第83回 青天暁
時は過ぎ。
飛行艇はアルバー国旧都市ディバスターへと進路を向けていた。速度から推定して到着まで僅か一日。各々、その時に備えするべき事を行っていた。
「あの〜……本当に大丈夫なんですか?」
「あっ? そんなに心配か?」
「えぇ……」
不安だと表情に溢れ出るカインが、ワノールの顔を真っ直ぐに見据える。二人の視線が交錯し、カインが小さくため息を漏らす。金髪の髪が鮮やかに揺れ、澄んだ瞳が一人の女性を捉えた。
長い髪を頭の後ろで束ねたウールが、腕まくりをして笑顔をカインに向ける。その手には大きなハンマーが握られていた。今から青空天を打ち直そうとしているのだ。明らかに不慣れな手付きのウールに、実に不安を隠せないカイン。そんなカインに苦笑するワノールは小さな声で耳打ちする。
「安心しろ。こう見えても、鍛冶屋の娘だ。剣の一本や二本」
「明らかに、不慣れですけど……」
「久し振りだからだよ。大丈夫だ。親父さんは超一流の職人だからな」
「いや……。それは親父さんであって、ウールさんは関係ないのでは?」
「さぁ! 頑張りますよ!」
ウールの覇気の溢れる声が二人の声を遮断した。そして、カインの不安を他所に、澄んだ鉄音が響き渡る。が、それも長くは続かず、奇妙な声が聞こえてきた。
「あれ?」
「何でぇ?」
「う〜ん」
続け様に聞こえてくるウールの声に、カインの不安は一層大きくなった。
「あのー……。本当に大丈夫ですか?」
「な〜に、心配ないさ。まぁ、見てろ」
ワノールにそう言われ、不安ながらもその様子を見守る。すると、急に立ち上がったウールが部屋を出て行き、何かを持って戻ってきた。
「え〜ぇ。この作業を一週間行ったモノが、これです」
「……」
呆然とするカインが、ワノールの方へと冷やかな目を向ける。この事を知っていたのだろう、ワノールは笑いを堪える様に顔を背けていた。
そんな二人の様子に首を傾げるウールは、純粋な笑みを浮かべると、優しい声色を響かせる。
「どうかなさいましたか?」
「いえ……何でも無いんです。気にせず続けてください……」
半分怒りの様なモノが窺えるが、ウールがそれに気づくわけも無く、「そうですか」と、嬉しそうに微笑むと説明を続ける。
「そもそも、鉄と言うのは一日で打てるモノではありません。もちろん、剣を作るなどと言うのは、無謀と言うモノです。と、言うわけで、ここからは少し飛び飛びでいきますよ!」
明るく微笑むウールがもう一度部屋を出て行く。と、同時にカインがワノールを問いただす。
「ちょ、ちょっと! ワノールさん!」
「いや〜。悪い悪い。でも、本気でウールが打ったんだよ。あの鉄板。と、言っても十年くらい前の話だけどな」
「それって……」
何かにカインが気付き、申し訳無さそうに目を背ける。そんなカインに、穏やかに微笑み、カインの頭に右手が乗った。そして、乱暴な手付きで頭を撫で、優しく言う。
「勘違いするなよ。アレは、元々お前の為に打ってたんだよ。それに、お前への武器は本来、ウールが造る予定だったんだ。まぁ、結局親父さんの方が先に仕上がって、それをお前に渡した形になったがな」
「そうなんですか。青空天って、ウールさんのお父さんが作ったんですか」
「何だ? 知らなかったのか?」
「ええ。聞かされませんでしたから」
不貞腐れ小さく息を吐く。苦笑いを浮かべるワノールが、右手で頭を掻いていると、ウールが戻ってきた。その手には布に包まれた何かを持っており、とても嬉しそうな笑みをカインに向ける。
「お待たせしました。これが、完成品です!」
布を剥ぎ取ると、鱗模様の澄んだ青の鞘が姿を見せた。鍔や柄に特徴は無いモノの、その鞘の美しさは目を見張るモノがあった。
「フフフフッ。どうですか? 私の自信作なんですよ」
「じ、自信作って、まさか、本当にあの短時間で作ったんですか!」
「違う違う。アレは、元々完成してたんだよ。十年前に」
ワノールが含み笑いを交えながら、カインにそう言うと、ウールが満面の笑みで答える。
「そうなの。十年前、まだ鍛冶屋として現役だった時に打った最初で最後の一太刀よ。あの時は、父に先を越されてあなたに渡せなかったけどね」
「まぁ、十年も前の代物だからな。少し傷みとかあったみたいだが、そこはブラストが修復してくれたから安心だ」
恐る恐るウールの手から剣を受け取ったカインは、無言のまま剣をジッと見つめる。それほどまでに目を見張るモノがあった。
二人の声が聞こえていないのか、カインは静かに柄を握り締め鍔を親指で弾き刃を抜く。宝石の様な輝きを放つ蒼い刃に、言葉を失う。まるで青空天をコピーした様な錯覚を覚えた。だが、形状はまるで違い、その刃はノコギリの刃の様に細かい刃が無数残っている。
「気に入っていただけましたか? 父の作った青空天とは形状は異なりますが、耐熱素材で作られてますので、高温の炎にも耐えられます」
「凄いです……」
興奮気味のカインが軽く剣を振るう。蒼い閃光が空を裂き、澄んだ風音が鳴る。驚き目を丸くするカインに、嬉しそうに満面の笑みを浮かべるウールは優しく聞く。
「どうかしら? 青空天の代わりは勤まるかしら?」
「青空天とは比べられませんよ。とても、ウールさんが打ったとは思えないです」
「あら? それは褒められているのかしら?」
笑みのウラに殺気が漂い、カインがすぐに弁解する。
「いや、別に他意はありませんよ。ただ、ウールさんの様なか細い体でこんな剣が打てるなんて……。ビックリです」
「ウフフッ。これも父譲りの才能ですかね」
嬉しそうな含み笑いに、カインも目を輝かせ微笑んだ。そんな二人を尻目に、ワノールは渋い表情で腕を組んでいた。それに気付いたカインは、何か不満でもあるのだろうか、と思い恐る恐る声を掛ける。
「どうかしたんですか?」
「いやな、その剣の名前はどうするんだろうと、思ってな。まさか、そのまま青空天と言うわけにもいかんだろ?」
「どうしてですか? そのまま青空天で問題があるんですか?」
「青空天はこの世で一つ。同じ名は二つとあってはならない」
真剣な目のワノールに、カインも悟った。もう青空天は存在しないのだと。そして、自分が青空天を壊してしまったのだと言う事を。
カインの心境を知ったのだろう、ワノールとウールは顔を見合わせる。ワノールもカインの想いを知らないわけじゃない。黒苑を失った時の悲しみ、胸の痛み。もう二度と剣を持つつもりは無かった。黒刀・烏と出会うまでは。
きっと、カインも同じ気持ちなのだろう。青空天以外など本当は――。
「決まりました!」
「ムッ!」
ワノールの気持ちなど理解せず、カインが満面の笑みで声を上げた。今までの心配はなんだったのだろうと、ワノールはため息を吐き、右手で頭を抱えた。だが、それがカインの良い所でもある。
「ワノールさん! この剣は青天暁です!」
「青天暁か……。まぁ、お前の決めた名前だ。文句は言わんさ」
「よろしくな。青天暁」
もうワノールの言葉など聞いていなかった。青天暁を見つめ、嬉しそうに微笑むカインの姿に、ワノールもウールも顔を見合わせ笑った。