第41回 轟く呻き声
地面を裂く三本の爪。大木を圧し折る拳。三人の周囲に聳える木々はなぎ払われ、地には無数の爪痕が残されている。砂塵が舞い、木の葉が散る。鋭い風の音が聞こえ、それが魔獣の動く音だと分かる。そのスピードは徐々に上がり、砂塵だけが三人を包み込む。
目を凝らす三人は、その砂塵の舞う位置の先を予測する。だが、その予測とは全く別の方に次の砂塵が舞う。警戒する三人は、ジリジリと後退し、背中を預ける形になる。
「どうする。ティル。このままじゃあ、俺ら細切れにされちまうぞ」
「知らん。俺に聞いてどうにかなるわけじゃないだろ。自分で突破口を探せ」
冷たく突き放すティルに、不服そうに頬を膨らますカシオは、眉間にシワを寄せたまま前を見る。魔獣の走る音しか聞こえてこない。何処にいるのかも予測が出来ず、瞳だけを仕切りに動かす。
太い刀身の天翔姫は重く、ティルの両肩に疲労を重ねる。その為、カシオやバルド以上に、額から汗が流れる。しかし、それを悟られまいと、必死に平常心を保っていた。
左太股から血が滲むバルドの足元には、血が薄らと膜を張っていた。すでに大量の出血をしているが、何事も無い様な表情をして、双牙を構える。右足に力が入らず、痙攣を起していた。それに、カシオが気付いた。
「お前、右足……」
「黙れ。お前に心配される筋合いは無い」
「けど……」
心配そうな表情を見せるカシオだが、バルドの鋭い眼光に言葉を呑む。と、その時ティルが叫ぶ。
「来るぞ!」
その言葉と同時に鋭い空を裂く音が、三人の頭上から聞こえ、鋭く煌く太い爪が下ろされる。三人はすぐに散らばるが、右太股を切られたバルドは、ティルとカシオよりも数歩逃げ遅れる。
「まずは、一人目だ!」
「チッ! なめるな」
双牙を魔獣に向って平行に構えると、右手で矢を引く様にする。すると、鋭い風の矢が螺旋を描き、鋭い鏃を作り出す。魔獣の口元に薄ら笑みを浮かべ、左手のハンマーの拳が脇を確り締める。その刹那、双牙から風の矢が放たれた。と、同時に右の爪が引かれ、その勢いをそのままに左のハンマーが円を描く様に風の矢の腹を弾く。
「――!」
「終わりだ」
魔獣の呟く声。それは、バルドにしか聞こえない程小さな声。そして、捻られた上半身が、勢いよく引かれた右の爪をバルドに向って突き出す。
「バルド!」
足を止め振り返るティルだが、すでにバルドと魔獣との距離が開いている為、どうする事も出来ない。カシオもそれは同じで、足を止めティルの方に体を向け叫ぶ。
「ティル! このままじゃあ!」
「クッ!」
奥歯を噛み締め舌打ちをするティルは、瞬時に天翔姫の柄の先のボタンを押し、ボックスに戻す。そして、すぐさまボタンを押す。ボックスはリズムの良い金属音を響かせ銃へと形を変える。だが、それを構えるより先に、バルドに魔獣の爪が突き刺さりそうだった。
「間に合わん!」
「相変わらず、詰めが甘いな」
「――!」
聞き覚えのある声と共に銃声が響く。轟く風の音が大気を裂き、一直線に振り上げられた魔獣の右腕を撃ち抜く。
「ぐああああああっ!」
呻き声を上げる魔獣の右腕には、三センチ程の丸い穴が開き、その穴から真っ赤な血が吹き出る。溢れる血は、雫となり地に降り注ぐ。ドボドボと、水を注ぐ様な音が辺りに響き、その音をかき消す魔獣の呻き声。そして、その呻き声の奥で微かに聞こえてくる足音。目付きを鋭くするティルは、足音の方に目を向ける。驚いた表情を見せるカシオは、何が起こったのか分からずティルの方に目をむけ叫ぶ。
「い、今のティルがやったのか!」
「いや! 俺じゃない。今のは――」
そこまで言った後、ティルとカシオの視界に一人の男の姿が見えた。灰色の短い髪に、穏やかな目。黒く艶のある銃を右肩に肩掛け、軽装の下から見える鍛え上げられた腕と足。そして、チョット老けた顔。だが、その顔にはどこか威厳があり、堂々としている。
「久し振りだな」
穏やかな笑みを浮かべる男は、左手を軽く上げる。不服そうな表情を見せるティルは、眉間にシワを寄せたまま深々とため息を吐き返事を返す。
