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Qプライドとはなんぞや。Aより効果的な土下座をするための調味料です。


 珍しく雪菜が使い物にならない。私は神野先輩なる人物を求めて三千里して、仕方なく、雪菜同行の元、大西先生の居る職員室に。どうでもいいけど、三千里ってなに? 母を求めて三千里ってよく言うけど、あれってどういう意味? どういう場面で使う日本語?


 まぁそんな具合で職員室。私と雪菜は、お弁当にがっつく大西先生の前に立った。


「先生。髪の毛は無事ですか?」


「咲川。お前進級したくないのか?」


「いや、だって、お弁当の中身がやけに昆布ばっかりだったから……」


「要らん詮索(せんさく)をするな。で、二人揃ってなんの用だ?」


「大西先生。咲川さんが進級したくないそうでっす」


「そうか、解った」


「ちょっと待って先生。今、何に判子押したの? というか雪菜、楽しそうに何言ってるの?」


 私の扱いが酷い件について。


 ふと、雪菜が私の肩を掴んで言った。


「沙希恵。あなたの今の語学力じゃ社会には出られないの! だから、もう一度、やり直しましょう?」


「やり直しのスケールが長すぎて嫌だよ!」


 一年もリターンとか気持ち悪すぎてリバースしちゃうよ! 私、今うまいこと言った! いや言ってないけど。


「わがままを言うな、咲川。もう後戻りは出来ん」


「先生! その手に持ってる用紙を私に預けて! そうすればまだ間に合うから! 人生はやり直せるから! リターンもリバースも出来るから!」


「駄目だ。お前はまず水産業に携わる全ての人達と美味しい昆布に謝れ。そして食事中にリバースとか言うな」


「根に持ってた!?」


 ただの嫌がらせか! しかも持ってた用紙はただの私の赤点のテストだった。よかった。


 ……いやよくないよ!


「先生!? なんで私の赤点のテストが大事な資料みたいに保存されてるんですか!」


 なんとしてでも取り返さないと! というわけでそのテストに掴みかかったけど、


「こいつみたいになりたくなかったら勉強をしろ、という参考資料だ」


「反面教師!? 私反面教師役ですか! せめて名前は隠してよ!」


 あまりにも簡単そうに避けられるから、すぐに諦めた。


 でも、


「名前を隠せばいいのか……」


 なんか知らないけど、先生は呆れた様子でテストをしまってくれた。赤点を取った生徒のテストは、今後の対策を練るために残しているらしい。良かった。悪用はされずに済んだ……。


「で、なんの用だ?」


 改めて、先生がこっちに向き直る。


「この子に、神野先輩を紹介して欲しいんです」


 私の変わりに雪菜が言ってくれた。よかった、今度は変じゃない。


「神野を? そいつに神野が必要とは思わないが……」


 顎に手を置いて考える大西先生。なに、そんなに渋らなくてもよくない?


「ちなみに、なんでだ?」


 詮索する大西先生。


 いや、でもまさか先生に恋愛相談の片棒は任せられないし、言いたくないからなあ。


「恋愛相談でっす」


 私が言えないから雪菜が言う。そうだよね、こうなるよね、解ってた。私は私の人権を犠牲にしないと前に進めないのです。


「なら、なおさら神野向きじゃないな」


「なんでですか? あんな美人さんなのに。恋愛大得意そうじゃないですか」


 私を置いて話しを進める二人。


「だからこそだ」


「はい?」


「取られるぞ」


「……あー、成る程」


 よく解らない会話で二人の世界が完成していた。私の付け入る隙は無い。故に私棒立ち。私は棒になるの! 今なら御遊戯会の木の役を誰よりも上手くこなせると思う。ほんと、なに言ってるんだろ二人は。私気になる。私、木になります!


