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03

西暦199X年、地球は核の炎に包まれなかったし、無論、人類は死に絶えてなどもいなかった!!

―――暴力と恐怖で支配される大地など、それこそコミックスか映画の中の作り話としか描かれない。今では何かと規制が厳しいので、世紀末の表現も生ぬるいものに成り果ててしまっている時代である。

新しい携帯機器やパーソナルコンピューターの発明はあれど、戦うものの血に脈々と受け継がれていた拳の伝承者などいはしない。と、いうことは、拳王も聖帝も生まれはしない嘆かわしき世の中である。馬鹿でかい黒馬に乗った二メートル級の大男など、路上に出現したら通報されても仕方の無いという悲しき世代なのだ。

しかし、だからこそ…と、竜ヶ崎美奈子は思う。


こういう時代だからこそ、彼らを超える悪の華は必要なのですわ―――。


改めて尊いほどの思いを胸に抱き、美奈子はゆっくりと牛ハラミを口に含んだ。

『竜のふるさと』特製の牛ハラミは美味い。否、『竜のふるさと』で扱う肉もサラダに白米、デザートに至っても、極上のものを取り揃えている。我が竜ヶ崎焼肉チェーンは、味、品質、安全性、全てにおいて置いて妥協するなどあり得ない。

その代わり少々値段はお高めであるが…、そのおかげでこうして彼女たちも快く足を運んでくれたのだ、と、美奈子は視線だけでくるりと自分の周りに座る女生徒を見回した。


一つのテーブルを囲むのは、全員、マリアンヌ学園の生徒である。各々が好きなメニューを注文し、焼き、美味しい美味しいと肉を頬張っている。

全員美奈子が所属している部活動の部員達だった。部活帰りに「今日はぜひおごらせてくださいな」と申し出ると、前述の通り断るものはいない。その中には美奈子が目当てにしていた、千歳生徒会長のクラスメイトの女生徒もいる。さりげなく千歳生徒会長の話題を出すと、彼女たちは勿論、他の部員たちも食いついてきた。


「千歳さんもお忙しい方なのよ。学校では生徒会のお仕事、お家では淑女のマナーレッスンにお父様のお手伝い、さらに病院へも足を向けてるんですもの!」

「確かに…千歳生徒会長は素晴らしい方ですわね。わたくしも見習わなくてはと常々思いますわ」

「美奈子さんもそう思う?素敵よねえ…ひとみさん。凛としていて、美しくて…」


ねえ、と美奈子のまわりの女生徒たちが、うっとりと頬を染めたので、己もにっこりと笑うことで同意を示しておく。品行方正で美しいマリアンヌ学園生徒会長、千歳ひとみにはファンが多いのだと、改めて実感せざるを得ない。肉汁の香ばしい匂いでするにはいささか耽美すぎる内容かもしれないが、美奈子も部員たちも気にする様子はなかった。


男子生徒だけではなく、女生徒にも「お姉さま」と慕われる千歳ひとみ生徒会長。しかし彼女の周りにその生活を脅かすよからぬ『ネズミ』がいると、美奈子は己の第六感のひらめきを信じきっている。今まで拾った情報から推理しても、千歳生徒会長には誰にも言えずに胸に抱えている秘密があるに違いない。

他者の斜め四十五度を行く思考に突っ込みをいれる二人のお付きの姿は、残念なことに今は無かった。


「そう言えば、わたくし先日千歳生徒会長と安原先生が一緒にいるところを見ましたわ」


肉の追加を店員に頼みながら、美奈子はずばりと本題を切り出した。マリアンヌ学園の中庭で見かけた生徒会長と教員の会話風景。話している内容は聞くことは出来なかったが明らかに千歳生徒会長の様子は何かに怯えるようであり、その後、己と言葉を交わした彼女は自分たちにその心情を隠そうとしているように見えた。

美奈子が感じた違和感の理由…二人の間に何があったのかを突き止めることが、彼女たちをこの焼肉屋『竜のふるさと』に招いた己の思惑である。

美奈子の問いかけに部員一同はきょとんと目を見開くと、隣にいる生徒と顔を見合わせた。やがて、中にいる一人が「そういえば」と美奈子の方に視線を向けなおして、おずおずと口を開く。


