表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/181

第51回 水中戦

 水中のカシオと魚の化物。

 魚の化物の背後には、地面から刃が幾つも突き出ていた。その刃の切っ先が不気味に輝きを放ち、カシオはそれを真っ直ぐに見据える。左手に構える槍が微かに動く。それと同時に、カシオは目付きを変える。

 瞬時に察知したのだ。槍が突き出されると。

 その読み通り、魚の化物は左手を突き出す。水中を突き進む槍は地上にいた時とは違い、ゆっくりとカシオの方へと迫る。その刃を悠々とかわすカシオは、渦浪尖を引く。だが、その刹那、伸びだ魚の化物の槍の柄が、カシオの身体を横に叩く。バランスを崩したカシオは、壁の方へと流されていくが、切っ先直前で勢いをとめる。


「くっ!」

「我は水の中では無敵だ」

「無敵? それは、聞き捨てならないねぇ」


 目の色を変えるカシオが右手を引き、渦浪尖を勢い良く突き出す。渦浪尖の刃の切っ先からは、突き出されると同時に、螺旋を描く渦が出来る。それは、鋭い刃となり魚の化物の方へと飛ぶ。渦浪尖から飛び出した渦の刃は、波を起し泉が流れ出す。

 その波に流されぬ様に体勢を整えるカシオは、この時初めて知った。渦浪尖がパワーアップしていると。

 迫り来る渦の刃に、魚の化物は左手を引き一気に槍を突き出す。水を切り裂く様に伸びていく槍だが、それは渦の刃にぶつかると、その渦動に巻き込まれ柄が勢い良く回転する。


「なっ!」


 柄を握る魚の化物の手を弾き、槍は回転したままカシオの方へと飛び出す。物凄いスピードで槍が飛んでくるのに気付いたカシオは、水を蹴り上昇する。

 一方、魚の化物も勢い良く水を蹴り上昇し、渦の刃をかわす。渦の刃は壁にぶつかると、そのまま暫く壁を抉り消滅する。粉々になった破片が水底に落ちていく。その破壊力に息を呑む魚の化物は、ゆっくりとカシオの方に目を向ける。その時、カシオと魚の化物の目がぶつかる。

 ゴーグル越しに見えるカシオの灰色の瞳が、魚の化物を呑み込むかの様に威嚇する。急に息が苦しくなった魚の化物は、水面へと急ぐ。だが、それより先に、カシオの姿が魚の化物の視界へと入った。


「どこに行くつもりだ?」

「グウッ……。貴様!」

「言っておくけど、逃がさないよ」


 上半身を大きく捻り、勢い良く右足を振り抜く。水を掻き気泡が大量に水中に広がり、鋭い蹴りが魚の化物の腹部を捕らえる。


「ぐはっ!」


 蹴りが入ると同時に、魚の化物の口が大きく開かれる。それと同時に大量の気泡が広がった。魚の化物の体は後方へと吹き飛び、壁にぶつかる手前で失速する。

 意識が無いのか、魚の化物の体は動かないまま水面へと向って浮かんでいく。妙な手応えの無さに、カシオは不安を感じる。その為すぐに魚の化物に追い討ちを掛ける為、水を蹴った。凄まじい勢いで魚の化物へと迫るカシオだったが、それより先に魚の化物の方がカシオとの間合いを詰めた。

 突然の事に慌てたカシオはスピードを落とし、仰け反る。その刹那、魚の化物の左拳がカシオの腹部を捉えた。奥歯を噛み締め、その痛みに耐えるカシオは、僅かに前かがみになる。それと同時に、魚の化物の左膝がカシオの顔面を強打した。


「うぐっ!」


 額から血が吹き出て、僅かに水中を赤く彩る。カシオはその一撃で、一瞬意識が吹き飛んだ。もちろん、一瞬だった為、すぐに体勢を立て直したが、既に魚の化物の姿は見失っていた。

