マリア
扉をくくれば、そこは薄暗い場所だった。
聳え立つ本棚たちが通路を作り上げている。
天井は見えず、床の先は闇に飲み込まれ足元を照らしているガスランプの灯りはあまりにも心もとなくて……。
それでもハーモット卿は進んでいく。
自分が行くべき場所をわかっているかのように、僕の前を歩く。
前が急に明るくなれば、そこはここが書庫ではなく書斎で有ることを証明する場所に出た。
暖炉に、応接用のテーブルとソファに、書斎卓があり、その書斎卓には女性が向かっている。
ルビーのような赤い髪にザクロのような色の瞳が美しい。
色白で、女子高生の制服姿の彼女は何かを書き続けていた。
「ウロボロス、少しいいか?」
ハーモット卿の声でようやく頭を上げる、ウロボロスと呼ばれた少女。
ウロボロスってたしか、尻尾を加えた蛇の輪っかで終わりも始まりもない完成されたものを意味するものだったような。
「あら、ハーモット、いらっしゃい」
は、ハーモット卿を呼び捨てにしたっ!
「そちらの子は?」
「ゴルゴダっつー新しいお前の補佐官だ。俺はインスティクシャンの浄化で忙しくなったからな」
「まあ……最近活発化しているのね」
少女は椅子から立ち上がって歩み寄ってくる。
背が高い。
と思ったらヒールを履いていた。
がそれを抜いてでも高かった。
「初めまして、あたしはウロボロス・マリアよ」
……ウロボロス、マリア?
「ウロボロス?」
「ええ」
「マリ、ア?」
「そうよ」
少しの沈黙の先に、僕は叫んだ。
「大ウロボロス卿ですかぁぁぁぁぁぁぁっ⁈」
ウロボロス・マリア。
クラウディの創設者にしてエッセンシャーにおいて最大の権力を持つ存在!
その方が、その方が、いま、僕の目の前にいるぅ⁈
「あたし、そんなご大層な呼び方されてるのねぇ」
「お前が引きこもりなだけだ豚野郎」
「う、ウロボロス卿が、ウロボロス卿がぁ」
「おい、大丈夫か」
「だって、だって、大ウロボロス卿ですよ⁈そんな方に頂ける仕事なんて僕が勤まるんですか⁈勤まるんですかねぇっ⁉︎」
ハーモット卿の胸ぐらを掴み、ガクガクと揺さぶってみる。
ああ、夢じゃないだろうか。
夢なら覚めて欲しくない!
「ゴルゴダ、そろそろやめなきゃハーモットの鞭が唸るわよ?」
「はっ⁈す、すいません申し訳ありません!」
「……いや」
ハーモット卿を解放する。
こ、怖いですよその目!
僕が悪いんですが……。
「お前の仕事は朝8時、夜8時にクラウディの司書室にいるメアリアンから報告書を受け取り、マリアにハンコをもらって俺に提出する仕事だ。簡単だろう」
「そ、そんな簡単な仕事なんでふがぐほっ⁈」
僕の体が浮く。
ふわりと浮く。
右頬が痛い。
ああ、ハーモット卿に殴られたんだ。
僕は本棚に体当たりして頭から本を浴びた。
「あーあー……ハーモット……」
「教育的指導だ」
「……アクタ」