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第22回 豪勢な料理

 小さな町のリオースに、珍しく騒ぎが起きる。

 町に飛び交う号外の新聞は、すぐに人々の手に渡り、騒ぎはより一層大きくなる。そもそも、その騒ぎの原因は、町の西に位置する住宅地の隅の家に訪れた一人の男だ。

 真夜中に現れたその男は、町の路地に真っ赤な線を引き堂々とその家に訪れた。真夜中で、人が見ていないと思われていたが、実際はそれを見ていた者がおり、今朝になり路地に引かれた赤い線は消えていたが、町の出入口の外には赤い線が続いていたことから、この町に化物が侵入したのではないかと騒ぎになっているのだ。

 もちろん、張本人のゼロは眠りに就いているため、そんな騒ぎになっているなど知る由も無い。

 少々睡眠不足のフォルトは、目のしたにクマをつくり、黒髪の先から汗が滴れる。明け方まで路地に引かれた真っ赤な血の線を消して回っていたからだ。一生懸命にブラシで磨き水で流しを繰り返し、何とか家の前から出入口まで続いていた血の線を消したが、疲労困憊でもう動くのもいやだった。その為、イスに座りテーブルにうつ伏せに倒れたまま動かない。

 そんなフォルトに、今まで治療をしていたリリアが部屋から降りてきた。眠そうに口を押さえながら欠伸をするが、フォルトに気付きそれを無理やり押さえ足早に階段を降りる。微かに顔を上げたフォルトは、顔だけを階段の方に向けた。


「おはよう。リリア。君も徹夜?」

「はい。少々、傷の開きが酷かったもので……」

「そっか。全く、ゼロは何を考えているんだか」


 顔を伏せたフォルトの声は篭った。その為、少し聞き取りにくかったが、リリアは何とか聞き取り返事を返す。


「でも、ゼロ様にはゼロ様の考えがあるかと思うんですが……」

「確かに、そうかもしれないけどさ……」


 不服そうな表情を浮かべるフォルトだが、顔を伏せている為、その表情はリリアには分からない。少々、傷んだ床がリリアが歩くたびに軋みをたてている。静かにキッチンにやってきたリリアは、一瞬目眩を起こす。少し疲れているのだろう。だけど、それを表に出さず、なべのシチューを温めなおす。部屋に広がるシチューの香りに、フォルトは伏せていた顔を勢いよく上げた。そして、鼻をヒクヒクと動かし、香りを嗅ぎ笑みを浮かべる。


「そっか。シチューが残ってたんだよね」


 嬉しそうな表情のフォルトは、背筋を伸ばしリリアのシチューを待ち侘びている。と、その時、二階で部屋の戸が開く音が聞えた。その音に過剰に反応を見せるフォルトは、イスから立ち上がり階段の下へと移動し、一段目に足を置く。廊下を軋ませ、こちらに向ってくる足音に耳を澄ませていると、床の軋む音が止まる。立ち止まったのだろう。目を細めるフォルトは、静かに階段を一段一段上がる。すると、体に包帯を巻いた少年が手摺に弱々しくもたれかかっていた。フォルトより少し身長が高いが小柄な少年は、長く伸びた茶色の髪で顔を覆い隠しながら弱々しい声で言う。


「は、腹……減った……」

「ウワッ! だ、大丈夫? す、すぐご飯の準備するから! リリア!」

「は、はい」


 驚いた様子のフォルトは少年の腕を首に回すと、体を支えながら階段を下りた。長く伸びた前髪が、少年の表情を隠し顔はよく見えないが、多分今、少年は目を回しているだろう。慎重に階段を下りると、少年をイスに座らせ急ぎ足でキッチンに向った。

 キッチンでは、リリアが食事の準備をしていた。カゴには幾つかのパンが盛られ、深皿にリリアはシチューを注ぐ。それから、何故かフライパンで肉を焼いていた。何故か、肉があった方がいいのではないかと、思ったのだ。それらを、皿に盛りテーブルへと運ぶ。もちろん、フォルトもそれを手伝う。

 テーブルに並んだ料理を目にして、少年は目の色を変え一心不乱に料理を口に運ぶ。そんな少年の姿を向いに座り見据えるフォルトは、二人の間に座るリリアの方に顔を向ける。


「ねぇ。僕ん時は、こんなに豪勢じゃないよね?」

「そ、そんな事ないです」

「ほんと〜? 絶対、豪勢だって」


 疑いの眼差しを向けるフォルトに、少しオドオドした様に黒い瞳をやたらにキョロキョロさせるリリア。元々、リリアはこういう性格な為、実際どうなのかフォルトには分からない。でも、フォルトはそんなリリアと一緒に居るのが好きだった。だから、すぐ笑みを浮かべ優しく言う。


