第26回 東西南北 それぞれの敵
グラスター城の地下室。そこには、四つの不思議な方陣が描かれている。東西南北と、中央には漢字が書かれており、それが何なのかカインとウィンスには分からなかった。大勢の兵士達が、この地下室には集まっており、傷ついている者も大勢居る。そんな中、何人かの兵士が方陣の中へと入る。すると、兵士達の姿が一瞬にして消えた。初めての光景に驚きを隠せぬカインとウィンスは、慌てた様子でフレイストの方に目を向ける。
その視線に、ふと気付くフレイストは、軽くあの方陣について説明する事にした。いや。説明しないいけない気がした。
「あれは、転移方陣と言って、同じマークのある方陣へと移動する事が出来るんです。アレは、元々、東のフォースト王国の発明品で、随分前にブラスト王直々に頂いた代物なんです。全て、東西南北の守備砦に繋がってます。お二方にもお手伝いを」
「わかりました。それじゃあ、僕は西に!」
「俺は、東に行く」
何と無く理解したカインとウィンスの二人はそう返事を返し、各自方陣の前に立つ。北と書かれた方陣の前へと足を進めたフレイストは、一度気持ちを落ち着けるため深呼吸を繰り返す。各々が気持ちを集中させ、方陣へと足を踏み入れ、一瞬にして姿を消す。
――北方守備砦。
方陣から姿を現すフレイスト。その目の前に転がす無残に切り裂かれた兵士の体。半分以上が崩れ落ちたその砦は、瓦礫と既に息絶えた兵士達の体だけが散らばっていた。崩れた屋根から射し込む日差し。砕かれた壁から流れ込む風。目の前に映るその光景を、フレイストは信じたくは無かった。
「な、何で、こんな事に……」
驚きを隠せない様子の声を出すフレイスト。方陣から出て、暫し足を進めるが、それはすぐ止まる。それは、砕かれた壁の向こう側に、一人の男の姿が見えたからだ。黒マントに身を隠す一人の男が。黒く長い髪で顔は確認出来ないが、そいつが仲間を殺したのだと悟る。背中に背負う大剣の柄を握るフレイストは、瓦礫を踏みしめながら男の方に向って歩みだす。踏みしめた瓦礫が時折音を立て崩れ、その音に黒マントに身を包んだ男の方もフレイストに気付く。
崩れた壁から外に出てきたフレイストは、静かに黒マントの男をグリーンの瞳で睨み付けたまま足をとめた。向い合う二人の間に吹き荒れる風は、微かに砂塵を舞い上げた。
――西方守備砦。
兵士達の声がこだまする中、方陣からカインが姿を現す。傷ついた兵士達が、方陣の周りで手当てを受けており、部屋の中を兵士達が駆けずりまわる。引き締まった表情を見せるカインは、外の様子を知ろうと、一人の兵士を捕まえ状況を問う。
「魔獣の数は、どの位です?」
「そりゃ、数えられない位だ! あんたも、手伝ってくれ!」
「はい!」
そう返事を返すカインは、兵士の後に続き砦の外へと飛び出す。その直後、前を行く兵士の体が右に吹き飛び、カインの視界から消える。そして、何かが地を滑る音が聞える。何が起こったのか、分からず右方向に目をやると、脇腹を抉られ血を流し倒れる兵士の姿がある。微かに息をしているが、血を口から吐くとそのまま息を引き取った。
怒りに歯を噛み締めるカインは、右手で青空天の柄を握ると力を込め、刃を抜く。鞘と刃が激しく擦れ合い、嫌な音をたてながら抜かれた蒼い刃の青空天は、日の光を浴び輝く。そんなカインの背後に、鋭い爪を振りかざす魔獣がいる。その魔獣は、音も無く右腕をカインに向って振り下ろす。だが、振り下ろされた腕は、肘の辺りから真っ二つに切られ、真っ赤な血だけが宙に飛び散る。そして、魔獣の背後で何かが落ちた音がする。それが、魔獣の真っ二つに切られた肘から先だった。
