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第80回 魔獣人の日常

 暗黒の闇の中にそれはいた。

 金色の眼がギョロリと動き、闇の中を嘗め回すように見据え、不気味な音が鳴り響く。獣が喉を鳴らす様なそんな不気味な音。時折聞こえる鉄を引き摺る音もまた、不気味さを際立たせていた。

 そんな闇の中で、靴の踵がカツカツと音を起てる。音に反応する様に金色の眼が静かに動き、数本の牙をむき出しにして口が開かれた。


「ウゥゥゥゥゥゥッ……」


 獣の様に押し殺した声が、闇を震わせる。


「ヌハハハハッ! 私の最狂のしもべ。ようやくキミの初舞台が決まりましたよ!」

「ウゥゥゥゥゥゥッ!」


 不気味でいやらしい声に、獣の押し殺した声が更に大きくなった。そして、闇の中に銀縁のメガネが浮かび上がり、ボサボサの白髪と薄気味悪い白衣を着た男が姿を見せる。気色悪く笑みを浮かべる白衣の男は、ズレ落ちるメガネを右手で直し、ゆっくりと足を進め左手に持った黄緑色の玉を獣の方へと向けた。


「これが、何だか分かりますか?」

「風魔の玉か……珍しいモノを持っているな」

「だ、誰です!」


 突然の声に驚きの声を張り上げた男に、羽音を響かせながら上空から一人の女性が降り立った。闇に溶け込む漆黒の大きな翼が風をかき、突風が闇の中で吹き荒れ、時折ガラスの割れる音が響き渡る。

 白髪の男は、ズレ落ちるメガネを掛け直すと、焦りと不満の入り混じった眼で空から降り立った女性を見据える。


「どう言うつもりなんですか? 私の研究室には勝手に入るなと――」

「勝手に? 私はちゃんとノックした」

「ノック? いつの事ですか?」

「お前の来る一時間ほど前だ」


 当然と言わんばかりの黒髪の女性に、呆れた様な表情を向ける白衣の男は、ボサボサの白髪を乱暴に掻きながら答える。


「私の居ない時に入る事を、勝手に入るっていうんですよ。分かります?」

「……まぁ、そんな事どうでもいい」

「良くありませんよ」


 ズレ落ちるメガネを掛け直しながら、濁った瞳で女性を睨み、左手に持った風魔の玉と呼ばれた玉を白衣のポケットに乱暴にしまう。艶やかな黒髪を靡かせる女性は、背中から生えた大きな翼を折りたたみ、静かな口調で訊く。


「私の頼んでたモノは出来てるか?」

「……あれですよ」


 暗闇で不気味に輝く鋭利な刃物。それを指差す白衣の男は、ボサボサの白髪をもう一度掻きながら面倒臭そうに説明する。


「どうです。私の傑作ですよ。名を逆鱗。鱗模様の柄は手にシックリ来ると思いますよ」

「う〜ん……。手触りが悪いが……まぁいい」

「それでは、出て行ってください。私はまだやる事が――」

「分かってる。どうせくだらない生物兵器を改良するんだろ」


 そう述べ背を向けた女性は、静かに歩みを進め部屋を出た。静まり返った研究室に、また獣の押し殺した声だけがこだまする。一息吐いた白衣の男は、ズレ落ちたメガネを掛けなおし、白衣のポケットからもう一度風魔の玉を取り出し大声で笑う。


「ヌハハハハッ! それじゃあ、早速キミの改良を――」

「悪いな。俺の武器を改良してくれるのか」

「ヌッ……なんです今度は……」


 振り返った白衣の男の鼻筋に鋭く尖ったモノが僅かに掠り、男は鼻を押さえて叫び声をあげた。


「ぬわっ、ぬわにをするんですか! と、言うかいきなり表れないでくれませんか!」

「何だ? さっきから居たぞ」

「さっきから?」

「ああ。ディクシーが来る前から」


 黒のマントに長い黒髪の男。これでは闇に溶け込んで姿が見えなかったのはしょうがないとして、なぜ今まで身を隠していたのか不思議に思う。顔の右半分を長い髪で隠す男は、差し出していたナイフをマントの中にしまい、ゆっくりとした口調で尋ねる。


