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第0話 ゼロ

 この世界はつまらない。

 男は、そんな風に日々感じていた。

 だが、ある日を境にそれは変わった。毎日が楽しい、とまではいかないが、退屈ではなくなった。

 しかし、男は同時に感じていた。

 このままで、いいのだろうか。まだ何かしてやれることはあるはずだ。まだしなければならないことがあるはずだ。まだ、してないことがあるはずだ。

 そして、男はたどり着いた。




 ──おい、リリ。


 ほとんど物の無い寂しい部屋。そんな部屋にくぐもった声が反響する。その声の持ち主は、漆黒の鎧を身に纏った一人の男。唯一置かれている椅子に、堂々と座っていた。

 そして、男が呼んだリリという名。

 それは、男の座っている椅子の隣で何をするわけでもなく立っている一人の女の名前だった。

 紫色のドレスを着た女。体の凹凸おうとつははっきりしており、撫でたくなるような腰回りは異様な色気を発していた。艶のある黒髪。長さはお尻辺りまで。それがふわりと揺れる。リリは、静かに顔を向け「はい、何か?」と男に尋ねる。

 男は、リリの顔を見ることなく声だけをリリに向けた。


 ──お前には、夢はあるか?


「夢、ですか……?」


 唐突だった。

 思わずリリは、男の言葉の意図が分からず「夢」という言葉を反復する。そして、悩む。しかし、悩むまでもなかった。

 リリは、大胆に開いた胸元に手を置き、自然に透明な笑みを浮かべる。


「あなた様に、永遠にお仕えすることです」


 男は、その答えが意外だったのかほんの少しだけ顔をリリに向ける。だが、その表情は、かぶとのせいで分からない。何の為に顔を向けたのか、リリには分からなかった。


 ──そう、か……。


 その一言だけが返ってきた。

 変わらない声。くぐもっているが変わらない。リリは、「はい」と短く答えた。

 男とリリの間に、沈黙が流れる。数秒して、男は背もたれに体重を掛けるように天を仰ぐ。


 ──俺にもな、夢がある。


 驚きの発言だったと思う。

 男には、そういった感情はないはずだった。なぜなら、男は何もかもを持っていたから。全てを持っている者に、夢は必要ない。夢は目標である。すでに頂点にいる男は夢を持つはずがない。そう思っていた。

 だが、リリは知っていた。彼は、まだ全てを持っていないことを。そして、その夢が何であるかリリは知っていた。

 それを知っていて、リリはまた尋ねる。


「……それは、どんな夢ですか?」


 男は、静かに答える。

 だが、の騒音によって声はリリにしか届かない。


 ──────。


 リリは、目を閉じ微笑む。胸に置いた手を少し強く握った。


「……はい、とても素敵な夢です。わたくしは、とても好きですよ。その夢」


 ──あぁ、そうだな。俺もいい夢だと思う。


 男はそう言って立ち上がる。鎧が擦れ合い、音が響く。音だけで、その鎧が相当に重いことはリリにも分かった。


 ──それでは、行くか。その夢を叶える為に。


「…………はい」


 男が歩き出す。リリは、その後ろを付いていく。しかし、後ろを付いてくるリリは目の端を静かに拭っていた。






 彼は、知っていた。彼女が泣いていることを。これは、きっと悲しいことだと。理解していた。彼も彼なりに分かっている。

 だが、これはやらなければならないことなのだ。自分だけがやれることなのだ。だから、これでいい。これは、彼の夢の為なのだ。




 夢とは己が思い描く理想である。それがなんであれ、夢であることには変わりはない。夢である以上、彼はそれを手に入れるまでどこまでも手を伸ばす。それが、今まで築き上げてきたものを壊すことになっても。持っているもの全てを手放してでも。

 彼は、手に入れる。

 例え、それがこの身を滅ぼすことになっても。

 きっと彼は、その夢に手を伸ばし続ける。






 男は、この日、世界から姿を消した。







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