第68回 予言書
フォースト城から飛び立った真っ赤な飛行艇は、現在海の上を飛行していた。
何処までも広がる蒼い海。波は穏やかで、ゆったりとして見える。
空も青く澄み渡り、所々に雲が浮かぶ。静かで穏やかな風を、飛行艇の二つの長い翼が勢い良く裂き、轟音を響かせる。だが、その騒音は飛行艇の内部には響かなかった。その為、未だティル達の居る部屋は静まり返っていた。
食事も終え、四人は椅子に座ったまま沈黙を守る。ティルは腰にぶら下げていた天翔姫をテーブルに置き、白い表面に描かれた赤い妙な模様を目でなぞっていた。バルドは持っていた壊れた弓の修理を行っている。カシオは飛行艇に乗ってから元気が無い。見た所軽く酔ってしまった様だ。そして、ブラストは三人の行動を、腕組みをしながら見据えていた。
「そろそろ、話したらどうだ?」
長く続いた沈黙を破ったティルは、天翔姫の上に右手を置いたままブラストを横目で睨んだ。落ち着いた態度のブラストは、テーブルに肘をついたまま、顔の前で手を組む。それから、ティル・バルド・カシオの順に顔を見ると、一度目を伏せゆっくりとした口調で言う。
「全員揃ってから話そうと思ったが、そうも言ってられん状況みたいだな……」
「全員?」
不思議そうな表情をするティル。他の二人も同じだった。ここに居るメンバーの他にも誰かを呼んでいるとでも言うのだろうか。そんな感じの表情で三人はブラストの顔を見た。眉間にシワを寄せるバルドは、直感で何かを察知したのか、静かに椅子から立ち上がり、ティル達三人に背を向ける。
「悪いが……俺には関係ない話だ。これ以上、貴様に命令される気は無い」
静かに冷たい口調のバルドは、ゆっくりと部屋の扉の方へと足を進める。落ち着いた様子のブラストは、組んだ手の親指に下唇を乗せると、目を閉じ眉間にシワを寄せ口を開く。
「別に強制はしない。話だけでも聞いていけ」
「強制はしないのだな……。なら、話を聞くまでも無い」
ドアノブを回し、バルドは部屋の外へと出て行った。後を追う気配も無ければ、引き止める気配も無いブラストに、聊か違和感を感じるティルは、難しい表情をしたままブラストを睨んでいた。
鋭いティルの眼差しに、ブラストは穏やかな視線を送る。だが、その瞳の奥からは、ティルを威圧する様なオーラを放っていた。その為、ティルの手の平は薄らと汗ばんだ。
「バルドが抜けたが、お前達も話を聞いて抜けたくなったら、抜けても構わない」
「わかった。一応、話だけは聞こう」
額から薄らと汗を流すティルは、強気な姿勢を崩さなかった。カシオも返事はしないものの、首を激しく上下に振っている。一応、ブラストの話を理解したようだ。酔っている為、話半分で聞いている様だが、良く理解できたと、ブラストも感心する様に軽く頷いた。
「まずは、これから向う場所について話す」
ブラストが真剣な眼差しを二人の方に向け、いつもより引き締まった口調で言い放った。
「俺達は、現在北の大陸グラスターへ向っている。そこで、グラスターの現国王、フレイスト=レガイアと合流する」
「合流? 何の為にだ?」
当然のティルの質問に、ブラストは軽く頷き、静かに口を開く。
「近々、大きな戦いがある。このクロスワールドの命運を懸けた大きな戦いが――。その戦いで多くの血が流れる可能性もある。だからこそ、それを阻止すべく為、グラスター王国のフレイスト国王の力を借りたいのだ」
あまりにも真剣なブラストの顔に、ティルもその話が本当などだと悟った。そして、ブラストの口振りから、その戦いを未然に阻止する事が出来ると、言う事も分かった。
「話はオオヨソ分かったが、何故大きな戦いがあると言い切れる?」
「お前も知っているだろうが、現在のフォースト城のある場所と首都ブルドライは、古代文明の跡地に作られたモノだ。そして、その古代文明は五百年前のあの戦いで全て滅んだ事」
「まぁ、それは以前にも聞いたが、それとこれとでは、話が別だろ?」
怪訝そうな目を向けるティルに、ブラストは軽く首を左右に振り答えた。
「そうでも無いんだ。その古代文明を作ったのは、当時の天賦族。しかも、フォースト王国の初代国王だ。君臨する国王の中で唯一天賦の純血にして、技術開発の天才と呼ばれた頭脳派の国王だ」
「……お前に何処と無く似てるな。技術開発の天才と言う所は……」
「馬鹿を言え。あの方が開発したものに比べれば、俺の開発したものは玩具に過ぎん」
首を左右に振りながら笑みを零すブラスト。それほど、五百年前の文明が凄かったのだ。確かに、今ティル達の乗っている飛行艇も、元は古代文明の跡地から発見された設計図を参考に開発されたもので、それに内蔵される機器の殆どが、古代文明跡地から発見されたものなのだ。他にもワープ装置の部品や設計図も見つかり、現在広まっているものの殆どが古代文明の残り物の様なモノばかりだった。
少しだけ落ち込んでいる様に見えるブラストだったが、それからすぐに真剣な表情に戻り、ティルの方を見る。
「まぁ、そんな事はどうでも良い。実は、先月城の地下で発見されたモノに、この五百年後の事が書かれた書物があってな。どうも、その書物に書かれている事は全て、当時の時見族が見た未来らしいんだ」
「時見族か……。しかし、本当にその書物に書かれている事通りに進むと思っているのか?」
「さぁな」
「さぁなって……。大丈夫なのか? そんなのを簡単に信用しても」
不満そうなティルに、ブラストは僅かに笑みを浮かべ、静かに答える。
「書物通りなら、もうすぐ俺達の飛行艇は魔獣達に襲われる。これなら、信用しても大丈夫だろ?」
落ち着いているブラストに、半笑いを浮かべるティルは、呆れていた。しかし、この飛行艇が魔獣に襲われれば、その書物の予言は当った事になる。だが、ティルには分かっていた。きっとその書物の予言は当ると。時見族のミーファと、短い間とは言え一緒に旅をしたのだ、時見族の力の凄さは知っていた。その為、天翔姫を腰にぶら下げ、静かに椅子から立ち上がる。
「ま……まさか……お前も抜けるのか?」
気持ち悪そうにしているカシオが、立ち上がったティルの顔を見上げる。ブラストの方も気になるのか、ティルの方へと顔を向けていた。
「安心しろ。俺はその予言を信じている。もうすぐ魔獣が来るなら、俺はそれを迎え撃つ」
「そうか……。安心したよ。お前まで抜けては、話にならんからな」
「何だ? ブラスト。やけに弱気だな。まさか、その書物に書かれている事を全て信じているのか?」
薄らと口元に笑みを浮かべるティルは、ブラストを馬鹿にする様な視線を送る。両肩を軽くあげたブラストは、「さぁな」と小さな声で呟き、口元に薄らと笑みを見せた。そんな二人のやり取りを、俯きながら聞いていたカシオは、篭った声で呟く。
「仲が……良いんだな」
だが、その声はティルとブラストには聞こえておらず、ティルはそのまま部屋を後にした。部屋に残ったブラストは、静かに吐息を吐くと、いつに無く真剣な表情で窓の外を見る。いつもと変らない、静かな空を――。