01
国を覆っていた闇の如く雲は晴れ渡り、人々は魔のものの終わりを知った。正義が勝ち、悪が破れたのだ。
人々はおおいに湧く、そして涙をこぼす。胸の内から咲き誇る、満開の花のような安堵と嬉しさのためである。つい先刻までこの国の命運が生きるか死ぬかの瀬戸際であった。町を出れば凶暴化した獣に襲われ、命を落とす。そうして家族や友人を亡くしたものも、一人や二人では無い。
だが、そんな日々はもう終わり。長きにわたる戦いに、終止符は打たれた―――勇者、と呼ばれるものの手によって、平和は取り戻されたのである。
平和に踊る国の片隅、小さな辺境の村では、そこに住む人々が、勇者の帰りを待っていた。この村こそが勇者の故郷であり、伝説の始まり。村人たちはたくましくなっただろうその姿を待ち望みながら、村の入り口で、祈りを捧げている。
そして幾日かたったころだろうか…勇者の母親が、かなたからくる人影を、目に止めた。
愛しいわが子、誰が間違うことがあるだろう。感激のあまり、母親はまなこから涙を流し、待ち切れずにその影に駆け寄って―――、
「おお魔王!死んでしまうとは情けない!!」
大団円の最中で、竜ヶ崎美奈子は天をふり仰ぎ、嘆いた。
テレビゲームを凝視していた竹松梅之進も、コントローラーを握っていた沖川蛍一郎も、ぎょっと目を見開いて、美奈子を振り返る。驚きに凝固する二人の視線の先には、大げさな身振りでよよよ、と力なく崩れ落ちる、女主人の姿があった。
「何という悲劇なんでしょう!ああ魔王、おお魔王!あれほど献身的に世界を征服していたと言うのに、ぽっと出の勇者に倒されてしまうなんて…!」
「…お嬢。別に魔王は世界に献身してたわけじゃねえっすよ」
美奈子の奇行は慣れたものだったので、先に冷静さを取り戻した蛍一郎が、嘆くポーズでしくしくと泣き始める彼女へと、面倒くさいと言わんばかりに声をかける。次いで兄貴分につられるように自我を取り戻した梅之進が、おどおどと口を開いた。
「あのう、それに勇者は頑張ったと思いますよ。勇者がいたから世界は守られたんです」
「甘いですわ、梅之進!!」
悲劇のポーズからぱっと身をひるがえし、指をつき向けた美奈子の勢いに、身長が低くぽっちゃりしている梅之進は「うわあ」と座布団から転がる。コントローラーを離してその背中を支えてやった蛍一郎は、突飛な言動が得意な主人を、半眼で見つめてやれやれとため息をつく。
竜ヶ崎美奈子の父は成金で、沖川家、竹松家は、それに付き従う家系である。
今日も今日とて無駄な広さだけは誇る竜ヶ崎邸の憩いの和室で、美奈子、蛍一郎、梅之進の三人は、勉強会という名のお茶会もとい、昔懐かしいゲーム大会に勤しんでいたのだ。
最もコントローラーを握るのは蛍一郎ばかりで、お嬢様も含めて他二人は彼のプレイを、おー、だの、わー、だの歓声を上げて、横から見ていただけだったのだが、それなりに楽しいひと時だったと思う。
この、女主人の奇声さえなければ、である。
梅之進に指をつきつけたままの美奈子は、「甘いですわ!!」と今一度ぴしゃりと言ってのけたあと、すっと立ち上がり、視線を上に向けた。
「魔王が世界にその名を轟かせて恐怖というなの力で征服するまでにいったいどれほどの努力があったことでしょう…!!」
「はあ…」
「どのような統治であろうと100年もあれば廃れます。いえ、もっと短いかもしれない。だというのにこの魔王は何と300年もこの国を恐怖で治めていたというではありませんか!」
そう言われればそうであるが、たかがゲームのシナリオである。そんなに噛みつくことか?と首を傾げれば、蛍一郎に背を支えられていた梅之進が「そういえば魔王すごいですねえ」とよせばいいのに感動する。
その一言を聞きやはり調子にのったお嬢様は、「そうなのです!」と大げさな態度で頷き、腕を組んだ。
