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1-3 図書館

にじファン消滅後、初めての投稿。

遅くなって申し訳ないです。

 お昼過ぎ、結衣はようやく本から目を離した。

 バキバキと首を回して音を鳴らしながら、視線はテーブルに注がれている。

 全八巻、全て読み尽くしてしまった。

 ずっと集めるほどのものではないが、無料の読み物としては十分満足のいく作品だった。

 しかし、読み終えてしまえばその読了感も虚しいものだ。

 読書家と呼ばれる人種ならこの感覚も楽しめることだろうが、生憎と結衣には虚しいだけだった。

 と、ふいに結衣が視線を動かす。

 視界に捉えたのは、結衣と違いストレートに馴らされた黒い髪だった。


「あ、あの……」

「なに」


 冷気を帯びたような結衣の声にびくりと肩を竦めたストレートの彼女は、おどおどしながらも結衣を見続けている。

 制服は結衣と同じ学校のものだが、結衣の物とは違って綺麗なままだ。継ぎ接ぎの痕もない。


「えっと、その本……」

「読みたければ貸す。もう読み終わったから」


 淡々と告げ、積まれた本を少女の方へと押しやる。

 その行動に、少女は戸惑いを隠せずに答えた。


「そ、その本、面白いですよね!」

「別に」


 即答。


「え……? えっと、じゃあ、なんで全部読んだんですか……?」

「暇潰し」


 また即答。


「え、えっと、そう言えば! どうしてこんな時間に図書館に?」

「声が大きい、静かにして」

「ご、ごめんなさい……」

「……別に、学校に行ってもやることなんてないから。それ以上あなたに話す義理も意味もない」


 ぴしゃりと音がしそうなくらいにはっきり言った結衣は、それから片手で本の山を少女の方へと更に押しやった。

 拒絶するようなその動きに、しかし少女は怯まずに言葉を挟む。


「あの、お暇ならご一緒してもいいですか?」

「……?」

「えっと、私、面白い本沢山知ってるんです!」

「だから?」

「え、ええっと、だから、その……」


 あたふたと戸惑う少女から視線を外し、結衣は音を立てないように立ち上がった。

 なぜこの少女が自分に話しかけてきたのか、その理由すら不可解だが、面倒そうな相手とは関わらないのが一番だ。

 若くしてそのことを学んだ結衣は、手にしていた最後の一巻を少女に押し付けるとその場から足早に離れることにした。

 ああいう手合いとは関わり合いになりたくない。

 おどおどして、人の顔色ばかり伺って。


 ──主様は違うのかな?

「違う。私は、誰かに媚び諂った覚えはない」

 ──ヒヒッ、それはそれは。確かに、そうなっていたらこんなみすぼらしい姿にはならないだろうなあ。ヒヒヒッ。


 ミコの声に囁くような大きさで返した結衣は、背中に奇妙な感覚を感じた。

 その直後、


「あの、私高村(たかむら)古法(このり)って言います!」


 その声を投げかけたのは、少女だった。

 あれほどすげなく言葉を返せば、普通は空気を読んで退散するだろうに。

 そう思ったが、結衣はめんどくさくなって小さく「ん」とだけ言葉を返した。

 それをどう受け取ったのかは、それから直ぐに図書館を出て行った結衣には分からない。

 分かったのは、彼女はあの後図書館の職員に大声の件で起こられただろうということだけだ。

 ああ、本当に。嫌になる。

 近づいてくる人間が、結衣は嫌いだった。





 ──それ、美味いのかい?

