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Qワインはおやつに入りますか?A少なくともクッキーには入らないんじゃないかにゃーん?

 いつもより重い鞄の重量感って、なんだか特別な感じがするよね! なんてことを雪菜に話したら、肩が凝るから重い鞄なんて旅行の時以外は嫌だ、と返された。昼休み、教室での事だ。私が鞄の中身をさり気無くチェックしてたら雪案が覗き込んできて、それらを見て驚く。


「小麦粉、卵、砂糖、塩、バニラエッセンス、バター、赤ワイン……ワイン? ねえ、これはいったい、何? 先生に見つかったらただじゃ済まないわよ?」


「ふふふ、聞いて驚きなさい。これは……女子力向上のための超スーパーアイテムなのだよ!」


 鞄の中身を教室内で披露するわけにもいかないから、雪菜は鞄から出さないように物品を漁る。


「……日本語でお願い」


「超スーパー物?」


「私が言いたかったのはそこじゃないし和訳しきれてないし間違えてるけどそこは無視するわ。もう一度聞くけど、これは、何?」


「女子力の(かたまり)


「私には女の夜のアイテムが混ざってるように見えるけど?」


「やだなあ雪菜ってば、卵ってだけでどこまで連想してるのっ」


「……私が何を気にしているのか、ここでその品の名前を言ってもいいのかしら?」


「うん、もちろんダメだねっ」


 私の高校生活が終わっちゃう可能性もあるからね。特に赤ワインとか。


「実はこれはね」


 東條君が近くに居ない事を確認しながら、雪菜に耳打つ。相変わらず綺麗な耳だぜ舐めてしまおうか、という衝動はなんとか堪えました。


「……クッキーの材料なのです」


 机の中から昨日の料理本を取り出して言い放つ。するとその言葉に、雪菜が硬直した。


「あんた、……大丈夫?」


 顔を青くする雪菜。ふふふ、きっと昇天のバレンタインの事でも思い出しているんでしょうが、そうはいかないのです。


 私だって人間。成長や出会いを繰り返す人間なのですよ!


「今回は指導してくれるという人も居て、その人に協力してもらうの。雪菜に頼りっぱなしじゃ、私も成長できないからね」


 拳を掲げ、ここに宣言する。気分としては、ゲームのレベルアップ画面を見た時の効果音が流れていた。机の上に置かれた料理本。そう、これがレベルアップのための必須アイテム!


「いや、まあそこは特に心配してない」


 なんですと? 私の貴重なレベルアップの瞬間を。某ポケットに入ってるモンスターだったら「てれてれってれーん」って効果音が響いてるよ?


「クッキーって、じゃあなんでワイン?」


「隠し味?」


「……」


 なんで黙るんだろうか。だって赤ワインだよ? バレンタインの時も使ったし、あれはあれで、味は悪くなかった。それに、チョコ以外にも隠し味とかでよく見るし、とっても便利な印象がある、あの赤ワインだよ?


「ちなみにそれって、その、指導してくれる人から聞いたの?」


「独断」


 親指をビシッとたてて、私ってすごいでしょ、目の付け所が違うでしょだから褒めて! と言外にアピール。


「私もお菓子作りに精通してるわけじゃないからはっきりとは言えないけど、止めたほうがいいんじゃない?」


「なんで? ダメなの?」


「ダメっていうか……あんた初心者なんだから、もう少し基本に忠実に再現したほうがいいんじゃない?」


「きっと大丈夫、なんとかなるよ!」


「その自信はどこから……」


 頭を抱える雪菜。んー、そんなに変かなあ。変じゃないよね?


