第20回 フレイストの年齢
街道をずっと真っ直ぐ歩き続け、ようやく城の前まで辿り着いた。大きくそびえるお城は、町全てを見渡す事が出来るほど高い。幅の広い階段を上がり、軽く入口前の兵士に頭を下げ城へ入ってゆく。大きく煌く天井、端に分かれた階段は大きく弧を描き中央で交わり一本の幅の広い階段へとなり二階へ続く。その端の階段のすぐ手前には奥に続く廊下が伸び、扉が幾つも見える。エプロンに身を包む女性達が、そんな廊下を足音を立てず忙しそうに歩き回り、次々と部屋の掃除をしてゆく。
時折兵士達も見掛けるが、掃除の邪魔にならぬ様に足早に廊下を通り過ぎてゆく。アルバー王国とはまるで違う、この光景にワノールは暫し呆気に取られる。そんなワノールに目をやるフレイストは微かに笑みを浮かべ言う。
「どうです? アルバー王国とは違うでしょ?」
「確かにな。アルバーとは違う様だな」
「それでは、二階へ行きましょうか。ミーファさんもお部屋で待ちくたびれてるでしょうし」
「そうですね。私も、ミーファには訊きたいことがありますので、できれば早くしていただきたいです」
「す、すいません。そうともしらず、長話を――」
「いえ。お気になさらず」
冷静にそう言うルナに、フレイストは焦りながら階段を上がっていく。それに、ルナ、カイン、ワノールと続き、最後尾はやはりウィンスになった。こんなに広々としていてキレイな室内など見た事の無いウィンスにとっては、凄く珍しく目をギラギラに輝かす。時折、階段に躓き転びそうになるが、そんなウィンスをもう誰も相手にはしていなかった。相手にするだけ無駄だと分かっているから。
二階に上がると、中央が筒抜けになり、一階の広場を見渡す事の出来る。そこから、更に奥に進み三階へと進んだ。少し広々とした廊下右側に二つ程部屋があり、左側は一つ部屋がある。廊下はまだ続き、テラスへと出る事が出来る。
「こちらです」
フレイストは、そういい右側の奥の部屋の扉を開く。すると、鋭いミーファの声が響く。
「おっそーい! 何してたのよ! 今まで!」
元気一杯のミーファの声に、暫し唖然とする一行。そんな中で、初めに口を開いたのはルナだった。先に部屋に入り、ミーファを真っ直ぐ見据えて落ち着いた様子で。
「あなたを探してたのです」
ルナにそう言われ、「ウッ!」と、小さな声をあげたミーファは、長く伸ばした空色の髪を大きく揺らしながらルナへ背を向ける。何故か、顔を合わせ辛かった。何故かはミーファ自身よく分からないが、少し複雑な心境だったのだ。初めて、ミーファを見たウィンスは、小さな声でカインに聞く。
「あれが、フォンとティルが探してた人?」
「うん。そうだよ」
「それで、あの人はどっちが好きなんだ?」
「エッ? 急にどうしたの?」
「だって、わざわざ探すって事は、フォンとティルのどちらかが、あの人の事が好きなんだろ?」
「いや。もしかすると、フォンとティル。二人ともミーファが好きだったのかも知れんぞ」
「ちょ、ちょっと、ワノールさんまで何いってるんですか! そんな事……」
少し考えるカイン。確かにミーファが時見族で、探すのは分かるが、どうして二人はあんなに一生懸命だったのだろうかと。もしかすると、ウィンスやワノールの言ってる事が正しいのではないかと、脳裏を過ぎったカインだったが、すぐ頭を振りそんな考えを振り払い言い返す。
「そ、そんな事あるわけ無いじゃないですか! 純粋に仲間を助けたいって!」
「い〜や。所詮、男と女だ。何が間にあるかわかんないぞ」
「確かに。それに、俺やカインと会う前からの間柄だ。その間に何かあったのかもしれん」
「何言ってるんですか! そんな筈無いですよ!」
「まぁ、子供のカインにはわからないよ」
「ウィンス君に言われたくないよ!」
顔を真っ赤にしながらカインは必死に二人にそう反論する。まるで、カインをおちょくるのを楽しんでいる様に、ワノールとウィンスは言葉を発していった。ワイワイと部屋の入口で騒ぐカイン達三人に対し、少し深刻そうな雰囲気をかもちだすルナとミーファ。空色の髪の間から、ルナの顔を覗くミーファは、静かに口を開く。
