第43回 無残な形
土埃立ち込める中、三つの影が映る。
一人は顔立ちの良い少年ティル。
もう一人は目付きが鋭く表情の硬いバルド。
最後の一人は大人しい顔つきでゴーグルを首に掛けたカシオ。
「ゲホッ、ゲホッ」と、乾いた咳を繰り返すのはカシオで、それをティルは呆れた表情で見据え、バルドは全く相手にしていない。
足場が悪いため、歩くたびに土の砕ける音が聞こえ、三人の足音がそれぞれのリズムを踏む。ティルの足音はテンポが良く。バルドの足音は少々速い。そして、カシオの足音は遅くテンポも最悪のものだ。その為、ティルは時折足を止めカシオの方を振り返る。
「おい。もう少し早く歩けないのか?」
「う、うるさいな! 俺は、こう言う足場の悪い所は苦手なんだ!」
ティルの声に、必死に足元を見ながら反論するカシオだが、全く弱々しい。両肩をガックリと落とすティルは、深々とため息を吐き、左手で額を押さえた。
一方、着実に足を進めるバルドは、静かに足を止めた。背後にはティルとカシオの姿が微かに映り、前方には一つの影が浮かび上がった。それが、魔獣なのか、ブラストなのかはっきりしないが、バルドは目を細め確りと影を見据える。
次第にはっきりとする影は、ブラストにしては大きく、右手と左手の形の違う。その事から、バルドは瞬時にそれを魔獣と判断し、ティルとカシオに向って叫ぶ。
「急いで、下がれ!」
「?」
「どうした! バルド!」
軽く首を傾げるカシオを無視して、ティルがそう叫ぶ。すると、風が土埃を裂き、地面が引き裂かれる。何が起こったのかわからないカシオとティルの方に、黒い影が宙を舞って飛んできた。
そして、血飛沫が、辺りを包む土煙と混ざり合い、地面にぼたぼたと落ちる。それに遅れ、鈍い音を奏でバルドの体が地を抉る。砕けた岩肌がバルドの体を激しく傷つけ、体中血塗れになっていた。
「バルド! 何があった!」
「この傷口は、鋭利なモノで傷付けられたものだ!」
「うっ……ううっ……。奴は生きている」
弱々しい口調のバルドの言葉に、ティルとカシオは目の色をかえる。辺りを警戒し身構え、気配を探った。声が聞こえる。苦しそうな呻き声。先程までは聞こえていなかったはずの声が。
その声の方へと体を向けるティルとカシオの視界に、影が映る。魔獣にしては小柄で、背中に何か大きなモノが見える。それが、何か分からないが、こちらに近付いてきているのははっきりわかった。
「来るぞ……」
「分かってるって」
身構える二人に、歩み寄る影が右手を上げる。その行動に、「はぁ?」と、二人が同時に声をだす。その声に対し、向ってくる影が明るい声で叫びかける。
「おう! 皆無事だな!」
その能天気な明るい声に、青筋を立てるティルは、影に向って叫ぶ。
「ふざけんな! ブラスト!」
土埃の中から姿を現したブラスト。その左手には、黒く長い柄を握り、その先が土埃の中から徐々にあらわになる。胸に風穴の開いた魔獣の腹に、鋭く黒い刃が突き立てられていた。そして、血が大量に地面に滴れている。白目をむいた大きな目は、もう開ききらないといわんばかりに開ききっていた。
「何、怒ってんだ? ティル。短気は損気だぞ」
何事も無かったかの様に笑ってみせるブラストに、引き攣った笑みを見せるティルは、米神を震わせたついでに、拳も震わせた。だが、笑みを浮かべるブラストは、ティルの事を無視して、胸を裂かれ血塗れで倒れるバルドに目をやった。
「なっ! だ、誰にやられたんだ!」
驚きの声を上げるブラストに対し、軽蔑する様な目付きをするカシオが答える。
「誰にって、あんたの背後に横たわる魔獣にだよ。大体、渦浪尖はどうしたんだ? それに、天翔姫や双牙も……」
「そういえば、見当たらないな……」
「うっ……い、いや……その〜……」
何やら戸惑うブラストは、何故か二人から視線を逸らす。不可解に思ったティルは、眉間にシワを寄せ、ブラストの顔を睨みつける。額から流れる尋常じゃない汗。そして、全く目を会わせようとしない。これは、何かあると、思ったティルは静かに口を開く。
「ブラスト。お前、俺らの武器に何かしたろ?」
