160の壁が越えられない
聞く気なんてなかった。でも、聞こえてしまった。
『大地はさ、どんな女が好みなわけ?』
『うーん……やっぱり、百六十はある人がいいな。あとは、気の強い子?』
『うっわぁ。嫌味?
因みにさ、身長百五十台の女子はどーよ?』
『論外、かなぁ』
その言葉に、わたしは床を蹴って走り出した。惨めな顔を見られたくなくて、必死でその場から逃げる。廊下を一心不乱に走るわたしに皆不審そうな顔をしていたけど、そんなの気にならない。
身長、百五十六センチのわたしと、百八十六センチの彼。
──本当に、どうしてわたしはちっちゃいんだ!?
そのときばかりは、自分の足りない身長を恨む他なかった。
***
わたしが恋をしている久住大地は、とってもカッコイイ。
どれくらいかっこいいかっていうと、かなりカッコイイ。十人中十人が振り返るくらいはカッコイイ。本当にズルイ。
その上でサッカー部のエース。妬ましい。え、そんなこと言ってて本当に好きなのかって?
好きに決まってる!
好きすぎるからこそ、自分の身長の高さに悩んでいるのだ。
「……というわけだ、美月」
「いや、わけ分かんないわ」
が、親友の美月はわたしの言葉をさらりと流した。親友のわたしが悩んでいるのに、酷い限りだ。いや、彼女はいつも通りなのだが。
にしても酷い。親友が悩んでいるのに、こやつは我慢せず、と言った具合でイチゴパフェを掬っては食べる、という作業に専念している。
わたしはガックリと項垂れて、ニューヨークチーズケーキにフォークを突き刺した。適当な大きさに切ってから口に放り込む。そのまま紅茶を流し込めば、渋さに思わず眉をひそめてしまった。くそう。今のわたしの気持ちそのものじゃないか……っ。
さらに傷ついた。
ぐてーとテーブルにつっぷせば、鬱陶しそうな顔をされる。酷い。
「……はー。てか、あの男がそんなこと言ってたわけ? サイテー」
「いや、大地君はカッコいいんだぞ!?」
「顔が良くても中身が悪いとか……アホくさ」
「うぐ……」
美月さんが冷ややかだ。
美月はスプーンを口にくわえながら溜息をこぼした。
「……で、どうすんの? とっとと告って玉砕?」
「い、いや、ほら、まだ希望は……!」
「鬱陶しいわね。そんなんならとっとと告れ馬鹿」
「いや、でも……」
美月さん冷たい。冷たいよ。
というより玉砕しろって、親友の恋を応援する気ないよね?
すると美月サマは頬杖をついてこう言った。
「どうでもいいから、明日の放課後に、いけ。サッカー部、明日オフだったでしょ?
あ、これ、命令だから」
美月サマは横暴な女王様でした……。
***
放課後、美月サマの後押しもありまして、大地君を屋上に呼び出しできることになった。あれ。なんか大事な気が……。
しかしここで失敗したら、美月サマから苦情が入る。美月サマはお怖いのだ。
ああ、美月サマの横暴でわたしの淡い初恋が消えるのか……。
まぁその時はあれだ。美月に慰めてもらおう。そういうときは妙に優しいんだ、あのツンデレは。
SHRが終わった後直ぐに屋上に駆け上がり、大地君を待つ。
そわそわして、柄でもないのに何度も手櫛で髪を整えたりしてしまった。あれ、わたし、落ち着け。こんなに乙女じゃないだろうっ!
数回深呼吸を重ねていると、屋上の扉が開いた。ヤバイ。大地君が来てしまった。
心臓が胸から飛び出しそうなくらいはっきりと鳴っている。
思わず下を向いてしまう。大地君はやっぱり、カッコイイ。
こつり、こつり、と足音が耳に響く。そして、わたしの前で止まる。
「……なに?」
うわぁぁああ、大地君の生美声だよもうこれなら死んでもいいよ玉砕上等っ!!
そして、叫んだ。
「結婚してくりゃっ」
……待て、わたし。早まるな。
…………バカかァァァああ!!!
