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1-0 プロローグ

この度、二次がだめになったようなので、一次に踏み切ることにしました。

結構ブラックな作品になりそうですが、ぼちぼちお楽しみを。

 黒がある。

 視線の先、栗毛の少女が見るものは、黒の下地に銀の装飾が多い本だった。

 周囲の魔本(マギ・テキスト)に混じっているそれは、明らかに異彩を放っている。

 魔本には魔力が篭もっているはずなのに、その魔本数十冊分の魔力をことごとく喰らってしまったかのようにどす黒い、ともすれば瘴気にも似ている魔力を漂わせていた。

 気味が悪い。

 最初に結衣(ゆい)の脳裏をよぎったのはその言葉だ。

 約百年前に再現され始めた魔法文明も、今では日常の色の一つとして馴染み、結衣も少なからずその恩恵を受けている。

 例えば、天気予報。高度な物ならば天体の動きすら把握できると言われている予測魔法で雲や風の動きを予測し、いつどこがどのような天気になるのかを予測できる。

 そんな風に、周囲に魔法が溢れかえっているというのに、それでもなお嫌悪感すら抱くこの本は、一体なんなのか。

 結衣は、知らず手を伸ばしていた。

 ところで、最近では科学技術でもそれが行えるようになってきていると聞くが、さすがは有史以前に何千年も続いたとか言われている魔法を追い抜くことはまだ出来そうになかった。

 結衣は、そんなニュースを見る度にイラついた。

 両親はそんな彼女をいないように扱う。


 ──どうして魔法が使えないのかしらね。


 本当ならば、きっとこれが映画や漫画に出てくるような温かい家庭だったなら、「魔法が使えなくたって、貴女は私たちの大切な娘よ」なんて、言ってくれるに違いない。

 でも、これは現実だった。

 どうしようもなく現実で、誰もが使えるはずの魔法が使えないことも、夢じゃなかった。

 学校の授業にはドンドン引き離され、友達もできず、いじめが続く日々。


「……なんで私、生きてるの」


 ぽつりと、結衣の口が動いた。

 今日だってそうだ。

 朝起きて、おはようの一言もなく無言でパンを出され、味気なさを感じながら適当に咀嚼して胃袋に押し込んで。

 学校に行けば上履きの裏に画鋲なんて当たり前だ。いつも学校に行って最初にやることは、上履きの中の画鋲をゴミ箱に放り込むことだから。

 教室に入れば顔面にチョークの粉がたっぷり付いた黒板消しが投げつけられる。

 真っ白になった結衣をげらげらとクラスの人間が笑い、それからいじめを先導しているうちの一人がバケツに汲んだ水を結衣にこれでもかと掛けるのだ。

 もう、これが何年も続いた。

 最初こそ反抗したが、相手には魔法がある。力で押さえつけられれば、魔法が使えない結衣は何も出来なかった。

 転校したい、と親に願い出たことはあった。

 しかし、返って来たのは「金がない」の一言だった。

 だから、結衣は魔法が嫌いだ。

 使えないから嫌い。

 使われたから嫌い。

 そんな暗い思いと共に指先が銀の装飾を撫で、


 ──ヒヒッ、おやおや。これはまた凄いお嬢さんだ。

「っ!?」


 ビクンッ! と、まるで強い電流が流れたように指が離れる。

 それに釣られるように体も僅かに後ろへ下がるが、そこで結衣は見た。

 本に触れた指先に、銀色の糸のようなものが絡み付いている。蜘蛛の糸のようにも見えるし、あるいは人の髪の毛のようにも見えるそれは、細く白い結衣の指をきつく縛り、その先は、


「本から、糸……っ!?」

 ──素晴らしい、これはなんとも、まこと素晴らしい逸材だ!


 頭の中に、ヒヒ、ヒヒッ、と笑う女性の声が聞こえた。

 楽器を奏でているような、怖気が走るような美しさの声。聞いているだけで心を持っていかれるのではないかとすら感じるその声に、結衣はすぐに指を引こうとし、


「う、動かな……っ!?」


 指が、ピクリとも動かない。

 それどころか、腕が、肩が、全身が硬く固まって動かなかった。

 まるで、全身が速乾ボンドで固められてしまったような。

 石膏の型に入れられてしまったような。どうしようもない不安感。


 ──初めまして、嫌悪する者。魔道を継ぐ者、魔を祓う者。

「誰、なのっ」


 息苦しさを感じながら、結衣が叫ぶように言った。

 実際にはその声は掠れきって、本屋の店主にすら届かないほどに小さかったのだが、それでも結衣にとっては精一杯の抵抗だ。


 ──『ネクロノミコン』、人は私をそう呼ぶよ。


 名を聞いた途端に、結衣の体はその拘束を振りほどこうと暴れだす。

 強すぎるのだ。

 強すぎる力を持った存在は、その名自体に力が宿る。噂には聞いていたそれを、結衣はその瞬間心身全てで感じていた。

 頭がおかしくなったような猛烈な焦燥感と、恐怖と不安。

 それが全身を無数の蟲のように這い回り、掻き出させろと体が蠢く。


 ──お嬢さん、今の世界に不満を抱いてはいないかな?

「──っ」


 動きが止まった。

 もがく動きは止まり、代わりに濁った光を宿した瞳が本へ向く。

 声の主がこの本であることは、もはや明白だった。

 喋る本、など。まるでおとぎ話の世界だが、魔法が出てきてしまったこの世界では少し驚く程度のものでしかない。


 ──私には分かる。魔法が使えずに周囲から蔑まれ、自分など価値がないと思っているのだろう?


 だが、違う。

 違うぞ、と声が言った。


 ──お嬢さんにはそのような連中の何千倍、何万倍もの価値がある。お嬢さんが望めばこの世界などぶち壊してやれる。どうだ、私を使ってみないか?

「世界を……」


 そうだとも、と声が言う。


 ──さあ、決断しろ。


 声が迫った。

 冷静に考えれば、こんな怪しげなものに手を出してはいけない。分かっている。

 だが、死んでしまいたいとすら思った自分だ。今更それで何かが変わるというのか。

 嘲笑と共に、結衣の体が動くようになった。

 結衣は自然にその手を本へと伸ばす。

 救い上げるようにして本をとると、途端に眩暈のような酩酊感が結衣を襲った。


 ──ふふ、それでいい。さあ、始めよう。今代の死闘を。


 薄ぼんやりとした意識の中、レジに本を持っていくと、御代の一五〇〇円を支払って本を購入し、雨の降りしきる中を家まで駆け抜ける。

 濡れた感覚はなかった。

 ただ、夢心地のままで走り抜けた。

とりあえずプロローグまで。

次回更新は未定ですが、感想お待ちしております。

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