「ガアアアッ!」
苦しみの声を上げる魔獣は、左手で傷口を塞ごうとするが、すでに真っ二つに切られたその傷口は塞ぎようが無かった。舞い散る細かな魔獣の血が、カインの顔に真っ赤な斑点を幾つも作る。そして、振り向き様に素早く青空天を振りぬく。蒼い刃は、苦しむ魔獣の腹に食い込み、そのまま骨を諸共せず上半身と下半身を真っ二つに裂く。舞い散る血飛沫は、カインの体に無数に付着した。
――東方守備砦。
勢いよく飛び出したウィンスは、いきなり壁にぶつかった。丁度、壁際を向いていたらしく、勢い余って激突してしまったのだ。鼻の頭をぶつけた為、少し赤くなった鼻を両手で押さえるウィンスは、ふと辺りの静けさに不思議に思う。外から魔獣の声も兵士達の声も無く、無音。それに、兵士達の姿が部屋の何処にも見当たらない。
「もしかして、既に終っちゃったんじゃないか? それって、無駄足じゃねぇ?」
と、ぼやくウィンスは、頭を右手でかきながら部屋を出て廊下に出る。やはり、誰か居る気配は無い。暫し辺りを見回し、廊下を歩く。ウィンスの足音だけが廊下に響く。廊下を暫く行った所で、引き返そうとウィンスが体を反転させた直後、外から大きな爆音が轟いた。
「な、何だ!」
驚きの声を上げながら、ウィンスはまた体を反転させ、外に向って廊下を駆ける。廊下を出ると、ウィンスの横を兵士の体が横切り壁に背中から直撃し、壁を破壊する。瓦礫と一緒に崩れ落ちる兵士の体は、もう息はしてなく冷たかった。ウィンスはその兵士を一度見据えてから、その兵士を飛んできた先に視線を送る。そこに立ち尽くす巨体の男。髪の毛は無く不気味な面持ちに三つの目。体付きのガッチリしたその男はゆっくりとウィンスの方に目を向けた。
――南方守備砦。
兵士達は無数いた魔獣を倒し、ようやく一息吐こうしていた。だが、そこに一人の女が降り立った。背中に大きな漆黒の翼を生やした女が。長い黒髪をしなやかに揺らすその女は、不適に笑みを浮かべると、背中に生えた大きな漆黒の翼を一度羽ばたかせる。すると、漆黒の羽根が無数に飛び散り兵士達目掛けて飛ぶ。漆黒の羽根は兵士達の体を切りつけ、真っ赤な血を宙に撒き散らした。
「グアアアッ!」
「な、何だ! アレは!」
兵士達の叫び声がこだまする中、それを見据える女は不適な声で笑い出す。
「フフフフフッ。久し振りの快感。良い声で叫びなさい」
小さくそう呟く漆黒の翼を生やした女は、苦しむ兵士達に歩み寄り、次々と兵士の体を右手から伸びる鋭い爪で貫いてゆく。その度に爪に付着した血を舐め、嬉しそうに笑みを浮かべる。
そんな時、地面に一つの影が浮び、空から声が響く。
「ウヌは、人の命を何だと思う!」
その声に手を止める女は、自分の楽しみを邪魔され怒りに身を震わせる。そして、声のした方に顔を向け怒りの声を上げる。
「私の邪魔をするな!」
「ウヌの邪魔をしたつもりは無い」
そう言い、空から降り立ったのは、巨体で頬に三つの星の刺青を彫ったノーリンだった。鋭く開かれた目は、漆黒の翼を生やした女を見据える。傷ついた兵士達は、逃げるように砦へと引き返して行き、辺りは静まり返る。怒りを隠しきれない女は、翼を広げると空高く舞い、叫ぶ。
「貴様! 貴様だけは、嬲り殺しにしてやる!」
「ウヌには、何を言っても分からぬ様だ」
そんな事を呟き静かに息を吐くノーリンは、地を蹴るとゆっくりと空へを浮かび上がる。空に舞う二人は、鋭く睨み合う。風は下に居たときよりも幾分強く、激しく二人の体を仰ぐ。だが、その風を受けながらも二人は全く体勢を崩す事は無かった。