第44回 豪華な食卓
「すげぇ〜……。ここが、都会って言う場所か……」
驚きの声を上げるカシオ。見上げるのは、白く所々が黒ずんだ高い塀。
そして、目の前には大きな門が閉じている。
ティル達一行は、二週間掛け、フォースト王国都市ブルドライに来ていた。そして、ここはそのブルドライの正門の位置。町はこの城壁の内側にある。
殆ど北の大都市レイストビルと構造は変らないが、城壁の高さはレイストビルに比べて高く頑丈なモノだった。
「前に来た時より、城壁が高くなっている気がするのは、気のせいか?」
「ん〜っ。そうだな。お前がここに来たのは、確か五年前か……。まぁ、あの頃に比べたら、幾分高くなったかな」
「幾分……って、そんなもんじゃないだろ?」
城壁を見上げたまま呆れた様に笑うティルは、静かに視線を落とし大きなため息を吐いた。大笑いするブラストは、そんなティルの様子には気付いていない様で、カシオとバルドの二人は城壁を見上げたまま言葉を失っていた。
呆然とする二人に、疲れた表情を見せるティルはため息交じりで言い放つ。
「それ以上見上げてると、首が痛くなるぞ」
「なっ! そ、それを早く言え!」
慌てた様子のカシオがすぐに視線を落とし、それとは対象的にバルドがゆっくりと視線を落とす。全く口すら聞こうとしないバルドは、腕組みをしたまま難しい表情のまま黙り込む。一方のカシオは、ブツブツと何やら独り言をぼやいていた。
頭を抱えるティルは、能天気なブラストの方へと視線を向ける。相変わらず、大笑いしたままのブラストは、ティルの視線にようやく気付き、軽く喉を鳴らして口を開いた。
「ンンッ。悪い悪い。さぁ、そろそろ入国するか。色々あって、腹も減っただろうからな。今日はご馳走だ!」
「ご、ご馳走! ま、マジか! 久し振りに上手い飯が食えるんだな! うししししっ! タラフク食うぞ!」
ブラストの言葉に一人テンションの上がるカシオ。久し振りに暖かいご飯が食えると言う事で、ハイテンションになっているが、ティルとバルドの二人は全く微動だにしない。表情を変える事も無く、冷たい視線だけを送っていた。
だが、結局その冷たい視線はカシオとブラストの二人には届かず、ティル達はフォースト城の食卓の前に座らされていた。見た事の無い様な豪勢な料理が数々並び、カシオはその料理に目を輝かす。
「もう、食べても良いのか?」
「あぁ。良いぞ。いっぱい食え!」
「うっしゃ! 一杯食うぞ!」
その掛け声と同時に、カシオはチキンに喰らい付いた。それから、パンを食らい、スープを啜り、サラダを食らい、焼き魚を骨まで丸ごと食らった。無心で食べ続けるカシオの姿は、獣の様で、奴の周囲にある料理に手を出せば、襲い掛かりそうな迫力があった。
堂々と落ち着いた様子のブラストは、ガッツクカシオを見て、微かに笑みを浮かべ、スプーンでスープを一口口に運んだ。
「ンッ。旨いな。どうした? ティルもバルドも食わんのか?」
料理に手を出さないティルとバルドの二人にそう問いかけるブラストに、鋭い眼差しを向けたバルドが答えた。
「ふざけるな! 俺は、こんな所で仲良く食事をする為に来たわけじゃない!」
勢い良く立ち上がり、テーブルを右拳で力いっぱい殴りつける。食器が衝撃でカタカタと音を立て、スープの水面に波紋が幾つも広がった。これには、がっついていたカシオも手を止めバルドの方へと視線を向ける。が、その口には確りとパンが銜えられていた。揺れるスープの水面を、軽くスプーンで撫でるブラストは、立ち上がったバルドに穏やかな視線を送り、静かに口を開いた。
「座れ。ここは、食事を楽しむ場所だ。出された料理は黙って全て食べろ」
「――くっ!」