「なんかさー、目的のため全力で走って全力で砕けるって、青春っぽくて楽しいよねえ」


 作るのは放課後だけど、なんだか今から楽しみだ。あのバレンタインチョコの時も、作ってるときは挫折とか挫折とか嘔吐とか繰り返してたけど、なにもかもが終わって、いくらかの時間が過ぎた今となっては、楽しかったような気もする。あの本番での事件を除いて。


「沙希恵がそれでいいならいいけど、砕ける事が前提なの?」


「……」


「涙目になって子犬みたいに震えながら私を見、な、い、で。それを前提にしたのは自分でしょ」


 それは言葉の綾取りです。


「……雪菜。私、頑張るね」


「う、うん。なんか、その頑張るの言い方も失敗フラグだから、気をつけてね」


 そんな可愛そうなものを見るような目で見ないで! 余計に怖くなるでしょ!


「ゆううきいいなあああ」


 こういうときは人肌が恋しくなる。目前に居た雪菜にハグすると、雪菜はおーよしよしと言いながら顎下を撫でてくれた。ふうう、落ち着く。


「うにゅうう、ごろごろ」


「あんたは猫か」


 叩かれた。なんでだ。


「でも、あんたが自分で、私以外の頼りを探してくるなんて、正直驚いたわ。なにがあったの?」


「あー。実は私も、驚いてるんだよね」


「どういうこと?」


「えっと……」


 どこから話していいか解らず、とりあえず昨日の家庭科室でのやり取りを話した。そしたら雪菜は少し考え込んで、


「それならあんたが頼りを見つけたっていうのもなんとなく解るけど、一戸? なんかどこかで聞いた事があるわね……確か、テストの成績上位者一覧だったかしら」


 記憶を漁る雪菜。邪魔しないように黙っていたら、ああ、そうだ、と、一回きりの拍手をする。


「この学校、テストで十位以上だと廊下に名前張り出されるじゃない?」


「そうなの?」


 見た事ないけど。


「まあ毎回赤点の沙希恵じゃそうよね」


「勘違いしないで雪菜。それだと私がテストでは必ず赤を取ってるみたいじゃん」


「違うっけ?」


「赤点じゃないのもたまにはあるよ」


「話を戻すわね」


 え、なんでここでスルー? おかしくない?


「そのランキングの中に、一戸って男子は毎回入ってたはずよ。五位以内には入らないけど、無難に上位には入ってるって感じ?」


 無難って……この学校は一学年二百三十人くらい居るんですよ? その中の上位十人って時点で普通じゃないよね。無難ってなんですか? 遭難の中間ですか? つまり一戸君は迷走中なのかな? 迷子なのかな? 違うね。迷子は私だね。特にテンションが迷子。


「特別進学科って堅い人間ばかりだと思ってたけど、あんたみたいな人間に手を貸してくれる人も居るのね」


 関心したように頷く雪菜。


 特別進学科。そういえば、昨日一戸君はG組だと言っていた。


 この学校には、就職にも進学にも対応した普通科と、進学を前提にした進学科。そして、専門的な知識が求められるような場所に進学する事を前提にした特別進学科がある。


 A~Cは普通科で、各校舎の二階に教室が集まっている。DとEが進学科で、Dは二階。Eは三階。特待生を集めたクラスも三階にあって、特別進学科も三階だ。ちなみに一階は、二年の棟には学食があり、一年の棟には踊り場。三年の棟にはいわずもがな職員室や保健室等の設備がある。


 雪菜は続ける。


「特別進学科って、高校入学の時点でもう将来を決めてるような人が行くじゃない? でも正直私には解らないのよ。なんでそんなに早く自分の将来決めちゃうのって」


 雪菜の言い分は、解らなくも無かった。


 私だって、将来なんてまだ解らない。だから普通科に入った。進学出来る頭でも無いし。


 でも、私はそれがおかしいとは思っていない。だって高校二年生ですよ? この前まで一年だったんですよ? 社会の歯車になってうちのパパみたいにストレスで禿げながらも頑張って働いて身も心も会社に託す場面なんて考えずに、遊んでいたいお年頃じゃないですか。というか、今遊ばないでどうするのって話で。


「確かに、早くに将来が決まってるって良い事なんだろうけど、頑固ってイメージがあるよね。まだまだ知らない事がたくさんあるはずなのに、これだ、って決めちゃうのは勿体無い気がする」