思わず、フェンスから飛び降りたくなるくらい恥ずかしかった。
え、おつきあいを飛び越えて結婚?
どーしたよわたし、落ち着いて、てか噛んじゃったよもう飛び降りるしかないよ……!
ぐるんぐるんと頭を回していたわたしは気付かなかった。大地君の唇が、深く弧を描いていることに。
「……柚木」
「うりゃひゃっひぃ……!?」
奇声が漏れた。ああ、もう無理だ終わった。
その瞬間、唇に温かい感触が広がった。
驚く間もなく、唇を割って生温かい何かが入ってくる。口内を蹂躙するようなそれに、体の力が抜けた。でも強く抱き締める腕が、それを許さない。
つーっと、銀色の糸が引いた。
「もう、本当に柚木は可愛いな」
「ふえっ……?」
濃厚なファーストキスに、息も絶え絶えになるわたしをぎゅーっと抱き締めるのは、大地君だ。え、なに、どういうことですか。
「ああ、柚木。もう逃がさないからね、さっきの言葉、絶対忘れないでね? 柚木は俺と結婚するんだから」
「! ひゃっ……!?」
首筋を噛み付くように吸われ、耳朶を甘噛みされる。舌が這うたびに背筋がぞわりと泡立つ。
「しかも柚木、この間俺の話聞いて傷ついたでしょ? 可愛い柚木の泣き顔、ごちそうさま」
「え、ど、どういうこ、と、」
「あれ、まだ気付かない?」
テンパるわたしとは裏腹に、大地君はにこりと微笑んで。
「柚木のこと、愛してるよ」
わたしは顔から火が噴き上がりそうなくらい、真っ赤になった。
「柚木を傷つけていいのは俺だけ、柚木を抱き締めていいのも、キスしていいのも、その先に行っていいのもぜーんぶ俺だけ。柚木は俺のものでいればいい」
また深くキスをされる。とろけそうなほど甘いディープキスに、完璧に腰に力が入らなくなる。
酸欠のせいか、頭が回らない。
そんなわたしはいつの間にか、横抱きにされていた。軽快な足取りで階段を降りる大地君は、なすがままなわたしを見てぞわりとした笑みを浮かべた。
「そんな顔して、俺を煽ってるの?」
そんな顔って、どんな顔ですか。
生理的に流れる涙を舐め取り、大地君は微笑む。
「柚木は俺のものだから」
ああ、それ、なんという愛情表現ですか。
そのままタクシーで大地君の家へと連れて行かれたわたしは、そのままさっくりと頂かれちゃいました。
それからは急変だった。
大地君はわたしと一緒の時間に帰る、というただそれだけの理由で部活を辞めようとして、それを押しとどめるのにどれだけの苦労を強いられたことか。その度に何度も頂かれちゃったこともあったけど、大地君の帰りまでわたしが待つ、ということで決着がついた。
大地君は、想像以上に執着力が強い。
それはもう、重すぎるほどには強い。
でも、わたしとしては嬉しい。こういうのもなんだが、それって愛されてるってことだと思うから。
「ねぇ、柚木」
「なんだ、大地?」
手を繋いで帰り道を歩く。この身長差ゆえに、いつだってわたしが見上げる形になるのは仕方ない。
「あ、その目ダメだよ。可愛いな、柚木は」
「いや、必然的にこうするしかないんだが……」
「ああ、じゃあ今日は泊りね。卒業したら直ぐに籍を入れよう。そしたら子供を作ろうね、何人がいいかな?」
「早まるなよっ!?」
こんな会話が日常茶飯事だ。美月サマ。もしかして知っておられましたか。
まぁあの女王様なら知っていそうだ。
取り敢えずわたしは今日も、心地良いくらい重い愛情表現に身を委ねて、帰路についています。
ああ、大地はわたしのだからな?
※これは月夜の闇猫様主催の『病愛、ヤンデレ増殖企画』の短編です。
取り敢えず、もう一作投稿ー!
ヤンデレだけどヤンデレを抱擁できてしまってる柚木のせいでヤンデレっぽく見えない(笑)
ご粗末様でした。