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第62回 怒りと憎しみ

 岩の上で空を見上げるウィンスの耳に聞きなれたセフィーの声が聞こえた。


「ウィンス! お、お爺様が!」


 ウィンスはセフィーに告げられた。族長が何者かに襲われた事、そして風魔の玉が盗まれた事。その話を聞くなり、ウィンスは走り出した。族長の屋敷へ。セフィーの脳裏に不安が過る。また、ウィンスが何かしでかしてしまうのではないかと。そんな考えを過らせながら、ウィンスの後を追った。

 族長の部屋の前には多くの人が集まっていた。既に村中の人々に族長が襲われた事は伝わっていたのだ。ウィンスより少し遅れてそこに辿り着いたセフィーは、人混みを掻き分け前へと進む。その時、ウィンスの怒声が響いた。


「おい! い、医者なら、族長を何とかしろよ!」


 時々震える声。それは、今にも泣き出してしまいそうな声だった。人混みの中から姿を見せるセフィーは、医者に掴みかかるウィンスを見て涙を目に溜める。既にウィンスの目からは涙がこぼれ、医者を掴む手は震えていた。


「た…頼むよ……。い、医者なら……族長の――爺ちゃんの命を救ってくれよ!」


 ウィンス本人も知っているはずだった。もう族長は助からない――と。それでも、追い縋る様に医者に言葉を投げかける。両親と早くに他界し、そして祖父である族長とも、早すぎる別れ。それは十四のウィンスにとっては酷だった。

 涙を流し、医者の白衣から手がするりと落ちる。その場に泣き崩れるウィンスは、身を微かに震わす。


「……ウィンス」


 小さく呟くセフィーは、ウィンスの方に二歩、三歩足を進める。だが、その瞬間ウィンスが静かに顔を上げ、怒りの表情を微かにうかがわせた。そして、セフィーには聞こえた。ウィンスが微かに言った言葉、「殺してやる」の一言が。

 一瞬、その声にゾッとしたセフィーは、体が動かずウィンスに言葉を掛ける事も出来なかった。気付いた時にはウィンスが右手に牙狼丸を握り、セフィーの横を素通りする。その時、一瞬だけ見えた表情は怖く、足がすくんでしまう程だった。

 その為、誰も出て行くウィンスを止める事は無く、自然と道を開けていた。誰もが恐れていたのだ。ウィンスの事を。



 家の外へと出てきたウィンスは、静かに座り込み左手を地面に付ける。呼吸を整え、ゆっくりと瞼を閉じ、肌に風を感じ葉音に耳を澄ませる。神経を研ぎ澄ませるウィンスは、風の乱れを感じ取った。そして、それが風魔の玉のある場所であり、族長を殺した奴のいる所だ。

 怒りに奥歯を噛み締めるウィンスは、力一杯地を蹴り、風の乱れを追った。

 足の裏に集めた風が、地に触れ爆発する。その度、小さな爆音が轟き、地面が砕けた。風がウィンスの顔を伝う。短髪の黒髪は逆立ち風で微かに揺らぐ。


「……やる。……してやる。殺してやる!」


 そんな言葉を口走るウィンスの顔は恐ろしく、怒りで完全に我を忘れていた。眉間に寄ったシワに、目付きは鋭く、息遣いは荒い。噛み締めた歯の間から漏れる吐息に、荒々しい声が混ざる。

 その時、ウィンスの視界に見覚えのある一人の男の姿が入った。それは、忘れようにも忘れられない男の姿だった。薄汚い白衣とボサボサの白髪。ずれ落ちそうな眼鏡に、気色悪い顔つきの男だ。

 そいつの目の前へと着地するウィンスは、男の右手に持った風魔の玉を見据え静かに呟いた。


「お前が……殺した……。お前が……族長を!」


 おぞましい表情をし、ウィンスはそう叫ぶ。そのウィンスの表情を目の当たりにする白衣の男は、気色悪く笑みを浮かべると、靴の踵を軽くカツカツと二度鳴らし、ずれ落ちそうな眼鏡をゆっくりと掛け直す。


「誰かと思えば、あなたですか? 風牙族の――」

「殺してやる! 殺してやる! 殺してやる!」


 怒りを吐き出す様にそう言い退けるウィンスは、勢いよく地を蹴る。左手に持った牙狼丸を、腰の位置に構えるウィンスは、左手親指で鍔を弾き、鉄の擦れる音を僅かに響かせながら右手で牙狼丸を抜く。牙狼丸が鞘から抜ける瞬間、微かに火花が散りウィンスの顔の前ではじけた。


「オヤオヤ。随分と頭に血が昇ってますね」

「黙れ! 黙れ黙れ!」


 不気味な笑みを浮かべる白衣の男に鋭く牙狼丸を振り抜く。鮮やかな閃光を横一線に引く。白衣の男はそれを軽快にかわした。牙狼丸の切っ先だけが、白衣の男の白髪を掠めただけだ。ハラハラと宙を舞う白毛を挟み、睨み合う。

 不適に笑う白衣の男は、左手を白衣の下へと潜らせると、注射針を指に挟み取り出す。先端が一瞬煌き、白衣の男が左腕を振る。白衣の男の左手から放たれた注射針を、ウィンスは牙狼丸で弾く。


「これで……これで、族長を!」


 怒りに拳を震わせる。


「怒ってしまいましたか?」

「ウアアアアッ!」


 もう言葉にならない奇声を発するウィンスは、目尻から薄らと涙を零しながら牙狼丸を振り抜く。怒りに任せ無我夢中で牙狼丸を振り回すが、刃は一度たりとも白衣の男を捉える事は無かった。

 何度も空を斬る牙狼丸は、虚しく風音だけを微かに鳴らす。緩やかな風だけが、白衣の男の体にぶつかり、薄汚い白衣の裾が微かに揺れる。

 次第に苛立つウィンスは、更に力を込め、牙狼丸を振り抜く。だが、白衣の男に刃は届かない。届きそうで届かぬ距離――。それは、頭に血の昇ったウィンスにとってとても長い距離の様な錯覚を与えていた。


「フー…フー……」


 奥歯を噛み締め肩で息をするウィンス。既に体中ボロボロで、いたる所から血が滲み、体力を削っていく。ジワジワと削られる体力は、目には見えないが、確実にウィンスの体を蝕んでいた。


「ウガアアアッ!」


 しかし、怒りで我を見失っているウィンスは、その事に気付くはずは無く、右足を踏み込み力一杯牙狼丸を振り抜く。これが、白衣の男に届かぬとも知らず――。


「――!」


 ウィンスは驚愕する。踏み込んだ右足に力が入らず、体を支える事が出来ず地に崩れ落ちたのだ。それに連鎖する様に、右肩から激しく地面に倒れ、右頬を地に打ち付けた。


「――うぐっ!」


 もう体を支える力は無かった。頭では分かっていた。倒れると。だが、腕が言う事を効かず、肩から地面に倒れてしまった。

 全身に力が入らない。体が重く、両足が僅かに痙攣している。それでも、ウィンスは顔を上げ、白衣の男を睨んだ。


「ふぐーっ……ふぐーっ……」

「そんな怖い顔をして……。良いですよ。その怒りに満ち溢れた眼は。ですが、私も遊んでいる程暇じゃないのでね。そろそろ御暇おいとまさせていただきますよ」


 不適に笑う白衣の男は、ウィンスを相手にせず背を向け歩き出す。奥歯を噛み締めるウィンスは、立ち上がろうと試みるが、手も足も全く動かなかった。


「くっ! 待て! 俺と――俺と戦え!」


 そんなウィンスの叫び声だけが、森の中にこだました。

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