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第76回 激突

 木々が揺れる。炎を纏って。

 風が吹く。火力を更に強める様に。

 火の粉が舞い、木々が弾ける音を起てて崩れる。倒れた大木を挟んで対峙する二つの影。

 燃え盛る深紅の髪が炎と同化する様に静かに揺れ、漆黒の瞳を炎が赤く照らす。唇が僅かに開き、息が静かにゆっくりと吐き出され、全てを吐き出すと口の端を緩め不適に笑う。その視線の先には大木の向こうに佇む、怒りに狂う少年の姿がハッキリと映っていた。

 握り締めた柄。震える拳。怒りに身を任せた結果がこれだ。体の節々が痛み、立っているのがやっとの状況。それでもウィンスは炎の向こうに映るカインを睨みつけていた。

 独特の民族衣装は周囲の炎によって所々が黒焦げ、肌も煤で黒く染まっている。両手で握る牙狼丸の切っ先がウィンスの呼吸する度に地面に触れる。

 眼光の鋭さは変わらないが、明らかに呼吸は乱れていた。喉が乾き意識が朦朧とする。酸素が頭まで回っていないのだ。周りの酸素は全て炎に食われ、ウィンスには全くと言う程酸素が与えられていなかった。

 呼吸一つ乱さないカインの目がふてぶてしくウィンスを見据え、ゆっくりと歩みを進める。足元に散ばった灰や炭はカインの体重で音も無く砕け散った。右手に持った高熱を帯びた青空天の刃が振り翳される。


「――邪魔だ」


 赤の閃光が真っ直ぐに落ちる。風を裂く鋭い音が、木々の燃える音の合間に僅かに聞こえた。二人の間に倒れていた大木が、火の粉を噴き切断され左右に舞い上がり、火の中へと消えていった。

 距離が縮まる。その距離、約十メートル。一瞬でも気を抜けば互いに致命傷を与える事の出来る距離。

 生唾をゴクリと呑む。幼さ残る顔には汗が滲み、頬を伝って大粒の雫を顎先から落とす。だが、その雫は地に落ちる前に消滅する。周囲の熱が水分を奪ったのだ。


「我、全ての風を操る者なり。今解き放つ。風よ全てを――」

「今更遅いって」

「――クッ!」


 間合いを詰めたカインが青空天を振るう。それにウィンスは牙狼丸をぶつけた。互いの刃がぶつかり合い、火花が散る。互いの力で刃が離れ、もう一度違う角度から刃を振るう。下段から切り上げられた牙狼丸。中段から横一閃に伸びる青空天。二つの刃がもう一度交差し激しく火花が迸る。


「ウグッ」

「甘いよ。燃え上がれ」


 一瞬視界が眩んだウィンスに向って、青空天が突如炎上する。それは牙狼丸を呑み込み、ウィンスへと襲い掛かった。


「黒鷲!」


 ワノールの声が響いたのは、炎がウィンスに直撃する寸前だった。

 小さな舌打ちと同時にその場を飛び退いたカインの目の前を黒の刃が通過する。その瞬間にカインの視線がワノールの方へと向けられた。

 鋭い眼差しに右目の眼帯、顔の傷。全てを見据えた時、カインの胸の奥で何かが鼓動を打った。


「ウグッ……。な、何だ……」


 突然の事に膝を落としたカインは、青空天で何とか体を支える。

 黒刀・烏を構えなおすワノールは、一旦ウィンスの方に視線を向けた。


「悪いが、そいつは俺の相手だ」

「ふざ……けるな!」


 地を蹴り、牙狼丸を振り翳す。


「お前の相手をしている余裕は無いんだ。悪いが少し退いていてくれ」

「なっ!」


 ウィンスが驚くのも無理が無い。ワノールは黒刀・烏を鞘にしまい、無防備な姿で立っていたのだ。


「なめるな!」

「なめては無い。ただ、お前の相手は俺じゃない」

「ざけ――グッ」


 牙狼丸の刃が振り下ろされるより先に、頭上から降りて来た巨体によって地面に押さえつけられた。


「グッ! 邪魔をするな!」

「悪いのぅ。ウヌの相手はワシがしてやろう」


 背中に座り頭を地面に押し付けるノーリンは、ワノールの方に目を向けた。ワノールもその視線に僅かに頷き、歩を進める。そして、二人の体が交わるその瞬間、僅かに唇が動く。