「神野じゃなくても、咲川は友達が居ないわけじゃないし、行動力だって結構あるじゃないか。神野みたいなやつに(すが)らなくても、なんとかなるだろう?」


 先生は言う。


 大西先生は去年も私のクラスの副担任だったから、クラス替えをして間もなく、まだ僅かばかりの桜が残っているようなこの時期でも、ある程度は私の事を知っている。


 そして、先生の言う通りだった。


 あくまで、表向きは。


「この子、確かに友達っぽいのは結構居ますが、本心はまだ私以外には見せていません」


「そこまで言う!? 普通そこまで暴露(ばくろ)する!?」


 酷すぎる。あまりの仕打ちに泣きそうだった。


 でも、そこは流石に教師と言った所か、


「成る程な。現代病ってやつか。なら、神野に縋りたくもなるわな」


 理解ある対応。先生は納得した。なんかもう泣きたいです。私に、優しくなんてしないで……。


「だが、さっきも言ったとおり神野はお勧めできない。恋愛相談なら絶対だ。なんなら俺も相談に乗るから、お前も少し、自分でなんとかしてみろ、咲川。浜崎も、出来たら協力してやってくれ」


 先生ってこういう時、ここぞとばかりに良い顔するよね。俺の胸に飛び込んでおいでとか言われたら勢い余ってフライングクロスチョップをしてしまいそうだ。


「はい、解りました」


 雪菜がそう言って、私を引っ張るようにして職員室を後にした。




「ねえ、よく解らなかったけど、どうして神野先輩じゃ駄目なの?」


 教室に戻る最中、確認をしてみた。そしたら雪菜は顔をしかめさせる。


「あんた、無償の愛ってどう思う? 家族愛とか恋愛とか、そういうのを除いた、他人に対する無償の愛」


「素晴らしいと思う」


「あんたならそう言うとは思ってたけど、いざ聞くと引くわ」


 なんでそこで遠い目をするの? はっ、そうか!


「そ、その、なんていうか」私は自分の身体を抱きしめて「……エロいと思う……」勿論ハーレム的な意味で。


 ……それは無制限の愛か。無性の愛か。そんな愛なら要らないよ!


「ボケろなんて言ってないわよ。しかも頬を赤く染めないで」


 え、そうなの? てっきりボケろって意味なのかと。あと、なにかのついでみたいなノリで私を叩くのはやめてほしい。


「他人に対する無償の愛。はっきり言って私は、気持ち悪いと思うわ」


「気持ち悪い?」


 よく解らなかった。良いことじゃん、無償の愛。無性の愛は要らない。


「そう、気持ち悪い」雪菜は悪を断ずる裁判官様よろしくきっぱりと吐き捨てる「だって、考えてもみてよ。マザーテレサが言ったように愛の反対は無関心というからには、何かを愛するのには関心を持たないといけないのよ? ただでさえ私はあんたや自分の事で精一杯なのに、そんな事してる余裕無いって感じ。それなのに、無償の愛はそんな事気にも留めず、自分の事で精一杯になってる私達を笑うみたいに、それを成し遂げるのよ? どういう精神してるのか、解剖して見てみたい」


 そんな感じで虫を払うように手を振って、拒絶を表していた。


「つまりは自己嫌悪だね」


 うん、よく解る。私も自分が好きじゃないから。


「そんなとこよ」溜息を混ぜた口調「あんたは無力ですって言われてる気がして嫌んなる」


「だったら私を助けて! そしたら無力じゃなくなるよ!」


 自分が好きじゃないからこそ出来る、必殺アウト・オブ・プライド! プライドとか意地とか無いからね! なんたって私は自分が嫌いだから! こんな事が平気で言えちゃうところとかもう大好き。


「あんたは別問題じゃない」


 それは流石に酷くないですか? その発言も。このタイミングでまた私を叩くのも。贔屓(ひいき)だ贔屓だ。ん? 贔屓は良い事だっけ。


「沙希恵。あんたはものすごくめんどくさい人間なのよ。自覚はしてる?」


「うん、一応」


 叩かれた頭を抑えながら頷く。昇天のバレンタインなんて良い例だ。私、すごくめんどくさい。


「私はそこの線引きはしてるつもりよ。だから、あんたと今もこうして話していられる。そうでしょ? 昇天のバレンタインの生き残りさん」


「やめてえええ、それは言わない約束でしょおおおお!」


「誰も約束してないわよ……」


 あれはトラウマなんです、本当に。どれくらいトラウマかって、頭の叩かれた場所を両手で押さえながら発狂して膝を着いちゃうくらいのトラウマだ。


「まあそれはいいとして」「いやよくないよ!」「ようは無償の愛は簡単じゃないって事よ」


 見事なスルーだった。会話云々よりも私は、自分に与えられたダメージのほうが深刻な問題です。


 でも、そんな事には一切構わず雪菜は続ける。


「だって自分の利益も(かえり)みないのよ? 利益にならなくても気にしないのよ? 二年前あんたが頑張って作ったチョコレート、金刺君に食べて貰えなかった時どうだった?」