「別に。普通」


 人気のないあの公園に戻ってきた結衣は、途中のコンビニで購入したサンドイッチをぱくついていた。

 昼過ぎになっても、公園に他の人間が来る様子はない。

 小さい頃はここで駆け回ったものだが、近年になって「遊具が危険だから」だのなんだのとPTAが五月蝿くなり、ここの遊具もほとんどが撤去されている。

 それもあって、ここに小さな子供が寄り付くことはなくなっていると聞いた。


「……サボるのって、ちょっと楽しい」


 かも。

 零すように言ってから、また一口。

 四つ入り三百円のツナサンドは、値段だけあって少し量は少なめだ。

 個数自体は四つと多めだが、大きさ的に見れば他の二つ入りサンドの三分の二程度。小食の結衣にも十分食べきれる量である。

 二つ目をガツガツと胃袋に収めた結衣は、鞄からミコを取り出した。

 重苦しくそれを開くと、中にはぼろぼろのページが三枚ぽっきりしか入っていない。

 古びた紐のようなもので本に端を縫いつけられたそれは、複雑怪奇で奇怪な難読言語が書き連ねられている。

 そっと指先でその紙に触れるだけで、体の奥底から湧き上がって来る魔力を感じる。

 それは、恐ろしくなるほどの暴力の奔流だ。


 ──百分の三の力でも、これだけ主様の力を引き出し、私に力を与えてくれる。一枚で並みの魔本(マギ・テキスト)数百冊分の魔力があるのさ。

「凄い」

 ──そうとも、凄いのさ。しかしさっきの少女、中々の魔力だったな。是非とも欲しい。

「欲しい?」


 欲しいとはどういう意味か。

 疑問に、ミコが応える。


 ──一番いいのは心臓だな。次は頭、次いで肺。後は眼球や舌。その辺りを食えば、魔力が蓄えられる。

「く、食う……?」

 ──なんだ、知らなかったか? 魔力の最大値を増やしたり、消耗した魔力を回復するのに手っ取り早いのは、物を食うことだ。

「そ、それは知ってる。小学校で聞いた」


 初等教育で、食生活が魔力に影響を与えることを簡単に教わった記憶が結衣の脳裏に浮かぶ。

 魔力とは生命の代替品であり、食事をすることで魔力が僅かに回復するとか、肉や魚の方が回復効率はいいとか。

 そんな話は聞いていたが。


 ──なら、最終的に行き着くのは人喰いだろうよ。竜種なぞの幻想生命を除けば最も効率よく魔力の器を拡張、ないし補充できる上に、数が多い。

「……私は、食べないから」

 ──ふむ、まあそれも一つの選択かね。だが、血を飲むだけでも大分違うのだがなあ。

「嫌」


 誰が好き好んで、人の一部を喰らわねばならないのか。

 ミコがそれを知っているということは、つまり過去の魔法文明ではそれが行われたということだ。

 一瞬、そのことについて聞こうかとも迷ったが、どうにも胸糞悪く感じて止めておくことにした。

 それと共に、結衣は更に疑問を生み出す。


「ねえ、幻想生命って何?」

 ──本来あるはずのない、魔力の塊のような存在だよ。今朝主様を襲った奴も魔導紙(グリモア・パピルス)を核として形成された幻想生命さ。強さは千差万別、その辺の塵を核にする奴もあれば、虫や動物、魔本を核にする奴もいる。人間を核にした奴は見たことがないがね。


