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02

千歳ひとみ。

マリアンヌ学園在籍の三年生であり、前述の通り学園の生徒会長を勤めている女生徒である。

眉目秀麗、成績優秀、人望も厚く、気品あるたたずまいに目を奪われる者も多いと聞く。事実彼女は大病院の跡取り娘で、幼いころから徹底した教育を受けていたらしく、ここにいる成金美奈子お嬢様よりも美しく令嬢然とした人であった。

兄貴分の蛍一郎よりも女主人を変人扱いしていない梅之進も、さらりとした黒髪を揺らししゃんと背を伸ばしている千歳と、先日から立派な悪人になるために行動している我らがお嬢様、どちらが品格正しい家柄の人間かと問われたら、間違いなく前者を選ぶだろう。


将来自分の部下となるべく者に、不名誉な選択をされたとはしらない美奈子は、自分たちの目の前で唐草模様の風呂敷をほっかむりにしながら、双眼鏡を手に持っていた。身を置く場所は、園芸部の努力とセンスの結晶ともいえる品の良い中庭…の、校舎の物陰である。ちなみに梅之進自身も園芸部であるので、代々この美しさを守ってきているこの庭は、ちょっとした誇りでもある。

その誇り高き庭で、梅之進、蛍一郎も彼女と同じく、物影に身を隠していた。さながらスニークミッションだ。

こそこそと進む三人の視線の先にいるのは、美奈子とは月とすっぽんの存在(すっぽんは言わずもがな)、もとい、しずしずとまるでおとぎ話のプリンセスのように中庭を歩く千歳の後姿である。綺麗な人だなあと、ぼんやり観察していると、隣にいる兄貴分が、ひゅう!と軽く口笛を吹いた。


「いやさっすがマリアンヌのマドンナ!すっげえ美人だなあ!!」

「兄貴、狙ってるの?」

「当たり前だ、俺は世界全ての女性と仲良くなるのを目標としている!勿論千歳生徒会長ともお近づきになりたいに決まってるだろ!」

「決まってるんだあ…」


先日も女生徒数人との関係かばれて修羅場となり、頬に真っ赤な紅葉を散らしていたというのに懲りない兄貴分である。勿論それが彼が経験した最初の男女の揉め事では無い。美奈子の言い分ではないが、付き合う人は一人にしないと女の子が可哀そうだと考えながら、梅之進は肩を竦めた。


「二人とも静かに!千歳生徒会長に気づかれますわ!」


前を進む美奈子に、彼女の奇行を世に知らしめるべきではないと考える梅之進は口をつぐむ。しかし己とは正反対の考えを持っているらしい蛍一郎は音量は変えずに「別に気づかれてもいいじゃないっすか~」と頭に手をやりながら答えた。


「生徒会にネズミが出たって、別に侵入者が出たわけじゃあないでしょうよ。そんなんがあるなら、とっくに問題になってますって」


だらしない態度の割に正論を解く蛍一郎にしかし、美奈子はほっかむりに包まれた顔をくるりと振り向かせてすっと眉をひそめた。


「あら、甘いですわね蛍一郎。もし生徒会室に出たのが動物のネズミだったら、少しおかしいことですわ」

「え?どういうことです?」

「食べ物が無いからです。もし生徒会役員が食品を持ち込んでいたなら別ですが、品行方正な千歳生徒会長が仕事をする場でお茶をするとも思えません」


それにもし一息つきたいとなったら、マリアンヌ学園には食堂があり、授業時間外ならそこで休憩することも可能だ。わざわざ教師に咎められる可能性がある場所に、禁止されている菓子類を持ち込むのはおかしいと言う。

なるほど、確かにそれは一理あると梅之進は思った。しかし、まだ納得しきれていないらしい蛍一郎は、半眼でぼやくように美奈子に尋ねる。


「それじゃあどうしてナナちゃんはネズミが出るなんて言ったんすか…?」

「蛍一郎、生徒会長以外に持ち物をかじられたりした方はいらっしゃるの?」

「え?」

「そもそも、そのネズミを見た方はいるのかしら?姿はなくとも、フンや、巣を作ったような形跡は?」


問いに問い返す美奈子に、蛍一郎が口をつぐんだ。どうやら彼の何番目かわからない彼女、榊原奈々枝はそこまでは言っていなかったらしい。美奈子の推理は、驚くべきことに的を得ているようで、梅之進はこの奇妙な行動ばかり繰り返す女主人を、今日ばかりは僅かに尊敬した。