「このゲームの魔王しかり、世紀末の拳王しかり、宇宙の帝王しかり、時を止める吸血鬼しかり…わたくしは彼らに学びましたの!!」
「とんでもないもんを学んだっすね」
「まだ何を学んだか言ってませんわ」
「お嬢様、言わなくてもわかりますよう」
「まあ二人とも!そんなにわたくしのことを理解してくださっていたんですのね!!」
限りないほどのポジティブさを発揮する美奈子に、だんだんと対応が面倒くさくなってきた蛍一郎と梅之進はただ「そうですね」とだけ答えた。
おざなりな対応だったにも関わらず、ポジティブすぎて前しか見ていない女主人は、北の大地の博士の像のようにぴっと前方を指差し、高らかに宣言する。
「わたくしは悪の美学を究め、清く正しく悪らしく、世界を征してみせます!!」
竜ヶ崎家に響いたその声は、どこまで行っても従者二人には迷惑なものでしか無かったが。
◆
そもそもお嬢様曰く、「悪の美学」とはなんなのか。ゲームばかりに勤しんではいられないと、場所をテレビのある和室から洋風のリビングへと移し、勉強を始めていた蛍一郎は、さらさらと問題を解く美奈子に、さりげなく問いかけた。
「古来より悪と呼ばれる存在は、たゆまぬ努力と執念によって目的の遂行、世界の支配をもくろんでいます」
「そう、っすかね…?」
「先ほどのゲームの魔王とて世界征服のためにこつこつとレベルを上げたのでしょう」
「…魔王って、もしかして最初はスライムだったのかなあ」
梅之進が間抜けな合いの手を挟むと、ノートから視線を上げた美奈子がにっこりと微笑む。その微笑がどういう意味合いを持つのかわからなかったし、蛍一郎はわかりたくもなかった。
「悪者というものは、統治力、カリスマ性、頭脳、筋力、その他様々な能力において秀でているものが多いのです。無論、元からの才能もあったのでしょうが、世界を征するほどの力はやはり努力によって身につけられるものでしょう」
「そうですねえ、言われてみれば」
「わたくしはいずれ父の事業を継ぐつもりです。そのためにこの悪の美学こそが一番の手本となるとわたくしは気付いたのです」
ちなみに、成金竜ヶ崎家の家業は、焼肉のチェーン店である。
美奈子の父はワンマン経営でライバル店を押しのけ、見事この業界のトップに立ち、財を築いた。美奈子がそれを将来つぐつもりでいることは知っていたが、まさかそこで突飛な悪役論を持ち出してくるとは思わなかった。梅之進が、おずおずと主に進言する。
「えーと、でも…魔王とか拳王とか目指したら、いつかお嬢様は正義の味方にやられちゃうんじゃ」
「反骨精神を持つものはどの時代にも出現するものですわね。ですが、こちらの寝首をかかれる前に危険因子は潰すつもりでいます」
「お。お嬢、今の台詞悪役っぽいっすよ」
「でしょう。ふふふ、先ほどの説明で二人も強大な力=悪という方程式がわかったと思いますが…」
「え?そうなの?」
梅之進が大きな瞳をぱちぱちさせて蛍一郎を振り返るが、答えてやることは出来なかった。蛍一郎にだって美奈子が展開した方程式など、まったくもってわからなかったからである。
しかし二人の戸惑いなどまったくどこ吹く風、ノートに文字を刻む手を寸分も狂わせることなく美奈子は続けた。
「わたくしは事業を継ぐまえに悪の道を究める決意を固めましたの」
「何もかもが前途多難っすね」
「ええ、まったくです。悪の道は一日にしてならず。どのような悪役もその名を世界に轟かせるまで辛酸をなめる日々を送ったことでしょう」
つい洩れてしまった蛍一郎の憂いを斜め上に受け取って、美奈子は重々しく頷く。
竜ヶ崎家が経営する焼肉チェーン店「竜のふるさと」の将来には暗雲が立ち込めていると蛍一郎は直感し、自分の身の振り方も考えねばならないだろうと案じ始めた。感慨深げにうんうんと首を上下に動かしながら鉛筆を動かすお嬢様から視線を弟分に転じ、こっそりと耳打ちする。
