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第94回 二人組み

「ハァ…ハァ……」


 三つの荒い息が重なり合う。バラバラの足音が次第にゆっくりになり、一つに留まる。

 どれ位走ったのだろう。三人の息は上がっていた。極度の緊張からか、体力を異常なまでに消耗していた。

 両手を膝に落とし深々と息をするティルは、後方に佇むノーリンへと目を向ける。フォンとカインの体を担いでいると言うのに、この中では一番息が上がっていない。一番冷静なのも、きっとノーリンだ。

 そのノーリンが複雑そうな表情を見せているのに、ティルは気付く。フォルトの事だろうか。それとも、あのバケモノの事だろうか。不思議そうな表情のティルに、ノーリンが気付き口を開く。


「どうかしたのかのぅ?」

「いや。お前こそ、どうしたんだ?」

「少しな。それより、バルドは大丈夫か?」


 振り返ると、疲弊したバルドが辛そうに息をしていた。流石のバルドもあのバケモノの気配に圧倒されてしまったようだ。あれ以降全く口を聞いていない。暫しバルドを見据えていたティルは、一呼吸置いてからノーリンの方に目を向ける。

 僅かに頷いたノーリンが担いでいたフォンとカインを地面に下ろした。二人とも目立った外傷は見当たらない。ただ、フォンの右腕は思った以上に酷い状況だった。


「これは酷い有様じゃ。一体、何と戦ったらこんな有様に……」

「それは、カインがやった奴だ」

「何? 何故、カインが?」

「以前、聞いた。暴走したカインを止めようとしてやられたと。しかし、ここまで酷かったとは……」


 焼け爛れた皮膚。この傷で今まで戦っていたと思うと、背筋がゾッとする。

 息を呑むノーリンは、その傷に右手で触れた。触れると体が微かに震える。痛みを感じている様に見えるが、表情に変化は無い。感覚がおかしくなっているのだろう。

 渋い表情のノーリンは、ティルの方に顔を向ける。僅かに頷いたティルは、小さな声で言う。


「コイツの体は既にボロボロだ。普通なら、もうまともに戦う事すら出来ない」

「そこまで体を酷使する理由はなんじゃ?」

「さぁな。戦う理由は人それぞれだ。俺には分からん」

「そうか……。しかし、このままじゃいかんぞ」

「ああ。それはわかっている」


 深刻な表情のティル。状況は悪い一方だった。

 深く息を吐くノーリンは、ふとフォンの右腕のリングに目を落とす。確か、別れた時はあんなものは付けていなかったはず、とリングに触れようとした時、


「それに、触れないでください」


 弱々しい声でカインが言う。目が覚めたばかりで、視点があっていない。それに、随分疲弊している様だ。それでも、まだフォンよりもはマシな状態だ。

 苦しそうに咳をするカインは、まだ本調子じゃない体を起き上がらせ、頭を押さえながらティルの方に目を向けた。安心した様に息を吐いたティルは、視線をカインの方に向け尋ねる。


