第40回 三人の戦い方
吹き荒れる風が激しく木の枝を撓らせ、木の葉も激しく揺れる。木の葉も落ち葉も激しく飛び交い、撓る木の枝が風に耐え切れず音を立て真っ二つに折れる。地面が風で抉れ、土や小石が大木を傷付ける。
その風を真正面から受けるティル、カシオ、バルドの三人の衣服の裾が暴れる。髪も風でクシャクシャになり、三人は片腕で顔を覆い目を細めて魔獣を見据える。
大気を揺るがす魔獣の声。それが、周囲の木々を軋ませ亀裂が走った。そして、地面に大きな亀裂が走り、少量の塵が震え風に舞う。表情を顰めるティルは、その夥しいピリピリとした空気に奥歯を噛み締める。
徐々に強風に押されていく三人の両足が、地面を抉った。
「う……うっ。ティル……。このままじゃあ」
胸元で激しく揺れるゴーグルは、今まさに吹き飛びそうになっている。カシオの体は何とか渦浪尖の刃が地面に突き刺さり、耐えしのいでいた。ティルも天翔姫を地面に突き刺し、耐えているが、次第に手の感覚がなくなりつつあった。
目を凝らすティルは、魔獣の声が聞こえなくなったのに気付く。それと同時に風が弱まり、舞う木の葉が静かに地に降り立つ。そして、魔獣の姿がなくなっているのを確認し、素早く天翔姫を構える。
「カシオ! バルド! 来る……ッ!」
鈍く重々しい音が聞こえると同時に、視界が真っ暗になった。重々しい一撃が、ティルの腹を貫き、その痛みに意識が吹っ飛んだのだ。地に崩れ落ちたティルの体は、ドサッと、鈍い音をたてた。
倒れたティルに目をやったカシオは、駆け寄ろうとした瞬間に重々しい拳を顔面に受け、弾き飛ばされた。地を転げ、大木に背中を打ち付ける。
「ぐはっ……」
血を吐き出し、力無く渦浪尖を手からこぼす。意識はあるが、視界は薄れていた。その視界の中に、微かにだが映った。先程までとは全く違う、太くガッシリした腕と脚。右手の爪は、大きく鋭い剣になり、左手は大きく重々しいハンマーに変っていた。ティルもカシオも、その左手に殴られたのだ。
その後、バルドもその重々しいハンマーに殴られ、地を転げた。地に倒れた三人を、見下す魔獣は「フッ」と、鼻で笑うと嫌味な笑みを見せる。
「弱いな。弱過ぎる。少し本気を出しただけなのに」
「グフッ……。ふざけんな……」
「おや。お目覚めですか?」
体を起したティルにそう囁く魔獣。目の色を変えたティルは、天翔姫を力強く握り柄の先のボタンを押す。真っ白なボックスに戻る。それを掴むティルは、切れ長の目で魔獣を睨むと、天翔姫のボタンを押す。すると、細身だった刀身が、太く大柄の刀身へと変化する。それを両手で持ち上げるティルは、鋭い目付きで魔獣を睨み天翔姫を中段に構える。
「ふ〜ん。それ、随分と変った武器だ」
「変っているのは、俺の武器だけじゃない」
「ンッ? それは――!」
風を裂く音と共に、鋭い風の矢が無数魔獣に襲い掛かる。ガッ、ガッと鈍い音をたて、地面に突き刺さる風の矢は、シューッと落ち葉を舞い上げ静かに消えてゆく。矢をかわした魔獣は、目の色を変え矢の飛んできた方を見据える。そこには、双牙を右手に持ち、左手を弓を引く様に構えるバルドの姿があった。
「随分と舐めた真似をするねぇ」
「次は頭を貫く」
「出来るか? なら、やってみろ」
堂々とする魔獣は、木の上に立つバルドを見上げ、不適に笑みを見せる。すると、バルドは引いていた左手を放す。渦巻く風の矢は、双牙から放たれ勢いを増し、魔獣の額目掛けて一直線に飛ぶ。鋭い目付きをする魔獣はその矢を一瞬で後方に跳び退きかわす。矢は鈍い音をたて、地面に突き刺さると、そのまま地面を抉る。
「ハズレだ!」
「こっちは、当りだ」
魔獣の背後でカシオの声が響く。その声に振り向く魔獣の目に、鋭い三又に別れた刃の槍を構えるカシオの姿が映る。その槍の先は鋭く煌き、それが思いっきり突き出された。瞬時に身を翻す魔獣だが、その体を絡めるかの様に三又に別れた刃の端が魔獣の脇腹を掠める。
「ぐッ!」