「梅之進、もしお前親父のあと継がないんだったらどこに就職する?」
「何言ってんの、兄貴。僕は父さんの後を継ぐつもりだよ」
「ばっかお前目の前の人を見て見ろよ。俺はあの奇行淑女に未来を託す気はねえぜ」
梅之進はその真ん丸な目をさらに真ん丸に見開き、一度テーブルの向こうに座るお嬢様に顔を向けたあと「へえぇ」と面白そうに言った。
「奇行淑女なんて面白いこと言うね、兄貴」
「ばっかお前そうじゃねーだろ。このままの頭のレベルでお嬢が焼肉屋継いでみろ、あっという間に竜ヶ崎家は終わりだぞ」
「お嬢様、兄貴よりも学年順位いいじゃない」
「そういうことじゃねえんだよ!」と怒鳴りつける前に、蛍一郎は頭を抱えた。この弟分の頭にはその外見に似つかわしいぽやぽやとした花が咲いているらしい。美奈子と同レベルだ。
蛍一郎の苦悩を知る由もない諸悪の根源は、ぺらりと教科書をめくり、「まず立派な悪になるためには、」と聞きたくもない話題を語り続ける。
「小さなことからこつこつと続けましょう。いきなり世界征服などのたまっても、変人扱いされるだけです」
「すでにそう言われても仕方ない気がしますけどね」
「まずは何をするんです?ピンポンダッシュですか?」
「梅之進、それでは子供のいたずらですわ」
美奈子がまた柔らかく微笑みながら首を横に振った。
半眼で二人の様子を眺めながら、それならば幼稚園バスを乗っ取りでもする気かと馬鹿馬鹿しい(しかしあながち、やらないとも限らない)ことを考えていると、凛とした声で美奈子が言い放つ。
「まず我々がやるべきこと、それは『学園の支配』です…!」
きらり、と瞳を輝かす美奈子に、蛍一郎、梅之進両名から「はあ!?」と同じタイミングで驚愕の声が出たのは、仕方のないことだろう。それよりも何よりも『我々』と一括りにされていたことが、恐ろしくてたまらなかった。
◆
生徒の夢そして独立性を育てる伸びやかな学校をうたい文句にしている、私立、マリアンヌ学園に美奈子率いる成金組は在籍している。
マリアンヌの生徒よ、夢を持て、そして世界へ羽ばたき世界を圧しろ、名を轟かせて、剛の者となれ、というのが、初代校長の弁である。恐らく彼は生まれる時代を間違えたのだ。戦国時代に生まれていたら、日本の歴史を変える人物になっていたかもしれない。
何はともあれこのような言葉を初代校長が残していたから、我らがお嬢様がとんでもないことを言い出したのだ、と蛍一郎はすでにここにはいない人物を思い切り罵りたくなってきた。
「はい!お嬢様!『学園の支配』ってまず何をすればいいんですか?」
「ふふふ、いい質問ですわね、梅之進」
大量のプリントの束を持って歩く梅之進に、同じく大量のプリントの束を抱えて先頭を歩く美奈子が得意げに説明をはじめた。何のことは無い、委員会の途中である。三人は同じ風紀委員会に所属していて、遅刻者、早退者を記したプリントを、生徒会に提出しにいくのが日課であった。
かつかつと…否、上履きなのでぺたぺたと間抜けな足音を響かせてながら、美奈子は器用に後ろを歩く二人を振り返った。
「生徒会の権力すらも脅かす、悪の風紀委員!学園ドラマに一つや二つそういうのがいるでしょう」
「わあ!委員会ごと巻き込むんですね!」
「今時不良が闊歩する風紀委員会なんてはやらねーっしょ…それに、うち風紀なんてそんな目立つ委員会じゃないっすよ…」
一昔前の学園ドラマだったら風紀委員とは名ばかりのリーゼントをつけた不良が、木刀を片手に校内を練り歩いている場面も見つかるのだろうが、PTAの目が厳しくなってきた現代ではそういった種族は絶滅危惧種である。
