Qお腹、くびれ、へそ、フェチ、チャット。A検索結果、約82,000件
階段を降りて、一階のスペースに出る。
「あれ、どーしてユッキーまで来てるのかなん?」
犯人暴きの現場に他人を巻き込まないようにしたかったらしい神野先輩は、勝手に着いてきた雪菜に聞きながら首を捻った。その言葉に他意は見当たらない。
「付き添いでっす。面白そうなので」
ここにも他意は見当たらない。もう少しさ、こうさ、友達の危機を救うためですとかさ。言ってくれてもいいじゃないかっ。
「そっかあ。視聴者居ても大丈夫?」
神野先輩は可愛らしく自分の顎を摘んで、
「あ、でもユッキーにはさっき鞄の中身見せてたからね、ユッキー限定で大丈夫なんだ」
一人で推理し、一人で納得する。たったそれだけの行動なのに、一字一句間違いが無いから怖い。私、この人に裁かれるのかな。捌かれるのかな。出来れば後者で。いや、なんでもないです。
「にしても神野先輩、やっぱすごいですよね。さっきの観察眼とか、感動しましたよ」
こういうとき、雪菜はすごいと思う。完全な社交辞令。完璧な仮面。このへんが女子力の違い?
でも、
「おーけー気持ち良いからあと一回だけ褒めて貰って、そこからは嘘ぱっちい謝辞は無しにしようぜ」
一瞬、空気が凍りついた気がした。
でももちろんそんなはずが無くて、見てみたら時計は元気に動いてるし、周りで談笑している他人達もちゃんと動いていた。
「……そういうふうに言われたのは初めてです。流石ですね」
雪菜撃沈。なんとか笑顔はキープしようとしてるけど、それがわざとらしい苦笑になっていて逆効果だった。
「んー、良いねえ。難しいかもしれないけど、悪く思わないでね? いや、まあ悪く思ってももーまんたいなんだけどさ、君は多分、ちょっと、敵に回したら厄介な匂いがするから」
…………。
「……」
「……」
雪菜も私も、言葉と思考を奪われた。そんな感じ。
「ユッキーは、目的のためには回りを使う事にためらいが無いでしょ? 正直一昨日は驚いたよー、靴を盗った犯人も場所も解ってる状況で私に頼ってくれるんだもん。そういうのってさ、気が知れない相手には抵抗があるもんだと思ってたんだよねん。でも、ユッキーは迷わずあたしを使ったね。それってもしかして、私が本当に使えるのか、本当に信頼に値するのかとか、調べるためでもあったんじゃないのかなあと思ってるんだけど、ど?」
「どう、って聞かれても、そんな難しい事考えて動ける人間じゃないですよ、私は」
引き下がらない雪菜の顔には笑顔が復活していた。なにこれ、あれ、今ってどういう状況?
「謙遜しちゃってさー。ユッキーはポーカーフェイスが上手なんだね、素敵だよ。でも、残念なのは隣の子。焦り方が状況の理不尽に対する焦り方じゃないよねえ。さっきと同じ、自分の罪を暴かれてるのと同じ顔してるもんさー。それって、そういう事だよねー?」
なにこの人、超怖いんですけど!
思わず自分の顔を手で覆って隠すと、雪菜が溜め息を吐いた。
「そのことは、他の人には言わないでいてくれたら嬉しいです」
見ると、雪菜が両手を挙げて降参のポーズを取っていた。
「ごめんねゆきなあ」
もう自分が情けなくて泣きそうだ。私の馬鹿!
雪菜は私の頭を小突いて、今度ご飯奢りなさい、としかめっ面をしている。それに対して私が何回も頷いていたら、途端に、神野先輩が笑った。
「あはは! 大丈夫大丈夫! まさかここまで面白い人たちとは思ってなかったから少しやり過ぎちゃったね。謝るし、他言しない事は約束するぜっ」
ガッツポーズして親指を立てる神野先輩。
さらに、
「お酒の事も、事情によってはチクらないで適当に誤魔化してあげるから。私にさらっとぽろっと教えちゃってよ」
そんな事まで言うもんだから、牙を抜かれたような気分になるのは仕方無いよね。
私は、赤ワインの事について、何回も噛みながら、その度恥ずかしさに炎上しそうになりながら、全て神野先輩に話した。
話し終わったら、神野先輩は何回も面白い面白いと連呼して、お腹を抱えて笑っていた。この包み隠さない感じが、モテる秘訣? いえいえこれはきっと池面無罪というあの方程式ですよ。え、あれって方程式だったの?
「好きな人にクッキーを渡す。そのための材料が赤ワインっていうのがもうすご過ぎるって! 逆転の発想すぎて惚れそうだ! ジェル状のクッキーを好きな人に渡そうとしてる乙女を想像するともうなんか色々と悶絶だ!」
成る程ー、クッキーに赤ワインはダメなのかー、うーん、お菓子作りって難しいんだね。でも、流石に失敗作を渡したりしないよ? ジェル状クッキーってもはやクッキーじゃないからね? それくらいは解るからね?
「ジェル状クッキー……ああ、なんか少し食べてみたいかも……」
怪しい笑みを浮かべる神野先輩。先輩、それは自殺行為ですよ。
その時ふと、雪菜が一歩前に出て、私を庇うような形になる。
「そのクッキーが食べたいなら沙希恵がいくらでも作りますので、お願いがあります。出来るだけ、この子に近づかないで下さい。これは私の玩具です」
雪菜……かっこいい……雪菜が男なら惚れてた。いや、もう惚れてる。私は雪菜依存症です。一生雪菜の友達で居た――待って今玩具って言わなかった?
