扉も高い。薄い水色の装飾の二つの扉は無駄にでかい。
「何をしている。早く来い」
でかすぎる扉に手を置いているジゼルは、ニックの方を少し不機嫌そうに向いてそう言った。
「す、すいません」
ニックは、スタスタとジゼルの所まで早歩きをする。シルヴァは、ゆっくりとニックの背中を追っていた。
ニックが、ジゼルの所まで来ると体の奥底に熱を一瞬感じた。
「魔力……」
微弱な魔力がニックの体に伝わってきたのだ。
その魔力は、扉とジゼルから発せられている。
ジゼルは、少しすると手を置いたまま扉をゆっくりと押した。すると、扉は見た目とは裏腹にすんなりと開いた。そのままジゼルは、城の中に入っていく。
「今のって……」
ニックは、小さく呟く。
「魔術器具だろうな」
ニックの後ろでシルヴァがそう言ってジゼルの後を追うように扉の中に入っていた。ニックも慌てて扉の中に入って行く。
扉の中は、思わず足を止めてしまうほど豪華な造りの中庭だった。綺麗な緑色の芝生が全体に広がっているが、石で造られた道が長々と続いている。芝生の上には噴水や花壇などたくさんあってさすがは城と言ったところだろう。白い壁で囲われているせいか少し威圧感を感じる。
ニックは、また足を動かしシルヴァの隣まで来てジゼルの白い鎧の背中を前にしながら喋りかける。
「ねぇ、シルヴァ。さっき魔術器具って言ってたけど……どういう事?」
「どういう事もなにもそのままだ。魔術器具は、道具に術式を刻んだものだ。それと同様にあの扉にも術式が刻んである」
「あー、だからジゼルさんが扉に手を当てて魔力を通して魔術を起動させたんだね。でも、あんな大きい魔術器具なんて見たことないよ」
「……あぁ。そうだな」
それ以降ニックとシルヴァは、黙ったままジゼルの背中をただ追っていた。
中庭から城の中に入り、その後も城の中をずっと歩いていた。広すぎる城の中は、基本的に白で統一されている。ジゼルの着ている鎧に付いているペガサスを模した紋章が所々、城の壁にあった。
長い道のりを歩いたニックたちは、ようやく目的の場所に着いたらしい。ジゼルが、目の前にある扉の前で止まる。
「ここで、王が待っている」
そう言って二つの扉をゆっくりと両手で押す。
ニックの体が緊張で強ばる。心臓が激しく鼓動を始めた。それに引き換えシルヴァは、平然としていた。
「失礼します! ニック・ハーヴァンス。及び、その使い魔を連れて参りました!」
ジゼルの野太い声がその部屋に大きく響く。
ジゼルは、ゆっくりの横に移動する。ニックとシルヴァは、並んだまま前に出ていく。
自然と足が前に出る。きっと目の前で椅子に座っている人のせいだろう。
二段ほど高くなっている所でその人との距離が縮まっていく。その人は、ニックたちが近づいてくると肘掛けに手を置いて立ち上がる。立ち上がると同時に身に付けている鎧が擦れあう音が聞こえた。
そして、ゆっくりとその人は、口を開く。
「初めまして。ニック・ハーヴァンス。そして、その使い魔よ」
透き通った声。その声はすんなりと耳に入っていく。その人の後ろにある壁一面の窓から差し込む光で輝く腰まで伸びた黄金の髪。月夜に輝く月のような優しい瞳。可憐な中に凛々しさも含まれたその顔立ちに思わず見とれる。
白い鎧と同様に首もとに白いモフモフしたものがついたマント。白く滑らかそうな肌が、その異様な存在を際立たせる。
ニックは、思わず息を呑む。
その人は、その透き通った声をもう一度出す。
「私の名は、アーサー・ペンドラゴ。このエルステイン王国の国王です」