「体の方は大丈夫か?」

「えぇ。僕は単なる疲労ですから。それより、それは外さないで下さい」

「分かった」


 ティルが了承すると、ノーリンが不思議そうな表情をカインに向ける。


「それはそうとして、一体これはなんなんじゃ?」

「制御装置みたいなものらしいです」

「制御装置?」


 眉間にシワを寄せ、首を傾げるノーリン。そのノーリンの表情を見据えるカインは、コクリと頷きティルの方へともう一度目を向ける。

 制御装置と言うその意味を何と無く理解したティルは、腕を組むとフォンの方に目をやる。


「暴走したのか?」

「えぇ。僕の所為で、あんな事に……」

「お前の意思でやったわけじゃないんだ。気にするな。それより、誰があれを?」


 ティルが尋ねると、カインが複雑そうな表情を見せた。


「何かわけありかのぅ」

「はい。実は、僕もその人の正体を知らないんです。ただ、フォンの事を知っている様な口振りでした」

「そうか……」

「しかし、なんじゃな。偵察に来たと言うのに、騒ぎを大きくした気がするのぅ」

「確かにそうだな……」


 右手で頭を抱え、ティルは小さくため息を吐いた。結局、偵察は出来ず騒ぎを起こしただけ。これでは何の為の偵察なのか分からない。

 腕を組み考え込むティルは、右手の人差し指を眉間に当て、渋い表情でノーリンとカインを見据える。現状ではここから動く事は難しい。敵が何処に潜んでいるか分からないし、肉体的にボロボロのフォンと、精神的にボロボロのバルド。こんなにも不安要素があっては動くに動けない。

 考えがまとまらないまま、もう一度深いため息を吐いたティルは、とりあえずその場に腰を下ろした。



 風が空を裂く。木の葉が舞い音も無く引き裂かれた。闇に浮かぶ糸状の刃が、次々と周囲に張り巡らされる。不気味な風音と喉を鳴らす様な低音の地響き。地面が隆起し鋭い岩肌が露出する。

 周りに散乱する肉片が更に細かく切り裂かれ、その中心で不気味なバケモノが仁王立ちし、体勢を低くするフォルトを見据える。両手に握られた細身の刃が薄気味悪く闇で煌く。赤い眼光が闇の中で輝く。


「お前……誰だよ」

「クケケケケッ」

「答える気は……無いって事。まぁいいや。それならそれで、無理にでも口を割らせる」


 右足を静かに前に出し前傾姿勢を取る。両手の刃が地を裂くかの様に低く構えられ、足が地から離れた。地が砕け後塵が舞う。切っ先が地面に触れ更なる後塵が巻き上がり、交互に腕が振られ、無数の斬撃が飛ぶ。

 向って来る斬撃を見据え、バケモノが不気味な笑みを浮かべた。直後、斬撃がバケモノを直撃し、爆風が吹き抜ける。舞い上がる土煙でバケモノの姿が隠れ、その中へとフォルトの姿も消えた。

 刹那、金属音が数回響き、火花が無数散った。

 煙が薄れ、僅かに影が浮かぶ。重なり合う二つの影。空中で止まった二本の刃から、薄らと糸状の刃が闇へと伸びる。


「おやおや。十二魔獣の第二席ともあろう御方が、どうしてこんな所に居られるんですかねぇ?」


 背後から聞こえる不自然な言葉遣いの若い男の声。その声がすると同時に、バケモノがケタケタと大口を開き笑う。それはまるでフォルトをバカにしている笑い方だった。刃を動かす事が出来ず、奥歯を噛み締めるフォルトは、視線を僅かに後方に向け口を開く。


「誰だか知らないけど、僕は今イライラしてる。邪魔をしないでくれないか」

「おやおや。それなら、僕等の邪魔もしないで欲しいのだけれど?」

「僕等? と、言う事は、お前等は仲間か……」

「仲間? う〜ん。まぁ、そんなモノかな。それよりさぁ、退いてもらえませんかねぇ。僕等としても怪我はしたくない。傷付くのはイヤなんですよ」


 その言葉を鼻で笑うフォルトは、低音の声でクククッと小さく笑った。


「おやおや。僕が何か可笑しな事でも言ったかな?」

「ああ。可笑し過ぎ。自分達は散々僕等の仲間を殺しといて、自分達は傷付くのは嫌だ。それっておかしいだろ」

「それは、キミ達も一緒じゃなぁい? 人を喰らって生きてるんだからさ。殺されても文句言えないよねぇ」

「お前人なのかよ。違うだろ。どちらかって言えば、お前もこのバケモノも、僕等魔獣側に近い存在だろ。人に殺されるのは理解できるけど、お前等みたいな得体の知れない連中に殺される通りがわかんねぇ」


 フォルトがそう述べると、背後に何かが降り立ち、耳元でクスクスと小さな笑い声が聞こえた。その声が鳴り止む頃、フォルトの体は地にひれ伏した。

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