 言うと、雪菜は頭が取れるんじゃないかって勢いで首を縦に振る。


「いわゆる『うちの娘は貴様にはやらん!』とか言い出しちゃう親父って、そういう人がなると思うのよ」


「それは偏見では……?」


 頑固親父にトラウマでもあるのかしらこの子。


「だから、特別進学科の人って近づき難いというか……。進学科の友達から聞いたんだけどさ、ほら、大西先生って授業中、無駄話を織り交ぜながら進めるじゃない?」


「ああ、うん。サンショウウオの気持ちになったら、ってやつで、冬眠するのが楽しみで仕方ないとかって言ってたよね」


「そんな詳しくは覚えてないわよ……、というか馬鹿のくせになんでそんな細かい事覚えてるの?」


「印象深かったからね。ほら、岩場から出られなくなったサンショウウオの気持ちだって言ってるのに、先生が『俺だったらー』とかって話し出して、東条君が『先生の気持ちは聞いてません』とかって言って、皆で笑ってたじゃん」


「ああ、東条君経由で覚えてたのね」


 そうですが何か?


「でも、そんな感じよ。ほら、私達は……いや、あんたは別ね。少なくとも私は、大西先生みたいに冗談を交えながら授業を進めてくれたほうが、飽きにくいし記憶に残りやすいから、覚えられると思うの」


 なんで私は別にされたのだろうか。赤だからか。私の点数が赤だから赤の他人みたいに扱ったのか。


「でも、進学科のクラスで大西先生が冗談を言った時、決まって誰かが言うんですって。『早く次に進めて下さい』って」


「うげえ、なにそれ」


「考えらんないわよね。でもそれは進学科での話。私の中では特別進学科はさらに上だと思ってるわ」


「大西先生の冗談にはなんて返すのかな」


「真面目過ぎて、先生が言った冗談をそのままテストに書くかもしれないわね。『サンショウウオは冬眠が出来てうれしかった』とか」


 笑いながら答える雪菜。


「そ、それは無いよー」


 だってそれ私じゃん。どこが面白いの、ぜんぜん笑えない。


「そんなお堅い特別進学科の人が、こんなにも不毛な事に手を貸すなんてただ事じゃないと思うのよ」


「それ、さりげなく私の挑戦の事を言ってるよね」


「しかもその特別進学科でもトップ十位に入る人なわけだから、なおさら不思議」


「さりげなくスルーしてない?」


「さりげなくないわ堂々とスルーしてるの。そんなことよりその一戸って男子はどんな人だったの?」


「普通に話し進めてるような気がするけど私はそれどころじゃないよ! 訂正を、せめて気持ちばかりの訂正を!」


「気持ちばかりでいいの……?」


 なんでそこで苦笑いするのだろうか。気持ちばかりって、気持ちがたくさん篭った、って意味じゃないの?


「それで、一戸って男子は――」


 言いかけたところで、雪菜の言葉が止まった。まるで電池が切れたかのように突然に、だ。


 そしてその視線は私を見ていない。私の後方、そこに背後霊が居ますよとでも言い出しそうな勢いで青ざめている。


「?」


 どうしたのかしらこの子は。ひょっとして私のオーラが具現化してたとか?


 しかし勿論そんな事は全く無くて、気づけば教室内の全員が、私の後ろを見ていた。




 -―そして振り向くと、そこには3Dの二次元が存在していた。




 うん、結構意味が解らないよね。つまりは現実的じゃないけど確かな現実っていうのがそこに在ったっていうことなんだけど、そのレベルが尋常じゃない。


 それは、人だった。


 より細かく言うと、この学校の女子の制服を着ていて、リボンの色から察するに三年生。


 髪は幼児のそれのように細かく繊細で、柔らかそうに揺れていた。瞳は大粒の宝石が埋め込まれてるんじゃないかと思うくらいにキラキラしていて、眩しいとさえ錯覚してしまう。


