第5回 霧の中の旅立ち
朝日が昇る頃、村は薄い霧で覆われていた。
まだ皆が寝静まっているため、静かな村だが霧の奥から足音が二つ聞こえる。一つは少し重々しい感じの足音で、もう一つはゆったりとした感じの足音。二つの足音が混ざり合い入り口付近で消えた。消えたのではない。止まったのだ。
風が吹き木々の葉が擦れ合う。ソワソワソワと、木々の葉の擦れる音が村中に微かに響き、それがピタリと止む。霧が微かに薄れていき、村の入り口付近に立つ二つの影を映し出す。まだ、はっきりとはしない。だが、その内の一人は背中に荷物を背負っていた。まるで、今からこの村を出る様なそんな感じだ。
そして、もう一人の影も薄らと浮んできた。軽い身なりに、腰に剣をぶら下げている。こちらはどちらかと言えば見送りに来たと言った感じだろう。
「フォンに言わなくて良かったのか? 俺よりも奴の方がお前より長い付き合いだろ?」
軽い身なりをした男がそう言うと、荷物を背負った少年は微かに笑みを見せ首を左右に振る。綺麗な漆黒の髪がその度に滑らかに揺れ、幾度と無く空を切る。真っ直ぐ目の前にいる男を見据え、穏やかに落ち着いた口調で言う。
「付き合いが長いとか、短いとか、関係ないさ。あの中で一番頼れるのはお前しかいないと俺は思ってる。だからこそ、お前に話したんだ」
「少し買被りすぎじゃないのか? 俺は自分の為に剣を振るうだけだ」
軽い身なりをした男がそう言い、薄ら笑みを浮かべる。すると、少年はゆっくり男に背を向ける。そろそろ誰かが起きて来る頃だと踏んだのだ。落ち着いた様子で腕組みをする軽い身なりの男は、そんな少年の背中を見据えながらゆっくり俯く。
暫し沈黙が辺りを包み、穏やかな風が流れた。男に背を向けた少年は微かに口元に笑みを浮かべると、ゆっくりと言葉を並べる。
「じゃあ。俺はそろそろ行く。フォンには『ミーファの事は任せる』と伝えておいてくれ。任せるぞ」
「あぁ。伝えておこう」
男の言葉と同時に少年は歩き出した。足音が徐々に遠ざかり、少年の姿は霧の中へと消えてゆく。男は完全に少年の姿が見えなくなると、ゆっくりと村の中へと歩いていった。霧の中へと二つの足音は消え、混ざり合う事は無い。
まだ静かな病室でルナが一人目を覚ます。ひんやりと部屋は少し冷え、その原因が何なのか探るため、ルナは部屋を見回す。イスに座りベッドに倒れこむ様にして寝るカイン。入り口付近で壁にもたれたまま座り込んで寝ているウィンス。そして、窓際で窓を開けっ放しで器用に淵に座り寝ているフォン。多分、いや。確実に原因は窓を開けっぱなしのフォンだ。
そう思い、ルナはベッドからスッと足を下ろす。冷たい床に静かに足を着くと、細い足に床の冷たさがヒシヒシと伝わり、一瞬ルナが「キャッ」と小さな悲鳴を上げた。だが、その悲鳴で起きる者はいない。きっと、遅くまで起きていたのだろう。そう思うと、何だか嬉しかった。今までこんな風に心配してくれた人が何人いただろうか。
ルナはもう一度床に足を着けると、ゆっくりとベッドから腰を上げた。だが、その瞬間、急に体にガクンと衝撃が走り、全身の力が抜け床に向って崩れ落ちてゆく。ドサッと、静かな病室にルナの倒れた音が響くと同時に、カイン・ウィンス・フォンの順に目を覚ました。
「ンッ? 何、今の音」
まだ少し眠いのか、目を細めたまま顔を上げるカインが声を出す。まだ意識がはっきりしていないため、ルナが居ない事に全く気付いては居ないが、何と無く寝る前とベッドの様子が違う事にカインは気付いていた。
「あれ? 何だか違和感があるんだけど……」
「ンーッ。今、何時だよ」
眠そうな声を上げるウィンスは大きな口を開け欠伸をすると、首の骨を二度ばかり鳴らす。変な体勢で寝たため少し首を痛めたのだろう。
一方、窓の淵に腰を下ろして寝ていたフォンは、目を覚ますと同時にバランスを崩し、窓の外に落ちていた。頭から地面に落ち、はっきりと目が冴えたフォンは、頭を擦りながら立ち上がる。
