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第53回 刺客

 セラの家に居候となり、既に一月あまりが経過しようとしていた。

 結局、ギファー山脈の火災は、ただの山火事だったと、ブラストの使いが来て教えてくれた。炎血族などギファー山脈には存在していなかったのだ。

 流石にティルも呆れるしかなく、バルドにいたっては怒りを全身から滲み出していた。カシオの方は、まだ体が本調子では無い為、文句を言う元気すらなかった様だ。

 ティルとバルドの二人は既に傷が完治し、いつでもこの村を出て行けるが、カシオは一月経ってもまだ動く事すらままなら無い状況だった。その為、ティルとバルドの二人もこの村にとどまっているのだ。


「セラ。俺とバルドで狩りに出掛けてくるが、何か森で採ってくるものとかあるか?」


 セラの家の玄関先で、ティルが叫ぶ。狩りに行くのは、居候させてもらっているからだ。バルドは双牙の調整の為に、狩りを手伝っているらしく、ティルとしても結構頼りにしていた。

 二階から降りてくるセラは、エプロンを脱ぎティルの方に笑みを見せる。


「いつも、ありがとう。でも、無理はしないでね」


 一月も一緒にいたため、セラも大分口調が和らいでいた。その方が、ティルとしても対応し易い。


「あぁ。大丈夫だ。無理はしないさ」

「本当に? 心配ですよ」

「そんなに心配する事無いさ。それより、カシオの事よろしくな」

「はい。任せてください」


 ニコッと微笑むセラに、軽く頭を下げたティルは家を出た。家の前の大木の枝に座るバルドが、静かに地に降り立つ。そして、静かにティルの前を歩く。何も言わないバルドに苦笑し、ため息を漏らし静かに後を追った。

 基本獲物を探すのはバルドの仕事で、しとめるのはティルの仕事だ。しとめると言っても、止めを刺すのが仕事であって、結局追い込むのは二人でやるのだ。


「今日は、どうするんだ?」

「……獲物は捕らえてある」

「はぁ?」


 バルドの言葉の意味を理解できず、怪訝そうな表情を見せるティルに、背を向けたまま口を開く。


「昨日、罠を仕掛けた。上手く行ってれば、数匹は罠に掛かっている……はずだ」

「はずだろ? そんな上手く行くとは思えんがな」


 腕を組みながらそう呟くティルは、失笑し首を左右に振る。前方を歩くバルドは、そのティルの行動を見る事は出来ないが、眉間にシワを寄せ不機嫌そうな表情を浮かべていた。移動する間、沈黙が続き険悪なムードが漂う。

 足音だけが森の中に聞こえる。テンポよくティルとバルドの足音が混ざり合い、その合間に妙な足音が聞こえた。小動物の足音か、魔獣の足音か、全く分からない。だが、殺気が無い為ティルもバルドも気にはしていなかった。

 そして、足音が消えると同時に、ティルとバルドも足を止める。静かに体をティルの方に向けたバルドは、眉間にシワを寄せ渋い表情をしていた。それは、ティルも同じだった。


「どうする? 殺気はなかったが……」


 真剣な表情のティルに、バルドは小さく頷く。それは、ティルの意見に同意したと言う意味だ。


「戻るぞ」

「ああ……」


 ティルとバルドは静かに地を駆けた。村に向って。



 セラの家の二階。寝室のベッドに横になるカシオは、上半身を起し、ベッドから足を下ろす。両足の裏に床の冷たさが伝わる。まだ足に力が入らないカシオは、表情を僅かに引き攣らせた。徐々に調子は良くなっているが、体はまだまだ調子は戻っていない。それ程までに体を酷使してしまったのだ。

 立ち上がろうと両足に力を入れ、腰を静かに上げる。だが、膝から力が抜け、床へと倒れこむ。激しく体を打ちつけ、「うぐっ」と、短音で苦しそうな声が吐き出された。

 その音に階段を駆け上る足音が聞こえ、戸の向こうにセラの姿が現れる。


「な、何やってるんですか!」


 その声に、カシオが引き攣った笑みを浮かべながら答える。


「いや……。立てるかなって……」

「駄目ですよ! まだ、動ける体じゃないんですから!」

「そ、そういわれても……」

「ほら、ベッドに戻ってください」


 カシオの方まで歩いてきたセラは、カシオの体を重そうに起すと、ベッドへと移動させた。ベッドに戻されたカシオは、不服そうな表情を浮かべ、それから落ち込んだ様にため息を漏らす。

 そんな落ち込むカシオを見かねたセラは、部屋を出る。そして、松葉杖を持って部屋へと戻ってくる。


「これ、使ってください。散歩に行きましょう」

「散歩って……。今から?」

「はい。歩きたいんですよね?」


 笑顔のセラにそう言われ、カシオも「そうだよ」と、答えるしかなかった。そして、カシオはセラと家の外を散歩していた。松葉杖をつき、ゆっくりと足を進めるカシオは、横に付き添うセラに、困った表情を浮かべる。


「あの……。何で着いて来るんだ?」

「ティルさんから、カシオさんの事を任されたので、それに、怪我人一人で散歩させるのは心配じゃないですか」

「大丈夫だよ。散歩位一人で出来るよ」

「駄目です! さぁ、行きますよ」


 複雑な心境のカシオは、立ち止まり右手で米神を掻く。あまりセラを危険な目に逢わせたくなかった。そして、カシオ自身不安で胸が張り裂けそうだった。


「セラ。……頼む。俺から離れてくれ……」

「えっ?」


 驚いた様に声を上げるセラは、カシオの方に眼を向ける。額から汗を滲ませるカシオの瞳孔が異常なほど開いていた。呼吸も荒々しく、苦しそうだ。その為、セラはカシオの体に寄り添い、背中を摩る。


「だ、大丈夫ですか?」

「だ…大丈夫……。だから……離れててくれ……」


 セラをカシオは左手で押し退ける。押されたセラは地面に激しく倒れ込み、右腕をすりむく。そんなセラが、悲鳴を上げる前にカシオの悲鳴が轟いた。


「ぐあああああっ!」


 カシオの体が後方へと弾き飛ぶ。松葉杖が宙に舞い、地面へと突き刺さる。吹き飛んだカシオの体は、地面を抉った。抉れた地面には所々に鋭利な岩肌があり、その先には血が付着している。

 仰向けに倒れるカシオは、口角から血を流し痛みに表情を歪めていた。体中に突き抜ける様な痛みがズキズキと走り、指先一つ動かすのも辛かった。


「うっ……ぐうっ」

「見つけた……。見つけたぞ! カシオ=ラナス!」

「グライブ……」


 顎を引き、目の前に立ちはだかる男を見据える。右手に少々変ったライフルを持っており、そのライフルの大きな銃口からは煙が上がっていた。大筒で、ライフルと言うよりも大砲に近い形をしているが、ちゃんと片手でもって撃つ事が出来る。

 そして、そのライフルの弾丸は直径十五センチ程あり、男の背中に背負っている鞄には幾つもその弾丸が詰め込まれていた。その内、黄色の弾丸を手に取り、右手に持っていたライフルに弾を詰める。身動きの取れないカシオは、奥歯を噛み締め苦しそうな声を出す。


「遂に……遂にこの日が……」


 弾丸を詰めたグライブは、銃口を静かにカシオの方へと向ける。お互い眼を背ける事なく、真っ直ぐに睨み合う。グライブの右手の人差し指が、静かに引き金に掛かり、静寂が辺りを包み込む。グライブの口元が僅かに緩み、「じゃあな」と口だけが動き、引き金が引かれた。

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