 渦浪尖を構え、あたりを見回す。だが、どこにも魚の化物の姿はない。警戒し、気配を探る様に体をゆっくりと動かす。

 波は穏やかで、静かに流れる。まるで魚の化物など水中にはいないかの様に静かだった。


「くっそ……。どこに行った」


 灰色の瞳が激しく動く。逆立つ蒼い髪がユラユラと波に揺さぶられ、切れた額から溢れる血が、僅かに水に溶け込んでゆく。ズキズキと疼くその痛みに、カシオの表情が一瞬歪む。その刹那、泡を吹かしながら槍の刃がカシオの背後から迫る。

 そして、カシオの体に当る直前でその刃は止まる。いや、正確には止められたと言う方が正しい。背を向けたまま右手に持った渦浪尖で、槍の刃を止めていた。水中を槍が走る音と振動で、気付いていたのだ。


「不意打ちなんて、みっともないな」

「クックックッ。これなら、どうだ?」

「?」


 魚の化物の声に首を傾げる。すると、壁や水底に刺さった刃が一気にカシオ目掛けて飛んでくる。どんな原理になっているのかは、分からないが、それは的確にカシオの心臓を目掛けて飛んできていた。


「くっ! なんだ一体!」


 渦浪尖で刃を数本弾いたが、無数に飛び出してくる刃を防ぎ切る事は出来ず、カシオは素早い動きでかわすのがやっとだった。それでも、完全にかわせている訳ではなく、体を切り付けられ、いたる所から血が出ている。


「クックックッ。どうした? 手も足も出ないか?」

「どこにいる! 姿を見せろ!」

「自分で探せ。探せるのならな。クックックッ」


 不適な笑い声だけが水中に響いた。怒りを滲ますカシオだが、飛び交う刃をかわすのが精一杯で、魚の化物を探す暇など無かった。徐々に足が重くなって行く。まるで水が足に絡んでいるかの様に。


「ぐうっ!」

「クックックッ。動きが鈍くなってるぞ!」


 小さく舌打ちするカシオは、背後から飛んできた刃を体を右に捻りかわした。だが、その正面から鋭く刃が飛んできて、カシオのゴーグルの端を砕く。ゴーグルの破片が水中を流れ、カシオの右目の傍から血が吹き出る。刃が掠ったのだ。

 表情を顰めるカシオは、右目を堅く閉じる。ゴーグルの砕けた所から水が入り込み、カシオは左目も閉じた。視界は真っ暗になり、身動きが取れなくなった。ただ、刃はもう飛んでこない。その為、カシオは意識を集中する。


「クックックッ。やっと、ゴーグルが破壊できた。これで、身動きは取れまい」

「最初っから、ゴーグルが目的か……」

「お前の動きさえ止めれば、後は我の手で始末できる」

「本当に、卑怯な奴だな」

「なんとでも言え。お前は死ぬんだからな」


 水を蹴る振動が肌に感じた。だが、どこから来るのかは分からない。その為、完全に無防備になってしまう。

 一撃目――左拳が右頬を捉え、カシオの体が左へと揺らぐ。


「ぐっ!」


 奥歯を噛み締め痛みに耐える。

 ――直後。二撃目の右足の蹴りが左横腹に食い込む。


「――ぐはっ」


 血が口から吐き出され、水と同化する。

 そして、前屈みになるカシオの後頭部に三撃目――踵落としが決まる。

 水底へと勢い良く落下する。既に突き出ていた刃は無く、カシオの体が岩を砕く。水底にたまった泥が舞い上がり、辺りを包み込む。


「ウウッ……。何も見えねぇ……」


 水底に叩き付けられたカシオは、体を起したが両目を閉じている為、平衡感覚が掴めず今自分がどんな状態なのか分からずに居た。頼りになるのは、右手に握った渦浪尖のみ。


「クックックッ。ゴーグルが無ければ、水呼族も大した事無い様だな」


 その言葉に、カシオの右瞼が微かに動く。


「あんた、勘違いしてるよ。水呼族が水中で目を開けないのは……」


 静かにカシオが瞼を開く。その奥から現れたのは、先程とは違う銀色の瞳。ぎらつき、輝くその瞳は一瞬にして水中の全てのものを凍りつかせる。水中の中だけ時が止まった様に動きが無くなる。だが、それはカシオの目に見える風景。他の者には何も変らない。ただ、一つを除き……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