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第64回 夜空の星

 東の大陸フォーストに聳えるリバール山脈にある小さな村。

 その近くの茂みにカシオはいた。

 ボロボロの服装。

 変色した凝血が無数、体に付着していた。

 異臭を漂わせるその体は、既に死んでいるのではないかと思わせる程だ。だが、微かに息があり、胸が小さく上下に動く。首からは、割れたゴーグルを掛けている。

 弱々しく瞼を開く。薄らと視界へと差し込む日差しは眩しく輝いて見える。あれから一週間。飲まず食わずで何とか生きながらえていた。傷が痛む。体中アチコチ痛む。だが、一番痛むのは胸の奥だった。

 そして、考える事はセラの事だ。セラは無事だろうかと思い、セラの顔を思い出す。あの笑顔が、二度と見られなくなるんじゃないとか、思うと悲しくなった。自分の傷の痛みよりも、セラを失う事の方が辛く苦しい事だと、カシオは思う。だが、すぐに瞼が重くなり、ゆっくりと視界が暗くなった。



「あいつは……まだ、動かないのか?」


 あの村から少し遠ざかった所にある清めの泉ので、焚き火を見据えるバルドが静かにそう問う。訝しげな表情を見せるティルは、焚き火の前に腰を下ろすとため息混じりに答える。


「ああ。全く動く気配が無い」

「これから……どうするつもりだ?」


 薪を焚き火の中へと放り込みながら、バルドは尋ねる。揺れる焚き火を見据えるティルは、鼻から静かに息を出すと、遠くを見据える様な目をして答える。


「さぁな……。どうするかな……」


 ボンヤリとした声のティルに、バルドは眉間にシワを寄せる。しかし、すぐに表情を変えると、焚き火へと目を落とす。静寂が辺りを包み、鳥たちの囀りだけが響き渡る。揺れる焚き火は、時折火の粉を舞い上げた。その火の粉は、風に吹かれてすぐに消えるが、何度も何度も舞い上がる。

 それから、日は沈み夜となる。多くの星が夜空に煌く。冷たい夜風が吹く中、ティルが静かに立ち上がる。昼間とって来た小動物の肉を焼くバルドは、立ち上がったティルの顔を見た。


「どうか……したのか?」

「カシオの様子を見てくる。あと、セラの方も覗いてくる」

「セラ……あの娘か? 何故、見に行く必要がある?」

「もとを辿れば、俺達がセラを怪我させた様なモノだ。責任は取らねばならんだろ?」


 困った様な申し訳無さそうな表情を見せるティルの言葉に、「そうか……」と答えたバルドは、静かに視線を落とした。バルドも自分なりに責任を感じているのだろう。その後、口を開く事は無かった。

 静かな森の中を進むティルは、カシオの姿が見える所で足を止める。昼間と同じ所で、同じ様な形のまま横たわり動いた形跡は無い。呆れた様なため息を漏らすティルは、遠回りをして、セラの家の裏へと移動した。

 部屋には薄らと明かりが点いている。セラは起きている様だが、とても静かだ。辺りを警戒するティルは、こっそりと窓から中を覗く。人の気配は無い。セラは二階の自室に居る様だ。その為、ティルは窓を静かに開けると、中へと不法侵入する。そして、足音もたてず階段を上がった。

 二階まで上がったティルは、ふと足を止め思う。『これは、犯罪じゃないか?』と。しかし、ここまで来て引き返すのもなんだった為、足をゆっくりと進める。そして、手前の部屋の前で足を止め、そっと戸をあけた。そこには、セラがいた。着替え中の――。セラと目が合い、変な間が空く。


「……」

「……」


 手で胸を隠すセラは、徐々に顔が真っ赤になる。今の状況を悟ったのだろう。だが、悲鳴は上げない。近所の人が集まらない様にセラが気を使ったのだろう。

 一方のティルも、ようやく事の重大さに気付き、「す、すまん!」と、赤面しながら戸を閉めた。女性の裸を見たのは、幼い頃以来だろう。女性と言っても、妹エリスの裸だ。なんとも思うはずも無い。だが、今回は心拍数が上がり、ドクドクと鼓動が早まる。耳まで真っ赤にするティルは、戸の前に座り込み恥ずかしさに俯く。


「あの……ティルさん。まだ居ますか?」


 戸の向こうからセラの声がする。その声に俯いたままのティルが、少しだけ震えた声で返事を返す。


「ま、まだ居るが……その……すまなかった」

「いえ……。気にしないで下さい。見られて……減る物じゃないですから……」

「そ、そう言う……問題ではないのだが……」


 未だ頬の赤いティルは、困った表情をし、鼻の頭を掻く。そんなティルに、セラの声が戸のすぐ傍から聞こえる。


「カシオさんは……無事ですか?」

「アイツは……無事だ。だが……」


 ティルはセラに全てを話した。あの日以来、カシオが飲まず食わずでいる事。その場から動かない事。村の人達に石をぶつけられた事。何もかもを話した。戸の向こうは静かで、セラは沈黙を守ったまま話を聞いている。だが、話が終わる頃、ティルは気付いた。セラが啜り泣きしている事に――。


「どうかしたのか?」

「い…いえ……。私のせいで……」

「セラのせいじゃない。俺達の方こそ、君を巻き込んでしまった。本当にすまない」


 奥歯を噛み締め謝るティルは、悔しそうに拳を床に押し付ける。少しだけ間が空く。静寂に、耳を澄ませば聞こえてくる。虫の声。静かで清らかなその声をバックに、セラが静かに口を開く。


「……ティルさん。謝らないで下さい。ティルさんに謝られると、私はどうしたら良いんですか? 私がした事は間違っていたんですか?」


 少しだけ震えた声。目を伏せるティルは、目を開き立ち上がると、ドアノブを握る。そして、一呼吸置き、戸の向こうのセラに言う。


「間違っていたとは言わない……。だが、俺達は君に迷惑しか――」

「私は一度だって迷惑だなんて思った事はありませんよ」


 ティルの言葉を遮る様にセラの声が聞こえた。押し黙るティルは、これ以上迷惑は掛けられないと、思ったが、最後にセラに頼む。カシオの事を――。


「奴をお願いしてもいいか?」

「行ってしまうのですか?」

「俺はやらねばならぬ事がある。北にいる友を、これ以上待たせる訳にはいかないんだ」

「わかりました。私で良ければいつまででも面倒見てあげます」

「すまない……」


 最後にティルは小さな声で謝った。その声に、セラは少し悲しげな表情を見せた後、ニコリと笑みを浮かべて、戸の向こうのティルに言う。


「頑張ってください」


 と。

 ドアノブから手を放し、戸に背を向けるティルは、その言葉を背に受け静かに部屋の前を後にした。床の軋む音が遠ざかっていくのに、セラはティルが部屋の前からいなくなったのを悟る。そして、窓から外を眺め、静かに夜空を見上げた。


 大分更新が遅れてしまい、申し訳ありません。

 時間は掛かると思いますが、きっちりと更新していきたいと思います。

 これからも、よろしくお願いします。

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