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第78回 馬鹿馬鹿しい

 いつしか炎は消えていた。

 焼け焦げた木々から黒煙が昇り、焦げ臭さが辺りを包んだ。

 対峙する二人。巨体のノーリンと小柄なウィンス。地面に突き刺さった牙狼丸を挟み向い合う二人の間に一陣の風が吹き抜ける。それが、開戦の合図だったかの様に二人が同時に地を蹴った。

 後塵が舞い、二人の距離が縮まる。両者の視線がぶつかり、互いに拳を突き出す。だが、身長差からウィンスの拳が届く直前にノーリンの拳が頬に減り込んだ。


「ぐふっ」


 血を吐き軽々と吹き飛ぶ。小柄な体は地面を乱暴に転がり、数十メートルの所で動きを止めた。口角が切れ血が滴れる。一滴、また一滴と零れた血液が、地面に落ちると乾いた土に滲み込んだ。

 体を起したウィンスを睨む。右手にまだ殴った感触が残り、拳に僅かに血が付着していた。その血を左手で拭い、鋭い眼差しを向けたまま口を開く。


「目は覚めたか?」

「ふざけるな……。俺の邪魔をするな!」


 立ち上がり地を駆ける。小さくため息を漏らすノーリンは、首を左右に振ると、


「まだ、目は覚めんか。ならば、目が覚めるまで何度でも殴ってやろう」


 硬く拳を握り締めると向って来るウィンスに向って真っ直ぐに突き出す。だが、ウィンスは素早く上半身を左へと反らし拳を避けると、そのままノーリンの右側面へと回り込み、右拳に風を集める。


「甘い!」


 野太い声がこだまし、ノーリンの上半身が沈む。そして、腕よりも太い脚が僅かに視界に入った。直後、踵が首の側面を捉え、上半身ごと力で弾き飛ばした。

 体が地面を抉り土煙が舞い上がる。何が起こったのかと考えるが、すぐに答えは出ず、暫く放心していた。


「うぐっ……。てめぇ……」

「まだ、動けるか……」

「全てをぶつける! 全ての風を!」


 口から流れた血を拭い、左手で右手首を握り、静かに息を吐く。突如風が吹き抜け、右手に風が圧縮される。

 吹き抜ける風に、顔を顰めるノーリンは、小さく息を吐くと緩やかに地を蹴る。すると、体がゆっくりと宙へと上がり、一歩踏み出す度に階段を上がる様に、空に上っていく。

 空は静かだった。風も無くただ蒼く澄み渡る空。今、地上で起きている事などに全く興味が無いと、言わんばかりの美しさ。その美しさにノーリンは不自然さを感じていた。誰かが今も空から地上を見据えている様な、不思議な感覚だ。


「汝は何を想う。汝は何を願う。汝は何を――……」


 声を濁し俯く。その視線の先にはウィンスの姿が映る。先程とは違い、真っ直ぐな目がノーリンに向っていた。二人の視線が混ざり合い、呼吸を合わせたかの様に同時に動き出す。地を蹴るウィンス。空を蹴るノーリン。

 風を足の裏に集め、勢い良く空に舞うウィンスは、真っ直ぐにノーリンに向う。ノーリンも腕を脇の下に構えると、ウィンスに向って急降下する。


「くらえェェェェェ!」


 風を纏った拳を突き出すと同時に、大きな手がその拳を包み込んだ。衝撃が肩を襲い、体に重々しい重圧が一挙に圧し掛かり、ウィンスの体は地上に一瞬にして叩き付けられた。地面が砕けウィンスの体が瓦礫に埋もれていた。


「ぐうっ……」

「まだやるつもりか?」


 少し離れた場所に立つノーリンが、ウィンスを見下ろす。左手からは赤い雫が数滴零れ、指先が軽く痙攣を起こしていた。

 瓦礫から起き上がったウィンスは、服に付いた細かな土を払い大きく息を吸い込むと、ノーリンの顔を真っ直ぐに見据え、拳を握り締めすぐに力を緩めた。


「ふ〜っ……。馬鹿馬鹿しいな……」


 ボソリと呟き、空を見上げたウィンスは、静かに笑う。ちっぽけな自分が可笑しくて――自分のしてきた事が馬鹿馬鹿しくて――涙が零れ落ちた。姉を傷つけてしまった事を後悔し、牙狼丸の力に呑み込まれた己の未熟さに怒りが沸々と込み上げる。