一瞬、ブラストの穏やかな眼差しが、鋭く変った。その眼差しは殺気立ち、バルドの体は自然と椅子へと落ちていた。そして、バルドは奥歯を噛み締めながら、目を閉じ眉間にシワを寄せたまま俯く。それから暫くし、バルドは渋々と目の前の料理を口へと運んでいった。
しかし、ティルは未だ料理に手をつけていなかった。何と無く、嫌な予感がしていたからだ。ブラストが何の理由も無く、こんな持て成しをするだろうかと、思ったのだ。その為、未だに手をつけずブラストの顔を真っ直ぐに睨みつけていた。
その事に気付いていたブラストは、もう一度スープを口に運び口を開く。
「何だ。俺の顔に何か付いているのか? それとも、俺に惚れたか?」
「俺が女だったとしても、お前にだけは惚れん」
「嫌われたものだな」
「それより、天翔姫はいつ直る? それに、何か話しがあるんじゃないのか?」
ティルの言葉に、静かに息を吐くブラストは、スプーンを置き手を組み、肘をテーブルに付く。手を止めるバルドは、ブラストの方に目を向け、カシオは相変わらず肉にかぶり付いていた。落ち着いた様子のブラストは、目付きを鋭くし静かに口を開く。
「実は、お前らに頼みがある」
「もまめら?」
チキンを銜えたままのカシオが不思議そうな表情を見せる。何を言っているか、その場にいる誰もが分からず少々間が空いたが、何事も無かったかの様にブラストは話を進める。
「頼みと言うのは、簡単な事だ。ある山へ行ってほしい」
「自分で行け」
即答するティル。唖然とするブラストは、呆れた笑いを見せ呟く。
「俺は、ここの王様で、ここからそう簡単には出られないわけだ」
「ほ〜っ。毎度城を抜け出すお前がか?」
疑いの眼差しを向けるティルに、ブラストは引き攣った表情を見せる。流石にティルには色々と見透かされている様だった。その為、少し焦るブラストだが、何かを閃いたのか、表情が明るく変る。
その様子に気付いたティルは、怪訝そうな眼差しでブラストを見据える。何か殺気の様なモノを背筋に感じ、眉間にシワを寄せ、口を開く。
「な、何だ……」
「行かないと、エリスに会わせないぞ」
その言葉に、ティルは目の色を変え、鋭い目付きでブラストを睨み付ける。しかし、ブラストは得意げに笑みを浮かべており、全くティルの事など気にしていない。それどころか、更にティルをあおる様に不適に笑う。
何の事だか分からないカシオとバルドの二人は、僅かに首を傾げた。
奥歯を噛み締めるティルは、卑怯なブラストのやり方に怒りを滲ませ、その眼差しから殺意の様なモノがヒシヒシとブラストに伝わっていた。その為、苦笑するブラストは、そのまま笑いながら言い聞かせる。
「冗談だ。冗談。全く、ジョークの通じない奴だ」
「黙れ。俺に冗談が通じると思うな」
目付きを変えず睨み続けるティルに、呆れた様な表情を見せつつ、「全く」と、呟くブラストは、軽くため息を漏らした。だが、顔を上げた時には表情が一変し、威厳のある真剣な表情になっていた。
「――頼む。お前達にしか頼めない事なんだ」
深々と頭を下げるブラスト。それは、この国を背負う国王としての頼みだと、ティルも悟った。ブラスト自身の願いなら、容易く断るティルだが、国王としてのブラストの頼みを、ティルも断る事は出来なかった。
「……わかった。今回は、国王からの頼みだ。引き受けるしかないだろ」
「俺は……行かないぞ」
冷たい眼差しをティルとブラストの方に向けるバルドは、パンを右手で千切り口に運びそう呟いた。全く興味の無さそうなバルドに対し、複雑そうな表情を見せるブラスト。何かを言い出そうとしているが、どこか迷いがあった。何を迷っているのか分からないが、こんなに迷っている表情を初めて見たティルは、眉間にシワを寄せ問う。
「どうかしたのか?」
「いや……」
ブラストが俯くと同時に部屋の扉が開かれ、一人の兵士が慌てて部屋に入ってきた。