死者と踊る少女
森のずうっと奥深くに、とても綺麗な館があるそうです。
その館は人が大好き。
人の願いを叶えるのが、館の生きがいでした。
ある日、ひとりの人間がやってきて、願い事をしました。
「私と、楽しいパーティーをしてくれる友達が欲しいな」
「ここは……どこかしら」
アリシャは、気付けば森の中にいました。
四方八方が木でいっぱいで、自分がどのあたりにいるのか分かりません。
完全に迷子でした。
「ここにいても仕方ないわ」
アリシャは、森の出口を探してみることに決めました。といっても、どの方向へ行けば出られるのか分からなかったので、取り敢えず太陽の方向へ歩いてみたのです。
すると。
「何かしら」
アリシャが一歩踏み出す度に、風も吹いていないのに木々がざわめきました。驚いた鳥たちが一斉に羽ばたいていきます。
最初は気のせいかと思っていたざわめきは、アリシャが歩を進める度にどんどん大きくなりました。
相変わらず風は吹いていません。
「何だか気味が悪いわ」
少し怖くなったアリシャは、立ち止まって後ろを振り向いてみました。自分が歩いて来た道を振り返ってみたのです。
しかし。
木。
そこには木があるばかり。
歩いてきた痕跡など、少しも。
木々の向こうには、暗闇が広がっている。
「っ……」
振り返らない方がよかったような気がしました。
アリシャは慌てて前を向き、歩き始めました。もう二度と後ろは見ませんでした。
日が落ちてきた頃。
アリシャは、ある一軒の館の前にたどり着きました。
森の中にぽつんと立っているので不思議でしたが、その周りの土地は綺麗にされていて、館自体も普通に綺麗だったので、不気味さはありませんでした。
「誰かいるのかしら」
アリシャは長時間歩いたので疲れていました。
それに、この調子では今日中に森を出るのは難しそうです。
この館に泊めてもらおう。
誰かいればいいけれど。
アリシャは館にそっと近付き、重そうなドアをノックしてみました。
すると、ドアがギィィという壊れてしまいそうな音を出しながら開きました。
――どうぞ。
声が聞こえた気がします。
アリシャは声に招かれ、屋敷の中へ。
中は真っ暗で何も見えません。
手探りで数歩進むと、後ろでガタンという音がしてドアが閉まりました。
しかし、アリシャはもう後ろを振り向かない。
「ごめんくださーい!」
アリシャは声を張り上げ、誰かを呼びましたが、その声に応えるものはありませんでした。
「……暗くて進めないわ」
手探りで進むしかありません。どうやらここはロビーのようです。
アリシャはまた歩き始めました。
ゆっくり、ゆっくり。
誰かに気付かれるのを怯えているかのように。
暗闇に目が慣れてきた頃、アリシャは立ち止まって周りを見渡してみました。
驚いたことに、左右は壁でした。前には赤い絨毯が敷かれた一本道が続いています。
「おかしいわ」
アリシャはロビーを歩いていたはずですが、いつの間にこんな所まで来てしまったのか分かりません。
――おいで。
また声が聞こえた気がしました。
アリシャが前を見ると、さっきまでなかったはずの扉が見えます。
誰かいるかもしれない!
アリシャは思わず駆け出して、躊躇いなくその扉を開けました。
「うわっ」
扉の先の部屋はちゃんと電気がついていて、さっきまで暗闇にいたアリシャには眩しすぎました。反射的に目を瞑ります。
そして、目を開けると。
そこは、とても美しい、広い部屋でした。
一面に赤い絨毯。頭上にはシャンデリア。真ん中にはとても長いテーブルが置いてあり、赤色と金色のテーブルクロスがかけられています。テーブルの上にはたくさんの豪華な料理が並べられていました。また、等間隔で赤と金の椅子が並べられていて、その椅子は一つの所謂主役席を除いて全て埋まっていました。
なにで埋まっていたと思う?