ほっかむりをかぶってスパイと言うよりは昭和のドロボウと言った風体の美奈子は、ふふん、と鼻を鳴らして得意げに言い加える。


「つまり侵入したネズミは動物では無く、曲者、間者の類なのです。きっと生徒会長のイケナイ秘密を狙ったに違いありませんわ!」


梅之進は己の美奈子に対する評価が元に戻っていくことを実感した。


「さあそれがわかった所で二人とも!尾行を続けますわ!…あら、どなたか千歳生徒会長に話しかけています…これは悪の華の匂いがしますわね…」


絶対にこの奇行を他の生徒教師、否、学園外の一般人にも見せてはいけないと固く心に誓いながら、梅之進は視線を前を優雅に歩いていた千歳へと戻す。美奈子とはもはや比べるのも失礼なほど綺麗なマリアンヌ学園の生徒会長は、確かに誰かと話し込んでいるようだった。

対話の相手は男性で、何を言っているのかは聞こえない。ただ、妙に穏やかな顔をしている男性を、梅之進はよく知っていた。否、マリアンヌ学園に通う生徒なら、一度は彼の顔を見たことがあるはずだった。

すい、と切れ長の目を細めながら、蛍一郎が「ヤス先生っすね…」と、男の名前を呼んだ。


「蛍一郎、師である方をあだ名で呼ぶのは感心しませんよ」

「せんせーがそう呼んでいいって言ってるんすよ。俺のクラス、皆ヤス先生って呼んでるっす」

「フレンドリーな方みたいですよ、安原先生。僕、受け持ってもらったことないですけど」


安原浩太。マリアンヌ学園の新任体育教師だ。

確か蛍一郎のクラスは彼の担当だったと、梅之進は記憶している。爽やかなルックスと人当たりのいい性格、おまけに授業態度は厳しくないと三拍子そろい、女生徒は勿論、男子生徒からも支持は熱いとの噂だ。

体育全般が苦手な梅之進は、今回ばかりは兄貴分がうらやましいな、と思ったものである。


「その安原先生が、いったい千歳生徒会長に何のご用でしょう?」

「たまたま話しかけただけっしょ?」

「たまたま、にしては長いようですけれど」


美奈子が鋭い目で凝視しているので、梅之進も、蛍一郎もなんとか声が聞けないものかと声を潜めて耳を澄ます。が、距離が離れすぎているのか、千歳生徒会長と安原教員が小さい声で話ているからか、自分たちの呼吸音と衣擦れの音しか聞こえない。

早々に聞き耳をたてることを放棄したらしい兄貴分が、やれやれと息を吐いた。


「お嬢、なんかこう、盗聴器とか持ってないんすか?悪役目指してるんでしょ?」

「…蛍一郎、そういうものって、どこで買えますの?電気量販店?わたくし見たことありませんわ」

「え、えーとぉ…秋葉原?」

「そんな遠くにスレスレのものを買いにいかなくとも、悪の活動は出来ますわ」


人の後をつけるというこの行為こそスレスレではなかろうか?二人は同時に同じことを思ったが、口に出しても無駄だとわかっていた。

中庭ではいまだ生徒会長と教員の二人が話している。相変わらず声は聞こえない…が、安原教員の顔は爽やかで穏やかだった。こちらから見て背中を向けている千歳生徒会長の顔は見えない。だが梅之進はその肩が、小刻みに震えているのに気が付いた。


「どうしたのでしょう、千歳生徒会長」

「さあ…?」


違和感に気付いたらしい美奈子と蛍一郎も首を傾げる。だが自分たちの疑問が解決する前に、麗しの黒髪がぱっとひるがえって千歳生徒会長が踵を返す。こちらに向かって歩いてくるので、三人は慌てて物陰に隠れようとしたが、そこが既に物陰である。真っ直ぐにこちらに来た生徒会長にすぐ見つかってしまった。