「安原先生って確か、ご家族が千歳病院に入院されていたんじゃなかったかしら?」

「あら、そうなの?」

「ああ、確かそんな話聞いたことあるような…」


千歳病院はこの町でも有数の大病院である。入院ともなればそこを選ぶこともあるだろう。入院患者の家族と、院長の娘が教師と生徒の関係であっても不思議ではない。くるくるとありとあらゆる可能性を頭の中で回転させながら、美奈子は心配している表情を作り出して(実際に心配だったこともあるが)、再び問いかけた。


「それで、安原先生のご家族は、大丈夫だったのかしら?」

「少し風邪をこじらせただけだったらしいから、命に別状はないようですよ。もう退院なさったらしいし」

「まあ、それは…何事も無くてよかったですね」

「ええ、千歳さんとも、そのことでお話してらしたんじゃないかしら?きっとお礼を言っていたんですよ」


そうまとめる女生徒は、嘘を言っているようには見えなかった。ここで「こんなとこで嘘をいうやつもいねーっすよ」と美奈子の思考に突っ込みを入れてくれる未来の部下はいない。さながら犯人を追う刑事の顔つきで、美奈子はふむ、と一つ唸って牛タンを焼いた。じゅう、と食欲をそそる香りが、つやつやとした肉汁とともに溢れてくる。


(千歳生徒会長と安原先生の繋がりが、見えてきましたわ…)


恐らく、安原教員の家族が病院で入院しているときに、何かトラブルがあったに違いない。無事に退院したと言うことは、恐らく患者に何かあったということではあるまい。決定的な医療ミスがあったなら、もっと世間が騒ぐ。

患者と医者の確執として他に考えられるのは、一体なんだろう。本格医療ドラマさながらのシナリオが、美奈子の頭を猛スピードで流れ始めた。

いずれ悪の華咲き誇る大地の最初の一種になると信じて疑わない美奈子には、己の予感に自信を持っている。その自信が折れる事態など、それこそ世紀末さながらの世界が訪れても無いのだろう。


悪の総統としての目が、美奈子の胸の中に根付いた気がした―――その時である。

がらり!ぴしゃん!かつかつかつ!と、軽快でテンポもいい扉の開閉音、そして靴音が、ざわめく店内にも負けぬ大きさで美奈子たちの耳に届く。店で食事をしている者、注文を取りに走り回っていたスタッフさえも、何事かと目をむいて、音の出所に顔を向ける。

皆と同じようにそちらを見た美奈子は、あら?と小首を傾げた。よく見知った人物が、酷く怖い顔―――ただしその左頬には綺麗な紅葉が散っている―――をして、自分たちが肉を焼いているテーブルに近付いてきているのである。

美奈子は彼の顔を見つめながら、焼きあがった牛タンをぱくりと食んだ。


「お嬢!!ちょっとアンタ何で一人だけ焼肉食ってるんすか!?」

「あら、蛍一郎何をいってますの?一人じゃありませんわよ」

「そーいうことじゃなくって…!!」


もぐもぐと美味しい牛タンを咀嚼する美奈子に乱入してきた男子生徒…来る日には己の部下となるだろう沖川蛍一郎は、真っ赤にはらした痛々しい頬を引きつらせている。何事か言いたいのかもしれないが、言葉が出で来ないのか歯をむき出しにして唸るさまを美奈子は見つめていた。

視線でなど会話できる信頼関係など持ち合わせていない二人なのでそのまま無言で見つめあい続ける。そのうち口の中の牛タンは咀嚼されて、飲み込まれた。


「少々、失礼します。あ、すみません、このテーブルにおかわりをそれぞれ持ってきてくださいな」

「え…?」

「あ、はあ…」


成り行きを呆然と凝視していた部活メイトとスタッフにそれだけ告げて、美奈子は椅子から立ち上がるといまだ歯をむき出しに唸る蛍一郎の背を押した。周りの空気など我関せず、店の奥にある洗面所へと優雅な足取りを心がけて歩いていった。

そのまま二人は洗面所の扉を開けて、喜劇役者が退場するかのごとく、一同の目から姿を消す。


「駄目ではないですか、蛍一郎。皆さん驚いていましたよ。常に紳士的を心がけて行動しなければ」

「そっれを!お嬢が!!言いますか!!」

「叫ばないでくださいな。外に聞こえてしまいますわ」


洗面所の中に誰もいないことを確認しながら、美奈子は蛍一郎に音量を小さくするように促す。目の前にいる蛍一郎ははらした頬が目立たなくなるほど顔を赤くしていた。何故だか冷静さを失っているらしい。

