第79回 何故
「いや〜。マジごめん。喋りすぎた」
頭に大きなコブが一つ。それでも尚笑い続けるカシオは、一人でペチャクチャと話を続けていた。
そんなカシオを無視して、ティルがノーリンとウィンスの方に眼を向け、不思議そうに首を傾げる。
「なんじゃ? さっきの踵落としに不満があるのか?」
「いや……。アレは忘れてくれ……」
「何だよ。カッコ良かったぞ。踵落とし」
恥ずかしそうに視線をそらしたティルは、右手で顔を隠す様に額を押さえた。
あのカシオのコブは、ティルの踵落としによって出来たモノだ。しかし、それは事故で故意があった訳ではない。飛び降りた時に強風が吹き、バランスを崩して、長々話しをするカシオの頭部に踵が落ちた、と言うだけの事故だったのだ。
だが、傍から見れば、『うぜぇんだ!』と、言う様な形の綺麗な踵落としだった。その為、ウィンスもノーリンも誤解をしている訳だ。
「それより……ワノールはどうした? 確か、ワノールとカインもいると聞いていたが?」
「あっ……忘れとった」
「忘れんなよ」
ウィンスが鋭くツッコミ、ノーリンが大らかに笑う。呆れた様に眼を細めるティルは、
「それで、何処にいるんだ?」
「知らん」
「ああ。分かんねぇ。色々あったからさ」
質問に対し、即答したウィンスとノーリンが、息もピッタリに笑った。一瞬イラッとしたが、ティルもそこまで短気ではなく、落ち着いた口調でもう一度問う。
「じゃあ、お前達はどの方角からきたんだ?」
「さぁ? 何処じゃッたかな?」
「空の上だったからな……」
次は同時に首を傾げ、また顔を上げ同時に笑う。今度は何故かカシオも一緒に。流石にそれにはティルも切れた。
「はうーっ……。痛いよ〜、ティル」
「何でワシまで……」
「ってか、俺、ティルよりも歳上なんだけど?」
各々が不満をブチマケながらティルの後に続く。焼け野原となった森を探索する四人。目的はワノールとカインを見つけ出し、飛行艇へと連れて行く事。それが、ティルに与えられた任務であったが、何故かオマケにカシオがついて来ていた。
飛行艇に居た時と違い、生き生きとした表情を浮かべるカシオは足取り軽く、踊る様に最後尾を歩いている。それが、ティルには目障りだった。
「おい……カシオ……」
「何だ? もしかして、一緒に来てくれてありがとうとでも言うのか? そんな事でお礼なんて言うなよ。俺とお前の仲じゃないか」
「目障りだ。消えろ」
「嫌だよ。飛行艇に居ると気持ち悪いし」
ブーブーと文句を言うカシオに腹が立ったが、これ以上何を言ってもコイツに効果が無いと、ティルは沈黙した。
それと同時に、ノーリンが足を止め右方向へと顔を向け、
「コッチじゃ」
と、呟き走り出した。その後を無言で追うティルとウィンス。一方のカシオは、少々不満そうに足取り重く二人の後を追った。
「本当にここでいいのか?」
「さぁ? 俺に聞くなよ」
「あう〜っ……飛行艇に戻りたくネェ〜」
「うるさいぞ。お前」
愚痴るカシオを怒鳴ったティルは、ノーリンの背中を真っ直ぐに見つめた。
暫く走り、ノーリンが足を止めた。その視線の先にはワノールがいた。足元には漆黒の刃が煌き、その先で蒼い刃の切っ先が天を指していた。カインの腹部を貫いて――
「おい……これって……」
絶句する一同。ここで、何が起こったのか、咄嗟にそんな事を考えるが、
「ルナは何処だ!」
この一喝ですぐに現実に戻る。
「ウィンスには飛行艇まで行ってもらう。この中じゃ、お前が一番素早いからな」
「分かった。でも、飛んでいるのに、どうやって俺が?」
「まぁ、それはワシがどうにかしよう」
「どうにかって――」
ウィンスが言い終える前に、ノーリンが襟首を掴み地を蹴り上空へと飛び上がる。体に圧し掛かる重力に一瞬意識を奪われそうになったウィンスだが、それを堪えて力一杯怒鳴った。
「い、いきなりなにすんだ!」
「ここから投げる。お前は風を足の裏に集めておれ」
「お、おい! 話を――……ぐああああああっ!」
ノーリンの太い腕からウィンスが放たれた。弾丸の如く宙を貫き、ウィンスは空へと消えていった。
「一体、何が起こったんだ」
ティルの問い掛けに、ワノールは答えなかった。ワノール自身、何が起こったのか知るよしもなかったからだ。沈黙が長く続き、重々しい空気が漂った。
結局、飛行艇が来るまでこの沈黙は続き、カインは青空天を体に刺したまま医務室へと連れて行かれた。
「ルナ……カインを頼む」
「分かっています……」
医務室へと入ろうとしたルナの腕を、フォンが掴んだ。その場に居た皆がその行動に疑問を抱く。
「やっぱ……ダメだ……」
「お前! 何を言ってるんだ!」
「放してください。フォンさん」
「いや……ルナに力は使わせない!」
その言葉で、その場の空気が一変し、ワノールがフォンの胸倉を掴み上げた。
「どういうつもりだ!」
怒声を響かせフォンを睨み付ける。だが、フォンはワノールの顔すら見ようとせず、黙り込んだ。誰もワノールを止め様とせず、二人のやり取りを見据える。
その一方で、空色の少女だけが、彼を庇う様に言葉を発した。
「や、止め様よ! こんな時に」
「こんな時だから、ルナの力が必要なんだろ!」
「で、でも――……」
「……話したのですね」
空色の髪を揺らすミーファを、真っ直ぐな瞳が見据える。何かを訴える様な強い視線に、ミーファはゆっくりと頷いた。
「ごめん。でも、私は――」
「もういいです」
僅かにルナの声が篭り、目元に涙を見た。それを見たのは、ミーファだけだが、その場にいた皆が異変を感じたのは確かだった。
腕を掴むフォンの手を振り切り、静かな足取りでその場を去っていくルナの後ろ姿に、不安を感じるフォンだったが、これでいいのだ、と言い聞かせ俯いた。胸倉を掴んでいたワノールも、その手を放し奥歯を噛み締める。
「貴様の顔など見たくない! ここから消えろ!」
「……ごめん」
「うるさい! 早く俺の視界から消えろ!」
「……」
フォンの発言など許さない、と言わんばかりの怒声に、フォンもその場を去っていった。残ったのは沈黙だけで、誰も口を開こうとしなかった。そして、一人、また一人とその場を離れ、そこにワノール、ミーファ、ティルの三人が残された。
オドオドするミーファに対し、ティルの鋭い視線が向けられる。全ての原因をティルは把握しており、ゆっくりとミーファの前に足を進めた。
「どういう事か説明してもらうぞ」
「エッ……うん……」
戸惑いながらも、頷いたミーファはワノールの方に眼を向けた。医務室の扉に項垂れる様に両拳をぶつけ動かない。今、話をしてもきっと分かってもらえない、とミーファはティルを連れ、その場を離れた。