「あら、竜ヶ崎さん。どうしたの?こんなところで」

「ごきげんよう、千歳生徒会長。三人で散歩しておりましたら、会長の姿が見えたもので」


慌てる部下二人とは正反対に、美奈子は生徒会長に見られる前に流れるような動作でほっかむりを取ると、笑顔と共に言葉を返す。流石と言えるような変わり身の早さである。果たしてその変わり身が悪役と関係があるのかは不明だが、汗の一滴も流さない女主人には女優の才能があるのかと梅之進は考えた。


「安原先生と、何かお話していたんですの?」

「ええ、授業のことを…それより竜ヶ崎さん、日曜日のパーティには出席なさるの?」


話を逸らした。

梅之進だけではなく蛍一郎も、そして話をしている美奈子も気が付いたが、それを追求することなく彼女は頷いた。


「ええ、わたくしだけではなく、蛍一郎も梅之進も出席させていただきますわ」

「まあ楽しみ。同年代の人ってあまりああいう場に来ないから、美奈子さんがいてくれると心強いわ」


そう言うと千歳生徒会長はにっこりと微笑み、「それでは、パーティで」と言い残して足早に去っていく。不自然な足取りに梅之進は思わず蛍一郎と顔を見合わせてから、改めてその背中を見送った。ゆらゆらと慌しく黒髪が揺れている。あれでは何かあるとこちらに告げているのと変わりない。

美奈子も去っていく生徒会長にじっと視線を送りながら、「隠し事があるようですわね」と唸る。「マジかよ」と呆然とした兄貴分の声が、梅之進の隣から聞こえてきた。

いったい、彼女に何があったと言うのだろう。梅之進はふと気になり、背後…安原教員がいるはずの中庭へと視線を移す。が、そこに既に、笑顔が爽やかな人気者の教師の姿は、無かった。





―――安原教員と千歳生徒会長の間に、どのような繋がりがあるのか。

視聴覚室、つまり風紀委員会に与えられている教室のホワイトボードには、美奈子のやたら丁寧なことが特徴的な文字で、そう大きくつづられていた。梅之進、蛍一郎は二人でお行儀よくホワイトボードの前にパイプ椅子を移動させ、腰掛けている。

きゅぽん、とマーカーのふたを閉じた美奈子は、教鞭をとるかのごとく二人を見回し、こほんと一つ咳払いをしてから口を開いた。


「それでは二人とも。今日はこの議題を話し合いたいと思います!」

「生徒会長は確か、ヤス先生の受け持ちじゃなかったと思うっす」


先ほど目撃した千歳生徒会長の様子に、兄貴分も妙なところを感じたらしい。ぶつくさ言わずに知っている情報を美奈子へと提示していた。その情報と言うのが何故か安原教員と千歳生徒会長についてではなく、会長個人の情報の方が多かったのだが…その理由については特に追求するまい。


「千歳生徒会長は、安原先生の受け持ちではない。生徒会長は華道部なので、部活動でも安原先生と会う機会はない。生徒会長は毎日食堂で昼食を食べる、ちなみにパスタがお好きらしい。生徒会長は毎週病院の患者さんのところへ顔を出している。生徒会長は…」

「兄貴…」

「う、うるせーな!興味あることは詳しくなって当然だろ…!ってなんすかその目は!!」


きゅぽん、と再びマーカーのふたを開け、ホワイトボードに書き込んでいく美奈子も、流石に蛍一郎に少々冷たい視線を送らざるを得なかったようである。極寒の空気のような場に自分の身が置かれつつあることに気が付いたのだろう兄貴分は、慌ててこちらを振り向き、梅之進に振った。


「お前も何か知ってることあるだろ!?確か、お前、部活動で千歳生徒会長とよく話すじゃねーか」

「あら、そうなんですの?梅之進」


どうして兄貴はそんなこと知ってるんだろうとぼんやり考えつつ、梅之進は「そうです」と美奈子の言葉に頷いた。


「僕、園芸部なんですけど、生徒会長とはお花のことで何度かお話しているんです。季節のお花とか、患者さんに持っていくためのお花のことで、何度か相談されたことがあります」

