第91回 一人対多勢
夜空を見上げるカイン。
体の震えは大分落ち着いた。今思い出すだけでも、自分が生きている事が不思議だ。
フォンの暴走。謎の少年。自分がどれ程弱いのか思い知った。右手をそっと空へと差し出し、ギュッと拳を握り体を起した。地面に横たわる青天暁を手に取り、胸の前へと持ってくる。
「誓う。この剣に。僕はもっと強くなる。誰も傷付けさせない程」
自分に言い聞かせる様にそう告げたカインは、青天暁をそのまま鞘へと戻した。鉄の擦れる音だけがその場に響き、カインは静かに腰を上げる。瞼を閉じ、周囲に耳を傾ける。
風の音。木々のザワメキ。それに混ざり奇妙な足音が複数。ティルやノーリン、バルドの三人とは違った歩幅と重さの足音。魔獣だろうか。脳内でその音のする方角、距離を分析する。その結果、自分達が完全に囲まれている事が分かった。先程の争う音が聞こえたのだろう。
瞼を開き静かに息を吐く。冷静に考え、現状が最悪である事を理解した上で最善の策を練る。
数分後、複数の足音と共に、魔獣が姿を見せる。二足歩行から四足歩行まで様々な魔獣が牙を剥き、鋭い眼光を闇の中で輝かす。その中心に佇むカインは、暗闇でも目立つ程の金色の髪を揺らし、腰の青天暁に手を掛ける。
左の親指で鍔を弾き、右手で抜刀すると同時に髪が赤く染まり、全身から白煙が上がる。穏やかな目付きが鋭く変わり、口から漏れる白い吐息が闇へと溶け込む。
蒼刃が暗闇で煌き、その刃を朱色に変える。
カインの異変に気付いたのか、魔獣の中でも一際前に出ていた二足歩行の魔獣が問う。
「こんな所で何をしている人間」
「……」
返答は無い。代わりにカインの体がユラリと揺れ、姿が消える。一瞬の事に周囲がザワメク。だが、次の瞬間悲鳴の様な声が上がり、血飛沫が闇に舞う。周囲を見回すと、一体の魔獣の首から血が噴出し痙攣している。
魔獣達に一瞬にして緊張感が走り、魔獣の一体が指示を出す。
「四人一組になれ。決して一人で手柄を取ろうとするな。奴は強い!」
その指示に従う様に魔獣達が四人一組に固まり周囲を警戒する。一方で、また悲鳴が上がる。
カインの振るう朱色の刃が闇で閃光を閃かせ、また消えた。その後も次々に上がる悲鳴の数。その間隔は徐々に短くなり、時折悲鳴が重なりあう。
漂う悪臭は全て魔獣の血のニオイで、そのニオイが魔獣達の嗅覚を狂わせる。その中で木の枝に止まる一体の魔獣だけが全てを見据えていた。闇を色鮮やかに映し出すその瞳は完璧にカインの動きを立体的に捉えていた。
不気味に笑みを浮かべ、その魔獣は翼を広げ大空へ舞い上がる。その動きに、先程指示を出した魔獣が声を上げる。
「何処へ行く!」
「てめぇら馬鹿とは違うんだよ。俺の指示に従ってもらうぜ」
「貴様の指示に従えだと? 格下が舐めるな」
地面を這う四足歩行の魔獣がそう述べると、空を舞う魔獣が馬鹿にする様に笑う。
「ほーほほほっ。てめぇは馬鹿か? この闇を支配しているのは俺だ。俺の言う事が聞けねぇなら死ね!」
「二人とも止めろ。今は言い争ってる場合じゃない」
「分かってるが、何であんな格下の――」
「階級など関係ない。我等は得体の知れん奴と戦っているんだ。力を合わせる」
魔獣達の会話を闇に潜み聞いていたカインは、疑問を抱く。いつから魔獣達は協力する様になったのか。今までは好き勝手に戦っていた。それがどうして急に。魔獣達も成長しているのか、それか何か別の理由があるのか、不確かな事だが確実に知能が身に付いている。