「すまん。知り合って日の浅いお前にこんな事をさせて」

「気にするな。ワシも約束を果たさねばならん。男は女子の想いをかなえてやらねばならぬ生物だからのぅ」

「フッ……。変わった奴だな。お前も」

「それはお互い様じゃがな」


 互いに皮肉を言い合い、微かに笑みを浮かべた。

 ワノールはそのままノーリンの横を通り過ぎ、腰の黒刀・烏の柄に右手を添え、カインの顔を真っ直ぐに見据える。その視線に臆したのか、一瞬表情を強張らしたカインはその場を飛び退き、青空天を構えなおす。

 一方、ウィンスを押さえつけるノーリンは、ワノールとカイン両者の戦いを邪魔しない為に、ウィンスの動きを拘束しつつ空へと舞う。この場を離れる事で、ワノールも本気でカインとやりあえると踏んだのだ。


「さて、ワシらはどうするかのぅ」

「うぐっ! 放せ!」

「うるさい奴じゃな」


 糸目を歪めノーリンがウィンスから手を放す。地上までの距離百メートル程。その高さから落下するウィンスは、バランスを整えると宙に浮くノーリンを睨む。

 火の海へと呑み込まれていく最中、突如炎が渦を巻く。ウィンスの足の裏に向ってとぐろを巻き吸い込まれていく。風が炎を呑み込み紅蓮の螺旋の玉を作り出す。

 遠ざかるウィンスの姿を見下ろすノーリンは拳を握り締めると、空を蹴り急速落下する。糸目を見開き両拳を脇に抱え込む形で、頭から突っ込むノーリンはその視界に牙狼丸を構えるウィンスの姿を捕捉した。


「クッ! 止まれん……」

「裂け! 牙狼丸!」


 足の裏に集められた螺旋の玉が破裂音を轟かせウィンスの体を押し上げる。ノーリンとウィンスの距離が縮まり、振り上げられた牙狼丸の刃が空を裂きノーリンの頭に向って振り下ろされる。表情を歪めるノーリンは無理矢理体を捻ると、勢いそのままに僅かに軌道を修正した。

 刃が空を切り、ウィンスの横をノーリンの体が通り過ぎる。スピードを落とす事の出来ないノーリンは地上に激しく激突し、ウィンスも風を上手く集める事が出来ず地上に落ちた。


「ウッ……クッ」


 体を起したウィンスは辺りを見回す。カインと大分離れた所に落とされたと気付いたのか、小さく舌打ちをして地に触れる。周囲の炎など全く気にしておらず、自らの体を風に包み込む。風は周囲の炎を更に強め、高々と火の粉を飛ばした。


「ワシなど眼中に無い……と、言うわけか?」


 足音と共に聞こえた野太く低い声がウィンスの動きを止めた。顔を上げその人物を睨む。地上に頭から突っ込んだはずのその人物は、傷一つ無い姿でウィンスの目の前に居た。


「驚いている様じゃな」

「……クッ!」


 険しい表情を浮かべたウィンスは地を蹴ると、牙狼丸の切っ先で地面を抉りながらノーリンへと向っていく。土埃が舞い、刃が揺れる。地面にひかれた線は歪んでいるが、刃はノーリンに向って切り上げられた。

 少量の砂と土埃を舞い上がらせ切り上げられた牙狼丸の切っ先が、ノーリンに触れるその瞬間、ピタリと動きを止める。


「――ッ!」


 眉間にシワを寄せたウィンスは柄を握る手に更に力を込めた。だが、牙狼丸は動く事も無くノーリンの拳がウィンスの顔に飛んできた。


「うぐっ」


 拳が頬を直撃し、ウィンスの手が柄から離れた。体はそのまま地を転がり、ウィンスはうつ伏せに倒れる。


「今のウヌに武器など不要」

「黙れ黙れ黙れ! 牙狼丸を返せ!」

「返して欲しければ、力付くで取り返して見せろ」


 ノーリンは右手に持っていた牙狼丸の刃をそのまま地面に突き立てた。

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