 肌は作り物のように艶やかで、撮影用ライトも使わずに写真集の女の子達顔負けのキメ細かさと滑らかさがある。さらにはスタイルも良かった。出るところは出て、服でも隠しきれないくびれが確かにある。大人っぽすぎて制服がコスプレに見えるけど、無邪気に浮かべられているその笑みは、大人では決して出せないと断言出来る程濁り無かった。


 まさに、絶世の美少女。


 その美しさには嫉妬するのも馬鹿らしく思える。


 そして、たったそれだけで確信する。


 少なくともこの人が、この学校で一番綺麗な女性だ、と。


 後はドミノ倒しの要領だった。


 校内一の美少女。こんな人が他人の心まで掌握しちゃったら、落ちない男どころか健全な女子もいちころなのだろう、と。


「呼ばれず飛び出てばんばばーん。三年C組の神野唯姫かんのゆいひめだよん。って言って伝わったらうれしいかも」


 そう言って私に向けられた笑顔は、私から言語能力を奪って余りある。向けられてもいないこのクラスの誰もが、彼女の登場と奇抜な挨拶に唖然とした。


「実はとある先生からちょこっとした頼みごとをされてここに来たんだ。調べ物というか、遠まわしな荷物検査ね。今の学校そーゆーこと出来ないからさー、あたしに回ってきたんだよねー」


 思考が止まっているせいか、この人が何を言ってるのかよく解らない。学年一の美少女、というのだから、なんとなく、おしとやかな感じだと思っていたからそのギャップのせいかもしれない。


 そしたら困惑している私の顔に何か着いていたのか、神野先輩は耳に息がかかるくらいの距離まで顔を近づけて、


「授業中どこからかお酒みたいな匂いがしたみたいだよーん。それであたしも今ちょーっぴり外から見てたら、多分君じゃないかなーって思ったりしたんだけど。ど? 少なくともそれっぽい物は持ってるよねえ」


 ちなみに、私は一度も、鞄からクッキーの材料は出していない。万が一匂いが少し漏れる事はあっても、どこからか赤ワインの匂いがする、というだけで私にたどり着くとは思えない。


「な、なんのことですか?」


 ここは妥当にしらばっくれよう。そんな事を決意したのは一瞬だ。神野先輩は私から顔を遠ざけ、代わりにその手で私の顎を持ち上げた。


「ほかの皆の鞄はしおしおにしおれてるのに、君の鞄だけパンパンだよねー、何かに使う道具だと思うけど、少なくとも授業で使うものじゃあないわけだ。そんでもってついでのついでに、こんなところにこおんなものが」


 楽しそうに神野先輩が手に取ったのは、さっき机の上に置いた料理本だった。


「お酒みたいな匂いがしちゃうもの、なんて、本当にお酒か大人なお菓子か料理の材料くらいかなーって思ってたら、君がこれを取り出すじゃないかー。いやー乙女だねー、花嫁修業?」


「あ、あ……あう……」


 どこの名探偵さんですか? それとも私の配慮が足りなかったせい? ミステリーものって思わぬところからヒントを得たりするけど、それを見て『犯人馬鹿だなー、それくらい気付いて隠しとけよー』とかって思っていた私とはもうさよならだ。そしてはじめまして容疑者の私。でも残念ながら君のトリックの不完全さはもう見抜かれてるよ。しかも東条君が見てる中で。この教室二階だからなー、飛び降りても痛いだけかなー。


 そう思って窓の外に視線を逃がしたら、神野先輩がふふふと笑った。


「大丈夫、悪いようにはしないからさー。ただちょこっとの気休め程度に、場所は変えたほうが良いみたいだねー」


 春先の日陰はまだ寒い。空調も止まっている現状、この寒気がどこから来たのか、はっきりとは解らなかった。


 懺悔(ざんげ)。神様。私、雪菜と離れたら生きていけません。停学とか退学とかは、勘弁してください。

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