「梅之進は、お花が好きですものね」


にっこりと微笑む美奈子に、梅之進も笑って頷いた。将来父親のあとを継がず、竜ヶ崎家専属の庭師になりたいと一時期考えたほどである。


「一番最近千歳生徒会長をお話したとき、何かいつもと変わっている様子はありませんでした?」

「と、言われてもなあ…」


梅之進は腕を組んでここ最近、部活動でのことを思い返していた。己は、蛍一郎ほど千歳生徒会長に意識を向けていたわけでは無い。それに、機会があれば会話を交わす程度の間柄で、ほんの少しの差異など気付くはずも無かった。


「いつもと同じように笑ってらっしゃったような。病院に持っていくための百合は、どの種類がいいかとか…」

「百合…?百合、が良いと、千歳生徒会長はおっしゃったんですの?」


問われて、梅之進は頷く。今日を除いて最後に顔を合わせた日、千歳生徒会長は己に百合の種類について尋ねてきたはずだった。


「おかしいですわね…、百合の花は匂いがきつくて、お見舞い用のお花には不向きですわ…」

「はい。僕もそう答えました。それで、お見舞いに持っていくのにいい季節のお花の話をしたんですが…」

「それで、千歳生徒会長はなんて?」

「え?ありがとうございますって言って、それで終わりました」


思い返せば百合の花の強い香りのことを、華道をたしなむ千歳生徒会長が知らなかったのは妙だが、取り分けておかしいことというわけでもない。そう梅之進は考えたのだが、どうやら美奈子は違うらしい。悩ましい小さな呻きとともに「妙ですわね」と呟きが漏れていた。

しばらく無言で考え込んでいた美奈子だが、ホワイトボードに向き直り、『百合の花』と書き込んでいく。


「この百合の花が新たに浮かび上がったヒントですわね」

「…そうなんですか?」


謎は放置されたまま深まった気がする。何の解決方法も見出していない現状だったがしかし、女主人は胸を張って「勿論ですわ!」と声を張り上げた。


「調べるべきポイントが見つかったということは、会議が有意義なものだったことの証明です!さあ!二人とも!調査に乗り出しますわよ!!」

「チョーサ…?」


まるで初めて聞く言葉のように、隣で呆然とした蛍一郎が呟くのを、梅之進は他人事のように聞いていた。



調べることは三つに分けられる。

生徒会室に現れたネズミは存在しているのか?千歳生徒会長と安原教員の間に、何か確執は無かったか?そして、百合の花にまつわるエピソードが、千歳生徒会長の周りに無いか?

梅之進はこの中で、百合の花についての調査を受け持っていた。生徒会室のネズミについては蛍一郎、会長と教員の間柄については美奈子がそれぞれ調べている。妥当な役割分担と言えるだろう。


(お嬢様はともかく、兄貴は生徒会室で榊原さんと遊んでそうだけど…)


そこまで考えて、いや、それは榊原奈々枝に対する侮辱だと思い直す。男を見る目は生憎欠落しているようだが、彼女とて選出された生徒会員。蛍一郎のせいで仕事をおろそかにするということは無いだろう。

どうか上手くやってほしい、と頷きながら、梅之進は分厚い図鑑のページをめくった。


梅之進が調査のためにまず足を向けたのが、園芸部の部室でもある、中庭に建てられた倉庫だ。

中は肥料やスコップ、くわなどが詰め込まれると同時に、記録や部活新聞を作成する机なども置かれている。その片隅に、誰が持ち込んだのか小さな本棚があり、園芸雑誌やら図鑑やらが並べられており、これが案外、マリアンヌ学園の図書室よりも通好みの情報に溢れているのだった。


「えーと…百合、百合、と…」


去年発行されたばかりらしい最新版の図鑑には、梅之進が求めていた百合の花の情報も掲載されている。メジャーな花だからだろう、ページ数も多く、ヤマユリ、テッポウユリ、オニユリ、百合の中では一番有名だろうカサブランカは、一際大きく写真が載っており、種類も豊富で日本ではあまり目にしない品種のこともかなり詳しい。

女王のような品格を持つ花の数々を眺めながら、ふむ、と息を吐いて考え込んだ。


(百合って言っても、こんなに種類があるから、匂いがきつくないのがあると思ったのかな?)