息を潜めるカインは静かに瞼を閉じ、ゆっくりと息を吐く。ここからは慎重に行動しなければならない。あっちには闇の中で目の利く奴がいる。状況的は分が悪いが、既に策は準備されている為、焦りは無い。
「まずは奴からか……」
青天暁を下段に構え、空を舞う一体の魔獣を見据える。と、同時に背後に気配を感じ振り返る。闇で三本の筋が閃く。咄嗟に青天暁を振り上げると、澄んだ刃音と共に火花が散る。
「どう言う事だ……」
驚くカインの視界に一体の魔獣。鋭い三本の爪を持ち、背中には無数の棘を備え付けている。不気味な面持ちと、薄ら笑い。
怪力が朱色の刃を押す。小柄のカインの体は次第に後退していく。
「クッ……。消えろ!」
「クケケケケッ!」
鋭く刃を振るうと同時に、魔獣の姿が闇に消える。朱色の閃光だけが空を切った。小さく舌打ちすると、また背後に殺気を感じ振り返る。
大きく開かれた口が牙を剥きカインに襲い掛かる。鋭い牙を青天暁で受け止めた。小柄なカインの体は軽々と押されていく。鋭く長い二本の牙がカインの目を抉ろうと迫る。両腕に力を込めそれを堪えるカインは、奥歯を噛み締めた。
「邪魔だ!」
両足で地を確りと踏みしめ、真っ向から魔獣に力をぶつける。両足で踏み込んでも留まる事を知らない魔獣の勢い。激しい足音と土煙だけが闇の中に浮かぶ。
「ほーほほほっ。やっぱり、奴は力が無い。このまま力押しでいけば潰せる」
「力押し……ね。んな簡単に潰せるのか?」
「さぁな。今は奴に任せる」
空を舞う魔獣が次の指示を出す。すると、カインを押す魔獣の進行方向に先程の魔獣が姿を現す。鋭い爪が三本、カインの背中に向けられた。
「クケケケケッ! 死ね!」
「馬鹿か? 死ぬのはお前等だ」
突如、カインの体が沈む。カインが突然消え驚く魔獣だが、それよりも先に鋭い三本の爪が顎を抉る。と、同時にその牙が目の前に居た魔獣の首元に食い込む。血飛沫が舞い地面に横たわるカインが静かに体を起こす。
「真っ向から馬鹿正直に立ち向かう奴などいない。所詮、単細胞だな」
「クッ! 何だ! アイツは!」
「さて、どうするんだ? 次は誰がいく?」
四足歩行の魔獣が隣りの魔獣に尋ねる。渋い表情を見せる魔獣は、小さく息を吐き、一歩前に出る。
「仕方ない。俺がやる」
鋭い爪を見せ、静かにカインを見据える。カインもその魔獣を見据える。両者の視線がぶつかり合う。その瞬間、上空を舞う魔獣がカインに向って急降下する。
「死ねェェェェッ!」
「うぜぇ」
カインは視線を向ける事無く青天暁を振るう。朱色の刃が闇を裂き、血飛沫が散った。裂かれた肉体が地上に落ち、魔獣の体が痙攣する。地面に血が広がり、次第に魔獣の体が動かなくなった。
それを見て、四足歩行の魔獣が不適に笑う。
「不意打ちする奴が、叫んでちゃわけねぇだろ。これだから、格下って言われんだよ」
「止さんか。仮にも一緒に戦った同士だ」
「同士? 俺は自分より弱い奴を仲間とは思わねぇ」
「じゃあ、お前は強いのか?」
不気味な瞳が闇の中で魔獣を睨む。殺意を含んだ恐ろしい目付きだった。その場に居た魔獣の何名かは、その殺気だけで臆し呼吸が苦しくなる。
節々が軋み押し潰されそうなほどのプレッシャーを感じる。それでも尚、カインの目を見据える魔獣は、ゆっくりと足を進めた。