「怒ってる?」
「どうして、そう思うんです」
「なんだか、色々迷惑掛けちゃったみたいだし……」
「確かに、少々迷惑でした。でも、安心しました。ミーファさんが無事で」
薄らルナが涙を滲ませた。そんなルナの表情を見たのは、随分と昔だったため、ミーファは少し懐かしく感じた。軽く肩を抱くミーファは、「ごめん」とルナにしか聞えない声で呟く。暫しミーファの胸に顔を埋め、涙を流すルナを見たフレイストは、静かに部屋の扉を閉めた。部屋の中には、ルナのすすり泣きだけが聞える。肩を抱くミーファは、優しく頭を撫でながらルナのことを暖かく抱きしめた。
フレイストは、廊下に残ったカイン、ワノール、ウィンスの三人を王様の所へと連れてゆく。二階に下り何度か廊下の角を曲がり、また階段を上がり大きな広場へと出る。赤絨毯が真っ直ぐ伸び、少し階段を上がった所に玉座があった。大きく開かれた窓から入る風が、部屋中に流れ込み、静かに出てゆく。複数の兵士達が並び、壁には肖像が数枚飾られており、その下には『十人の英雄』と書かれている。あと、鎧や盾、剣、槍と様々な武器や防具も飾られており、何かを祭っている様だった。それらを、不思議そうな顔付きで見据えるワノールは、前を歩くフレイストの方に顔を向ける。
「おい。あの十人の英雄とは誰の事だ? 様々な歴史書を読んだ事があるが、十人の英雄など聞いた事もないぞ」
「あれは、私の父。国王が若き頃、共に力を合わせて戦った者だそうです」
「お前の父が? それじゃあ、十何年前の話しか?」
「父はもう六十二歳ですから……」
考え込むフレイストに、少々訝しげな表情を浮かべたワノールは、腕組みをして当然の様に答える。
「と、言う事は、四十年位前の話しになるんだな?」
「う〜ん。確か、私と同じ歳位の頃だったと思うんで、約五百年前ですね」
「ご、ごご五百年! 嘘、フレイストさんのお父さんって、五百年も生きてるんですか? えっ、えっ、でも、さっき、六十二歳って……」
フレイストの言葉に戸惑い慌てるカインは、何がなんだか分からなくなっていた。ワノールも多少驚いた様だったが、すぐにその意味を理解し「なるほど」と、小さく呟き頷いた。もちろん、ウィンスがこの話を聞いている訳も無く反応は無い。やたらにアチコチに歩き回るカインに、呆れた表情を見せるワノールはため息を吐きフレイストに目をやる。ワノールの視線に気付いたフレイストが、ワノールの方に顔を向ける。すると、ワノールが、
「カインに、お前ら種族の事を教えてやれ」
と、疲れ切った声で言う。
軽く頷いたフレイストは、歩き回るカインの右肩を掴み微笑みながら声を掛ける。
「驚くのも、無理は無いよね。私達龍臨族は十二年に一つしか歳を取らないんです。ですので、人間の歳で言うと、私は二五二歳で、父は七四四歳ですね。龍臨族の寿命は、七十歳位なんで、人間の歳では八四〇年は生きる事になりますね」
「は、は、ハッヒャクヨンシュウネン……」
驚きのあまり呂律も回らないカインは、目を回しフラフラと床に倒れこむ。あまりに情けないカインの姿に、右手を額に当て唖然としながらワノールはため息を吐く。一方、フレイストは急に倒れたカインに驚き、大慌てで周りの兵士を呼び集める。どうすればいいのか、分からずあたふたするフレイストの姿に、ワノールは落ち着いた様に腕組みをして言う。
「慌てなくてもすぐ目を覚ます。コイツはいつもリアクションが大きすぎる」
「確かに少し驚きすぎだったかもしれませんが、心配じゃないんですか?」
「いや。心配するだけ疲れるだけだ。取り合えず、見てろ。三分くらいで目を覚ます」
「はぁー……」
少し疑うような目でワノールを見つめるフレイストだったが、ワノールの言った通り三分後にカインは目を覚まし、驚きの声を上げた。それに対し、「何ですか?」と、軽い口調でカインが訊くと、「なんでもない」と、ワノールが少し棘のある声で答えた。