不審な様子の未来の部下に片眉を跳ね上げたあと、「それで蛍一郎」とゆっくり切り出した。


「調査のほうはどうでしたか?」

「~~っ!ええ!ええ!アンタはそういうお嬢様ですよ!!」


頭のねじが二、三本抜けてんだ!と大きく悪態をついたあと、蛍一郎は深く長い呼吸をして顔の赤みを引かせた。ほんの少しだが冷静さを取り戻せたらしい。不機嫌な顔をしつつも、美奈子に調査の結果を報告する。


「生徒会のネズミの件、ありゃあ、ネズミそのものを見た奴はいねーみてーっす」

「まあ。ならどうしてネズミが生徒会長の持ち物をかじった、なんて話になったのでしょう」

「いや、会長が言ったらしいっすよ、持ち物がかじられたみたいって」


何処か疑わしげな色を乗せた口調で言った蛍一郎に、ふむ、と美奈子はあごに手をあてて考え始めた。


「そのかじられた持ち物って、何だったんでしょう?」

「それも、誰も見てないらしーっす。ネズミが出たって言うのは、会長の言葉だけ」


妙だ。

呟くと蛍一郎もそう考えているのだろう、珍しく美奈子に同調するように頷く。千歳生徒会長の言う『ネズミ』という存在は、彼女の言葉の中にしか登場していないということだ。美奈子の中で疑惑が膨らむのを止められなかった。

ポケットの中にある携帯端末が震えたのは、その疑惑が新たな推理を生み出そうとした時だった。取り出した端末の画面に表示された名前はもう一人の未来の部下、竹松梅之進。

恐らく彼の方でも何か発見があったのだろう、美奈子は無言で通話ボタンを押した。





翌日、美奈子たちは…否、ここは竜ヶ崎一味と自分たちを記そう…、休日を利用してとあるファミリー公園へと足を運んでいた。

空は快晴、風は強くないが爽やかで、公園に集う親子連れやカップルを優しく包み込んでいる。堅苦しい制服ではなく、スポーツをするには最適なウエアを着用していたので、今すぐにでもランニングにでも行きたい心地だった。


しかし、今日三人がここに来たのは爽やかな日和の休日を堪能するためでは無論無い。ちらり、と美奈子は背後にいる蛍一郎に目配せした。

己と同じくスポーツウエアを着用している未来の部下は、何故か心底うんざりした表情で一度ため息を吐くと、ランニングシューズをたん!と鳴らして駆け出した。美奈子、梅之進もそのあとに続く。ランニングコースをゆっくりと走っているようで明確な目的を持った三人は、やがて一組の、ベンチで休憩していた親子連れの元まで近付いていた。


「あ!ヤス先生!偶然っすね!!」


まったく偶然に聞こえない声と口調で、先頭を走る蛍一郎が笑った。いっそ出来の悪い芝居と言ったほうが相応しいその声に反応したのは親子連れ…の、父親で、彼はこちらの姿を見ると「お!」と目を見開く。


「沖川じゃないか!どうしたお前、こんなところで」


どうやら蛍一郎の胡散臭い態度には疑問を持たなかったらしい。もしかしたら妙だとは思ったが、あえて口に出さないだけかもしれなかった。

蛍一郎の苗字を呼んだ男性はベンチから立ち上がると、この爽やかな日和のような表情で、にこにことこちらに近付いてくる。美奈子たちは足を止め、その男性を―――マリアンヌ学園教員、安原浩太を迎えた。


「ごきげんよう、安原先生。今日はよい日和なので、皆でジョギングの最中なんです」

「こんにちは、いい天気ですね。先生はご家族でお散歩ですか?」


蛍一郎よりも多少はましな演技(か、どうかはわからない)で、美奈子と梅之進は台本どおりに台詞を口にする。教え子たちの大根ぶりと作り笑いに多少小首を傾げた様子の安原教員だったが、彼は爽やかに「ああ」と頷いた。


「あれは、俺の妹と甥っ子なんだ。今日は天気が良かったから皆で…」

「まあ、先生には妹さんと甥っ子さんがいらっしゃったんですのね」


ここで蛍一郎が口を開くことを許されていたら「白々しいな!!」と、貼り付けたような笑顔の美奈子へと突っ込みをいれていただろう。しかし彼に用意されていた台詞は「へえ、お二人とも似てますねえ」という一言だけだったので、違和感のかたまりである彼女の言葉はそのまま残される。