「弾けろ! 浪刃」
「うぐッ! がああああっ」
渦浪尖に斬り付けられた脇腹を、激痛が襲い体が波に呑み込まれたかの様にはじき跳ぶ。地を抉る魔獣の体は、勢いを止め口角から血を流す。地面には右爪の痕がくっきり残っていた。
「どうだ! 体に傷入れてやったぞ!」
「カシオ! 避けろ!」
「へっ――があっ!」
一瞬の事だ。分かってはいた事だったが、魔獣のスピードは速く。その一撃は勢いがつき、重々しい一撃だった。カシオの体は地面を抉り、土煙を巻き上げる。そんな土煙の中に、薄らと浮かぶカシオの姿は、腰を低くし槍を構えている姿だった。それを見た瞬間、魔獣はとっさに身を構える。
「波状穿孔!」
渦浪尖を何度も連続で突き出す。鋭く素早い刃が、何度も魔獣の体を襲う。風が渦浪尖の刃の周りを渦巻き、その風が突き出される度に魔獣の体を激しく傷付ける。体を引き裂かれ、血飛沫が舞う。
「グッ! 弱者がなめるな!」
後退しながらそう叫ぶ魔獣は、突き出された渦浪尖の刃を右手の剣で上に弾く。体勢を完全に崩されたカシオだったが、口元に笑みを浮かべると、右足を力強く踏み込む。右足に全体重が乗り、弾かれた渦浪尖を勢いよく振り下ろす。
「俺をなめんなよ!」
「お前こそ、なめるな!」
勢いよく振り下ろされた渦浪尖目掛け、左手のハンマーを突き上げる。ガチィンと大きな金属音が響き、その後に爆音と地面が砕け散る音が轟き土煙が二人の姿を包み込む。突風が吹き荒れ、微量の塵にティルとバルドは顔を顰める。
「死んだのか?」
木の枝から飛び降りてきたバルドが、ティルに呟く。バルドのその言葉にティルは苦笑いを浮かべながら、「それは、どっちの方だ?」と、聞く。大体予測はしていたが、バルドは静かに「両方だ」と、答えた。呆れた様に苦笑するティルは、ため息を吐き土煙の中を見据える。
土煙の中から一つの影が飛び出す。ティルとバルドはすぐに武器を構え、目付きを変えた。土煙から飛び出した影は、木の枝の上で立ち止まり、乾いた咳と同時に子供っぽい声が響く。
「ゲホッ、ゲホッ。だ、誰が死んだだ! 勝手に殺すな!」
「チッ。……生きてたか」
残念そうなその声に、カシオは眉間にシワを寄せ怒鳴る。
「な! 何だ! その態度は! 人は生死の境を彷徨う所だったのに!」
「……うるさい」
「キーッ! うるさいだと! なめんな! こんにゃろ!」
大騒ぎするカシオは木の枝から飛び降りる。そんなカシオを、無視するバルドは、つまらなそうに目を細める。そんな二人のやり取りに、苦笑するティルは、漂う殺気に表情を変える。その殺気に気付いたのは、ティルだけではない。先程まで騒いでいたカシオも、つまらなそうにしていたバルドも、その殺気に気付き真剣な面持ちで、武器を構える。
「ふふふ……。面白いよ……。君達……さ」
背筋をゾッとさせる様な不気味な声に、三人は薄らと冷や汗を流していた。体にピリピリと感じる殺気に、微かに震える手足を、押さえ込み真っ直ぐ土煙の中を見据える。いつ魔獣が出てきても対応出来る様に武器を構え、それぞれ体勢を整える。
「今度は、殺す気でいく」
殺気が土煙の中から消える。その瞬間、ティルは「来るぞ!」と、叫ぶ。砂塵が所々で舞い、その度に地面に爪痕が残される。それが、魔獣の通った痕だと三人は分かっていた。だが、魔獣の姿を視界に捉える事は出来ない。そして、その刃は徐々にティル・カシオ・バルドの三人の体をも傷付けてゆく。ティルの左頬、カシオの右腕、バルドの左太股。それぞれに三本の赤い線が走った。
お久し振りです。崎浜秀です。
今回で、前作から合わせ140回を迎えるわけですが、物語の進み具合は皆様から見てどうでしょう?
ペースは遅いですが、一応着々と第二幕もクライマックスに向け進んでおります。
と、言っても、まだまだ先の話ですけど。
読者の皆様には本当に感謝してます。まだまだ、力不足で読み辛い作品だと思いますが、最後まで読んでいただけるとありがたいです。