「ねえ雪菜。今私のこと」
「えー、どうしようかなー。その子、面白そうだからなー。私も欲しいなー」
「ダメです。これは私のものです」
「ねえ、そのものっていうのは忍者とかの『者』だよね? 物品とかの『物』じゃないよね?」
「でもー、あたしもその子で遊びたいなー。心も体も使って」
「え、先輩、今私の中でものすごく警告音が響いてるんですが」
「なら私も譲歩しましょう。沙希恵の体は上げますので、その他心と周りの私物は私の物です」
「ねえ二人とも聞いてる? 私の声、聞こえてる?」
「え、体は良いの? やったぜ」
「でも、沙希恵には近づかないで下さい」
「理不尽だなあ。理不尽過ぎてあたし泣きそうだ」
「泣きそうなのは私だよ!」
「「もう泣いてるじゃん」」
なんでそこでハモるの!? 散々無視したくせになんで二人同時なの!?
なんだか視界が霞んで前が見えないよ。このまま世界と隔離されてしまいそうだ。
そこでふと、神野先輩が背筋をピンと伸ばし、両手を高く掲げた。肩でも凝ったのだろうけど、そのせいでお腹のラインが見えた。
……ああ、待って私の自尊心! まだ行かないであなたとはまだ別れたくないの! 今まで適当に扱ってごめんなさいこれからはもっと大事にするから泣き叫びながら心の奥に身を沈めようとしないで!
こんな感じになるくらいすごかった。私も一応女子なんですけどね、こう、なんというか、胸とかお尻とかじゃなくて、ほんの少しお腹が見えただけでこんなに鼓動が早くなるものなんだね。初めて知った。この気持ちを誰かに伝えたいから、とりあえず今日帰ったら『お腹、くびれ、へそ、フェチ、チャット』でネットを開いて、そこで新しい友達を作ろうと思います。
「楽しい時間は過ぎるのが早いねえ。ちょっと相対性理論をぶち壊しに行こうと思うんだけど、どうだい、一緒に」
笑いながら言ってるけど、そこはかとなく本気に聞こえた。
「私には長く感じました。さりげなく沙希恵に手を伸ばさないで下さい。神野先輩がそのつもりなら、そうなる前に私がこの子を食べます」
敵意むき出しの雪菜。でも私には、もう神野先輩が悪者には見えなかった。
でも、うん、なんというかさ。
「雪菜、ねえ雪菜。なんだか人から物に下がってた私の扱いがさらに酷くなってる気がするんだけど……」
悲しくなり過ぎて雪菜にしがみついたら、雪菜はおーよしよしと言いながら顎下を撫でてくれた。はあ、落ち着く。
「あんたは猫か」
叩かれた。だからなんでだってば。
「うーん、そこまで言うならあたしは二番目でいいや」
「ダメです。二番目も私です」
「ひっどいなー。まさかそれを独り占めするつもりだったり?」
「そのために努力してますから」
なにこの状況。解んない。私置いてけぼり。私は今どういう状況?
「沙希恵を食べていいのは私だけです。今のところ他に許可を出してる人は居ません」
「成る程ねん。じゃああたしはユッキーから許可を貰えれば食べていいのかなん?」
どうやら私は今まな板の上みたいです。状況判断終了。結果。人生終了。そうか、つまり私はロールキャベツ男子の仲間だったのか。食べられる側の人間だったのか。炒めて食べるとか言ってごめんなさい。これからはもう少し自重します。
「ねえ、ところで私の人権は」
「私「あたしのものだ」」
なにがこの二人をこんなに意気投合させるのだろうか。
そこで、携帯の着信が響いた。場所は神野先輩のスカートの中から。
……スカートの中から?
神野先輩は、よいしょ、とただでさえ短いスカートを、下の一枚布が見えないぎりぎりまで持ち上げ、ベルトで締め付けられた上で織り込まれ、内側に入っていたポケットに手を入れる。これはあれですよ、スカートを折って穿いている乙女にしか解らない状況ですよ。こらそこの男子見てんじゃねえよ、お前らには解らない世界だって言ってんだろ!
やっとの思いでアイフォンを取り出した神野先輩は、すぐに着信に応じた。少し盗み聞きしてみたら、どうやらこの昼休み、他の人とも約束があったらしい。今から行くよと言っていた。
でも、なんでわざわざ織り込んだスカートのポケットに携帯を入れてたんだろうか。私みたいに胸ポケットで良いじゃないか。そう不振に思って神野先輩の胸を見て――ああ、待って私の自尊心! もう少しの辛抱だから、目の前の人を見るたびどこかに行こうとしないで!
「むー、もう本当に時間だ。これからちょっと後輩の恋愛相談に赴かないといけないあたしは超多忙なのだぜっ。というわけで、また機会があったら遊ぼうねん」
手を振りながら颯爽と消えていく神野先輩。本当にお悩み相談なんてしてるんだなあ、すごい。
「じゃ、行こう、沙希恵」
「あ、うん。あ、ちょっと待ってついでにジュースを買ってくるから」
「太るわよ?」
「我慢します」
こうして、教室に戻った私はまず、赤ワインを間違えても使う事の無いように鞄の奥にしまい込んで、私のお酒持ち込み事件は無事、終わったのだった。