「俺の武器を改良してくれ」

「今は忙しいんです。後にしてくれないか」

「規則上、お前の研究よりも、俺達の武器の強化・改良の方が優先されるはずじゃないのか?」


 淡々とした感情の読み取れない口調でそう述べる男に、白衣の男はボサボサの髪を掻き毟り、小さくため息を吐いた後、風魔の玉を白衣のポケットにしまい静かに右手を差し出す。


「分かった。改良してやる。どの武器を改良するんだ?」


 半ばヤケクソ気味の白衣の男の言葉に、マントを翻すと、何処からとも無く何十本と言う程のナイフを床に落とした。その数のナイフを前に、唖然とする白衣の男は床に落ちたナイフと男の顔を交互に見据え、ズレ落ちたメガネを直してから軽く眉間に人差し指を当てる。


「まさかと思うが、これ全部改良するのか?」

「…………ダメか?」

「と、言うか無理です。時間的に」

「そうか……」


 少し声のトーンが下がった。と、言ってもほんの僅かな違いの為、白衣の男には全く伝わらず、相変わらずの気色悪い声で尋ねる。


「一番使用する回数の多いのを改良するとしましょう。私としても、早く自分の実験を完成させたいので」

「…………分かった。なら、これを改良してくれ」


 男は床に寝かされた一番刃の長いナイフを手に取った。綺麗な曲線を描く様な形の刃は、宝石の様に輝きを放っている。改良する必要があるのかと、疑いたくなるほどの完成度を誇るそのナイフに、白衣の男は曇ったレンズの奥の目を僅かに輝かせた。

 その表情の変化を男は見逃さなかった。瞬時にそのナイフの切っ先を白衣の男の方へと向け、鋭い目付きで睨んだ。


「妙な事は考えるな。コイツを改良・強化してくれればいい。無駄な事はするな」

「わ、分かってますよ。私とて、発明家の端くれです。武器に無駄なモノなど必要ないのです。必要なの美しさと殺傷力だけですよ。ヌハハハハッ!」

「…………」


 男は白衣の男が言った言葉を理解したのか、ナイフを下ろし柄の方を向け手渡す。その持ち心地にうっとりしてしまう白衣の男だが、漂う殺気に緩めた表情を強張らせズレ落ちたメガネを掛けなおしながら口を開く。


「私に任せておけば大丈夫。確実にパワーアップしてみせますよ」

「…………」


 沈黙する黒髪の男は、鋭い目付きで白衣の男を睨み付けマントをもう一度翻す。すると、どういう事か、床にばら撒かれたナイフが一瞬にして消え去った。不思議な現象だったが、差して驚く事も無く白衣の男は預かったナイフを机の上に置く。

 闇の中で薄気味悪く光ったナイフの刃がどうも興味をそそる。だが、男が出て行くまでは下手に改良できず、出て行くのをひたすら待つ。

 沈黙だけが続き、二人の視線が僅かに交わり、長い黒髪の男の方が先に口を開く。


「メガネは直せ」

「――わ、分かりましたから、早く出て行ってください! 研究が出来ません!」

「…………研究もいいが、早急に改良してくれ」

「分かってます。早くて三日ほどで出来上がる。仕上がり次第届けますよ」

「…………」


 もう一度沈黙する。そして、そのまま何も言わずに部屋を後にした。ようやく静けさを取り戻す研究室で、何やら挙動不審な動きをする。一通り不審な動きを見せた白髪の男は、ズレ落ちたメガネを掛け直し、安堵の息を吐き白衣のポケットから風魔の玉を取り出す。


「ヌハハハハッ! それでは早速――」

「うるさいぞ! ロイバーン!」


 研究室の扉が開かれ赤髪の男が怒鳴り込んだ。その声にロイバーンと呼ばれた白衣の男は小さくため息を吐き「今度は何ですか!」と、半ば怒り気味に叫んだ。

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