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第38回 狙われた二人

 森の中。落ち葉を激しく踏みつける足音が二つ。

 風が葉を揺らしざわめかし、落ち葉を僅かに舞い上がらせる。

 それに遅れ、風を貫くかの様に鋭い音が森に響く。それから、スットンと木に何かが突き刺さる音が聞こえる。幾多にも聞こえるその音は、確実に足音の方へと向っていた。

 はためく茶色のコート。揺れるゴーグル。飛び交うのは鋭い矢。


「ヌワーッ! な、何なんだよ! あの人! 何で急に矢なんか!」


 首に掛けたゴーグルを揺らす大人しい顔つきのカシオが、子供っぽい声で叫びまくる。隣りで迷惑そうに、耳を塞ぐティルは揺れる黒髪を気にしながら後ろをチラッと確認する。

 木の枝を器用に移動する一人の青年。背丈は高くほっそりとしている。背中に矢の入った丸筒の空穂うつぼと呼ばれる物を背負い、綺麗な姿勢で弓を射る。無表情で、左頬に三本の爪痕が残り、緑の長い髪が風に靡く。鋭い目付きの奥に見える茶の瞳が、二人の背中を見据え、弦を引き矢を放つ。放たれた矢は空を裂き、僅かにやじりを揺るがし、カシオの右足を掠め、地面に突き刺さる。


「ヒェェェェッ! な、何、何? 痛いんですけど! って、言うか、俺狙い?」


 半泣き状態のカシオは右足から血を流しながらも必死に走る。呆れた表情を見せるティルは、ふと今まで飛んできた矢が殆どカシオの方に向っているのに気付く。そして、不意に足を止めて振り返る。

 それに、気付いたカシオは足を止めずに、チラッと後ろを見て叫ぶ。


「な、何立ち止まってんだよ! 撃ち抜かれるぞ」


 だが、それとは裏腹に、青年はティルの横を通り過ぎて行く。「嘘ッ!」と、驚いた声を上げるカシオは、自分も立ち止まれば狙われないと、思い急ブレーキを掛け立ち止まる。が、青年は空穂から矢を抜き、弦を引く。そして、カシオの額目掛けて矢を放つ。「エェェェェッ!」と、納得行かないと、悲鳴を上げるカシオは、バック転でそれをかわし大木の方に追い込まれる。

 背中から三十センチの筒を取り出すカシオは、自分の目の前に降り立つ青年を見据えた。空穂にはすでに矢は無い。その為、青年はゆっくりと空穂を手に取り、中に手を突っ込む。それを、見てカシオはホッとした様な笑みを見せ、口を開く。


「は…ははは……。矢は無くなったか……。これで、ようやく――!」


 笑みを浮かべるカシオは、すぐにこわばる。それは、青年が空穂の中から二本のナイフを取り出したからだ。一本は刃の小さな小型ナイフ。もう一本は、殆ど剣と変わらないほど大きな刃のナイフ。それを、右手に小型ナイフを左手に持つ青年は、茶の瞳でカシオを睨む。

 完全に戦闘態勢の青年は、ジリジリとカシオとの間合いを詰める。流石に身の危険を感じるカシオは、渋々手に持つ小さな筒ある二と書かれたボタンを押す。すると、筒は伸び先から二又の刃が飛び出す。


「渦浪尖。第二形態」

「……槍」

「うおっ! は、話した……」


 驚いた表情を見せるカシオは、二又に別れた刃の渦浪尖を構える。向かい合う二人を、遠くで見据えるティルは、渦浪尖の刃の形に何と無くその製造者の顔が頭の中に浮かんだ。もちろん、それはあくまでティルの推測だが、きっと当っているだろう。

 左足を引き、腰を落とし渦浪尖を構え、青年との距離を測る。一方、青年は急に歩みを止めた。大分二人の間には距離が開く。対峙し均衡を保つ二人。その二人の間を風が流れ、木々がざわめく。木の葉は風に舞い、天高く浮き上がる。鳥の囀り、小動物の茂みを揺らす音。全てが静まり返った森に響く。そして、それに混ざり重々しく落ち葉を踏みしめる音が僅かに聞こえる。

 漂う殺気に対峙するカシオと青年は表情を変える。そして、ティルも天翔姫を白い細身の剣に変えた。近付く足音は、一つじゃない。複数の足音が、三人を取り囲む様に四方から聞こえてくる。