おまけに風紀委員会も、マリアンヌ学園ではそれほど派手な委員会というわけではない。遅刻者、早退者のチェック、朝の挨拶運動や各イベント時の校内の見回りが大体の仕事である。
呆れ返る蛍一郎に、腹の底から怒りを呼び覚ますような声で美奈子は「ちっちっち!」と首を横に振った。
「頭にフランスパンを乗っける必要など無いのです。風紀委員が持つべきものは、木刀より情報ですわ!」
「情報…?」
「そう、生徒会、教師陣、そしてPTAなどの握られてはいけない情報を握り、学園を意のままに操るのです!」
迂闊な言葉だけでも警察のお世話になりそうなデリケートな時代である。蛍一郎は美奈子の頭の悪い悪ふざけとは一切かかわりが無いと言い切るための手段を頭の中で模索した。
何があっても自分だけは安寧な道を進みたい蛍一郎だったがしかし、その計画は儚くも散ることを知る。
「ねえ蛍一郎、貴方、生徒会書記の榊原さんとはずいぶん仲良くしているみたいね」
きらりと瞳を光らせた美奈子が、とても悪い顔でこちらを見つめていたからである。
蛍一郎はたらり、と背中に冷たいものが流れ落ちたことを悟った。手の中にあるプリントの束だけは落とさないようにすることが精一杯である。
「や、やだなあ、お嬢…。俺は別にナナちゃんとは何の関係も…」
「ナナちゃん…親しそうに呼びますのね」
「えーと、あのう」
「あれ?でも兄貴、兄貴、一年の相沢さんとはもう別れたんだっけ?」
「お前は黙ってろおおおお!梅之しーーーーん!!!!」
悪意の無い弟分の一言に、蛍一郎の額からは脂汗が大量に吹き出て、美奈子の瞳には冬の空気もかくやという冷徹さが浮かぶ。
「蛍一郎、わたくしは貴方がどんな女性とお付き合いしようが咎めません。恋愛は自由です。しかし、その自由の中にもルールがあると、わたくしは何度も言ったでしょう?」
「だ、だから、お嬢、違いますって!俺は不埒なお付き合いは誰ともしてませんよ…!」
「あ、蛍一郎くーん!!」
今三人が向かおうとしていた生徒会室のほうから、愛らしい女生徒が己を呼ぶ声が響いてきた。その声に何よりも聞き覚えのある蛍一郎はぎくりと背を強張らせ、「うわああああ!!」と声を張り上げて、ついにプリントを取り落としてしまう。駆け寄ってきた女生徒と梅之進が目を丸くして、がくりと膝をついた己を覗き込んだ。
ちょっと短めの前髪と、丸い目が愛らしい女生徒の名は、榊原奈々枝…通称、ナナちゃん。先ほどまで自分たちの会話の中に出ていた人物であり、蛍一郎が今現在『清い』お付き合いをしている三人目の女の子である。
「だ、大丈夫ですか?兄貴?」
「どうしたの、蛍一郎くん?」
「心配は無用ですわ、榊原さん。蛍一郎はちょっと情緒が不安定なようですわね」
優しい声色で美奈子がかがみ、蛍一郎の耳元に唇を近づける。嫌な予感が首元に触ったのと同時に、彼女が彼女の目指す悪そのもののような声で、己に小さく呟いた。
「今すぐ本命を榊原さんに決めなさい。榊原さんと将来を歩く決心をこの場でするのです」
「なんっすかそれ!?」
「わたくし、女性の純情をもてあそぶような行為は好みませんの」
「そうじゃなくて!!」
「つまり榊原さんから貴方に、貴方からわたくしに生徒会の情報が流れてくるようにするのです」
蛍一郎は言葉と呼吸につまり、顔を赤くしたり青くしたりした。
部下の純情はどうなるのだ!!と怒鳴る資格も度胸も、今の蛍一郎には無い。怒鳴ったら可愛いナナちゃんに三股…否、五股かけていることがばれてしまうやもしれない。一度浮気がばれて複数の女生徒にタコ殴りにされた記憶のある蛍一郎は、それだけは勘弁願いたいのだ。
一連の流れを黙ったままみていた梅之進が、榊原にプリントを渡したあとにぽつりと言った。
「兄貴…女性で痛い目に見ているなら、もう何人もの人と付き合うのやめたらいいのに」