相変わらず不思議そうに小首を傾げた安原教員だったが、ベンチに座ったままこちらの様子をうかがっていた二人を、美奈子たちに紹介してくれた。

元来、人がいいのであろう。


安原教員が家族を連れ、休日になるとこの公園でジョギングやスポーツを楽しんでいることは、既に調べがついていた。美奈子が目指す暗躍する『悪役』らしい情報収集能力で知ることが出来た…わけではなく、教員自身が公言していたのだ。蛍一郎のクラスで、そして安原教員が受け持つクラスでそのことを知らないものは少ないだろうとのことである。

今日も必ず、安原教員は公園に来るだろう。それを見込んで、美奈子たちは『いかにも』スポーツをしていますよと装って、この場に来たのである。

このために美奈子は、台本も用意した。未来の部下二人からは何処と無く白い目で見られてしまったような気がしたが、恐らく疲れていたからそう見えたのだろう。疲れてまで作った台本が、安原教員が公園にいなかったら台無しになっていた、と言う考えは、無論美奈子の中には無い。


ベンチから立ち上がった女性…安原教員の妹らしい女性は、こちらに向かって丁寧に頭を下げた。


「こんにちは、貴方達兄さんの生徒さんなのね」

「はい。はじめまして!いつも安原先生にはお世話になってます。竜ヶ崎美奈子と申します」

「まあ、ご丁寧に…。安原の妹です。お兄ちゃんにはもったいない生徒さんねえ」

「こら、余計なことを言うんじゃない」


美奈子が三人を代表するように、粛々とこちらに向けて微笑んだ女性へと挨拶をする。柔和な表情は確かに安原教員と似ており、血の繋がりを感じさせ、兄と軽口を叩きあうその光景を見る限り、兄妹仲は良好のようだ。

続いて美奈子はベンチに座ったまま、己を見上げている少年へと視線を移す。彼と同じ目線までかがみ込み、幾分優しくした声色で「こんにちは」と語りかける。


「安原先生…貴方の叔父様にはいつもお世話になってます。竜ヶ崎美奈子です」

「…」

「こら、翔太。きちんと挨拶しなさい」


ぱっと顔をうつむかせてしまった少年の態度を、母親が咎める。しかし美奈子は彼女に向かって首を横に振り、「気にしていませんわ」と微笑んだ。

恥ずかしがり屋なのだろうか?母親に怒られても少年は、小さく身じろぎするだけで、ベンチから立ち上がらず下を向いたまま動かない。美奈子は気になって髪の毛の影に隠れてしまっている幼い顔を覗き込んだ。翔太と呼ばれた少年は、子どもらしいあどけなさに似つかわしくない、随分と暗い顔をしている。

不思議に思う美奈子の背後では蛍一郎と梅之進、そして安原教員が話している声が聞こえてきた。


「ヤス先生、家族が入院したって話。水臭いじゃないっすか、俺たちに言ってくれないなんて」

「あれ?沖川知ってたのか?いやあ、お袋が風邪をこじらせただけで、そんなに大事じゃないから心配かけるのもと思ってな」

「風邪は万病の元と言いますし、侮ったらいけないですよ。…でも、何事も無くてよかったですね」

「ありがとう竹松…確かにそうだよな。お前たちの言うとおりだ」


心温まる、生徒と教師の会話である。しかし、美奈子は見逃さなかった。背後の会話に違和感があったのではない。己の目の前にいる翔太少年の顔が―――『入院』の二文字を聞いた途端、曇ったのを見つけたのだ。


「翔太君…」

「…」

「おばあちゃんの入院で、何かありましたの?」

「…!」


はっと、少年が顔を上げた。ようやく真正面から見れたその表情は、やはり暗い。これはやはり何事かあったらしいと、美奈子は確信を深めた。じっと瞳を見つめて、じっくり、ゆっくり、「何がありましたの?」と翔太少年に再度問いかける。

幼い彼は一度戸惑い視線を右往左往したが、しかしぎゅっと手を握り締めて、決心したように口を開いた。


「お姉ちゃん、叔父さんの学校の人なの?」

「ええ、マリアンヌ学園に通っていますわ」

「ひ、ひとみお姉ちゃんを知ってる?あの病院の、院長さんの娘だって…」


ひとみ。その名前が出てきたことに手ごたえを感じながらも、美奈子は頷く、―――と、少年の顔が、くしゃりと歪んだ。


「お、お姉ちゃん、ぼ、ぼく…!僕、ひとみお姉ちゃんに、ひ、酷いことしたんだ…!!」


そう言った少年の瞳からぽろりと大粒の涙がこぼれたのを見て、美奈子は目を見開いた。

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