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第31回 空中戦

 空に浮ぶ二つの影。

 漆黒の翼を羽ばたかせるディクシーと、鋭く目を見開くノーリン。

 二人の間には激しく荒々しい風が吹き荒れ、服の裾はその風によりバタバタと音をたてながらはためく。だが、体だけはピクリともしない。それどころか、一定の状態をずっと保っている。

 ディクシーの長い黒髪が、風で乱れ顔の上半分を覆い隠す。その為、表情は分からない。だが、その全身から放たれる殺気は、ヒシヒシと伝わった。

 静かに深呼吸を繰り返すノーリンは、その殺気をものともせず、真っ直ぐディクシーを見据えたまま口を開く。


「ウヌの目的は何だ」

「フフフ……。目的何て無い。ただ、私が楽しめればそれで良い。人々の苦しむ声が聞ければそれで良い」

「戯言を……。その為だけに、人々を傷つけるというのか」

「フフフ……。それが自然の通りだ。人が動物を食う様に、私達は人を喰らう。これも、食物連鎖と言うものだ」


 不適な笑みを浮かべるディクシーは、大きく翼を広げた。その瞬間、顔の上半分を覆い隠していた乱れた黒髪が逆立ち、ディクシーの鋭い目付きが露になる。更に、大きく広げた翼は、風を掻き漆黒の羽根が無数宙に舞う。

 瞬時に先ほどの光景を思い出すノーリンは、身構え受身の態勢をとる。だが、ノーリンの予想とは裏腹に、宙を舞う漆黒の羽根は一直線に急降下していく。

 そして、知る。ディクシーの狙いが、初めからノーリンでなく地上に居る兵士達だと。ノーリンがそれに気付いて振り返ると、兵士達の叫び声が響いた。


「ぐがはっ!」

「うああああああっ!」


 漆黒の羽根によって、切り裂かれた兵士。地面に飛び散る血痕は、その残酷さを物語、まだ息のある者は、止め処なく流れる血と体に走る激痛に甲高い悲鳴の様な声を上げている。「助けてくれ! 助けてくれ」と。だが、もう助からない事は目に見えている。血を流しすぎているのだから。

 上空から見ると地面に広がる兵士の血が池の様に見え、倒れる兵士は島の様に見えた。体から切り離された腕や脚が、所々に転がっており、ノーリンはこれを見ているのが辛かった。

 目を伏せ拳を握り締める。儚い命が、天命尽きる前に消えていくのが、ノーリンには耐え切れなかったのだ。

 そんなノーリンの耳に聞える甲高いディクシーの笑い声。人の命を虫けら同然に奪っていくディクシーを、ノーリンは許せなかった。瞼を静かに開きディクシーの方を鋭く睨み口を開く。


「よもや、口で言っても無駄の様だな」

「フフフ……。感じる――感じるわ。この肌に、全身に! 弱い者達の苦痛の叫びが! 胸の奥底まで!」

「その人々の苦痛を身を持って知るがいい」


 右足で宙を蹴る。勢いよくディクシーの方へと体が吹き飛ぶ。風が頬を流れ耳を塞ぐ。そして、ノーリンがディクシーに対して右拳を振るう。右拳に重みがのしかかり、地面に叩きつける勢いで振り抜いた。


「ぐうっ!」


 左頬を殴られ、急降下してゆくディクシー。だが、すぐさま翼が大きく風を掻き、地面スレスレで勢いは止まる。砂塵が舞いディクシーの体を円形に取り巻く。体勢を整えディクシーを見下ろすノーリンは、もう一度宙を蹴る。

 口元から血を流すディクシーは、不適に笑みを見せると力強く翼で風を掻く。その瞬間、突風が吹き荒れ、地面が砕け窪んだ。


「私をもっと楽しませろ!」

「戯言は仕舞いだ!」


 ノーリンが右拳を突き出す。拳がディクシーの顔に向って伸びる。その瞬間、ディクシーの口元がニヤリと緩む。


「くっ!」

「甘いよ」


 体を横にし、ノーリンの拳をかわす。急降下していたため、勢いを殺す事の出来ないノーリン。そのノーリンの後頭部目掛けて、ディクシーは体を捻り蹴りを入れる。

 鈍い音が響きノーリンの体が地上に突き刺さる。爆音が轟き、土煙が舞い上がる。地面は砕け亀裂が走り大きく窪んでいる。そんな窪んだ地面の中央にノーリンの体が少し埋まっていた。