「な、なんなの、一体」
今すぐにでもパーティーが始まってしまいそうです。
椅子に座っていたひとりが、アリシャに気付いて声を上げました。
「あ!アリシャ!」
驚きました。アリシャの知り合いはここにはいません。
そのひとりの声で、椅子に座って思い思いに話をしていたひとたちが静まりました。
「え、何?」
「「お誕生日おめでとう!!」」
そのひとたちはアリシャを見て声を合わせました。
「あ、あれ?」
私は今日が誕生日だったかしら。
でもなんだか、考えればそんな気がしてきます。
ああ、今日は私の誕生日だ。
「さあさあ、君の席はあそこだ!」
と、ひとりが主役席を指さしながら言います。
アリシャは言われるままその席に座りました。違和感はありません。
「主役も来たことだし、パーティーを始めよう!」
「皆、グラスを持って!」
「「乾杯!!」」
皆はアリシャを置いてさっさとパーティーを始めてしまいます。アリシャも慌ててグラスを持ち上げました。
「いっぱい食べてね!」
テーブルに並べられた料理はどれもアリシャの好物でした。恐る恐る食べてみると味は絶品で、お腹がすいていたことを思い出したようにナイフとフォークが進みました。
「今日は君が主役なんだ!」
「何でも言ってね!叶えてあげるよ!」
「あ、ありがとう」
アリシャは、すぐに皆と仲良くなりました。
ここにいる皆は、とてもフレンドリーで、積極的にアリシャに話しかけてくれるのです。
料理がなくなってきた頃、どこからか楽しい音楽が流れてきました。
皆はその音楽を聴くと一斉に席を立ち、それぞれペアをつくって踊り始めました。
「さあ、お嬢さん、お手を」
アリシャは音楽と皆の踊りを席で楽しんでいましたが、あるひとりが近づいて来てアリシャに手を差し出しました。
「お腹いっぱいで動けないわ」
「大丈夫、楽しくてそんなことは忘れてしまいます」
「それに私、踊ったことないもの」
「私がリード致します」
そう言われてしまえば言い返せず、アリシャは手をひかれるままに立ち上がりました。
不思議なことに、アリシャの身体は簡単に音楽に乗り、軽快なステップを踏みました。
「上手じゃないですか」
「ふふ、ありがとう」
それからアリシャは、色々なひとにダンスを申し込まれ、ほとんど全員と踊ってしまいました。
「アリシャ、今日のパーティーはどう?」
「とっても楽しいわ!こんな時間がずっと続けばいいのに!」
不思議だわ。皆とずっと前から友達だったみたい。
そうやってどれくらいはしゃいでいたのか分かりません。
アリシャや皆は、パーティーではしゃぎ疲れてしまいました。
そしてそのまま、パーティー会場に座り込んだり寝そべったりして、眠りに落ちてしまったのです。
「起きて!起きて!アリシャ!大変だ!」
アリシャはそんな声で目を覚ましました。
あまりにも焦った声で起こされたので、アリシャも何があったのかと飛び起きます。
「どうしたの?」
「ほら、早く席について!新しい友達が来るんだ!」
「早く、早く」
アリシャは皆に急かされてテーブルの脇に置いてある椅子に座りました。今度は主役席ではありません。皆も既に起きていて、各々の席に座りました。
テーブルの上には、また豪華な料理が並べられていました。あれほど食べ散らかっていたはずなのに、そんな痕跡は少しもありません。
アリシャは急に起こされて席に座らされたわけですが、何故か自分が何をしようとしているのかを理解していました。
これからやってくる新しい人の誕生日を祝う。
アリシャは、皆と話しながら新しい人がやってくるのを待ちました。
もうすっかり、館の住人のひとり。
「あ!アリシャ!」
あるひとりが、扉の方を見て言いました。
あれ?私の名前は何だっけ?
私は、どうしてこんなところに?
名前なんて最初からなかったのかもしれない。
私は、最初からここの住人だった。
私と皆は話すのをやめて一斉にドアの方を向きます。
そこには、困惑した様子の少女が立っていました。
そして私たちは、声を揃えるのです。
「「お誕生日おめでとう!!」」
――さあ、パーティーを続けましょう。
この時間が続けばいいと願ったのは貴方です。
読んで下さりありがとうございます。
ちゃんと童話になっているか分からずプルプルしている作者です。
貴方は、自分のその願いが叶うことで、人生がどう変わるか考えたことがありますか?