「やめてええええええええ、それは言わない約束でしょおおおおおおおお!」


「だからしてないってそんな約束」


 ゴールを決めたサッカー選手がやるパフォーマンス――悲劇をテーマにしたバージョン――を、学校の廊下で実行しました――ご想像にお任せします。


「いいから答えなさい。悲しかったでしょ? (むな)しかったでしょ?」


 傷が抉られすぎてノックダウンの私は、タップの変わりに頷いた。もうね、今は両手両膝リノリウムの床とご対面だからね。見ようによっては土下座に見えそうだよ。


「無償の愛は、それを良い事だって思ってるのよ」


「なにそれキモッ!」


 なんか自分が負ったダメージがどうでも良くなるくらい気持ち悪いと思った。


「珍しく理解が早くて助かるわ」雪菜はフフッと笑い「つまりは、無償の愛なんてそうそう無いって言いたいの。困ったことがあったらなんでも相談してくれっていう神野先輩にもね」


 あ、そこでそう繋がるんだ。私はてっきり話が逸らされたのかと思ってた。


「神野先輩は、心理学を学んでる。だから確かに、人並み以上に人の心を理解していると思う。でも、神野先輩はまだ高校三年生よ? なんで心理学なんて学んでいると思う?」


 考えながら立ち上がって、


「好きだから?」


 答えながら膝の埃を掃った。


 雪菜は人差し指を立てて続ける。


「そう、その線が一番高いわ。神野先輩は人の心を知りたがっている。しかも興味本位で。そんな人の心が大好きな神野先輩が一番好きそうなテレビは?」


「ミステリー?」


「ひ、る、ど、ら、よ。愛憎劇。もっとも人の心が揺れ動くドロドロの物語」


「うげえ」


「そこ、露骨に嫌がらない。全国の昼ドラ製作者及びそのファンに謝りなさい」


 なんか最近、私、謝ってばっかりだ。


「大西先生のさっきの言い方でなんとなく解ったわ。神野先輩は多分、人の色んな感情が見たいから相談役なんてやってるのね。そして、身近で人の心を観察する。それは人助けのためじゃなく楽しむため。そこは流石大西先生の親族というべきね。あの人、他人を見て楽しむから」


「た、確かに……」


 やばい、思い当たる点があってなんか怖くなってきた。


「さてでは沙希恵に問題でっす。昼ドラ展開大好きな人しかも超美人+人の心を理解している超人が、他人に恋愛相談を持ちかけられた時、どうすれば一番面白くなるでしょっうか」


 くるりと身を翻して、満面の笑みを浮かべる雪菜。


 さて、どうなるでしょう、か。


「――腐女子大興奮だねっ」


「どうしてそうなった」


 ほら、恋愛相談を持ちかけた女の子のほうが神野先輩に篭絡されて、男子意だけが残されちゃったから仕方なく男子同士で、みたいな? ないか。ないね。


 雪菜は頭を抱えて、仕方ないなー、と、私の唇に人差し指を当てる。


「奪うのよ。略奪愛。ゲーム設定をいつでも弄れる製作者がこっそりゲームに参加してるのと同じようなチートが、神野先輩。勝てる自信はある?」


「それって無理ゲーじゃん」


「そうよ。だから、神野先輩に相談するのは、な、し、ね」


 成る程、よく解った。つまり、恋愛沙汰においては、神野先輩には頼れない、と、いう事らしい。


「じゃぁ誰に頼るの?」


 期待の視線と共に雪菜に愛のメッセージ! この想い、君に届け!


「知らない」


「届かなかった!」


 やっぱり雪菜は雪菜でした。

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