「ウグッ……ああっ……」


 咄嗟に体を捻り背中から地面に落ちた為、大分衝撃は軽減できた。だが、後頭部を蹴られた為、意識は大分朦朧としている。視界が揺らぎ、上空に居るディクシーがかすんで見える。だが、微かに聞えていた。ディクシーの羽根の音が近付いているのに。そして、あの甲高い笑い声も。


「フハハハハッ! その程度か? 空鳥族! 先ほどまでの威勢は何処へ行った?」

「ワシとした事が……。つい、頭に血が昇っちまった……」


 いつもの細目のノーリンは、地面からゆっくりと体を抜き、痛みに耐えながら立ち上がる。足元が少しふらつく。それもそのはず、まだ意識がはっきりしていないのだから。二、三度首を振り、意識をはっきりさせようとする。だが、そのノーリンの顔面に向ってディクシーの右膝が飛んだ。ハッキリしない意識の中、咄嗟に両腕を顔の前に持っていき、直撃を防ぐ。


「ぐうっ!」

「腹が、がら空きだよ!」


 両腕をあげたため、がら空きになったノーリンのボディーに、ディクシーの左膝が深く入る。


「がはっ」


 吐血し、真っ赤な血が飛び散る。フラフラと後退し、少し前屈みになるノーリンの顎に続け様に右足の蹴りが入る。顎を蹴られ体が大きく伸びる。地から足が離れ踏み止まれない。腹部と頭部へ同時に刺さる痛みが、徐々に薄れる。意識と共に。だが、ディクシーはそれだけでは終らなかった。


「まだまだ、寝かせないよ!」


 含み笑い混じりにそう言うディクシーは、地から離れた右足を左手で掴むと、手前に引く。そして、引き寄せたノーリンの腹に向って、全体重を掛け肘を落す。すると、ノーリンの体は激しく地面に叩きつけられ、地面の割れる澄んだ音と共に、ノーリンの吐血する声が混ざり合う。


「――がっ!」


 息が、ほんの一瞬だけ止まる。空に舞う真っ赤な血が、ノーリンの視界を遮り、青い空が真っ赤に映る。

 砕けた地面に、ノーリンの体は微かに埋もれていた。意識があるのか、はっきりしないが、全く動かない。だが、まだ息はある。僅かに胸が上下しているから。


「この程度? 私に喧嘩売っておいて」


 ノーリンの横に立つディクシーは、右脇腹を足蹴にする。しかし、巨体のノーリンはピクリとも動かない。そんなノーリンの右脇腹に、右足を乗せたままディクシーは大声を張り上げて笑う。その声は、守備砦の中まで聞えた。

 微かにノーリンの人差し指が動き、それに連鎖する様に、指全体が動き出す。甲高いディクシーの笑い声が、ノーリンの頭の中に響く。霞んだ視界が、徐々にはっきりとして行き、ディクシーの姿を捉えた。


「こ……これで……、気は……済んだか?」


 弱々しい口調。殆ど掠れて聞えない程の声に、ディクシーは気付く。


「お前を殺して初めて快感が得られるんだよ」


 口元から血を流しているノーリンを見下すディクシーは、腹部を踏みつけ不適な笑みを見せる。腹部に走る激痛に、表情を引き攣らせるノーリンは、右手でディクシーの足首を掴む。意外なノーリンの握力に驚きを隠せないディクシーは、すぐにその手を振り切って場を離れようとした。だが、その手から逃れる事は出来なかった。


「くっ! き、きさま! 何処に、そんな力を!」

「今まで……。ワシが、本気でウヌと戦っておると思っていたか?」

「何を、ふざけた事を、先ほどまで手も足も出なかった奴が!」

「手も足も? ホザケ小童!」


 怒声を響かせ地面に埋もれていた体を勢いよく起こす。微量の砕石がノーリンの体から落ち、乾いた音を響かせた。足をつかまれたディクシーは翼を力強く羽ばたかせ飛び立とうといている。その為、突風がノーリンの体を襲う。砂塵が舞い上がり、細かな石粒が飛び交いノーリンの皮膚を傷つける。所々に真っ赤な線を描いていくが、ノーリンはピクリともしない。


「フハハハハッ! どうした! やはり、手も足―…!」

「人々は去った。ウヌの獲物はワシしかおらん。これで、後ろを気にせずウヌに手を下す事が出来る」


 そう言葉を述べると同時に右腕を真下に引く。空に舞おうとするディクシーの体は、衝撃と共に垂直に引っ張られ、顔が丁度ノーリンの胸の位置にまで落ちる。その瞬間、視界に飛び込んだのは、大きなノーリンの左手の手の平だった。

 

 

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