第54回 砕かれた心
轟く銃声。
飛び散る血。
音が一瞬消え、瞬時に鳥達の羽音が聞こえる。
カシオの目の前には、大手を広げたセラの姿。咄嗟にかばってくれたのだろう。
だが、至近距離であの弾丸をくらったセラの体は、吹き飛びカシオの頭の上を越え、地面を激しく転げる。体には傷が多く出来、血が止め処なく流れていた。ピクリとも動かず、うつ伏せに倒れたまま、血だけが地面に広がる。
「邪魔が入ったが、次は当てる」
弾を詰め直し、もう一度銃口をカシオの方に向けた。セラの方へと顔を向けているカシオは、肩を僅かに震わせる。
怒り、自分の不甲斐無さに唇を噛み締める。歯が食い込み血が薄らと流れ、顎から地面へと雫となり落ちた。
「グライブ!」
怒りの篭った声を響かせるカシオは、グライブの方へと顔を向けた。すると、カシオの額に銃口が当る。
見上げるカシオと見下ろすグライブ。二人の視線がぶつかり合い、火花を散らす。
「今度こそ、さよならだ。カシオ=ラナス」
引き金にゆっくりと人差し指が掛かる。
銃声が静けさを破り響き渡った。地面にグライブの持っていた銃が落ち、ゴトンと音が鳴る。
「グッ……」
「チッ! 遅かったか」
「誰だお前!」
声のした方に顔を向けるグライブ。そこには、右手に銃を持ったティルの姿があった。
右手から血を流すグライブは、左手で右手を押さえる。血が雫となり地に点々と落ちた。
その時、辺りに悲鳴が響いた。
「キャアアアアッ! せ、セラアアアアアッ!」
その悲鳴で、ティルとカシオが視線をセラの方へと向ける。そこに、一人の女性の姿があった。血を流すセラの姿を見て悲鳴を上げたのだろう。その上、明らかにティルの方を指差し、体を震わせる。そんな女性と目が合う。そして、さらに悲鳴を上げる。
「キャアアアアッ!」
悲鳴を聞きつけ、人が集まる。その時には、グライブの姿は無かった。完全に濡れ衣を着せられたのだ。集まった人々に囲まれ、身動きが取れなくなる。大人しく、ティルは天翔姫をボックスに戻し、カシオに肩を貸す。
「この村から出て行け!」
一人の若者が、二人に向けて小石を投げる。
「ぐっ!」
鈍い音と共に、ティルの奥歯を噛み締めたそんな声が微かに聞こえた。鋭く尖った小石が額に直撃したのだ。額は微かに切れ、血が静かに流れ出す。左手で額に触れたティルは、その手に付いた血を見て、若者を睨み付けた。
その眼にたじろぐ若者は、二・三歩後退り、人混みの中へと姿を消す。それだけ、ティルの眼が怖かったのだ。だが、その若者に続けと言わんばかりに、周囲に集まった人々は、小石を拾いティルとカシオに向って投げつける。
「グッ!」
「ウクッ……」
手で顔を庇う二人だが、小石は確実に二人に命中していた。肩・膝・肘・頭・背中……。全ての箇所に直撃し、血が薄らと衣服の下から染み出ていた。天翔姫で防ごうと思えば、防ぐ事も出来る。だが、それをカシオが拒んだ。『村の人達の気が晴れるなら』と。だから、ティルは天翔姫を使わず、村人の投げる石を体に受けた。
「村から出て行け!」
「助けてもらった恩を仇で返しやがって!」
村の人達の声が二人の耳に届く。その度、胸が痛んだ。全身の痛みよりも何十倍も――。
やがて、人が減っていく。一人……また一人……と。
最終的に血を流すティルとカシオだけが残され、セラの家に置いてあった荷物が無残な形で投げ出されていた。
「だい……じょうぶか?」