千歳病院の患者に、百合の花を好む人が、いるのかもしれない。だが、その人のためだけに香りのしない百合の花を探すのは、少し手間がかかりすぎるような気もする。


(もしくは、匂いがきつくても、良かったとか?)


そんなわけはないか。大病院の跡取り娘として、そしてこの学園の生徒会長として、彼女が誰かの迷惑になる行為を進んでするとは思えない。

また一つため息を吐いて、梅之進は図鑑のページをまた一枚めくった。


「蛍一郎先輩!榊原先輩とも付き合ってるってホントなの…!?」


部室の壁の向こう…つまり中庭から、怒りにまみれた声が聞こえてきたのは、そんな時である。

ぎょっとして梅之進は、めくろうと思っていたページから指を離してしまった。ぱたん、としっかりした図鑑のページが、元の位置に落ちていく。


「待って!美羽ちゃんこれは誤解!誤解なんだってば!」

「誤解も何もないわよ!蛍一郎くん!これはどういうこと!?」

「蛍ちゃん?じーっくり話を聞かせて貰おうじゃない…?」

「や、ちょっと待って!待って!不穏な空気出すのやめよ?ね?」


複数の女生徒の声に混じり、聞き覚えのありすぎる声が聞こえたので、梅之進は嫌な予感を抱えながら、ゆっくりと席から立ち上がり、窓へ向かって歩を進めた。その間にも、女生徒の声はヒートアップを続け、間に挟まれる声の困惑が、強くなっていく。

あまり見たくないなあとぼんやり思いつつも窓を開けると、果たしてそこには、予想していた通りの光景があって、少しだけうんざりした。


「違う、違うんだよ、浮気してたんじゃないんだ!!」


園芸部の汗と涙の結晶とも言うべき場所ににつかわしくない、騒がしい、生徒と思わしき一団がいる。

女生徒が数人に、それに囲まれるように男子生徒が一人…通常なら異国の王のハーレムとも思える状態だが、真相に気が付いている梅之進はちっともうらやましくなど無かった。


「浮気じゃないならこの状態はなんなの?先輩」

「蛍一郎くん、私たちが納得できるように説明して」


女生徒の中には、てっきり兄貴分の本命だと思い込んでいた相沢美羽と、生徒会書記の榊原奈々枝の姿もある。全員が学園では有名な美少女ばかりで、「よくやるなあ」と梅之進はぼんやりと考えた。

その後梅之進自慢の中庭は、修羅場と言う言葉が生ぬるく感じてしまうほどの修羅場へと化してしまったので、無言でゆっくりと窓を閉める。その際に、なんだが兄貴分に目配せをされたような気がしたが…恐らく、気のせいであろう。

くるり、と踵を返して机に戻ると、背後からぱっしーん!と言う、何かを平手打ちしたような、乾いた音が聞こえた。


「あんなんで、情報聞き出せるのかなあ?」


疑問を口にしてみたが、勿論答える者などありはしない。梅之進は再び図鑑を開いた。はて、何処を読んでいたかなとぱらぱらとページをめくり―――、ふと、気になった見出しがあったので、指を止める。

そのページにはカラフルな文字で、「虫除けに聞くハーブ」と題されてあった。

ハーブにも興味がある梅之進も勿論知っているが、ゼラニウムやレモングラス、一部のハーブの香りには、虫除けになるものがあるのだ。美奈子お嬢様も虫除けスプレーの変わりにいくつかアロマとして使っていたはずだ。

好き嫌いはあるかもしれないけど、いい香りなんだよなあ、と考え、ふと梅之進は、ある可能性に行き着き、あ、と声を出す。


(ハーブの香り、虫除け…、まさか…)


思いつくままに再び百合の花のページを開いて、己の求めている情報を探す。窓の外では、またしてもぱっしーん!と言う乾いた音が響いていた。

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