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第95回 友の死

 闇に映る一つの影。

 廊下に響き渡る足音。リズムの悪さから、片足を引き摺っていると思われる。

 点々と雫の弾ける音が足音の合間に流れ、石畳の廊下に鮮やかな赤い跡を残していく。


「ハァ…ハァ……」


 呼吸が乱れ、足音が止まる。シトシトと落ちる赤い雫が足元で水音を響かせた。水滴が滴れる度に足元で波紋が広がる。


「ハァ…ハァ……。やぁ、どうしたんだ? こんな所で」


 低音の声。弱々しく掠れている。それでも、その声が届いたのか、前方に移る小さな影がユラリと動く。

 小さく何処かたどたどしい足音が点々と近付いて来る。闇に映る長い茶色の髪。小柄な体格に膝下まで届くスカートが揺れる。


「ゼロ様。お怪我の方を治療します」

「いやいや。大丈夫だ。この程度なら」

「ゼロ様!」

「わ、分かったって……。それより、フォルトはどうしたんだ? リリア」


 あまりの迫力に表情を引き攣らせるゼロに対し、リリアが表情を曇らせる。その瞬間、ゼロの脳裏で一つの気配が消えた。最も心を許した大切な親友の強い気配が、泡の様に簡単に。

 驚き表情が一変する。憎悪が周囲に漂い、リリアを呑み込み、衝撃と爆音が廊下に轟く。壁に打ち付けられた拳。砕けた壁に穴が開き、風が廊下に吹き抜けた。


「誰だ……。誰が……」

「ゼロ様、落ちつい――」

「黙れ! 俺に触れるな!」


 リリアの小さな手を振り払い、ゼロが歩き出す。肩の傷が憎悪を取り込み塞がっていく。黒髪が不気味に逆立ち、その背中に禍々しい殺気が湧き上がっていた。

 怯え縮こまるリリアは、その背中を見据え涙を滲ませた。悪魔の様な形相に色あせた壁色が不気味に浮かぶ。


「――破壊する。全てを――、この世界の全てを破壊して見つけ出す。フォルトを殺した奴を」

「ゼロ様! そ、それは当初の計画とは――」

「……計画? フフフフッ……。そんなモノもう関係ない。俺は、俺の目指した世界は――もう手に入らない」


 両目から流れる涙が、血の様に赤く染まり、口元に浮かんだ不気味な笑みを一層不気味に映し出す。ゼロのその姿を見据えたまま、リリアも人知れず泣いた。愛する者の死を胸に抱いて。



 闇の中でうごめく三つの影。

 二メートル程の巨体が静かに動き、闇に三つの眼光が浮かぶ。周囲を見回す様にゆっくりと眼光が動き、低音の声が響く。


「ゼロの殺気か……」

「早速呼び捨て?」


 低音の声に、陰湿な女性の声が返答する。天井からぶら下がるその女性は、長い漆黒の髪を逆立て、淡い赤い瞳を地上の二人へと向けた。


「それより、私達はここで何をすればいいのかしら?」

「クックックッ……。私にとってはそんな事どうでもいいんですけどねぇ」


 不適な声に不気味に眼鏡が光る。汚らしい白髪と汚れた白衣が闇でも目立つその男は、ズレ落ちた眼鏡を右手で掛け直す。口元に浮かんだ薄気味悪い笑みが、その不気味さを際立てる。

 その男を横目に見ながら、先程の巨体の男が太い腕を組み静かに口を開く。


「私達の役割は時間稼ぎと、ゼロとヴォルガの監視」

「ゼロとヴォルガの監視は完璧だよ。私の作った設備は完璧ですからねぇ」

「後は時間稼ぎだけど、誰を足止めするわけ?」

「それは、その内分かるんじゃないかな?」


 適当な口調の白髪の男に対し、逆さ吊りの女がため息を交えながら静かに地上へと降り立つ。天井へと続く細い糸が伸縮し、女性を地へ下ろすとプツンと音を立て糸が切れた。くもの巣だけが天井に残され、長い脚を動かすクモがサワサワと動き出す。


