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Qお前、今なにをした?A罪の証をぶちまけました。

 事情聴取が終わったのはだいたい三十分後くらい。原稿用紙十枚を三十分。一枚三分の計算だ。大事なのはその三分というスピードよりも十枚丁度で終わらせる事にある。誤差は一行以内。これが、反省文を何回も書いた私だからこそ身に付けることが赦された技。その名も……そんな事はどうでもいいんだった。余計な事を頭から引き剥がして私は走った。いや、これ技名じゃないからね。


 目的地の家庭科室に向かって走って、なんとかたどり着いた。ここまでの道のりが妙に長かったけど、まだ居るだろうか。


 居たら正直、困る。


 だって、三十分も待たせたんだよ? 帰ってくれていたほうが、私の気持ち的に楽だ。


 でも、家庭科室の電気は点いていた。


 そして、勢い良く扉を開けたら、居た。


 一戸君は昨日と同じように文庫を読んでいて、私が来た事を確認すると、それを閉ざした。


「来たか。ならさっそく、始めるとしよう」


 何事も無かったかのように言う一戸君。


 走って息が切れてるのと、罪悪感のコラボで押し潰されそうだ。


「えっと、待たせてごめん」


 やばい、これはやばい。間が持たないというか、なんて謝ればいいのか解らない。


 なのに、そんな私の気持ちなんてなんでもないかのように、一戸君は立ち上がる。


「謝る必要は無い。なんとも思っていないし、遅れるということは大西教諭から事前に聞いていた。俺も急いでいたわけでもないから、気にするな」


 自分勝手だって事は解ってる。でも、こういう時は責めて貰ったほうが気が楽になる、というのは、多分私だけじゃないと思う。


 雪菜の考えを全面肯定するわけじゃないけど、無償の愛は、正直気持ち悪い。


 無償の愛が悪い事じゃないのは解ってる。とても良い事だっていうのも解ってる。なのに何故か、嫌だ。そう思った。


「えっと、ごめん」


 もう一度謝って、でも引き際も肝心かな、という判断もあり、作業に取り掛かった。


「とりあえず作ってみるといい。多少のアドバイスはするかもしれないが、極力手は出さない」


「え、手伝ってくれないの?」


 指導って、一緒に作ってくれるみたいな感じだと思ってた。でも、


「それでは意味が無いだろう。お前の好きな人に渡すのなら、お前が一人で作るべきだと思うがな」


 確かに、正論だった。私が東条君にクッキーを渡しても、それが一人で作ったものじゃなきゃ、私の手作りです、なんて言えない。そんなのは嘘になる。


「口出しと味見、くらいにしておくのがベストだろう。もしちゃんとした助けが必要だったら、言えばいい。その時は手を貸す」


 ただし、それは極力避けたほうが良いだろうがな、との事。もうこれだけで一戸君を先生と呼びたい気分だった。




 さて、というわけで始まりましたクッキークッキングのお時間です。解説は私こと咲川沙希恵。実況も私こと咲川沙希恵。実験台は一戸君でお送りいたします。被験者の方には念のため、命を落とす覚悟をして貰いましょう。お料理修行の第一歩はまずそこからです。雪菜の時もそうだった。チョコレートって奥が深いよねっ。


 えーっと、まずはバターと砂糖を混ぜます。分量とか書いてないけど、バターは有塩って書いてあるから、塩も混ぜるんだよね? それをボールに入れて、混ぜて、電子レンジへドーン! やわらかくなるように、でも溶かしきらないように……って、結局どれくらい加熱するの? よく解らないし怖いから、とりあえず『加熱』ではなく『解凍』で温めましょう。うん、これなら間違いないよね!


 で、加熱してる間に……黄卵って、つまり卵でしょ? なんでわざわざ違う言い方するんだろう。ややこしいからやめて欲しい。とりあえず卵を二つかき混ぜておいて、あ、やべ殻が入った。取らないと……。


 入っちゃった殻を取っていたらレンジが鳴った。それを取り出したらさっきの卵もボールに入れて、かき混ぜる。空気を入れるように? えっと、息を吹きかけながらかき混ぜろって事だよね! わあ、意外と難しいなこれ。ほら、視界が狭くなったせいで、ボールの中身がちょっと飛んじゃった。


 かき混ぜるのは白っぽくなるまで、って書いてあるから、っぽくって事は、完全に白にはならないんだよね。じゃあ、多分これでおーけー。


 それで最後に小麦粉を入れて、ゴムへらを使って、練らないように、切るようなイメージで混ぜます。って、これなに? どういうこと? 混ぜるの? 切るの? はっきりさせて欲しい。


 とにかく混ぜるんだよね。じゃあここは最後だから気合を入れて混ぜて……。


 そして、型を取ってオーブンに投入! 以上、クッキークッキングでした!