所々に血塊が見えるティルの顔。全身傷だらけで、茶色のコートは何処もかしこも、血の色に染まっていた。服もズボンも微かに破け、傷口がそこから薄ら見える。腕・足など各所が地腫れし、立つのも一苦労だった。
「うっ……ううっ……。ごめん……」
右腕を顔の上に置き、両目を隠す。微かにだが目尻から涙が流れ血と混ざり合う。その涙にカシオの気持ちを悟るティルは、静かに息を吐き出し、暫く何も言わずにその場を離れた。離れたと、言っても五メートル程。そこにある木の根に腰を下ろす。
風が二人の間を流れ、数枚の落ち葉が地面を転がる。地面には血痕がいくつか残り、落ち葉がその血痕に付着し塊を成す。だが、それも強く冷たい風に吹き飛ばされ、また一枚一枚に散った逝く。
冷たい風は外傷に響き、全身に激しい痛みを与える。激痛に言葉を発する事も出来ず、唸り声だけが辺りにこだまする。そんな二人の前に姿を現すバルドは、散乱している荷物をまとめだす。
「どうだった?」
傷の痛みに耐えながら、ティルがそう聞く。すると、バルドは首を横に振り答える。
「見失った」
「そうか……」
歯を食い縛り息を吸い込み、静かに腰を上げる。そして、仰向けになったままのカシオに声を掛ける。
「そろそろ行くぞ」
何も聞かず、そう言い右手を差し出す。右腕で顔を隠したままのカシオは、全く動こうとしない。相当ショックだったのだろう。動かないカシオに、バルドはゆっくり歩み寄った。そして、ナイフを首筋に伸ばす。
「今すぐ立て!」
「止めろ! バルド」
「お前は黙ってろ!」
止め様としたティルに怒鳴り散らし、ナイフを持つ手に力を込める。痛みに表情を歪めるティルは、バルドの手を弾き力強く言い放つ。
「止めろ! 今は……」
手を弾かれたバルドは、ナイフを空穂にしまい、静かに立ち上がる。背を向けるバルドは、空穂を背負い、歩き出した。
「何処へ行く?」
バルドの背中にそう呼びかける。すると、背を向けたままバルドは答える。
「こんな所でジッとしている程暇じゃない」
それだけ言い、バルドは足を進める。バルドの背中を見据えるティルは、右手で地面を殴った。激痛が全身に伝わり、ティルは地面に額を付け痛みを耐える。
朝が来て……また、夜が来る。カシオはその間動く事は無かった。ティルは、大分傷が塞がり、瘡蓋が体のあちこちに出来ていた。額の瘡蓋をティルは一日に何度も触っている。痕が残らないか心配だったのだ。
あれから、ここに人が来る事は無い。その為、ティル達は、石をぶつけられずに済んでいた。立ち上がったティルは、カシオの方へと顔を向け、静かに声を掛ける。
「おい。そろそろ、行くぞ」
「……」
何も答えない。流石に、ティルも声を張り上げる。
「いい加減にしろ! いつまでも落ち込んでる場合じゃないだろ!」
「……」
それでも、返答は無い。ため息を漏らすティルは、カシオの襟首を掴み無理矢理立たせる。すると、カシオがそのティルの手を払い除け怒声を響かす。
「やめろ! もう、俺に構うな!」
手を払い除けられ、後方へと後退る。そして、静かに二人が対峙する。僅かに膝の震えるカシオ。まだ体は調子が良くなっていない様だった。それでも、力強く仁王立ちし、ティルの眼を真っ直ぐに睨む。灰色の瞳が涙に潤んでいる。
その眼を真っ直ぐに見据えるティルは、静かに眼を伏せカシオに背を向けた。カシオにここから動く意志が無いと悟ったのだ。
自分の荷物だけをまとめ、鞄を背負う。そして、静かに「お前の意思がその程度だったとはな」と、カシオに聞こえる程の声で言い、歩きだした。