「あんたさ、その適当な態度止めてくれないかしら? 一応、私達命を預けあってるんだから」

「オヤオヤ。エリオースは私達を仲間だと認めていると言うんですか?」

「ロイバーン。別にあんたを仲間とは思ってないわ。ただ、これからの事を考えると、お互い助け合うのが一番じゃない?」

「クックックッ。彼女はそう言っているけど、レイバースト。キミはどう思う?」


 気色悪く笑うロイバーンがズレ落ちた眼鏡を掛け直し、ジロッとレイバーストの方へ視線を向けた。太い腕を組むレイバーストは、額の目で静かに周囲を見回す。辺りを警戒する様なその仕草に、エリオースもロイバーンも呆れた表情を見せる。何をここまで警戒しているのか、そう言いたげな二人に対し、レイバーストは静かに口を開く。


「所詮、私達は一時的に手を組んでいるだけ。お前達を簡単に信用はしない」

「だ、そうだよ。エリオース」

「黙れ、ロイバーン。それより、私達だけで時間稼ぎになるのかしら?」

「その点は問題ないよ。私の開発した最強の魔獣がいるんですから。クックックックッ」


 薄気味悪く笑うロイバーンは、ズレ落ちた眼鏡を右手で掛け直す。部屋に反響するロイバーンの薄気味悪い笑いを背に、レイバーストは額の目をエリオースの方に向ける。その視線にエリオースも気付き、僅かに顔を上げた。長い髪が顔の右半分を覆い、淡い赤の瞳がレイバーストを見据える。


「あのね。その額の目、どうにかならないわけ?」

「私にはどうする事も出来ん。コイツは私の意志と別に動く」

「そんなモノを体に埋め込んで、何とも思わないの?」

「これを埋め込んで困った事は無い。どちらかと言えば役にたっている」


 額の目を静かに閉じ、鼻からゆっくりと息を吐く。その額の目を気味悪がりながら、エリオースは右手から糸を飛ばし、天井へと上がる。各々が自分の好きな場所で好きな様に寛ぐ。その間も漂うゼロの殺気は、その場を自然と静寂させた。



 闇に染まった森に漂う生臭い臭い。

 張り巡らされた細い糸状の刃が次々と木を切り倒し回収されていく。刃が風を切り高音の音を奏でる中心に、一人の少年が佇む。サラリと流れる漆黒の髪を揺らし、傷一つ無い綺麗な顔で、右腕へと回収されていく糸状の刃を見届け、足元に転がる肉片を踏み締め小さなため息を吐く。


「お前さ、何でもかんでも破壊すんのやめないか?」

「ウガアアアアッ!」

「って、聞いてねぇな」


 漆黒の姿のバケモノの遠吠えに、呆れた表情を見せる少年はもう一度ため息を漏らし、踏みつけていた肉片を蹴った。ゴロリと転がる肉片、それはフォルトの体だった。腕、脚、首をもがれ、胸に大きな穴の開いた痛々しい――……。

 その肉片を見据え、少年はもう一度大きくため息を吐くと、遠目でバケモノを見ながら、


「ゲノムさーん。俺の話聞いてますか〜っ」

「ウガアアアアッ」

「一応、聞こえてるわけか……」


 半笑いを浮かべる少年は、ゲノムと呼んだ漆黒の姿のバケモノに目を向けもう一度叫ぶ。


「言っておきますけど、俺達の任務失敗ッスから。ゲノムさんが、コイツ殺しちゃったんで……。って、言っても絶対分かってないよな。はぁーっ。確実にクランさんに怒られるよ。って言うか、ゲノムさん! 俺達の任務分かってんスか?」


 少年の質問に、ゲノムの返答は無い。呆れた様に息を吐く少年は、右手で頭を抱えた。最初から任務の事などゲノムの頭には無かった様だ。

 眉を八の字に曲げ深々と息を吐く。


「ったく、だからお前とは組みたくないんだよ。言っとくけど、クランさんに怒られるのは俺なんだからな。そこんとこ分かってんのかよ!」

「…………」


 やはり返答は無く、少年は諦めた様に静かに息を吐き、疲れ切った表情で夜空を見上げた。

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