「いつから見ていた。ブラスト!」
「あいつが、ブラストだって? 何、言ってんだよティル。ブラストはまだ二十九だぞ? そいつは、どう見ても三十後半じゃないか!」
ブラストと面識がある様な言い方のカシオに対し、右手で額を押さえるティルは説明するのがめんどくさそうにため息を吐く。呆れた様に目を細め、微かに額に青筋を立てるティルは、カシオの方に顔を向けた。
「こいつが、正真正銘、フォースト王国の王。ブラスト=イルハンだ」
「う、嘘だ! こんな老けた奴が、ブラストなわけ無い!」
そう叫ぶカシオに、ティルは目を細めたままブラストの方に顔を向け呟く。
「あんな事言ってるぞ」
「ナハハハハッ! な〜に。ホンの十五年ぶりの再会だ。忘れたって気にする事無いさ」
「……」
言葉を失うティルは、引き攣った表情を見せカシオを睨み付ける。そのティルの眼光に、「ギョッ」と声を上げるカシオは、半歩後退した。そんなカシオの方を見て笑うブラストは、「まぁまぁ」と、言いながらティルの方へと歩み寄る。呆れた表情を見せるティルは、「あのな……」と、呟き肩を落とす。
そんなティルの右肩を叩くブラストは、軽く頷きながらカシオの方に足を進める。ブラストの行動に何の意味があったのか分からず、ティルは軽く首を傾げた。
「いやいや。渦浪尖をもってるって事は、お前があの時の少年だな。大きくなったじゃないか」
「あんた、本当にあのブラストなのか! あん時はもっと若くて、カッコよくって……」
「いやいやいや。何言ってるんだ。今でもカッコいいだろ?」
その言葉に完全にしらけた表情を見せるカシオは、ブラストの後ろにいるティルの方に目を向ける。やる気の無さそうな顔をしているティルは、銃をボックスに戻して右手の人差し指と中指で額を押さえ、疲れた様にため息を吐く。
「カシオ。適当に相手しないと疲れるだけだ」
「けど、幾らなんでも十五年で老けすぎだろ? 二倍は歳くってるぞ」
「君、失礼だな。あの頃は、素直で可愛かったのに……」
がっかりした様子のブラストに、眉間にシワを寄せるカシオは目を細めムスッとした表情を見せる。
完全に魔獣の事を忘れている三人に、バルドが歩み寄る。だが、一言も言葉を告げず鋭い目付きでブラストを睨みつけていた。
そんな四人の背後で、濁った苦しそうな声が聞こえてくる。
「き……貴様等……。ゼェ…ゼェ……。皆殺しにしてやる」
怒りを滲ませる魔獣の顔に、薄らと亀裂が走っていた。その事に初めに気付いたブラストは、真剣な表情に変る。その亀裂は、徐々に魔獣の体まで届き、殺気が漂い始める。悪寒が四人の背筋をゾクゾクとさせ、瞬時に武器を構えさせる。
目付きを鋭くするブラストは、バルドの双牙を見ると静かに口を開く。
「双牙をもってるって事は、あの時助けてやった地護族の小僧か」
「……だとしたら?」
「双牙を貸せ」
「……何故」
「黙って渡せ! それから、天翔姫と渦浪尖もだ!」
いつに無く真剣な顔つきのブラストの声に、ボックスのままの天翔姫を投げ渡すティル。カシオも渦浪尖を三十センチの筒の棒に戻してブラストに手渡す。眉間にシワを寄せたままのバルドは、奥歯を噛み締め渋々とブラストに双牙を渡した。
「一体、何をするつもりだ?」
天翔姫・渦浪尖・双牙を素早く組み合わせていくブラストに、ティルが心配そうに声をかける。天翔姫のボタンを素早く押していくと、正方形だったボックスが長方形へと変貌した。その両端に分離させた双牙の柄を合わせる。カチッと音がし、天翔姫と双牙が一つになり、巨大な弓となった。
それを右手に持ち渦浪尖のボタンを押す。三十センチの筒は伸び先から鋭い一本の大きな刃をむき出しにする。それを矢を放つ様に弓に構える。
「おい。どうするつもりだ? ブラスト」
「黙ってみてろ」
重量のある渦浪尖を片手で簡単に引くブラストは、息を静かに吐き出す。ギシギシと軋みだす渦浪尖の柄を、風が鋭い音を響かせながら包み込む。螺旋を描く風は、今にも渦浪尖をはじき出そうとする。天翔姫が渦浪尖を包み込む風の力を更に強め、轟々しい音を響き渡らせた。