 その言葉に、結衣は首をかしげた。

 そのようなものがいるのなら、とうの昔にニュースになっていてもおかしくないはずだ。

 だというのに、結衣は生まれてこの方そんなものの噂すら聞いたことがない。

 そう告げると、ミコは笑って返した。


 ──ただ隠され、隠れているだけさ。力を手にした以上はそうはいかないがね。これからわんさか目の前に出てくるぞ。奴らは力ある存在に引き寄せられる。

「でも、学校でそういう話は聞かなかった」

 ──力とはすなわち魔力さ。子供の魔力程度に引き寄せられる奴なぞいないんだよ。まあ、正体不明の殺人なんかがあれば、疑ってもいいだろうが。


 主様が奴等と相対する利益はない。

 はっきりそう続けたミコだったが、結衣はもう聞くことがなくなったために返す言葉を失っていた。

 たった一日で変わった日常だが、不思議と馴染んでいる気がする。

 そして、その変わった日常とは、常に彼女を付け狙うものだ。


 ──……主様、噂をすればなんとやらだ。来たぞ。


 頭に響いたミコの言葉に、結衣が頷く。

 あの感覚だ。

 今朝感じたあの鳥肌が立つようなおぞましい感覚を、結衣の全身が襲っていた。

 残ったサンドイッチを強引に咀嚼して胃袋に押し込むと、ミコを左手に立ち上がる。


「ミコ、今度は何」

 ──今朝の鎧ではないな、魔力が弱い。低級の幻想生命だろうよ、慣らしには丁度いい。


 ミコがそう言うということは、とりあえず危険はないはずだ。

 強大な力を持つ分、その宿主の守りは堅牢だ。結衣もこれまでの数時間でなんとなく自分の体が前と変わっていることを感じている。

 しかし、それでも不安に思う心はあった。


 ──そら、くるぞ。


 そんな結衣の思いとは裏腹に、それが姿を現す。

 周囲の色が変わる様子はなく、ただ公園の中央に風が渦巻いていく。

 やがてそれは砂や落ち葉を巻き上げながら集束し、一点に集まった瞬間に上空へと飛翔した。

 そして、そこに現れたのは黒だ。

 黒い、異常なまでに黒しかない何かがそこにいた。


 ──……まずい。

「は?」


 ぽつりと言ったミコの言葉に、結衣が眉を顰める。

 まずいとはどういうことか。

 そう問おうとした直後、


『ミツケタ、グリモア』


 ぐちゃ、と黒が裂け、灰色の中身を曝け出しながらそれが言った。

 耳を打ったのは、吐き気を催すような形容しがたい声だ。

 いや、声として認識したかどうかすら、今の結衣には怪しい。


 ──走れ、この場から離れろ主様ッ!


 直後、結衣は弾けるように踵を返し走り出した。

 ミコの言葉に反応して、が半分。

 自らの直感に従ってが半分。

 どちらにしろ、結衣は全力で駆け出し、そして黒が追い始める。

 シュウシュウと何かが溶けるような音を鳴らしながら迫る黒を背中で感じ、そして今朝とは違う恐怖感に体を苛まれる。


「あれ、なにっ」

 ──使い魔だ。しかし、あれほど悪趣味なものは久し振りに見たぞ。


 使い魔、文字通り魔法使いに仕えるもの。

 中学に上がってすぐ、成績上位者が先生の引率で政府公認の施設まで行って使い魔を手に入れていたことを思い出したが、どうにもああ言った『マスコット』的な手合いとはわけが違うらしい。

 走ったままで無言で先を促すと、


 ──あの使い魔は、魔法使いが自身の魔力で構築する、いわば人工の幻想生命と言ったところだ。性質は液化、溶解。手早く表すなら、スライムだな。


 その言葉に、結衣は今度こそ悲鳴を上げたい気分になった。

 日本の古いRPGに登場するその名前は、そのゲームでこそ最初の雑魚キャラではあるものの、原点に遡ればド級のボスキャラと言っても過言ではない相手だ。

 触れれば溶け、隙間をものともせずに潜り抜け、物理攻撃をほぼ完全に無効化し、挙句の果てには突然変異などと言って更に様々な耐性を身につけたりもする。

 

「でも、あの魔力の放射みたいなので、片付けられないのっ?」

 ──たとえ一度潰しても、魔力の供給が止まらない限り再生する。やるなら全てを完璧に消し飛ばさなければ。

「どうやってっ!?」

 ──まずは開けたところに出るのが先決だ。どこかないか?


 問われ、しかし結衣に心当たりはない。

 この辺りは開発が激しく、結衣の知っていた空き地などは全てビルが建ってしまっているのだ。

 だから、息を吐き出しながら首を横に振り、


「ない……っ!」

 ──ならば、適度に距離を離してから一気に屠るぞ。周囲に被害は出るだろうが、仕方ない。


 もとより気にはしていなかったが、あまり派手にやって自分が怪しまれればそれこそお先真っ暗だ。

 とりあえず留置所の社会見学などしたくない結衣だったが、こうなった以上は仕方なかった。

 結衣と黒い使い魔との鬼ごっこの始まりだった。

ちょっと急だったかも知れませぬ。

もっとこう、滑らかにお話を進めたい。


感想お待ちしております。

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