「いやだ!!俺はたくさんの女の子に癒されていないと死んでしまう病なんだ!!」
「心底ドン引きますわ、蛍一郎」
美奈子もまた半眼でこちらを睨みつけていて、蛍一郎の心はさらにダメージを受けた。
◆
「鬼!悪魔!人でなし!独裁者!淑女の皮を被った化け物!!」
「言うにことかいてそれですか?」
「兄貴、鏡みたほうがいいよ」
美奈子だけでなく弟分からも肩を竦められ、蛍一郎の苛立ちは加速した。怒りを全て、がたり乱暴に椅子に腰かけることでぶちまける。長テーブルに備え付けられてある、軟弱な作りのパイプ椅子が、ぎしぎしと可哀そうな悲鳴を背後であげた。
美奈子以下二名がいるのは、風紀委員会が集会の折に使用させてもらっている視聴覚室である。すでに自分たちを含む委員会のメンバーは帰宅してしまっているらしく、教室の中は三人の気配しかない。窓の向こうから部活動中の生徒の声…恐らく野球部だろう、が、小さく聞こえてきた。
蛍一郎の座るパイプ椅子の隣で、美奈子と梅之進はのんきに会誌を作っている。ぱちりぱちりとホチキスの音を奏でる女主人に向かって、ため息とともに愚痴をこぼす。
「だいたいお嬢だってナナちゃんの純情をもてあそんでるじゃないっすか!俺を使って生徒会の情報聞き出そうとして!」
「わたくしは貴方がその気が無いのならこんな手は使いませんわ。榊原さんは貴方の唯一の愛を得る。貴方は浮気癖が治る。そのついでに生徒会の情報が手に入ったら嬉しいなーと思っているだけです」
「ついでの方がメインじゃねっすか!?」
「やめなよ兄貴、何も言い返せる立場じゃないよ」
プリントを折り込む手を止めた梅之進に背中をさすられ、蛍一郎は口を閉ざす。まったくその通りだと、自分でもよく理解していたからである。
「それで蛍一郎、生徒会は何か秘密を抱えていたのかしら?」
思わず己の顔が苦虫を噛み潰したかのようになってしまっても、誰も咎められまい。蛍一郎は美奈子に早速、榊原から情報を聞き出すために彼女と行動を共にしていたのである。無論愛らしいナナちゃんと会話することは何の苦でもないのだが、結局週末にデートの約束までしてしまったことは手痛かった。その日は三年の黒川先輩と会おうと思っていたのに、予定を変えねばならない。
自分が最低の好色男だという自覚があるからこそ悪い蛍一郎は、不満げな顔のまま聞いてきた事実をきっぱりと告げる。
「無いっす」
「まあ」
「さっぱり、完全に、隠してることなんてねーみたいっすよ!そりゃそーだ!一介の学園の生徒会にそんな御大層な秘密があるわけねーじゃねーっすか!!」
「兄貴、ちょっと落ちついて」
「ったく、生徒会で困っていることと言えば、最近ネズミが出るくらいだそーっすよ」
「ネズミが…?」
器用に片眉だけを跳ね上げる美奈子に、蛍一郎はおざなりに頷く。
「何でも生徒会長の…ほら、あの超美人…」
「千歳ひとみさんですよね、三年の」
「そうそう千歳さんの私物が、ネズミにかじられたことがあるらしーっすよ」
蛍一郎は、脳裏に一度お付き合い願いたいと考えている美貌の生徒会長の顔を思い浮かべながら、榊原に教えてもらったことを主人に伝えた。
被害はあったけど捕まらなくて、困ってるの、とちょっぴり泣きそうな顔で己に言ったナナちゃんは可愛かったなとちょっぴりにやりと顔を歪ませていると、何に反応したのか美奈子がぽつりと何かを呟いた。
「お嬢様、どうかしました?」
プリントを全て折り込んだらしい梅之進が、美奈子の顔を覗き込む。
「ネズミ…それはどこの世界でも曲者を表す隠語ですわ…」
ようやく聞こえたその一言に、え?と、部下二人の声がユニゾンする。こちらの困惑など気にする暇もないらしい美奈子は、きっときらめく瞳をあげてうるさいほど高らかに言い放った。
「悪の直感が働きますわ!!」