 目を閉じ涙を堪え、もう一度硬く拳を握った。爪が突き刺さり拳から血が零れる。


「クッ! 俺は……また……」

「正気に戻った様じゃな。全く、世話の焼ける奴じゃ」


 首の骨を鳴らし、ノーリンは小さくため息を吐いた。その目は穏やかな糸目へと戻っており、もう戦意は感じられない。二人の視線がぶつかるが、ウィンスはすぐに視線をそらした。


「悪かった……色々と。あんたには迷惑を掛けた」

「な〜に気にするな。ワシも好きで首を突っ込んでいるんじゃ。それに、約束じゃからな。ウヌの姉方との」

「そうか……。それで、姉さんは無事なのか?」


 視線を合わせそうとはせず、俯いたまま問う。その問いにノーリンは答えず、ただ真っ直ぐにウィンスを見据えた。

 沈黙が続き、静寂が支配する。穏やかな風が黒煙を揺らした。


「……どうなんだよ」


 沈黙に耐え切れずウィンスが急かす様に言葉を紡ぐ。


「おい。聞いてるのか?」

「ああ。聞いとるぞ」

「じゃあ、答えろ」

「断る。それは、自分の目で確かめる事だな」


 笑みを浮かべるノーリンに、「クッ」と小さく呻いた。鋭い眼差しが真っ直ぐにノーリンに向けられ、ノーリンもその目を真っ直ぐに見据える。

 また沈黙が続き、二人の睨み合いが続いた。だが、それを裂く様に上空から騒音が響き、巨大な影が二人を包んだ。


「な、何だ!」

「ようやく到着かのぅ……」

「到着って……」

「うわあああああっ!」


 叫び声と同時に地上に一人の青年が落下した。上空に浮かぶ真っ赤な飛行艇から落ちて来たモノと見て間違いないだろう。

 土埃と瓦礫を巻き上げたその人物は、「イタタタタッ」と声を上げながら立ち上がった。細身でウィンスよりも一回り大きく、ノーリンよりも一回り小さく見えるその肉体は、意外な程引き締まった筋肉で包まれていた。土にまみれた深く色鮮やかな蒼色の髪を揺らし、灰色の瞳がノーリンとウィンスを交互に見据え、


「……誰? あんたら?」


 首を傾げて問いかけた。

 右の眉を僅かに吊り上げたノーリンは、右手で頬を掻き、小さなため息を吐くと、穏やかな口調で聞く。


「お前こそ誰なんじゃ?」

「…………」


 質問に答えず、青年は真っ直ぐにノーリンの顔を見据える。その眼差しは真剣で、何故かノーリンの方が堪えきれず言葉を発した。


「な、なんじゃ。ワシの顔に何か付いとるのか?」

「巨体……起きているのか分からない程の糸目……右頬に三ツ星……白髪……って事は、あんたがノーリンだな。それから、チビ、お前がウィンスだろ?」

「ち、チビって、他にもっとあるだろ!」

「いや……。ティルがチビとだけしか……。あとは、ガキだとも言ってたかな? うん。すぐ分かった。説明が上手いな」


 無邪気に笑う青年を見据えるウィンスは、僅かに拳を震わせノーリンに尋ねた。


「俺は、アイツを殴っていいのか?」

「まぁ、良いんじゃないか? 一応、許可は取っといた方が良いかもしれんがな」

「へっ? 何々? 何の話? 俺も混ぜてくれよ〜。おおっと、忘れる所だった。俺はカシオ=ラナスってんだ。よろしくな。ちなみに、水呼族だぜ! 歳はこう見えて十九歳! もうすぐ二十歳になるけど、お酒は飲まないから誘うなよ。酔って溺れて死にたくないからな。って、水中で息できるから溺れないか! アハハハハッ」


 早口で話の内容の半分も聞き取れなかったウィンスとノーリンだが、取り敢えず一つだけ分かった事があった。彼は“馬鹿”なのだと。

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