「どう!?」


 オーブンのスイッチを入れ、すぐさま一戸君のほうを見る。かなり疲れたけど、それなりに悪くない手際だったはずだ。ごめん嘘。ぶっちゃけ自信無い。


 私の後ろで仁王立ちしていた一戸君は、無表情で愛想の無い口調のまま、


「クッキーだけに言える事じゃないが」


 と、話し出す。


「料理の仕方はひとつじゃない。となると当然、それを作れる人間にも知らない作り方は存在するという事になる」


 つまり、と顔を逸らしながら、


「味見してみないと解らない、という事だ」


 成る程つまり結果が全てと言いたいわけですね。なにそれなんで私の作り方についてのコメントが無いの? っていうかなんで顔を逸らすの? もしかして私、気を使われた?


「そんなことより、まずは手を洗ったほうが良いんじゃないか?」


 言われてようやく、私は全身が生地まみれになってる事に気づいた。い、いつの間に……。


 気づかない程夢中になっていたということかな? でも、どうやったらお腹に生地が着くんだろう。不思議だ。


 手を洗って、エプロンに着いちゃったのは取れないから諦めた。


 そして待ってる間に、台所の整理をする事に。


 その整理の初っ端だった。


 手に取った小麦粉の紙袋。でも、手は塗れたままだった。


 紙袋に入っていたそれは容易に私の手から滑り落ちて、


「ぬふぁあ!?」


 変な声が出てしまった。


 私の中で眠っていた本当の力が目覚めたかのように、意識がはっきりする。


 神経の伝達の早さが上がって、落ちていく小麦粉の袋をしっかりと視認。手で掴むのはもう間に合わない。


 考えるより先に、足が出ていた。落ちていくものを足で止める、なんてことが出来たら、私は多分進学なんてせず大道芸の道に走ってた。


 必然、私は小麦粉の袋を、サッカーボールよろしく蹴り飛ばす! 空の彼方まで飛んでいけええ!


 ――もちろん、紙袋をそんなに飛ばす程の力は私の足には無い。


 しかし、私の渾身の一撃は小麦粉の袋を襲う。


 会心の一撃! 紙袋に取り返しの着かないダメージを与えた!


 紙袋の反撃! 紙袋はその体に大穴を開け突き飛ばされながらも、墨を吐いて逃げ出す(たこ)さんよろしく、キッチンの足に衝突すると同時に、その中身を()き散らす!


 ――あ、これ、オワタ。


「うきゃあああああ!」


 爆煙、もとい白煙が舞い上がり、視界が一気に真っ白に。


 やばい、なにも見えない。どうすんのこれ、まじどうすんの!?


 白煙は瞬く間に濃さを増し、白の世界をさらに染め上げる。


 それはさながら世界の終焉を告げるかのように、私を絶望に突き落とした。


 でも、ここで諦めるわけにはいかない!


 これくらいのピンチを切り抜けられずになにがラブコメだ。私のラブコメは私が描くんだ! この程度で諦めたりはしない!


 もくもくと広がる白煙世界。それは所詮粉でしかない。


 粉は水分で容易に固まる。だから、今足元に落ちているであろう小麦粉の(かたまり)を濡らす事が出来たら、これ以上粉は広がらない。つまり、私の勝ちだ。


 私はキッチンに手を伸ばす。そしたら何かが指先に触れた。指先に触れただけで掴めなかった。


 ガシャン、という音と共に、なんか甘い匂いが充満する。これは……砂糖だ! どうしようとってもどうでもいい!


 現状を打破するために必要なのは水だ。なんでもいい。とにかく手を伸ばす。


 ふと、なにか硬い物を掴んだ。揺らしてみると、カポン、という音が。そう、水だ。


 しっかりと手に取ってみたら、それはビンのようだった。ビン? なんのビンだろう。まあいい。なんであろうとここは家庭科室。科学室と違って危ないものはそう無いから、今より酷くなる事は無いはずだ。


 私はそのビンの蓋を開けて、ビシャアア、と、思いっきり床にぶちまけた。


 はっはっはっは! どうだ、見たか! これが私の力だ! すごいだろう! 白煙舞い散る最悪の状況を、さらに最悪な状況にしてみせたぞ!


 撒き散らしたものがなんだったのか。そんなのは匂いですぐに解った。


 はい、もう強がりません勝つまでは。お察しの通り、お酒です。


「はにゃあああ!」


 匂いが! お酒の匂いで鼻が変になるううう!


 あがいていたら、どこからか、動くな、という声が聞こえた。動くな、かあ。なんか、刑事ドラマでよく聞く台詞だよねー。私、摑まるのかな。未成年飲酒とか、小麦粉テロとかの容疑で。お母さん。不出来な私を許して下さい。


 鼻を押さえて俯いて、動かないでいたら白煙が少しずつ薄くなっていった。


 ふと、涼しい風が頬を撫でる。どうやら、一戸君が窓を開けてくれたようだ。


 うん、そうだよね、落ち着いてみたら、それが普通の行動だよね。


「この匂い……。お前、何をぶちまけた?」


 白煙でまだ姿は見えないけど、一戸君の淡々とした声が聞こえる。窓のほうからだ。


「酒……か?」


 答えられないでいたら、ご名答。ごまかす気力もございません。


「まだ動くなよ。落ち着いたら、片付けをしよう」


 なんかもう、情けなくって泣きそうだった。

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