第99回 世界情勢
ブラストの説明が終わる事、ワノールもようやく冷静さを取り戻していた。
ウィンスもフレイストも、それなりに納得はした様だった。一方で、不貞腐れた表情を見せるのはカシオだ。顔は血で真っ赤に染まるが、四人には全く触れてもらえず、話をしている間も、ずっと口を閉ざしていた。彼なりの小さな抵抗だった。もちろん、誰一人そんな抵抗を知る由も無い。
腕を組むワノールは、小さく息を吐きブラストの顔を睨む。ブラストもその視線に気付き、ワノールの目を真っ直ぐに見据える。その威風堂々たる態度は流石は一国の王と言う風貌を感じさせた。そんなブラストに臆す事無く、ワノールは静かに口を開く。
「その予言書は何処まで信用出来る? フレイストも言っていたが、魔獣達のワナの可能性も否定できない」
「だからと言って、全てが嘘と言うわけでも無いですから……」
「完全に信用出来ると言うわけでも無いだろ?」
ワノールがフレイストの方に目を向ける。フレイストも困った様に「そうですね」と、呟き俯く。この予言書を何処まで信用していいのか考えるワノール・ブラスト・フレイストに対し、ウィンスは能天気に大きな欠伸を一つ。全く自分には関係ないと、言う様な態度で話を聞いていた。
そんなウィンスの態度にワノールは気付いたが、何も言わずブラストの方に目を向け話を続ける。
「予言書通りだと、もうグラスターでは開戦してる事になるな。レイストビルは大丈夫なのか?」
僅かながら心配そうな表情を見せるワノールに、フレイストは不安を隠す様に笑みを浮かべ答える。
「この前の様にはなりませんよ。今回はちゃんと準備もしましたし、戦力も整ってますから。それよりも、フォーストはどうなんですか?」
「そうか……。あっちももうすぐ開戦か……。不安もあるが、大丈夫だろう。精鋭を集めているし、将軍も居るし」
「将軍? それは一体……」
不思議そうな表情をするフレイストに対し、穏やかに笑ってみせるブラストは、言葉を選ぶ様にして言葉を続ける。
「まぁ、何だ。そう言うあだ名で呼ばれている奴がウチにはいる、と言う事だ」
「将軍……ですか……。何とも強そうなあだ名ですね……」
「う〜ん。まぁ、少し変わり者ではあるがな……」
呆れた様に笑うブラストは、フレイストから視線を外し、小さくため息を漏らす。何故か暗い表情のブラスト。将軍と呼ばれる者は、相当の変わり者なのだろうと、フレイストは悟った。
相変わらず、厳しい表情のワノールは、鼻から息を静かに吐き、口を開く。
「ニルフラントの方は大丈夫なのか? 確かフォークスだったな。あそこは、他の国に比べて武力は低い」
「低い、って言うか、無いに等しいんじゃない?」
欠伸混じりでそう言ったのは、ウィンスだった。これでも世界情勢には詳しい方で、全ての国の武力情勢を把握している。風と共に生きる風牙族は、イヤでも風から世界のいろいろな情報が入り込んでしまうのだ。
小さく息を吐くと、ウィンスは呆れた様な目をブラストの方へと向ける。フレイストもその事を危惧して居たのだろう、険しい表情を見せた。
「すいません。私の方ではそこまで配慮が行き渡らず……。国王亡き今、兵達を纏め上げるだけで、精一杯――言い訳に過ぎませんね……」
「しょうがないさ。本来なら色々と学び、兵達の信頼を得てから王座を受け継ぐ方が良いのだが、お前の場合は特別だからな」
ブラストの言葉が、フレイストの気持ちを僅かに和らげた。
まだ、不安なのは確かだった。兵士達の信頼を得られているのか、自分が王として認められているのか、様々な不安を抱えながらも、今こうしてここにいる。それを、ブラストも分かっているのだろう。それ以上は何も言わなかった。
腕を組むワノールは、渋い表情をブラストに向ける。その視線にブラストもワノールの方に視線を向け、穏やかな笑みを見せた。
「安心しろ。俺の方でちゃんと手は打ってある」
「手……な」
ウィンスは怪訝そうな目をブラストに向ける。疑っているわけじゃないが、どう言う手なのかと、言うのは気になる所だ。
ワノールも聊か不安そうな目でブラストを見据える。
「大丈夫なんだろうな?」
「大丈夫だ。何せ、ウチの信頼出来る部下だからな」
「部下……ねぇ。イマイチ、不安が拭えないのは、何でだろうな」
「まぁ、ウィンスの言う事も分かるな」
ワノールがウィンスの意見に賛同する。国王として、この信頼の無さはどうかと思うが、本人は全く気にしていない様で、穏やかに笑う。その笑いが、更に不安を募らせているとは、ブラスト自身思っていなかった。
拭えない不安の中、小さなため息を漏らしたフレイストは、ふとカシオへと目を向けた。そこで初めて気付く。カシオの顔が血で真っ赤に染まっている事に。驚き慌てるフレイストは、激しく手を振り、ワノールやブラストにこの事を伝えようとするが、声が上手く出ない。
「あっ、あっ、ああ、あのっ……そ、そ、ちょっ」
「それで、ニルフラントに送った部下って言うのは――」
「ちょ、ちょっと、み、み、みな――」
「俺直属の兵団があってな。そこの若頭ともう一人変わり者をな」
「あ、あの――」
「フォーストって、変わり者が多いのか?」
「聞いて――」
「失礼だな。まるで、フォーストが変人だらけみたいな言い草は!」
「ちょ――」
「そもそも、国王が変人だもんな」
「あ――」
「まぁ、天才と呼ばれる者は大抵変人だと言うからな」
「みな――」
「確かに、変わり者が多いが、変人では無い!」
完全にフレイストは、取り残されていた。どうしていいか分からず、困惑するフレイストは、とりあえずカシオの方へと顔を向け、オズオズと言葉を掛ける。
「だ、大丈夫ですか?」
「…………」
沈黙するカシオが、ギョロリと視線をフレイストの方へと向ける。睨む訳でも無く、ただフレイストの方へと向けられた視線は、ゆっくりと足元へと落ち、カシオの体が何の前触れも無く倒れた。
「――!」
言葉にならないフレイストの声に、ようやくワノールとブラストとウィンスの三人が状況に気付く。
血を流すカシオに、慌てふためくフレイスト。国王になる身として、この慌てっぷりはどうなのだろう、と思う三人は、合わせた様にため息を吐いた。
その後、慌てるフレイストをブラストが落ち着かせ、横たわるカシオをワノールが罵倒し、ウィンスが渋々と医務室へと救急箱を取りに部屋を出た。カシオを罵倒する声は廊下まで聞こえ、それを聞きながらウィンスは笑った。戦いを前に、腹の底から。恐怖を振り払う様に。