「囲まれたな」


 ティルはカシオと青年の方へと歩み寄る。カシオは青年と睨み合っていたが、ティルが近付いてきた為、構えを止め渦浪尖を脇に立てる。それを確認して青年も構えていたナイフを下ろす。


「ここは、一時休戦で良いな」

「……あぁ」


 小さな声で青年は返答する。殆ど無言の青年を、怪訝そうに見据えるカシオは、青年に聞こえない程小さい声でティルに言う。


「あいつ、チョットおかしくないか?」


 その言葉に「はぁ?」と、不快な表情を浮かべるティルは、「お前も同じ位オカシイだろ」と、嫌味っぽく言い放つ。ティルの言葉に傷ついたのか、カシオは「あう〜っ」と変な声を出しながら地面に両膝と両手を着く。

 呆れたと言わんばかりに苦笑を浮かべるティルは、青年の方に体を向け右手を差し出す。


「俺は、ティル=ウォース。あんたは?」

「俺は……バルド……。バルド=ロッカード」


 差し出したティルの右手をとる事無く、それだけ告げるバルドは愛想無く背を向ける。差し出していた右手を下ろしたティルは、半笑いを浮かべながらカシオの方に目を向ける。が、先程までそこに居たカシオの姿が無くなっていた。不思議に思い、辺りを見回す。すると、カシオの声が聞こえてくる。


「俺、カシオ=ラナス。水呼族なんだぜ。よろしくな」


 馴れ馴れしくバルドに話しかけるカシオ。先程まで、襲われていた事など忘れている様だ。ニコニコと笑みを浮かべ、右手を差し出すカシオを、鋭く怖い目付きで睨むバルドは、掠れた声で言い放つ。


「気安く、話掛けるな。貴様は、俺の敵だ」


 その言葉と、バルドの怖い顔に、笑みは引き攣り差し出した右手も自然と降りた。そして、背筋から冷や汗が溢れる。静かに後退するカシオは、ティルの隣に並び半泣きしながら呟く。


「俺、何か悪い事したのかな? 何で俺ばっかり……」

「知らん。自分の胸に手を当てて考えろ!」

「う〜っ。あんた、冷たいよ。それ以上に、あいつは怖いけど……」


 ブツクサと言い続けるカシオは、座り込みいじける。そんなカシオを完全に無視して、ティルとバルドは互いに背を向け、顔を見合さず武器を構えた。先程まで聞こえていた僅かな足音は、完全に聞こえず静まり返る。風が流れる音だけが、三人の間に流れ、カシオの啜り泣きが時折聞こえる。

 集中力を高めるティルとバルドは、すでに茂みに隠れた魔獣達を射程距離に捕捉していた。鋭い目で一体一体の魔獣の場所を確認し、呼吸を整える。そして、ティルとバルドはほぼ同時に動き出す。

 天翔姫を構え走るティルは、茂みに突っ込む。一方のバルドは力強く地を蹴り、飛び上がる。そして、太い木の枝を撓らせ、魔獣のいる茂みに勢いよく突っ込む。地面を砕く大きな音が森中に響き、獣の悲鳴が轟く。

 小型ナイフが魔獣の首筋に突き刺さり、大型のナイフは腹部を貫く。真っ赤な泡を口から吹き出す魔獣は、二つのナイフを抜くと同時に、血を噴出しながら地面に倒れる。その魔獣の傍にいたその他の魔獣は、突然の事に驚き慌てふためいていた。そんな魔獣を鋭い眼光で睨むバルドは、呟く。


「次は……どいつ?」


 鋭い茶色の瞳が魔獣達の体を凍えさせるが、すぐに一体の魔獣がバルドに襲い掛かる。右腕を振り上げ、鋭い爪がバルドに振り下ろされた。が、それは空を裂き、逆にバルドの小型ナイフが魔獣の左太股に突き刺さる。魔獣の悲鳴がこだまし、僅かに血飛沫が舞う。

 それから、遅れて魔獣の喉目掛け、大型のナイフが振り抜かれる。が、その刃は魔獣の喉元でピクリともしない。


「……」


 無言のまま、視線を上げるバルドは、大型のナイフの切っ先の方に目をやる。そこには、鋭い眼光の小型の魔獣が一体立っており、右手の人差し指の爪だけで、刃を止めていた。目付きを変えるバルドは、すぐさま小型のナイフを抜き、足を負傷する魔獣を右足で蹴り飛ばす。軽々と地面を転がる魔獣に目もくれず、バルドは小型の魔獣を睨みつける。すると、「怖い目付き」と、不適に笑みを浮かべ小型の魔獣が呟く。

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