「う〜っ。いって〜っ。朝からびっくりだぞ。それに、ちょっと寒いぞ」
少し身を震わせるフォンは目を細め、辺りを見回す。そこで初めて、自分が外にいる事に気付く。なぜ、外にいるのかは全く分からず、軽く首を傾げるフォンは「う〜ん」と、唸り声を上げていた。
その時、窓からカインとウィンスの驚いた声が響いた。
「ルナ!」
その声に病室の方に顔を向けるフォンは、ルナが床に倒れているのに気付く。ベッドを飛び越えてルナの元に駆けつけるカインは、倒れるルナの体を抱き抱える。すぐにウィンスも駆けつけルナをベッドへと戻す。
その光景を見てフォンはニコニコと笑みを浮かべながら窓を越え病室内へと戻ってきた。そして、ルナの顔を見て言う。
「ルナって、意外と寝相が悪いんだな」
「違います! 私は――」
「誤魔化さなくて良いって。別に寝相が悪い事は恥かしい事じゃないんだから」
「なっ! 何言ってるんですか! 私は、寒かったので窓を閉め様と思っただけで……」
赤面しながら少しムキになるルナ。そんなルナを見ながら悪戯っぽく笑みを浮かべるフォンは、全くルナの言葉を訊いていない様だ。何でムキになっているんだろうと、思いながらルナは少し恥かしそうに顔を俯けた。
その時、急に病室の扉が開かれる。一瞬、フォンの脳裏にあの看護婦の顔を過ぎり、フォンは素早く窓を飛び越え身を隠した。その行動に首を傾げるカイン・ウィンス・ルナの三人は扉の方に顔を向けた。
「ンッ? お前達、起きてたのか」
落ち着いた声でそう言うワノールは、左目で睨みを聞かせながら部屋にいる者を見回す。カイン、ウィンス、ルナの順で顔を見ていき、ふとフォンの姿が無いのに気付く。暫しキョロキョロとするワノールに、カインが怪訝そうに問う。
「どうかしたんですか? ワノールさん」
「いや。フォンはどうした?」
厳しい目付きで病室を見回すワノールに、カインが何やら不思議そうな表情を浮かべる。ワノールがフォンの事を気にするなんて今までに無かった事だ。その為、少しだけ嬉しかった。そんなカインに対し、少し呆れた表情のウィンスが半笑いを浮かべながら答える。
「フォンなら外に逃げた」
「逃げた? なぜ?」
「さぁ?」
両肩を軽く上げ首を傾げるウィンスに、ワノールは更に厳しい目付きになる。
壁に凭れていたフォンは、何と無く聞き覚えのある声に恐る恐る室内を覗く。その視界に、長めの黒髪に右目に眼帯をした男の姿を目撃する。すぐにワノールと気付き、少しホッとしたフォンだったが、窓を越え様としたその瞬間、背後で声が響く。
「こら! 窓を越えて病室に入ろうだなんて! あなた何を考えてるんですか!」
その声に振り返ったフォンの視界にあの看護婦の姿が映った。コメカミをピクつかせる看護婦は、かなりお怒りの様でフォンは何とかその場を逃げ出そうと考えたが、もう逃げる事は不可能だった。看護婦は大きな声でガミガミとフォンに向って怒りをぶつけていたのだ。
看護婦に叱られるフォンを、病室から見据えるワノールは、額を右手で押さえながら大きなため息を吐いた。
第四回 キャラクター紹介! いつまでやんねん! とか、思っちゃったりして。
それでは、今回は『ルナ』の紹介を!
名 前 : ルナ=クライアン
種 族 : 癒天族
年 齢 ; 16歳
身 長 : 156cm
体 重 : 43kg
性 格 : 落ち着きがあり、とても大人しい。表情を表には出さない
好きなモノ: 静かにしてる事・読書・珍しいモノの観察
嫌いなモノ; 自分の事を聞かれる事・読書の邪魔をされる事
作者コメント:
ミーファとは対象的で、表情を表に出さない。その理由は、自分の背負う使命を果たすため。その為、表情は殺している。
そうまでして、果たさなければならない使命って? 時見族と同じく、すでに途絶えたと伝えられてきた種族。
色々と彼女にも謎が多いです。
う〜ん。第四回か……。あと、どれ位あるかな? とりあえず、次回は『カイン』の紹介をしたいと思います。それでは、また今度〜。