「い、いや……。大した事じゃない。き、気にするな」
「気にするな……だと? それじゃあ、今すぐに見せてみろよ」
「だ、だから……。気にするなって言っているだろ? なぁ、それより、バルドの方が心配だ。早く町に連れて行こう」
明らかに焦りを窺わせる苦笑い。これに、ますます疑いの眼差しを向けるティル。その鋭く突き刺さる様な視線に、ブラストの笑みはダンダン引き攣っていく。
ゴクリと、生唾を呑むブラストは、静かに息を吐き心を沈める。その行動に気付いたティルは、畳み掛ける様に声を張り上げる。
「お前! さては!」
「――!」
その言葉に驚きの表情を見せるブラストは、「す、すまん!」と、思わず謝った。何の事か分からないティルとカシオは顔を見合わせ首を傾げ、ブラストの話を聞く事にした。
「何! 渦浪尖が砕けただと!」
カシオの声が森にこだまし、鳥達が木々から飛び立ってゆく。
「ど、どどどどどうしてくれんだ! 渦浪尖は俺の大切な、大切な……」
「いや〜っ。本当に申し訳ない。まさか、ああも簡単に砕けるとは思っても見なくてな。こりゃ、もっと改善しなきゃいかんな。ハハハハハハハッ!」
すでに辺りに立ち込めていた土埃は消え去った。その為、この穴の深さがどれほどのものか良く分かる。
日はすでに暮れ、辺りは薄暗くなっていた。だが、月光のお陰か、少し明るく感じる。
微かに流れる夜風は、脆く崩れやすい岩肌を撫で、僅かながら削りとっていく。その音はほんの小さな音で、ティル達の耳に聞き取れるものではない。
「しかし……よくもまぁ、こうも無残に……」
「すまんな。ティル」
「いや……。俺に謝られてもな……。大体、何で開発者のお前が、耐久度を知らない?」
「う〜ん。そもそも、天翔姫が造られた時には、渦浪尖も双牙も、俺の手元にはなかったからな」
能天気にそう言うブラストは、大声で笑い出す。呆れて言葉も出ないと言った様子のティルは、右手の親指で米神を押しながら、軽く首を左右に振った。
そして、その目は地面に無残な形で置かれた天翔姫へと向けられた。バラバラにされた天翔姫の破片を見据えるティルは、静かにため息を吐く。
一方、ティルの横では、渦浪尖の無残な姿を見ながら泣き崩れるカシオの姿があった。そこまで、愛着があったのかと、思うほど大粒の涙をこぼし、仕舞いには号泣し始めた。手のつけようの無いカシオに、呆気にとられるティルとブラストは、疲れ切ったため息を漏らした。
「カシオには、悪い事をしたな。まさか、あんなに愛着を持ってるとは……」
泣き崩れるカシオの姿に、本当に申し訳無さそうな表情を見せるブラストが、そう呟いた。怪訝そうな表情を見せるティルは、なにやら変な目でブラストを見据え口を開く。
「お前、本当にそう思ってるのか?」
「ンッ? 何だその目は? オイオイ。まさか疑ってるのか?」
腕組みをし、堂々とした態度をとるブラストに、深々とため息を漏らすティルは、「いいや」と、小さな声で呟き含み笑いを浮かべる。まるで、ブラストをバカにするかの様に。
だが、ブラストは全く気にしていない様で、落ち着きのある声で問いかける。
「それで、こいつらが、お前の探していた仲間か?」
「ンッ?」
突然の問い掛けに、思わず顔を顰めるティルは、ブラストの方に顔を向け妙な表情を見せる。ブラストは嬉しそうな表情を見せ、真っ直ぐに地面を見据えていた。
鼻から静かに息を吐くティルは、視線を地面へと落とし静かに答える。
「いいや……。そいつとは、別れた」
「別れた? どうしても、仲間とやる事があったんじゃないのか?」
驚いた様子のブラストの声に、軽く首を左右に振ったティルは、口元に薄ら笑みを浮かべ答えた。
「俺は、あんたに用があった。それに、自分の無力さを知った。もっともっと、強くならなきゃいけない。あいつと肩を並べるには……」
深刻そうな面持ちのティルは、握り拳を震わせ奥歯を噛み締める。その目は鋭く、いつに無く力が篭っていた。嬉しそうに笑みを浮かべるブラストは、そんなティルに静かに言う。
「そうか……。お前の仲間とやらは、相当早いペースで走っていくんだな」
と、小さな声で。