「別に、いいんだけどね。リリアの料理が食べられれば、豪勢とかそうじゃないとか関係ないし」


 そう言って、肉の切れ端に手を伸ばしたフォルトだったが、それよりも早く少年の右手に持ったフォークが肉の切れ端を奪っていく。「あっ!」と、声を上げるフォルトは肉を口に運ぶ少年の方に顔を向け口をあんぐりと開ける。最後の肉の切れ端が――少年の胃へと移行された。


「はふ〜っ。食った〜ッ」


 お腹を擦る少年は、背凭れに凭れて、顔を隠すほど伸びた茶色の髪を掻き揚げる。その下から現れた幼い顔。大きく開かれた目の中心には黄色の瞳が煌く。少々口元に残る食べかすをチリ紙で拭き取り、ニコヤカな笑みを見せながら頭を下げる。


「いや〜っ。ありがとうございます。助かりました」

「助かりましたじゃないよ! フォン! 僕もお肉食べたかったのに〜」


 涙を流し肉の乗っていた皿を見つめガックリとうな垂れるフォルト。そのフォルトを見て、フォンが嬉しそうに笑みを浮かべイスから立ち上がる。久し振りの再会に、少し胸が高まるフォンは、落ち込むフォルトの肩を叩き明るく言い放つ。


「ひっさしぶりだな。まさか、フォルト達もグラスターに来てるなんて思っても見なかったな」


 その時、ふとフォンの脳裏に疑問が浮ぶ。何故自分がここにいて、何故包帯を巻かれているのか。そして、何故フォルトが落ち込んでいるのかと。首をかしげて考え込むフォンだが、長く伸びた前髪が顔の前に覆い被さり中々集中できない。


「ヌガーッ! 鬱陶しい髪だ! っうか、いつこんなに髪が伸びたんじゃ!」


 突然、自分の髪に向って怒りを爆発させるフォン。その大声で、ビクッと反応を示すリリアは、体を少し震わせながらフォルトの方へと身を寄せる。当然、その大声にフォルトも目を丸くしていた。驚いたと、言うよりは唖然としたといった感じだろう。ため息を零し、リリアの方を見たフォルトは、右手の肘をテーブルにつき右手で額を押さえながら言う。


「リリア。髪、切ってあげて」

「はい」

「おっ、リリア。髪切れるのか?」


 笑みを浮かべるフォンは、リリアの方に顔を向ける。だが、髪が邪魔でよく表情は見えない。そんなフォンを見つめるリリアは、ハサミをキッチンに取りに行く。右手で前髪を掻き揚げるフォンは、目の前にいるフォルトをジッと見る。そして、外から聞える人の声に軽く首を傾げる。


「フォルト達は、ここに暮らしてんのか?」

「まぁ、そうだね。獣人と違って、見た目は殆ど普通の人間と変わらないからね」

「ふ〜ん。でも、何でリリアと?」


 不意にそんな質問をするフォンに、フォルトは「へっ?」と、ビックリした様に顔を上げる。と、そこに、キッチンからハサミを持って、リリアが戻ってくると、フォルトが話を逸らすように言葉を発言する。


「か、かか体の調子はどどう?」

「体? う〜ん。まぁまぁかな。それより、さっきの――」

「そ、そう言えば、フォンに渡したいモノがあるんだ!」


 そう言い席を立つフォルトは足早に階段を上がってゆく。完全にフォンの先程の質問に答えるつもりは無いらしい。複雑そうな表情を浮かべるフォンは、自分の髪をザクザクと音を立てて切ってゆくリリアに、フォルトに訊いた質問をしてみる。


「なぁ、何でリリアはフォルトと一緒に暮らしてるんだ?」

「へッ! あ、あの、その……」


 顔を真っ赤にして口ごもるリリアは俯き手を止める。リリアがどんな表情をしているのか、フォンには分からない。二人の間に何があるのだろうと、思う所もあったフォンだったが、これ以上訊いても教えてくれないだろうし、何よりも人の秘密をむやみやたらに訊くのはよくないと思い、笑い声を響かせ言う。


「アハハハハッ。まぁ、それだけ仲がいいって事なんだよな。それにしても、フォルトがオイラに渡したいモノって何だろう」


 嬉しそうに微笑むフォンだが、二階ではフォルトとゼロが睨み合っていた。

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